2017-03

『大人は「結果」を作り出したくなる』のお話からふたつのこと  vol.3 - 2016.12.14 Wed

ほとんど保育の話になってしまったので、このシリーズのカテゴリを修正しました。



前回の続きです。

では、A保育士がしていたことはなんだったのでしょうか?というところでしたね。






A保育士は、戸外に行く際に靴下を履かせることをなんらかの手段で教え込んだのでも、やろうとしない子にやりなさいと強く言ってきたわけでも、おだてたりごまかしを使って習慣づけたわけでもありません。

多くの大人が、「なにかをしてほしい」「なにかができるようになってほしい」と思うと、それをやらせてしまいます。
それはつまり干渉ですね。

このとき、多くの人に無意識に誤解されていることがあります。
それは「優しく言っても干渉は干渉」ということです。

このとき、大人が子供をどなりつけてその行動をやらせていたとしたら、その関わり方はよいものではないだろうとなんとなくわかるかとは思います。
しかし、その大人がこのとき優しく言っているとしたら、それはそうそう問題視はしないでしょう。

もちろんそれが悪いというわけではありませんが、優しく言ってもこの関わりは干渉であるという点は変わりませんね。

この点をまず理解しておきましょう。



ここを踏まえて自分の子供への関わりを客観的に認識できないと、いくら保育士が一生懸命子供に関わろうと思っていても干渉の弊害がつのってしまいます。

むしろ、一生懸命な人ほど過干渉になり、「言うことを聞かせようとする → 過干渉により子供は従わなくなる → より干渉が多く・強くなる」という悪循環におちいります。



A保育士が担当していた子供たちの顕著な特徴は、自発性と自主性をふんだんに獲得していたという点です。

ここに、子供の姿の分かれ目があります。
また、A保育士の言う「やらせていないからやってくれるのよ」という言葉につながります。


多くの人が、山の頂上がそこに見えるとまっすぐそこに登ろうとしてしまいます。
子育てでいうと、それは「干渉」です。
でも、実は近道は「やらせようとしない」という大人のおおらかな心持ちにある場合があります。



当然ながらA保育士は「なにもしていない」わけではありません。
A保育士が力を入れているのは、一つ一つの行為の「できること」「やらせること」ではなく、その前にある事、保育の本質に沿った基礎的なことです。

では、「保育の本質に沿った基礎的なこと」とはなんでしょう?


保育施設は学校ではありませんね。
保育の本質は、「家庭に代わって過ごす場」であるということです。
そのために子供に与えなければならないことは「○○をできるようにすること」の前に、「安心・安定」です。


その子がその保育施設で「安心・安定」して過ごすためには何が必要か?を第一に目指す必要があります。
子供により何が必要かは変わります。
それをA保育士は個々に認識して与えていきます。

その子が安定するための援助をして、安心して過ごせる。
これがまぎれもない保育の本質です。


そこをこのA保育士は実践できています。
自分を安心・安定させてくれる大人に対して、子供は信頼感を持ちます。
この与えてくれる「安心・安定」が大きければ大きいほど子供は、より強い信頼感を感じることでしょう。
それがA保育士と子供たちの信頼関係として形成されています。

ここが保育の本質であり、第一義的な部分です。




しかし、この点はあまり目には見えません。
目に見えるのは二義的な部分です。

それがさまざまな「○○できる」です。

2歳児クラスの保育士は、まだ保育がここからしか見えていません。
結果的に、「○○させなければ」になり、干渉がつのっていきます。

極端なことを言えば、その子が安心・安定を持てていなければ、なにをやらせても教え込んでも、さほど子供のプラスにはつながらないのです。

幼稚園や学校が、子供にものを教え込むことが可能なのは、この「安心・安定」を前提としているからです。
しかし、現代では幼稚園や学校でもこの前提が崩れ始めている現実があります。



保育施設は、「安心・安定」がふんだんに必要な幼少期に預かります。ましてや保育は低年齢化、長時間化しています。
「安心・安定」が十分ではないというのが前提なのです。
それは必要なだけ補ってあげることが保育士の第一の仕事です。

