2017-03

「信じて待つ」のイメージ - 2016.09.01 Thu

「信じて待つ」を言い換えると、「私が(子供の姿を)作り出さない」と言うことです。



僕はしばしば、子育てを「粘土細工」と「植木鉢」に例えています。


私が作為して作り出してしまう子育てを「粘土細工」。
子供が自分の力で育つべくように見守るのが「植木鉢」。






「信じて待つ」というのも、どんな子供もなにもしなくても望ましい姿になりますよと言うわけでもありません。

それは、好ましくない姿が出ているのに、大人がなにをどうしていいかもわからず手をこまねいているのとは違います。



花を育てるときのように、水や肥料はあげるのです。
その水や肥料に当たるのが、受容や肯定、共感、認めるといったことでしょうか。

(ただ、それを「子供の要求を聞くこと」や「いいなりになること」、親が無理を重ねることと理解してしまっているとまたべつの方向にいってしまいます)


水や肥料をあげたら、子供がどう咲くかは子供に自分で達成させることが「信じて待つ」ことです。
子供ですから、うまくいかないこともたくさんあるでしょぅ。だから、子供自身でどうにもならないことには必要な手助けはします。


でも、大人があれこれして子供の望ましい(と大人が考える)姿を直接的には作り出す方向では子育てを考えないということです。

だから僕は子育ての「テクニック」=「うまいやらせかた」では考えていないのです。


指示したり、せっついてやらせたり、疎外や威圧することで子供にその行動をとらせたり、大人の顔色をうかがわせるように仕向けたり、モノで釣ったり、脅したり。そういうことを、これまでの子育ては当たり前のものとしてきました。



子育ては積み重ねです。
積み木を上に上にと積み重ねていくようなものです。

下の方から丁寧につんでいけば高い積み木が作りやすいですよね。
でも、下の部分がぐらついた状態だと上に一生懸命のせたとしても、あまり安定して積み上がってはいきません。
そうなると、余計そこにたくさんの手をかけないと崩れてしまいます。
するとさらに大人が、直接子供の姿を作り出そうとする関わりは、多く、強くならざるを得なくなっていきます。


子供の姿がすでに大変になってしまっている人には、「信じて待つなんてできるわけない」と感じるかもしれません。おそらくそれはそうだと思います。
そういう場合は、積み木の下の方の段に一度戻って、そこから安定する形で積み直してけばいいのです。

水と肥料をあげるところ、受容や肯定に戻るわけですね。



今度の名古屋の講演にいらっしゃる方から、たくさんの質問やお悩みのコメントをいただきました。
僕のブログや本を読んでくださっている方たちですので、「受容が大事なのだ」ということはご理解なさっているのだと思います。
でも、その機微のところや、「実際にどういう方向性、関わり方で子供と向き合っていけばいいかわからない、うまくいかない」と、そういうところがネックになっているのではないでしょうか。

このことは、個別の問題だったりする部分もあって文章だけだと伝えにくいのですが、直接お話できる機会ですので、今回の講演はそこに重点を置いてお伝えいたします。
きっとなんらかのヒントをつかめるのではないかと思います。

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● COMMENT ●

信頼される

「子供を信じる」本当に難しい。「待つ」とっても苦手。でも、凄く大切だと痛感しています。自分に置き換えれば当たり前の事ですものね。信頼関係を築くためには相手を信用できなければ無理ですよね。
何か失敗する前に防御させてしまう。それって、親のためですよね。自己保身。周りの人間に「ダメな親だと思われたくない!」って。
子供は、親から学ぶだけじゃない。人を傷付けたり、生死に関わる事以外は失敗から学ぶ事は大事ですものね。
心にゆとりを持って子供を見守る。どうしたらそう出来るのか日々反省。

まさに今直面している問題です。
幼稚園に行き出して自立心が芽生えてきたかなと思っていたのに夏休みでふたたび甘えっこに。
なんだかんだと幼稚園でがんばっとったんやなぁと、さんざん抱っこして甘えさせましたが、お漏らしの連続でオムツに戻るし、テーブルに上ったり炊飯器のスイッチを入れたり、危ないからせんといてと言ったことはことごとくするので困っています。
してはいけないことをするのは、もっと構ってほしいのだと思うので、「後から抱っこ抱っこよしよししてやるから待っといて」と言うのですが、素直には言うことは聞いてくれません。これ以上するなと言っても止めないのはわかっているので、自分に言い聞かせるつもりで「今はできんでもそのうちできるよ」と言ってみるのですが、そうか・・・そのうちできるよは親の期待なのかな。
期待というか、うちの場合は危ないことをしないで欲しいだけなんですが。

