2017-05

津久井やまゆり園の事件を受けて - 2016.07.29 Fri

僕は昨晩寝られませんでした。
それというのも、遅ればせながら相模原市津久井やまゆり園の事件の報に触れたからです。
このところ、文章を書く仕事に集中していたので外部からの情報を入れずに没入していました。
そのため一段落つき、昨日のブログの記事を書き終えたあとで、このニュースを知りました。


まずはこのような凶行で命を落とされた方のご冥福をお祈りします。
また被害に合われた方の心身のご回復が訪れますことを心より願います。






このような大量の死傷者を出したという事件の凄惨さもさることながら、「とうとう来るものが来たか」という思いを強く感じます。


いまアメリカでは、警察官による相次ぐ黒人殺害の事件が社会を揺るがせています。
片やドナルド・トランプ大統領候補者は、人種差別的な発言、アピールを繰り返し白人優越主義的な支持層を拡大しています。
このふたつの事象はまったく無関係と言えるでしょうか?
僕にはこのことが無関係とは思えません。

そういった差別的な雰囲気が社会に蔓延しつつあることが、些細なことや疑わしいというだけで黒人を射殺・発砲する事件への背景にあることが感じられます。



そして日本ではこの度の凶行が行われました。
かなり前から、ネット上では人種差別的発言や、障がい者や生活保護受給者などの社会的弱者を攻撃するような言説が飛び交っていました。

それらだけならば、自己のさまざまな理由からくる怒りなどを、なにかにかこつけて発散させたい一部の人だけの行動かもしれません。



しかし、近年は政治家や文化人と呼ばれる人たち、芸能人、また公職にある人たちまでもが、そういった言動や、極めてそれに近いことをおおっぴらに口にするようになってしまっています。


以前、石原慎太郎が環境庁長官だった頃、水俣病患者の人たちに対する暴言、差別的発言から最後には土下座して謝るといった事態がありました。
当時は、マスコミがその差別発言を大きく批判し、政治家の中からもそれをたしなめる声が上がっていました。

いま、その機能は果たされていないように思います。



かつて僕は、身近な信頼する人が差別的な発言をするのを耳にしたことがあります。
その人は戦前戦中に軍国主義教育を受けたその人の親からその価値観を引き継いでしまったようです。

そういった時代の背景、政治や社会によって作り上げられた価値観の影響はいかんともしがたいものがあります。
その言葉を聞いた時、僕は悲しい思いを感じたのと同時に、そういう時代の影響から「しかたなかったのだ」という諦観のようなものを感じました。
また、命の危機がなくモノの豊かな時代に生まれ育ち、それなりの教育を受けることができ、ものごとをそれなりに客観的に考えられるように育つことのできた自分の幸運を再確認しました。



しかし、今の状況はどうでしょう?
20年位前では恥ずかしくて口にだすことができなかったような、社会的弱者を攻撃したりする言葉をメディアや、周囲の一般の人の口からも耳にすることがあります。


まるで時代が逆行しているかのようです。
僕はそれに大変な危機感を感じます。

この度の事件は、ただの一人の犯罪者の凶行でしょうか?

現代の社会を形作っているものが、こういった凶行を行う人を作り出してはいないでしょうか……。




麻生太郎が副総理だったときだったしょうか。
「ナチズムには学ぶところがある」という発言をして問題になりました。
欧米諸国であれば、それだけで政権が転覆してしまいかねない発言でしたが、「いやいや悪意があっていったのではないのだよ」というような形でうやむやに終わりました。


一方で、同じ政党の長勢甚遠元法務大臣は、
「国民主権、基本的人権、平和主義、この3つをなくさなければ本当の自主憲法ではないんですよ」
などと民主主義を真っ向から否定することを、つい最近参院選前にも関わらず堂々と述べています。それを隣で総理大臣は黙って聞いています。
たしかにナチズムに学んでいるようですね。



今回の犯人もナチスに学びました。
ナチスはかつて障がい者の計画的殺人をしています。
ナチスの行った計画殺人としては、ユダヤ人を対象にしたホロコーストが有名ですが。

障がい者を持った人たちにも行っています。
これはドイツ人に対してです。
「アーリア人の優位性を保存するため」という理由で、障がい者を「劣悪な遺伝子を持っているもの」とし、それを淘汰するために去勢手術を施したり、安楽死をさせていきました。

「国家の役に立たないものに生きる価値はない」という思想ですね。


もうかつての時代の遺物だろうと思っていた言葉を、最近では頻繁に耳に目にするようになりました。
「国益」「売国奴」など。

「国益」という考えはなんとも恐ろしいですね。
「国家の利益にならないならば、個人の権利などは引っ込るべき」という考えを生みかねない言葉です。
それはまさに、長勢元大臣が主張するような「基本的人権の否定」ですね。