しかし、それはなかなか目に見えないので、多くの人が二義的な目に見える「○○できる」に捉われてしまいます。


A保育士は、個々の子供にこの「安心・安定」を与えることを最重視し、日常の生活や遊びの中での配慮としてそれを行っているのでした。(少し挙げると例えば、受容などの精神的なケアや自己肯定感の形成)
それゆえに、信頼関係が大きく形成され、子供の方から大人に寄り添ってくれる姿を出せるようになっています。


さらにもう一点あります。

本当にA保育士には「○○せさよう」とも「○○できるようにしよう」とも思ってはいない、という大人の姿勢・心のあり方があります。

しかし、それは「なにもできないままでいい」と思っているわけではありません。
「いずれ必ず必要なことはできるようになる」という気持ちで子供の成長を大きくとらえてあげられています。

それは、「子供を信じる」ということが、上辺や口先だけでなく実践できているということです。
子供にはこの大人の気持ちのあり方がわかるので、より強い信頼感を持ちます。
子供は、関わりの中でのなにげないニュアンスの上でも、できない姿に対して否定されませんからね。




A保育士が子供を信じられるのはいろいろな子供を見てきているからです。

あたりまえですが、子供にはできる子もいればできない子もいます。
それはみんな頭ではわかっています。
でも、「できない子もいるしできない子もいるんだから。あなたはそれでもいいよね」と、ありのまま、できない姿を肯定してあげることはなかなか心情的にはできません。

そこで結局は、おしなべてどの子にもできるように望んだり、働きかけてしまいます。



A保育士はそのステージはクリアしています。

「私はこの1年しかこのクラスを担当しないかもしれない、だからこの子が○○をできるようになる姿を見れないかもしれない。でも私の自己満足のために保育をしているのではないのだから、その子の最適なペースで成長してくれればそれでいい」

そのように心で思えています。
「成果を得て満足したい」というところはすでに達観しているわけですね。




保育実践で難しいのは、実は保育士自身の心のマネージメントです。

最初はいかに善意や、職業的な使命感で「この子に○○できるようになってほしい」というところからスタートしたとしても、いつのまにか「○○しようとしないこの子にイライラする」になりかねません。

すると、その大人の心情の波立ちからも、過干渉が大きくなります。
それでは信頼関係も厚くなりません。

そこにも、「できること」を望むほど子供が従わなくなるという原因があります。


ただこの点は難しくて、その人の性格や成育歴などによっては、そういう「できること」や「きまりを守らせる」といったことにこだわらずにはいられないという人がいるのも事実です。
それはその人の個性でもあり悪いことではありませんが、それに無自覚でいて、子供を疎外したり体罰を用いたりになってはいけませんから、自身のあり方には意識的にいる必要があるでしょう。


さて、A保育士はそのように結果を直接望んでいないという姿勢が、むしろ子供に無理のない成長をさせ、それが信頼関係を基にした自発性・自主性として表れているのでした。

子供をできるようにしていないことが子供をできるようにしていたというお話でした。


もちろん、A保育士だけでなくこのクラスの担任がそういった姿勢の元保育に取り組んでいます。
結果的に、「なんで1歳なのにこんなにできるんですか?」と見る人がいうクラスになっていました。
では、そこで子供たちのどんな姿があるのかもう少し事例を見ていきましょう。


つづく。
(講演がいくつか控えておりその準備があるので続きを書くのは時間がかかってしまうかもしれません。あしからず)
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● COMMENT ●

できるまで待つ?待ってはいけない?