子育てのハードルはもう地面すれすれくらいに下げているのですが、子育てのハードルを下げることと、子供をできないものと見くびることの違いもいまいちよくわかりません。
お漏らしはほぼ100%なので、これ以上パンツを履かせても私が「お漏らししとるからパンツ替えなさい」と言うだけで今はトイレでできる状態ではないと思ったのでオムツに戻したのですが、本人はパンツがいいと言います。
そしてパンツにしても相変わらず全滅。
できると信じてパンツにするべきか、今はできなくてもいいよとオムツにするべきか、とっても迷っています。

いのうえさんへ

危ない事をわざと?する感じ、なんともこっちが冷静になるの難しいですよね。
信じたいのに、最終的には強めに出て止めさせないと危なくて見てられなかったり…。
とってもわかります。
うちは数週間くらい、成長期のような感じで子供のアクションにこちらが応えるみたいなしんどい状況があって、なんだかんだと危ない事したり、要求するような感じで、無理に応えてるつもりもなかったんですが、たまってきてイライラ…。みたいな。
とてもしんどかったんですが、このままずっとはほんとしんどすぎると思い、気持ちを心から切り替える努力をしました。
子供の成長期はずっとじゃないし、こんな風に危ない事するのもずっとじゃない。と。
そういう目で見つめたり、とにかくどんな事にも共感してみました。
「やりたいよね、ためしてみたいよね…。」って。その後ちゃんと危ないからやめてほしいことは切に伝えるんですが。
早くこの成長期を終わらせるためのテクニックみたいな感じに思わず、私としてはすぐにでもやめてほしいんだけど、やってみたいよね…。そっか、⚪⚪君も大変だね…。って正直に複雑な気持ちを伝えていました。
自然とそういう心持ちになった時、気づいたらあまりこちらを試すような態度はなくなってきました。
このように書くと、うちではこれでうまくいきました、みたいな感じに聞こえてしまい、いのうえさんがしんどくなってしまわないか心配なのですが、何か力になれたらと思って。
すぐにとはいかないかもしれませんが、そのうち、きっと大丈夫!と気持ちの奥で思って子供の事を信じるだけでも、目の前は大変な状況かもしれませんが、少しは楽な気持ちになるかもしれません。

パンツかおむつかは、一度子供さんにおもらししちゃうとお母さんも大変になっちゃうから、もう少しオムツにしてみようか、ゆっくりと正直に伝えてみるとか。
あとは、パンツにするなら、出来ると信じるとおもらしした時落胆してしまって、逆になんで?ってお互いにしんどいいので、いつかはおもらししないようになるから大丈夫!と少し先の事を信じてあげる感じがお互いの精神的にもいいような気がします。「いつかは…、大丈夫!」。
パンツでおもらししてしまった時、1番困っているのは子供なので(ふざけたり、気にしてないように見えても)オムツをかえてあげたように、パンツ着替えるのを優しく手伝ってあげるのもいいかもしれません。その時におしりなでなでしてあげたり、元気な子なら一緒に笑いながらおしりペンペンしてあげたり。出来るだけ楽しい時間にしてあげたらどうかなと。


ダラダラとたくさん書きましたが、どれも当てはまらないかもしれませんが…。
お互い子育て頑張りましょうね。

いのうえさんへ

テーブルに上ったり炊飯器のスイッチを入れたりは、何が危ないのでしょうか?

お子さんは、どうしてテーブルに上ったりするのでしょうか?

甘えが満たされても止めないのは、他の理由があるからかもしれませんね。


お漏らしの程度が、どのくらいか分からないので何とも言えませんが…

お子さんがパンツがいいというのであれば、パンツに貼る「おむつシート」を使ってみてもいいかもしれませんね。

毎回の記事共感致します。

「信じて待つ」、私には難しい永遠のテーマです^^;))

我が家は長男が少年期に入っているので、嫌でも「信じて待たなきゃならない」場面が多くなってきました。これから青年期にかけてますますそういう機会が増えていくのでしょうね。親としてどのように子供たちをサポートできるのか、考える日々です。

「粘土細工」と「植木鉢」、わかりやすい例えですね。
日本の公教育(粘土細工教育)を受けた私が「植木鉢」的な子育てをするには相当な自制が必要です。何でも私の価値観を基準にして「正しい」「正しくない」に当てはめたくなるものですから、しかもこの「正しい」「正しくない」という理解もところ変われば(国が変われば)全くあてにならないものだったりして、子育てにも異国に住むにも邪魔になる時があります。

