2017-09

我が家では「自然体」で関わっています - 2016.09.16 Fri

『「受容」をしても子育てがうまくいかない人は読んでみて』
の記事にはたくさんの反響をいただきました。

その中で、我が家ではどのように子供と関わっているのですかとご質問がありましたので、ちょっとお伝えしたいと思います。



ただ、この話は「こうしなければならない」とか「それができていないから私はダメなのだ」といった方向では読まないでくださいね。
基本的にはそういった風に取られないように文章を気をつけて書いているのですが、気が滅入っているときや子育てに行き詰まっているときの心情で読まれたりすると、そのようにとらえてしまうことがあるようです。

我が家の子育てのことを書くと、楽しく読んでくれる方がいらっしゃる一方で、そのように自信喪失や自己否定されているように取ってしまう方もいらっしゃいます。
それは僕としても本意ではありませんし、また我が子のことを書いて攻撃的なコメントを寄せられるのは僕としてもとてもつらいのでご理解ください。


ぜんぜん大したことを述べるわけではないのですが、読者の方に「あなたもそのようにしなさいよ」と言うつもりで書くわけではありません。ただ、「我が家ではこのようになっています」というだけのお話です。







基本的には、『「受容」をしても子育てがうまくいかない人は読んでみて』で書いたことは僕も妻もできています。

それは言い換えると、「自然体で関わっている」ということです。


それを具体的に分解してみてみると・・・・・・。


・「子供の行動」・感情を”このように”(大人の意図しているように)しなければならない」といった方向では関わらない


・子供に、行動や手伝いを求めるとき、それが必要だからそのまま普通に求める。ただし、「やるのが当たり前だ」といった居丈高な気持ちではない


・「子供に”○○して”と要求したとき、それを聴いてくれなかったら(ゴネたら)どうしよう」などと、失敗を先回りで想定して関わったりしない


・子供の問題は、「大人がどうにかして解決すべき問題」ではなく、あくまで「その子自身の問題」という認識を持っている。それは「子供自身の問題なのだから、けっして手を貸さない」といった冷淡な形ではなく、子供が手助けを求めるならばそこに必要と思われる手は貸す。しかし、大人から解決を申し出たり、手出しをすることはない。(→ 「信じて待つ」 を参照)



これらのことは、一般の人であればちょうど大人同士での関わりで当たり前にしていることに当たると思います。

基本のスタンスはそれと変わりませんが、それは他の大人に対するように「ドライ」なわけではなく、そこに家族としての「ウェット」な部分も入っています。
その上での自然体です。


大人自身のあり方としての「自然体」つまり「くつろいでいる」があります。
同時に、子供への関わりにおいても、「ああしてやろう」「こうしてやろう」「こうされたら困る」といった、大人の望む行動取らせようという意識、決めつけや先入観、先回りした心配などなしに、「自然体」としての関わり方があります。


「先回りしない」=「おっかなびっくり関わらない」

これができます。
おそらくそれができるのは保育士として多くの子供に関わった経験が十分にあるからです。
長年保育士をしていても、なかなかそれができない人もいるくらいですから、一般の人がそれを上手にできなかったとしても普通のことではあると思います。

もしなにか子供が失敗したり、壁に当たったらそこから考えればいいときっぱり割り切れています。それでも十分に子供は育っていけるし、生きていけるという認識を僕も妻も持っています。



具体的には、こんなことがあります。

以前4月に、娘が小学校に入ったときのことをお伝えしました。
朝泣いて、行きたがらない日があること。5月の連休が明ければおそらくは、それも一段落するだろうと思っていることをブログのなかで書いたと思います。

実際そのようになりました。
しかし、それでもときどきぶり返して朝泣いていたりすることがあります。
夏休み明けのときもけっこうそれがありました。

話を聞くと、「お腹がいたくなっちゃった」(おそらく精神的なもの)と保健室に行く日もときどきあるようです。

そういったことがあるのですが、それでも全然心配しません。

「毎朝泣いていたら嫌だわ」とか「その問題を解決するように、私がなんとかしなければ」という風には思わないのです。

それは娘の問題であり大人が手を出したところで、「依存」以外の結果にはつながらないこと、手を出さずとも彼女は時間はかかるにしても自分で乗り越えていけることを理解しているからです。
なぜ、そう理解しているかというと、その基礎になる力をこれまでの育ちの中で、「受容」という形で与えたことに僕も妻も自信をもって確信できるからです。