3歳6ヶ月の息子がいます。6ヶ月の弟双子もおります。
保育所に通っているのですが、来年の幼児クラスに上がるに当たり特別支援保育を受けることになりました。発達障害などは診断されていません。
体の使い方が上手でなく運動面が苦手だったり、言葉やコミュニケーション力が同月齢の子に比べると遅いようです。赤ちゃん時代から色んな発達がゆっくりだったので、保育士さんがついて見てくれるのはこの子の成長にとって良いことなんだろうなと思います。息子の通う保育所は丁寧で信頼でき、いい保育士さんもたくさんいます。

ただ気になるのは、発達相談で児童心理司に言われた言葉です。
「お母さんは言葉も問題ないと言われましたが半年~9ヶ月の遅れが見られます。おはしは持たせてますか?うんちはトイレで出来ますか?この年齢だとうんちもトイレでできますし早い子は自分で拭いて、親は仕上げだけです」(息子はおしっこはほとんど確立していますがうんちの成功率は最近上がってきたところでした)
「頑張っていきましょう」

何を頑張ると言うのでしょうか??
息子を育ててきて、痛感しているのは、それこそ「大人が結果を作り出そうとしてもうまくいかない」ということです。
出来るようになるように関われば過干渉になります。
おはしもトイレも言葉も運動も、出来るようになるまで待ってあげるのはいけないことなのかな?
何もしなくてもできる子はいいけど、うちのようにゆっくりタイプの子は待ってあげずに促してやらせるべきなのか??
過干渉にならざるを得ないのか???

もやもやしています。
過干渉にならない関わり方...もう一度ブログで探そうかな(^_^;)

いつもためになる記事をありがとうございます。報告が後になり申し訳ないのですが、ブログに記事を引用させていただきました。もし、問題がありましたらご連絡ください。
どうぞよろしくお願いします。

子どもに頭を下げさせる?

いつも拝読しています。
1歳クラス2歳なりたてです。
子ども同士のささいないざこざの際に、子どもの頭を手で押さえて下げさせる場面が保育園であるようです。
「こうやってごめんなさいするんだよ」という感じで教えて下さっているようなので悪意も深い意味もないらしいのですが、人に頭を抑えられるというのが私だったら嫌だし失礼に感じるので、とても違和感があります。
私が大げさなのでしょうか。
とはいえ、保育園に預ける以上そのような場面では先生方に託すしかありません。
親の見ている範囲で子どもが謝らなければいけないようなことをした場合は、親としてどのように行動するのが良いでしょうか。

やっぱり信頼第一

そうですよねm(__)m子供の自主性自発性は信頼関係からはじまるんですね。
ついつい保育中も自宅で我が子にもさせようとしてしまいます(*_*)
朝起きたらおしっこいきなさーい顔洗いなさーい!
要求は子供にいっぱいするくせに私は、子供のしてほしいことしてなーい! 
赤ちゃんと三歳半の子供と過ごす中で出来る限りのことはしているつもりですが、まだまだ(-_-;)
もっとどちらにも手をかけてゆったり過ごしたいのになかなか(*_*) 

やらせようとしない干渉しないこともう少し気を付けてやりたいです。
着替えなんかもそうですよね。
はいはーい手伝いますよー。ぐらいのほうがいつの間にか自分でしようとしてたりしますね。ほら!自分でやりなさい!って時は、すぐに「出来ないー!!」ってなりますから(-_-;)


すみれさんへ

すみれさん
私も同じようなことがありました。

息子の保育園は帰りに「先生さようなら」と言いながらおじぎをする慣習があります。
ある日迎えに行ったらたまたま園長先生が玄関にいて、「ここまで下げて、手は膝、こうするのよ!」と息子の頭を押さえており、もやもやを感じました。
先生は子供たちにおじぎして挨拶しないのに。

お辞儀は日本におけるオトナ社会の礼儀なので、無理に子供に頭を下げさせなくてもよいと私は思っています。自然とお辞儀するようになるなら、まぁそういう文化だしそれはそれでいいか、くらいの。
私は子供が帰りの挨拶をするときに、一緒に先生にお辞儀をしています。大人がしないことを無理に子供にだけさせても、意味なんて伝わらないと思います。
三歳近くなった今、普通にお辞儀して帰りの挨拶してます。でも謝るときにお辞儀はしません。私も夫も、家族や友人にお辞儀して謝ったりしませんので、それでよいと思っています。
年始の挨拶とかだったら、お辞儀するんだよ、て言うと思います。