育児本でもテクニックでもなく、何も考えずに今いる子供との時間を素直に楽しむことが一番なのですよね。




なちさん、ゴキリンさん

アドバイスありがとうございます。
「今はできんでもそのうちできる」という言い方が子供を不安にさせたのかなと思って今日は「○○ちゃん、できるやろ。母ちゃん知っとるで。」と言ってみました。(今までこの言い方をしてきたのですが夏休みで甘えが戻ってきたので自立を促すような言い方は控えていました)
すると「母ちゃん嫌い」と言いながらも言うことを聞いてくれました。
ほっとしましたが、それが子供にとってよかったのかどうかはわかりません。
あとで「抱っこは足りとるか?」と聞いてみると「足りてない。ずーっとずーっと抱っこして」とのこと。クッキーの缶が空っぽになってしまったようです。
夏休み中ずっと一緒にいてたっぷり遊んだのにこれも謎です。

幼稚園でオムツは嫌と言うので、パンツで行かせてみたらなんと、お漏らしせずに1日すごせたようです。なので、家でもパンツにさせてみたらやっぱりお漏らし・・・
これも構ってほしい気持ちの表れでしょうか。
あんまりオムツにしたりパンツにしたりもよくないと思うので、しぱらくパンツでやってみます。
ここはできてよし、できなくてもまたよしのつもりで本人に丸投げしてみます。

"テーブルに上ったり炊飯器のスイッチを入れたりは、何が危ないのでしょうか?"
↑お恥ずかしい話ですが、うちはダンナが独身時代に使っていた組み立て式のテーブルを使っていて、3歳の息子と2歳の娘が上に乗ったりぶら下がったりするのに耐えられる代物ではありません。 炊飯器は、オモチャを入れて加熱すると燃えたり爆発する可能性がありますし、炊飯中に近づいたり開けると、水蒸気でやけどしたり、圧力釜なので中身が飛び出る可能性があります。
考えすぎでしょうかね。メカが大好きで、スイッチやリモコンは必ずいじるので・・・

このトピックありがとうございます。名古屋講演会で聞きたいことをコメントしたものです。
そう、まさに、「親が正しいと思う姿にあてはめようとする」事ばかりだったかも。「伝わると信じて待つ」って大切だ。足りんかったわ。そして、今、何ができるんだろう…。と思っていたところでした。久しぶりに2冊目の書籍も読み、ブログもゆっくり拝見しました。講演前ですが、すっきりしました(笑)
(実はしばらく子育てもスムーズでストレスフリー。しばらく保育士おとーちゃんのブログや書籍から少し離れていました。だんだん こうあって欲しい、こうあるべきだという気持ちが強く出すぎていたみたい。疲れてました~)
こういう子だ、というあてはめを我が子にも、(たぶんお 友達にも)危うく私もしていたのだと気がつきました。

我慢の代わりに親に向かう行為、実は毎回ではなく、たまにどうしても、な時です。
そりゃ、頑張ってかいた絵や、作った積み木を故意で消されたり壊されたりしたら、腹も立つか。やり返すを認める訳ではないですが、強く禁止するでもなく、その悔しい気持ちをしっかり受け止めることできていなかったかもしれません。壊さないで、消さないでと言ってもそうなってしまった場合…。もう、しょうがないんだけど…相手に向かうのを止めたやり場のない気持ちが母に来たのは、それこそしょうがないのかも。
小さい子ども相手には、故意じゃななかったんだよ~と言い続けるしかないのだな~。
叩かれても、叩き返すのはあかんで。痛いやろ。と言い続けてきたけど、行為そのものだけを否定していたら、自分が否定されてるように感じるだろうし、悲しかったかも…。と。私、過干渉なところがありました。怪我ない範囲なら、気心知れた仲なら、同世代や年上相手なら、しばらく見守らせてもらおう。叩かれて、叩き返したら、痛いかもしれないけど、相手の子も「叩かれたら痛いんや。」「叩いていい子はいないんやな」と思ってくれるかも。我が子が先に手を出すこともあるだろうし、ごめんなさいの気持ちは持ちつつ・・・。
今までも、気心知れた親子友達ではそう、見守らせていただいていました。
そして、パーソナルスペースが広いってこと。遊んでいるおもちゃが貸せないってこと。
我が子はそういう子なんだと、決めつけていたかも…?これまで通り、声かけしつつ「伝わる。」と信じて待ってみたいと思います。
もう、なんで4歳なのに!そろそろ変わってよ~。という気持ちと、どうせ言ってもまた、できないだろう・・・って相反する気持ちがありました。
その気持ちがあるだけで、子どもにも通じていたかもしれませんし、何より、私自身が苦しくなっていました。できると思って声かけするのと、またできなかったか~と思うのと大きな違い。子どもへ向けたマイナスの見方の目が自然と久しぶりにプラスの見方の目に変わって、心が軽くなりました。
そうできないことばかりに目が行きかけていたこのごろ。久しぶりに会ったお友達とも鬼ごっこや隠れんばしたり、順番決めたり、ばーん!と決闘するも当たらないようにエア戦いしたり、小さい赤ちゃんにくすぐりかけたり楽しそうに一緒に遊んでいる息子を見て、ああ息子も成長しているんだな~。いつの間にかでき始めていること、頑張っていることたくさんあるな。そこにもちゃんと目を向けると、結構我慢している方だったかな~と思えたり。
とは言いつつ、パーソナルスペースが広い(気がする)のは、やはり少し気になって。この子の安心して遊べる範囲がそうなのだろうけど(思いだしたことが。どうして入ってきちゃダメなの?と聞いたら、だって作ったの、壊されるもん!と。言ったことがありました)、
(何かを作っている場所に)入っちゃダメ!というと、そこで、または息子と遊ぼうとしていた子が気を悪くすることもあるので、私からの上手な声かけ、息子へのアプローチ、ヒントになりそうなことがあればお教えいただけたらと思います。