そのように割り切れているので、「今日お腹が痛くて保健室いったんだ」と娘が話しても、少しも心配せずに済んでいます。
むしろ僕は、めそめそ泣いて誰かが手を貸してくれるまで待っていたのではなく、自分から先生に「お腹が痛いと言えた」ことに、ああその力があるんだなと安心すらしています。


そういったスタンスを持てているので、我が家では親である僕と妻の子供への目線が「心配」からスタートしたものではなく、いつでも「ああ、そうなんだね」と肯定にもとづくものにできています。



息子は昨年から友達に誘われて少年野球をしています。
自分からやりたいと始めたことで、友達もたくさんいて、とはいえ体も小さくてさほど運動神経もいい方ではないのだけれども、それなりに楽しんで行っています。

でも、ときどき練習に行きたがらないときがあります。

おそらく多くの人は「なんとかして行かせなければ」と考えたり、そこで困ってしまったりするかと思います。
僕ももちろん「どうしたのかな、なんかあったのかな?」と気にはなりますが、そこは親が介入しても仕方のない問題なのだろうと思っています。

「自分の決めたことなんだからちゃんと行きなさい」という大人の関わりが間違っているわけでもないのでしょうけれども、それをしていくとその習い事なりスポーツなりが、「自分のためにすることなのか、親のためにしていることなのか」わからなくなる事態も引き起こしかねないと感じるので、このケースにおいてはそれはしなくていいと思っています。

自分で決めたことを、最後まで自分の意思と力で達成してほしいし、それでこそその意味があるのだと。


また、子供には子供自身の世界があります。
もしかすると、チームの中でレギュラーになれないことを気にしてモチベーションが下がっているのかもしれないし、誰かに「下手だな」とでも言われたことで気持ちが萎えているのかもしれません。

チームとは関係なしに、学校でなにか嫌なことでもあって、頑張る意欲が出せなくなっているのかもしれません。

もう親が四六時中介入する年齢ではなくなっているのですから、子供にはそういうこと・自分の世界があるものです。

よしんばそういうことがあったとしても、大人の手助けが必要ならばそれをなんらかの形でそのサインをだしてくるでしょう。
出さないのであれば、自分で消化や解決をしようとしているのですから、ありのままを「ああ、そうなんだね」と見守るだけです。

もし、なにかあるにしても幼少期からの家庭における「肯定」を背景として、この「ああ、そうなんだね」という見守りが、子供にそのことを乗り越えていく力になることでしょう。

それがあるので、大人としては自然体でいられます。



またもし、べつに単になにごともなくとも行く気がでないというだけだとしても、親である僕たちが「じぶんから行ってほしく思っているだろうこと」は子供自身がきちんと認識していますので、ああだこうだと言う必要をあまり感じないのです。
出口は子供自身もすでに見えているのです、あとは自分でどうそこにたどり着くかの問題なのですね。


とはいえ、「自然体」ですから、親である自分自身が「ここはなんとしても行ってほしいのだ」と感じるのならば、それを堂々と出せばいいとも思っています。

いま、上で述べたことは「そのようにすべきだ!」「親はそのようであらねばならないのだ!」と考えているわけではまったくないのです。



「私は行ってほしくてとてもイライラしてしるのに、それを”我慢して”言わずにいるのが立派な親なのだ」ということではまったくありません。


自然体なのだから、自分自身がそう感じているのであればそれを言っていいと考えています。

僕自身も、そのようなときが来たらそうするでしょう。
そのときも、そこに躊躇はありません。


なぜなら、「嘘」はどこにもないからです。


「行ってほしい」のに親が「イライラ」を”我慢して”、”無理して”子供になにもしないというのは、そこに親が自分につく嘘があります。

そう感じるなら、そのようにすればいいのです。それが「自然体」です。


結果的には、その「嘘のない関わり」が子供との間に大きな信頼関係の蓄積となって、子供に無理のない(それでいて親にもそこそこ望ましい)成長を遂げさせてくれています。



それができるのは、今現在の「うまい関わり方」があるからではなくて、これまでの育ちの中でその方向性での一貫した積み重ねがあるからなのですね。

子供の乳幼児期から、支配・管理をしない関わり方を積み重ねることで現在のその状況が可能になっています。(このことは「そのようにしてこなかった家はもう手遅れです」という意味ではありません)