>こまゆかさん

ウチの子も同じくらいの年齢で言葉が遅いので一言言わせてくださいね
健診で相談した時に健診で診てくださった小児科の先生から
「もう少し、様子を見てから耳鼻科で相談しましょう」と言われました

数か月たってから耳鼻科で相談をしたら先生からは
「この年齢では発達に凄い個人差があります 少し前に比べて言葉が増えてるなら
心配はないですよ 4歳まで様子をみては?と言われ 言葉が遅い原因が
耳や舌などにある場合があるのでその検査をしましょう」と言われました
一度、発達に詳しい耳鼻科で相談されてみてもいいと思いますよ
言葉が遅い原因が他にあるかもしれません

トイレに関してですが、私の周りでは「大きい方は年中さんの夏まで
おむつじゃないとできなかった」という話をよく聞きました
過去の記事でも書かれていますが、無理矢理とるのはお子さんの精神的に
よくないと思います。 

周りと比べるのではなくお子さんの過去と比べてどれだけできたかを
見た方が気が楽になると思いますよ 難しいですが・・・
それに、子どもは育児書通りには育たないですからね

私が相談している保健師さんと比べると
その児童心理士さんは少し勉強不足かな?と感じています

きなこさんへ

愚痴のようなコメントに(というか丸っきり愚痴(^_^;))ご丁寧に返信ありがとうございました。
耳鼻科ですか、なるほどそういうこともあるんですね...。よく中耳炎になるので小さい頃から耳鼻科通いです。今度聞いてみたいと思います。言葉数は確実に増えていると感じるんですけどね。
あらゆる発達具合も、息子の過去に比べるとたくさん出来ることが増えていてすごく成長を感じるんです。
ただ集団になったときに、他の子に比べると◯◯が出来てないので...とあらゆることで指摘されてしまうので、それがなんだか心苦しくて。
母子だけで過ごす分にはなんら問題なかったのに、そういう指摘を受けてしまうと、ついトイレの失敗や返事をしない、行動が遅いといったことに目がつき、ひどく怒るようになってしまいました。(下の子と合わせての育児ストレスも重なってるのも原因のひとつですが...)
成長を待ってあげたい気持ちと、発達の遅れに対する指摘へのジレンマで、息子を苦しめてしまったかなと思います。
自分に都合のいい情報(ゆっくりでも大丈夫的な)だけ育児に取り入れてたせいで、そんな指摘を受けてしまう羽目になったのかなとか。

その心理司さん、半年に一度は保育所に視察にいくのでお子さんのこと見ますねよろしくお願いします~と仰ってましたが、個人的に結構不信感あるのであんまり嬉しくなかったです(笑)

おとーちゃんの「頑張らなくていいんだよ」の記事に少しほっとしたので、またこれから少しずつ立て直していきます。
また愚痴のようなコメントになってしまってすみません。

こまゆかさん

うちは、4歳半の娘一人で、成長もまあまあ早いタイプなので、あまりお気持ちを理解できてはいないかもしれないのですが…。
児童心理士さんの言葉はやはり、プレッシャーに感じますよね。でも、3歳半で、うんちが一人でできる、ふくこともできる、というのは私の周囲を見ても絶対的に一般的なレベル、ではないと思いますよ~。

ちなみにうちはおむつ外れは2歳3か月ほどで、周囲よりもだいぶ早かったですが、これは、布おむつやおむつなし育児をしていたからだと思います。と言っても、私は布おむつやおむつなし育児をすれば早く取れる、というわけではないと思っています。

私はおむつ替えがとても好きでした。だから、おむつを替えるときにいつも、良い関わりができていたんだと思います。替えるときは、子どものお尻がかわいくて、足遊びをしながら楽しく変えることが多かったし、タイミングが合えばトイレに抱えてさせてみたり…。自分も子どもも楽しく過ごしてました。