いつも拝見しています。もうすぐ3歳になる子どもが0歳の頃から、おとーちゃんのブログや本を見て、需要や肯定をやってきたつもりでしたが、、いつの間にか子どもに服従する関係になっていたようで、とても可愛いとは言えない子どもになってしまいました。
最近、アメリカで主流というふれこみのタイムアウトを子育てに取り入れてみたら、今まで何分間も大きな声でゴネたり、癇癪を起こしていたのが、短い時間で収まるようになってきました。こちらの指示にも素直に従います。
これは、便利なテクニックですが、、おとーちゃんの言う、需要とか肯定とは真逆の子育てになってしまっています。。そのことに、タイムアウトを続けて良いものかためらいがあります。今は、元々私が服従型の子育てをするので、我が家には親が主導権を取り戻すためにはいい方法だと思って続けています。でも、タイムアウトしなくても、服従型にならなくて済むやり方を本当は模索すべきなのかなとも思い始めました。
おとーちゃんは、タイムアウトの子育て方法についてどうお考えになるかなぁと、ふと思いました。

名無しさん

こんにちは!
うちの娘も瞬時に出る言葉がキツイ場合があります。

うちの場合は、お友達にそのような発言をした後、「さっき、娘ちゃんが『危ない!』って言ったらお友達悲しそうな顔したように見えたな~もし、お友達が積み木を作ってて娘ちゃんが見てみたいな~と思って近づいて、『壊れやすいからゆっくり来てね♪』って言われるのと『危ない!』って言われるのとどっちがいい??」と聞きます。

やっぱり前者だと答えます。
「うん。ママもその方が言われても悲しくないし嫌な気持ちにならないかも!壊されそうになるのはすっごく嫌だよね~言い方って難しいけど大事だね。」
そう伝えておしまいです。
信じて待ちます。
これは、去年の出来事です。

今では失敗もありますが、伝え方を考えて発するようになってくれたと思います!
その現場を見た時はニコっと笑顔を送って無言で素敵♪と伝えています。(ちゃんと伝わってるかは分からないけど(笑))

少し手助けして信じて待ちます。
おとうちゃんで言うと上木鉢に肥料をあげて育つのを待つと言うことなのかな。
違っていたらすみません。

長々とコメントしてしまったけど分かるかな…少しでも名無しさんの手助けになれますように。

『危ない!』ではなくて『来ちゃダメ!』でした。


連投すみません

いのうえさんへ

もう解決済みかもしれませんが・・・

危ないことをされると、本当に困りますよね。
声かけの仕方、「遊びの中での声かけ」の一連の記事が参考になるかもしれません。
おもちゃを投げ始めたとき、など。
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-65.html

男の子ということで、エネルギーがありあまっているのかもしれないですね。
(うちの息子は、公園で発散できなかった日は、夜、家の中で暴れ回ったり
こちらが「やめて」と言うことも聞かなくなったりします。。
生理的なものの影響は大きいかもしれないと思っています)
(高いところに)上りたい、という気持ち自体は決して悪いことではないので、
公園のアスレチックなどで思う存分上らせてあげる、のはいかがでしょうか?