「子供の権利」といった、彼らの言うところの「甘っちょろい」ことを口にする僕のような人間も、このままいくと10年後とか20年後には「売国奴!」と言われて石を投げられたりするようになってしまうのでしょうか……。





以前、文筆家の曽野綾子が、野田聖子議員のお子さんが障がいを負って生まれたことに対して、「国民の税金を浪費しているにも関わらず……」といった文章を出しました。
この方は敬虔なカソリックと自称するわりには、常に大変に弱者に厳しいことを言う人として有名です。

この世代の方の一部には、障がいを負っている人を”社会に負担をかける不良分子”とみなす思想があるようです。
経済的な余裕が世の中になくなってくると、未成熟な社会では、いや成熟していると思われていた社会ですら、レイシズムや弱者の攻撃に向かいます。


かつてドイツが東西融合で経済低迷になった時期にそれは起こりましたが、EU結成による好景気がそれを激化するのをなんとか防ぎました。
アメリカがまさにいまそれになっていますね。
日本も、そうなりつつあります。

それらの影響を最も強く受けるのは、持たざるものである若い世代です。



僕は幸運にも、人種や宗教で人を差別したり、自らの鬱憤を弱者を攻撃することで解消するような思考を植え付けられることなく育つことができました。


でも、これから大きくなっていく子供たちも、そのように育つことができるでしょうか……。
家庭でのことならばなんとかできます。
しかし、長じて受ける様々な影響をコントロールするすべをいくら親だとて持てはしません。
そのときの、社会のあり方や、周囲の人の考え方。そこから子供たちはどのような影響を受けていくでしょうか。
それは、だれにも予測がつくことではありません。

公教育もあまり当てにはならなくなりつつあります。
「愛国教育」などと一歩間違えたら、あやういことを推し進めようとしています。
それは「単に言葉を曲解している」といった根も葉もないことではなく、戦前の「修身」のようなものを押す政治家も現におります。
首相夫人、外国風に言えばファーストレディ。通常ファーストレディは夫君の代弁者と考えられています。
その安倍首相夫人は、戦前の「教育勅語」を暗唱させる私立幼稚園に足を運び、その風景をみて「涙がでるほど感動した」と述べています。


そういったもろもろを考えはじめると、暗澹たる思いがして夜も寝られません。
今後日本の社会はどうなっていってしまうのでしょうか……。


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● COMMENT ●

おとーちゃん、みなさん
本当に悲しい事件です。

世の中で悲惨な出来事が起こる度に、一体どうすればこんなに悲しい出来事がなくなるのだろうと考えます。

《残酷なことをする人たちも子どもだった。》

《親だけが育てているわけじゃない。》



子どもは、たくさんの大人と出会い成長していく。
私が、保育と教育が必要だと思うのは、
願いがあるからです。

優しい子に育ってほしい。
自分のことも好きで幸福に感じる子に育ってほしい。

保育と教育は、
その為にあると思います。

いろんなことが出来る子にすること、成功体験を意識したことを目的にするよりも、もっともっと必要なこと


子どもはまねをして大きくなっていく
大人の姿を見て大人になっていく。

ふと立ち止まって、自分を見てみると反省することいっぱいです。

私が子どもに「できてないでしょ」「○○しなさい」なんていうより、

いつも私がそうしよう。

みんながまねっ子したくなる私でいよう!

優しい子に育ってほしい。
たくさんの興味の持てるエネルギーのある子に育ってほしい。

私に出来ることは、みんなと毎日楽しく笑って たくさんのエネルギーを作ること。
おとーちゃん 、関西からもアクセスいいので名古屋行きます!

本当に残虐な事件でした。
亡くなられた方々、心身ともに傷を負われた方々、どれだけ悔しく辛いことだったか、心の安息を祈るばかりです。

私は障がい者と関わる現場を全く知らないし、
自分に植え付けられた歪んだ価値観を全て払拭して他人を受容することが、いかに難しいか、日々思い知らされています。
ただ子供には、単純な約束事をはっきり伝えていきたいです。
どんな事情があろうと、人が人を傷つけていい理由なんて絶対に無い。悪いことは悪い。
悪いことをすれば神様が見ていて同じ目にあわせられるんだよと、迷いなく教えられる大人でありたいと思っています。

はじめまして
いつも育児の参考にさせていただいてます

今回の事件は本当に残念におもいます
怖いおもいをされた方か、心も体も落ち着くことを祈っています

そして、幼いわが子の歩けるようになった、話せるようになった、と、できることに目がいくようになり、結果ばかり見ている自分の育児にハットしました

もっと、子供の心によりそっていこうと、改めてかんじました


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