うまく言えていないかもですが何が言いたいかというと…子どもの成長をみたいがために親が、過干渉するとか、結果を期待するとかは、管理、支配だと思います。
が、成長するのを何もせずみているだけ、というのとは違うと思うんです。親が導く、と言えばいいのか…。待ってあげるというのはすごく大事なことですよね。それプラス、過干渉ではない関わり…おとうちゃんさんも言われている(と思う)日々の生活を大事に過ごすことが、結果的に子どもを成長させているんだと思います。
おうちでのお手伝いとか、案外母親が自分でやったほうが早いからと子どもにさせないことって多くないですか?家事のお手伝いとかも命令したら支配になっちゃうけど、一緒にしてみようっていうだけでも子どもにとっては新たな生活体験になりますし。

うちは、おむつ外れを早くしたいから布おむつ、ではなかったけど、おむつ替えや他の良い関わりが増えた結果、そのように早くはずれたのかなとおとうちゃんさんのブログや他のものを読んで感じたことです(おとうちゃんさんブログを知ったのは2歳半の頃)。

なので、その児童心理士さんの言葉が正しいかどうかは全く分かりませんが、ただ単に「待つ」だけではいけない場合もあると思います。
でも、変に頑張っちゃうと逆効果なのでしょうね。私の場合は楽しんでいたから良かったのかなと。おむつ外してやろう!って頑張ってたら、違う結果だったのかもしれません。

実際を全然知らないのに勝手にいろいろ書いちゃって、気分を悪くされたら申し訳ありません!子どもの成長はほんと人それぞれだし、早くて良いでもないと思うんですが、もしできることがあるとすれば、「生活の様々な経験」もあるよ~、とお伝えしたかったのです。

こまゆかさんのコメントを読んで

こまゆかさんのお気持ち、とても分かります。
○○ちゃんは出来てないですが他の子は出来ていますよ、○歳ならこれぐらいは、といった言い方をする先生が園に1人だけいらっしゃって、正直、その先生に呼び止められると嫌だなあ、またかと思います。この先生はこういう言い方、熱心だし子のための話をしてくださっているから自分の中で良い方向に変換して聞けばいいと考えるようにはしていますが…この先生の話を聞くと、プロの言葉の重みでどうしても、ここが出来ていない、という見方で子どもを見るようになって、親が何とかしなければとキツく接してしまいそうになるので、夫などに愚痴って発散するようにしています。子の成長を感じた出来事を話すと、そんなでもないですよ、とか、でもまだこれできてませんね、と返ってきますし、矯正必要な親バカですか私?と言いたくもなります。その先生は、自分がこういう指導をしたらこれが出来るようになりました、ということはよく伝えてくれますが、何か違うと感じてしまいます。
その子それぞれの個性に応じた関わり方をアドバイスをすること、もし、もし、ですが、専門家の視点で、経験の不足がある、こういった関わりが不足していることが原因かも、いうことがあるのであれば(例えばボニービーさんがおっしゃっているようなこと)、それを親に上手く伝えて一緒に考えるのがプロ、親の気持ちを不安定にさせるなんて、もっての外だと思います。
ほとんど私の愚痴ですみません。
きなこさんのおっしゃっているようなもしかしたら何かしらの原因がある可能性も親として考慮しつつ、色んな関わりを試してみつつ、でも基本的には、待ってるよー、の姿勢が私は大事だと思っています。
同じく、大人が結果を作り出そうとしてもうまくいかない、ということを痛感しているもので、思わずコメントしてしまいました。

ボニービーさん、まーみさんへ

返信ありがとうございました。

一緒に晩ごはんを作ったり、おやつを作ったり、散歩したりドングリ拾いをしたり...など出来るだけ生活体験をさせようとしたりします。子どもと一緒に笑う時間を大切にしようと思っています。
ただいかんせん双子育児でやらねばならないことが一日のうちに大量にあり、時間がなく関わりが減っていたりイライラしてしまったりすることも増えてます。突き放す関わりもいけないとわかりながら正直多用してます。
「子どもと一緒に楽しく過ごすため」に色んなことを体験させているつもりで「成長を促すため」という思いもなくはなく、それが無意識にプレッシャーになってるのか??
もうなんだか自分がわからなくなってしまいました。

これ以上はおとーちゃんの有料相談を利用することにします。コメント欄のお目汚し失礼しました。そして温かく返信してくださった方々、本当にありがとうございます。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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