また、炊飯器、押したがりますよね。
うちでは、炊くときに呼んで、「押して~」と頼みます。
その上で「炊くとき以外に押すと危ないから絶対にやめて」と伝えています。
「押したい」気持ちは満たされるので、わりと、聞いてくれる気がします。

「否定・指示」にならない伝え方として、
「気づかせる」というものもありました。
「炊飯器をごはん炊いてない時に押すと火事になるよ」などでしょうか、、
(具体的にはこれで良いかちょっとアレですが;)

あと、「抱っこして」と子供がきたときに応えるのでは子供はあまり満たされず、
「先回りした関わり」が重要だと、書かれていたように思います。
「くすぐり」など。幼稚園に行かれているということで、もう大きいので、
絵本を読む、おやつを一緒に作る、など、ゆったり一緒に何かをして
楽しい時間をすごされてみる、というのも、良いかと思います。
↑ブログをよくお読みで百も承知でしたら、失礼いたしました。

蛇足でしたらすみません。

Re.なちさん、ゴリキンさん

質問に答えて頂きありがとうございます。

なるほど、テーブルに上がるのは、お子さんの行為というよりテーブルの強度に不安があるのですね。

炊飯器も、調べて見たら、水蒸気で火傷をしたり、圧力式は中身が飛び出すことがあるようですね。

危険なことに対して、考えすぎということはないと思います。立派ですね。


僕の子どもへの接し方は、口を出さず手を出さず見守る感じです。

なので、危ないことも見守る感じです。

まぁ、ただ見ているだけじゃダメですけどね。

どんな危険が潜んでいるのか考えて、素早く対処できそうだったら、子どもの好きなようにさせてました。

危ないからと止めさせられることは出来ても、危ないことに一歩踏み出す勇気を育てることは難しいですね。

慎重なのはいいことなんですが、怖いと思っていても前に進まないといけないときもあると思っています。

ちなみに、僕自身は一歩引くタイプです。

なので、子どもには何事にもチャレンジする気持ちを大事にしたいと思っているのかもしれません。

それなりに覚悟のいる接し方なので、おすすめできませんね。

そうそう、パンツの件なんですが、子どもにもプライドがあるのでしょうね。

うちの子は、幼稚園に入るまでは、ずっとおしゃぶりをしていました。

こんなに好きだったら、幼稚園にもして行くんじゃないかと心配していましたが…

幼稚園に行き出したら、自分からおしゃぶりをゴミ箱に捨ててしまいました。

いのうえさんのお子さんも、オムツで幼稚園に行くのは、恥ずかしいと思っているのかもしれませんね。

また、幼稚園で頑張っている分、家に帰るとほっとしてお漏らしをしちゃうのかもしれませんね。

花粉症ママさん、ぺんぎんさん

ありがとうございます。
花粉症ママさん。素敵♪
同じく、気をつけて通ってね~。と伝えて半年…。変化はあるのかないのか…。最近は、半ばあきらめ、なんでこわさないのに通ったらあかんのん?と押し付けておりました。
それこそ初心に帰り、信じて待ちながら声かけ続けたいと思います…><
そして!そうできた時に嬉しい気持ちを伝えること。笑顔で素敵って素敵ですね。

ぺんぎんさん
言葉足らずでした…。小さい子は故意に積み木などをこわしたのじゃないんだよ~。小さい頃は何でも触ってみたかったでしょう?と小さい子には”こわす”悪気はなかったと伝えております…。
その手は…誰かを守るために。素敵♪日頃から、そんな会話をしていけたらな~。
だいぶ前に、どうして手が2つ?1つは自分のために。1つは誰か(困っている人)のためにあるんだよ~と伝えたら、僕の手は、2つとも僕のためにあるっ!!て強気に言ってました(笑)
何より、私の手が、そうなっていなかったな~。
わが身を振り返り、「ああ、お母ちゃんの手は、僕を、誰かを守るためにあるんやな」と感じてもらえるよう自分のためだけじゃない使い方していきたいです。

スノウさん、ゴキリンさん

ありがとうございます。

"男の子ということで、エネルギーがありあまっているのかもしれないですね。"
↑全くその通りです。「まだまだ走り足りてない」と言いながら一日中走り回りタンスによじ登りローテーブルから飛び降り・・・
公園でも雲梯の一番高いところまで登ったり、木登りしたり十分高いところを楽しんでいるはずなのですが。

触ってほしくないものに触る時は、禁止するより使い方を教えるほうが安全だと思うので、カッターでも洗濯機でもそのようにしてきたのですが、このところ暴走気味だったので、炊飯器の使い方を覚えてオモチャを炊飯したら・・・という不安がよぎり、教えませんでした。
ここが信頼のしどころですかね。

今日も家ではお漏らしでしたが、黙って雑巾で床を拭いていると「水がこぼれた」と言っていました。明らかにオシッコをがまんしていて漏らしたので、ごまかすくらいならトイレに行けばいいのにと思うのですが、余計なことは言わずに恥ずかしいという気持ちがあっただけでよしとしておきます。