子育てのスタートを「支配・管理」で積み重ね始めてしまうと、大人はその子にずっと「支配・管理」をし続けなければならなくなってしまいます。

このあたりのことを話し出すと長くなるので、今日はここまでにしておきます。


我が家は一貫して子供の「支配・管理」をしないので、子供も自然体だし、大人も自然体です。
そう話すと、子育て=「大人の子供への関わり方」という側面が強調されてしまいますので、以前の記事のことをもう一度ここで念押ししておきますね。

その前提には、「子育ての基礎の基礎」である、「大人自身が家庭の中でくつろいでいる」このことがあるからです。


関連記事

● COMMENT ●

寝起きの機嫌が悪くて泣いていたむーちゃんは、学校が嫌と言って泣いているのですね。かわいいなぁ。わたくんは、男の世界でもまれているのかな?
おとーちゃんさんの文章を読んでいると、子供には子供なりの考えや世界があって、親子は人と人との関係として接しておられるということがよくわかりました。これはうちのような3歳児と2歳児に対しても同じなのかな。なんだかうちは、あれしなさいこれしなさいと1日を回すことが自然体になっているようです。
先日二人がおもちゃの取り合いをしている時、息子が「あかんかんかんかんかん~~!」と言ったのがおかしくて、大笑いしたら、息子がかけよってきて嬉しそう~~な顔をしました。何かとふざけてばかりなのはひょっとしたら何でも楽しくやりたいよ~~という気持ちの表れだったのかな。
ふざける=受容が足りてない、と思い込んで、抱っこ抱っこよしよしを意識してきましたが、息子自身をよく見てなかったのかも。

今回の記事、うまく言えませんが、ぐっときました。

「自然体」 と~っても、大事ですね。「自然体」=ありのまま ですよね。
自分もそうですが、子育てを頑張っているのに苦しんでいる人って、ありのままの自分を出せないからなのかもしれないですね。(アナと雪の女王の歌を聴いてるといつも泣けてきます(笑)

おとーちゃんさんの育児が素敵なのは、当たり前ですがやっぱりおとーちゃんさん自身が素敵だからなんですよね。カエルの子はカエル。自分がいくら粘土細工しても、自分の能力以上のものにはならない。
でも、でも、植木鉢なら、違う花が咲くかもしれない。カエルの子はカエルなんですが、それでも、植木鉢なら自分とは違うタネだから、その子のありのままを見ていけば、必ず素敵な花を咲かせるはず…。なんか例えがおかしいかな…(^^;)

え~っと、どういうことを言いたかったかというと、「素敵な大人」によって「ありのまま」を肯定されながら育つと、親ゆずりの素敵さ+その子本来の良さ も併せ持って育つ。
でも、大して素敵じゃない(と自分が思っている)人でも、「ありのまま」を親子共々肯定しながら育つと、その子の「ありのまま」が光ってくる。そしたら、その子が大人になったとき、「素敵な大人」になる。(これも変な例えですかね…)

一般的に素敵な人でも、子育てで苦労されてるって結構あると思うんですよね。それはやっぱり、子どもに対してもですが、自分の「ありのまま」も見ていないからなのかなと。自分にも粘土細工してるんですね~きっと。

自分が「子どものあるべき姿を作り出さなければいけない」と思っていると、逆に可能性を狭めてしまいますね。

「親がくつろぐ」のが大事、というのも、その時のありのままの自分を親も出す、ということかなと。もちろん、「不安は隠す」というのもありますが、あ~今隠しきれないな…って感じるときは、無理に隠すんじゃなくて、素直に伝えた方がよっぽど良いってことですよね。