今朝幼稚園に向かう途中、息子がパッと飛び出しました。あっと思ったのですが、交差点で立ち止まりブンブン首をふっていました。(左右確認のつもり)
「車がきてないかのぞいてみて」と言うと、今度は慎重に右と左を見て「来てない」と。これまで「右側歩いて!」「そこで止まって!」と叫んでいたのですが、案外そんな必要はないかも、と思えてきました。とはいえ、暴走する車が来たらと思うと、安心して先を歩かせる気にはなれません。

そんなこんなで気をもんで、疲れるんですよねぇ、子育ては・・・
貴重なアドバイスをいただけて、本当にうれしいです。

いのうえさん

横から失礼します。

いのうえさん

うちは女の子一人で(4歳)、男の子じゃないので、アドバイスになるのか分かりませんが…。
家の中で危険な遊び方をする、というのは、色々と原因は考えられるかもしれませんが、「環境」の問題もあると思います。家の中の環境を整えるだけでも多少は改善される部分もあるかも。
子どもが遊べる空間は作っていますか?「おもちゃ空間」をしっかりと作るだけでも、家の中での子どもの遊びへの集中具合は違ってくるみたいです~。
ただ漠然と、おもちゃを並べてあるのではなくって、幼稚園とか保育所みたいに、空間を区切って、整理するだけです。
おとうちゃんさんの「おもちゃについて」のところで書いてあったと思うんですが、遊びの種類は大まかに
①ごっこ遊び②構成遊び(積み木やレール系)③机上遊び(パズルやお絵かき)があるそうです。
これらを空間を分けて、子どもが自分から遊びやすいようにしておいておくと、良いみたいですよ。もちろん、幼稚園みたいにしっかり区切れる広さがなければ、何となく仕切られてる感じでも良いと思います。で、お母さんが家事をしていても見える場所がベスト。

あとは、おとうちゃんさんがどこかで言われていたと思うんですが、例えば夜寝ないので、体力を使わせるために目いっぱい外で遊ばせるが、なかなか寝ない…という問題に、体を使って遊ぶのももちろん良いが、より体力を消耗するのは頭を使うこと、との事。

実際に男の子を育てたことがないので、現実にどうか分かりませんが、男の子でもこれは当てはまるのではないかなあと思います。頭を使った遊びってどんなの?って思いますけど、集中して自分がしたいと思ったことをやり遂げようとすることは、そういう遊びなのではないかと。
ここでも「おもちゃ空間」とリンクしてくると思うんですが…。どうでしょう…?

構ってほしいが一番にあるとしても、遊びに集中できる空間があって、そこで遊びこんだうえで、お母さんからもたくさん良い関わりをもらえたら、子どももお母さんもだいぶ楽になるのではないかな~。
でも、もうされていたとしたら余計なコメントごめんなさい~。

あと、道路飛び出しそうなお話し、ちゃんとこれまでいのうえさんが言われていたからお子さん自分で行動するようになったんですね~素敵です♪

ゴリキンさん

ゴリキンさん

「テーブルに上ったり炊飯器のスイッチを入れたりは、何が危ないのでしょうか?」
の言葉がちょっと??と思ってコメントしてしまいました。
その後のゴリキンさんのコメントも拝見しました。

テーブルに上ったり炊飯器のスイッチを入れたりは、危なくなければさせても良いんでしょうか?危なくなくても、してはいけないことは、「してはいけない」と教えることが必要ではないですか?
危ないことでも見守ることの大切さはよく分かります。ただ、場所や場面の区別が必要じゃないかな~と思っています。

→遊びの場面での危なそうなこと、例えば木登りは、見守る
→家の中でのテーブルに上ることは、「テーブルは遊ぶものじゃないので降りて下さい」

じゃないでしょうか?子どもがそれに従うかは別問題として、大人としての、ここでは同振る舞うか、ということを示す機会であると思います。

ゴリキンさんの意図を読み間違えていたら申し訳ありません。

ボニービーさんへ

ありがとうございます。遊び空間は意識していませんでした。
車が大好きで、集中して遊ぶ時はブロックで奇抜な車を作ったり模造紙に道路が書いて走らせたり天才じゃないかと思うほど凝った遊びをするのですが(スミマセン、完全に親ばかです)、やっぱり体を動かさずにはいられないようです。
テーブルやタンスに登ったり、最初は「なんてことをするの!」と驚いたのですが、息子のしまったおしりや足を見ていると、男の子は本能的にやってしまうのではないかと思えてきます。
今日は洗面所の踏み台をソファの前に持ってきて、何回も踏み台からソファに上って飛び降りてを繰り返していました。
家じゅうなんでもオモチャですが、レイアウトを考えてみますね!

いのうえさんへ

返信コメントありがとうございます。

“男の子は本能的にやってしまうのではないか”、ほんとそうですよね~。うちも、ブロックや工作が大好きなのですが、それだけになってしまった日は、やっぱり家で暴れます・・・というか、「なんで今日はこんなに暴れてるんだろう?!」と思って考えると必ず、外で体を動かせなかった日なのです。飛び降りるの、好きですよね~~うちもよくソファから飛び降りてます(笑)

あと、↓も、うちも「そうそう!」という感じです。

>明らかにオシッコをがまんしていて漏らしたので、ごまかすくらいならトイレに行けばいいのにと思うのですが

息子はもう年長なのですが、未だに漏らす、というかよくちびっています。遊びを中断したくないがため、ちびりつつ遊んでいます(笑)息子は3歳のある日突然、自分でトイレに行きだしてから3年近く経つし、夜中だと一人で起きて寝ながらでもトイレに行くぐらいなので「(できるのに)なんで行かないの?!」ってつい思ってしまいます。

明らかに行きたそうにしているときに「トイレ行ったら?」って言うと「出ない」というのですが、必ずと言っていいほど、もらします。おとーちゃんさんのブログではダメって書いてありましたが、「ほら、見たことか」と言いたくなってしまいます。。「トイレ行ったら?」とか、言ったり、思ったりすると、そのせいでイライラしてくるので、見て見ぬふりした方が良いですね~。ちびっても死ぬわけじゃないし。(肌が弱いのでかぶれてしまって通院してますが。トホホ)

しかし、炊飯器で遊ぶことや、テーブルに乗ることは、「絶対に」やめてほしいので怒るのではなく真剣に言うからか、すんなり聞きます。

反対に、ここからは相談というか愚痴になってしまいますが、「できればやめてほしい」ことは、私の真剣味も足りないからか、ただの「小言」「過干渉」になってしまって、何度言っても聞きません。。例えば、食事を手で食べる(カレーみたいなベタベタしたものでも何でも)、とか。スプーン使えるようになってから何年も経つし、おはしも上手に使えるようになっていますが、スプーンでも何でも良いからとにかく手で食べないでほしいのですが・・・食事のマナーとしても、衛生的にも、ベタベタの手を服や壁で拭くのもやめてほしいのです。

「炊飯器で遊ばないでほしい」ほどの本気度ではない、でもやめてほしい、という感じで言い続けてしまい、今や、手で食べていることを指摘しかけると「分かってる!キー!」と耳をふさがれるほどです(そういいつつやめないですけど)・・・完全に「過干渉」「粘土細工」に陥ってますね。。「耳をふさぎたくなるほどの過干渉」って、ひどいですよね。。

おとーちゃんさんの「気づかせる」アプローチも自分なりにやってるつもりなんですけど、表面的には「気づかせる」言葉でも、そこについつい「も~またやってるわ(イラ!)」みたいな気持ちが入ってしまうからか、全然ダメです。。

できるだけやめてほしいこと、でもやめないことって、どうしたら良いんでしょうかね。「“じ~”っと見る」、「できているときに認める」、などですかね。

親ばか的には「かわいい子供」だと思うので「受容」は足りていると思うのですが、、。ただもう「過干渉」に陥っているので、一旦心を無にするために見て見ぬふりの方がよさそうかも。。

「信じて待つ」って難しいですね!

「粘土細工」の思考回路を“意識して”根本的に変えないと無理かも。。(無意識の思考回路なので、どうやって変えたらよいのか・・・)

ボニービーさんへ

コメントありがとうございます。

僕が、どうして「何が危ないのでしょうか?」と問いかけたのか。

それは、「別に危なくないでしょ」と思っていた訳ではないです。

理由は、2つあります。

1つは、どのような状況かイメージ出来なかったので、何が危険なのか知りたかったのです。

もう1つの理由は、問いかけることで何が危険何か具体的に意識して欲しかったからです。

具体的に意識することで、対処も変わってくれば、子どもへの声かけも変わってくると思っています。

子どもも、具体的に説明してくれた方が、理解しやすいんじゃないでしょうかね。


「してはいけないこと」についてですが…

最初に断っておきますが、厳しく育てられ過ぎたせいか、バカ真面目です。

油断すると、してはいけないことだらけになってしまいます。

なので、それは「本当にしてはいけないこと」なのか、吟味するようにしています。

テーブルを遊びで使っていけない。

本来の使用目的と違うから?