自分に正直に、って実は難しいですね

おとうちゃんさんのブログを読んでから、自分の気持ちに正直になって育児をしてみることを心がけてきました。すると、(今だからこそ思うのですが)、子供に対して傍若無人というかものすごくわがままになっていたように思います。(私はこうしたいんだから、あなたがいうようなことをするのは絶対嫌よ!みたいな感じですかね…。)
私は今まで生きてきた中で、自分の感情になるべく蓋をして、自分を抑えて抑えて、なるべく自分を出さないようにしていたと思います。それが子育ての中で自分に正直になろうと思ったら、自分の気持ちの出し方がわからずに、子供相手に加減をせずに一気に出しまくってしまっていたのかなと思います。
まぁ、それからまたいろいろ悩んで考えて、でもやっぱり自分に正直にして過ごしていたら、最近は前よりはすごく落ち着いてきて、感情のコントロールといいますか、無理な我慢をせずに相手の気持ちを受け入れる余裕が持てるようになってきました。
自分の中の成長できていなかった部分が、ようやく成長してきた、そんな感じです。自分に嘘をつかなくても、ちょうどよく折り合いがつけられるようになって 、子供ともお互いくつろいで過ごせるようになった気がします。
自分なりの正直なあり方を掴むのは、私にとってなかなか難しいことでしたが、生きて行く上で大事なことを学ばせてもらったように思います。といっても、まだまだ途上ですが。その道の途中を、なるべく楽しいことをいっぱい見つけながら、この先も子育てしていけたら、と思います。

やっぱり仏教的(笑)。P先生は、自分が100安らいでいれば、相手が90イライラしてても勝てる(大丈夫、よい変化につなげられる)。10のイライラの人が10人いても、自分が110安らいでいれば勝てる、とおっしゃってます。また、相手に質問を投げかけたら、手放しなさいとも。自分の言ったことに執着していると相手は心を開きません、と。
難しいですけど、お父ちゃんさんのブログを参考に、子供でまず練習しております。

娘がまだ1歳の頃、支援センターのスタッフに、
「子育てをどうしたらいいのか、すべきか」を問いかけたことがあります。
子供を産む前は、こんな風に関わったらいいんじゃないかなぁ?と簡単に思ったりしますが、
実際産んでみると全然思うようにならないものですし、うちの親は忘れっぽくて相談相手にならないし(笑)、『今の子育て』のプロに話を聞くようにしていました。

そのスタッフは、一言だけ

「ママが良いと、子も良い」

とだけ教えてくださいました。

たった一言ですがとてもわかりやすく腑に落ちました。

それからは、自分が心地良く感じる事を選び、
自分が納得できる方法を選び、
できるだけ負担を減らし、
でも、頑張るべきと思うところは、なるべく楽しんでできるよう工夫しました。

子供と遊ぶ時は、自分も一緒に楽しめるような事を見つけるようになりました。
(遊びを通して自分も達成感を味わえる事って意外とあり楽しいし自信がついてきました)

イライラしたり、叱ったり、感情的に怒ることも出てきますが、
それはまぁ仕方がない(笑)と受け入れ、自分の感情をしっかり感じ解放しています。

そして普段毎日娘に「だいすきだよ~」「だいじだいじだよ~」「たからものだよ~」って伝えていますが、自分が心穏やかな時に、「ママがプンプン怒ってても、ダメって言っても、どんな時も○○ちゃんのことが大好きなんだよ~」と伝えています。
娘は「そっかぁ」と嬉しそうに聞いてくれます。
私はイライラの原因が子供以外の事が多いのですが、、、その時は「イライラしてごめんね」と謝っています。

3歳になって「ママとパパがイライラしてもだいすき!」と言ってくれるようになり、逆に申しわけない気持ちになりますが・・・。

日中、ママが一人で子育て、家事やら何やら、あれもこれも・・・
そして、なるべく叱らず、ごまかさず、釣らず、脅さず、言いなりにならずに、突然の子供の迷惑行為をやめさせる為にどう伝えるか!?
頭フル回転!毎日IQ問題解いている気分でした。特に魔の二歳児!
(これも意外と楽しかったりしますが)

おとーちゃんの丁寧なメッセージのおかげで、関わり方の方向性がしっかり見え、ブレても「こっちこっち」と教えてくださるので毎日助かっています。毎日です!

「良い」と思っている事を「それは違う」と伝えることはとても難しいと思います。
それでも親切丁寧に伝えてくださることに、感謝でいっぱいです。


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