でも、踏み台として使うこともあるな。


炊飯器のスイッチを触って欲しくない。

いつかは、ごはんを炊けるようになって欲しい。

興味を持っているときに教えてもいいかも。

まぁ、家の中では、許容範囲を広げたいと思っています。

スノウさんへ

まったく同じです。
不思議と夜中には起きてトイレに行きますね。
食事も、使おうと思えばスプーンとフォークで上手に小さく切って食べたりもできるんですが、カレーの人参は手でほじくって食べて、その手をテーブルや服でふきます。
お箸でご飯も食べられるのに、お茶碗を持ち上げないのでこぼします。
あともうちょっとでできるのに!、わかっててなんでしないの、と思うとついつい口出ししたくなりますよね。そして耳をふさがれる・・・(うちは目もぎゅっと閉じます)
親が言っても本人がやる気にならないとできるようにならないし、親がいろいろ言わないほうが素直にやってみるかもしれないということはわかっているんですけどねぇ。
誰かに「そんなもんやで。そのうち自分でするようになるから好きにさせとき。」と言ってもらえるとおおらかな気持ちになれるのかな。
自分が子供のころを振り返ってみると、テレビを観ながら食べようが、立膝で食べようが、何回か注意はされたけど、できるまで怒られるとか、毎回言われるというようなことはなかったなぁ。言われていたら窮屈だったでしょうね。
親が自分にしてくれたようにはなかなか子供にしれてやれません。

いのうえさんへ

不思議なほど、共通点がありますね!なんだかうれしくなっちゃいました。

>自分が子供のころを振り返ってみると、テレビを観ながら食べようが、立膝で食べようが、何回か注意はされたけど、できるまで怒られるとか、毎回言われるというようなことはなかったなぁ。言われていたら窮屈だったでしょうね。

ハッとしました。これも私も同じです。確かに、それは本当に窮屈ですね。。我ながら息子が不憫になりました。親からそこまで言われた記憶はないのですが、なんで私はこんなにこだわってしまうんだろうって自分のことですが不思議なくらいです。

うちは、食べてる途中に立ち歩いたり、遊んだりするというのも毎回やるのですが(食べる量が多すぎるってわけではないと思います。食べはじめてすぐ席を降りることもありますし、「ごちそうさまにして」といっても絶対やめません)「食事は大事なものだから、まじめに食べて欲しい」っていう価値観があって、それは間違ったことではないと思うのですが、やけに執着してしまっている気がします。

「食事は大切なものだと思っている」ことも、「立ったりふざけたりされるといやだ」ということも、伝えすぎるほど伝えたのに、なんでわかってくれないの?!という、被害者意識にも似た怒りがわいてきてしまうのです。食事云々というよりもはや「こんなに言ってるのになんで言うことを聞かないんだ」という支配的な感情になってこだわってしまっている気がします。

息子は、おそらく、どうすべきなのか、よく分かっているけれど、「自分がやろうと思ってやりたい」気持ちが強いのだと思います。これは他のことで、言われなくても、スッとやるべきことをやる(こちらの期待以上のことを)ことがあるので、そう思います。「やろうと思ってたのに、お母さんが言ったからやりたくなくなった!」と怒るときがありますが、実際そうなのだと思います。

じゃあ、なんで、私がいやがることを「わざとやってる」ように見えるほど、言うことを聞かないことがあるのか考えてみると、自分の「自由意志」みたいなものを守っているのかな、と思います。私に支配されないで自分で選んで生きていきたい、という意思表明、というと大げさですが、なんだかそんな気がしてきました。

いのうえさんのお子さんがなぜ、危ないことをしてしまうのかは、うちの息子とはまた違うとは思いますが、なんとなく似たところがあると感じたので、前のコメントで書かれていた「○○ちゃん、できるやろ。母ちゃん知っとるで。」というと「母ちゃん嫌い」と言ったのは、言い方はどうあれ、「今できていない」というメッセージを感じ取って嫌がったのかな?、と思いました。

息子はプライドが高いので、私が表面的にはどんな言い方をしようとも要は、「できていない」というダメ出しなので、反発するのだと思います。だからこその、「信じて待つ」なのでしょうね!目の前の「できていない」には目をつぶる、というか、「待つ」の難しさ・・・!

いのうえさんのお子さんは、うちの息子よりずっとしっかりしている(うちは年中の時点ではおはしも夜の一人でトイレもできていませんでした)ので、すごくがんばっているし、自負もあるでしょうし、「今できている」ことを認めてほしいのかな、、と。勝手な推測ですが。

今回、書き込んでみて、返信をいただいて、色々考える機会になりました。ありがとうございます!
おとーちゃんさんのブログのコメント欄をお借りしたこと、感謝申し上げます。

スノウさん、他のみなさまへ

スノウさんのところと共通点が多くて、長々とコメント欄を使ってしまいました。おとーちゃんさん、コメント欄まで読まれている方すみません。そして心が軽くなりました。スノウさん、ありがとうございます。


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