2017-09

「良いしつけ」「悪いしつけ」? vol.1 - 2016.06.08 Wed

育児の本を見ていると、「この人はきちんとしたことを述べているな」といったものであっても、
かなり多くの人が「しつけ」という言葉を使って子育てを語っています。

もちろん、その著者の方たちも「”行き過ぎた”しつけ」があって、それが大きな問題を引き起こしていることは認識していることでしょう。
それでも「しつけ」という言葉を使っているということは、世の中には「良いしつけ」と「悪いしつけ」があるから、「良いしつけ」の仕方を伝えるのでそれをして下さいというスタンスなのだと思います。






「良いしつけ」は確かにあります。

「しつけ」という考え方のもと子育てを行って、きちんと育てられるケースももちろんたくさんあります。

しかし、それは次の条件が備わっているときに限られるのです。

・それが可能な大人(親)であること
・それが可能な子供であること
・それが可能な状況であること

実際のところ、これらが達成されるかどうかは、ほぼ「運任せ」とも言えることです。
「できてしまう」ケースならば、いわゆる「しつけ」の子育てをしても問題なくいけてしまいます。

でも、そうでない場合、子育てにおけるリスクはどんどん上がっていきます。






日本では現状、子供が生まれたからといって適切な子供への関わり方をその人たち全員に教えてくれるプロセスはありません。(国によってはすでに取り組んでいるところはある)
子供へどう関わるかというのは、その人任せになっています。
「しつけ」という概念だけは流通していますが、「その人がそれをどのように理解しているか」は野放し状態というような状況です。



これまでの時代にも、「子育てで大事とされているメッセージ」がたくさん世にでてきています。

・「怒るのではなく叱るが大事」
・「感情的に叱るのはよくない」
・「ほめて育てましょう」
・「子供の個性を尊重しましょう」
・「子供の意思を尊重しましょう」
・「子供を叩いて育てるのはよくない」
・「”良い子”を目指さない」「我が子を”良い子”にしない」

こういった言葉をみなさんも知識としてご存知のことと思います。

これらは実のところその時代時代にあわせて、”行き過ぎ”になりがちな「しつけの子育て」を引き戻すメッセージとして生まれ機能してきました。



はっきり言って、現代の子育てする家庭の形は確実に「子育てが難しくなる方」に進化しています。

核家族化・家庭の孤立化(他者と関わりが少ない)・夫婦共働きの増加・女性の仕事の激化・ひとり親家庭の増加・親自身の人と関わる経験の減少・女性の意識の変化(家事育児をする存在とみなさない)・就労や経済状況の悪化(子育てに余裕がなくなる)・子供同士のコミュニティの減少、などなど



これまでは、「こういうやり方がありますから、行き過ぎにならないように気を付けましょうね」と、過剰になりやすい「しつけ」行為を引き戻す(リスクを下げる)それらのやり方をフレーバー的に加えることで「しつけの子育て」を許容範囲の子育てにすることができていましたが、それがもはや限界に差し掛かっていることを僕は感じています。



このブログや著書等でも繰り返し述べていますが、かつての子育て環境では子供への「受容」など意識せずとも自然となされる状態が維持されていました。

そのような状況であれば、子育ての方法論が「しつけ」や「甘やかさないこと(”甘やかさない”のは確かに大事だが、”甘えを受け止めない”ことも含んで解釈されてきた)」といった信条であっても無理なく送ることが比較的可能になっていました。



それが子育てする環境や状況が難しい方へ変わりつつあるなかで、緩和させるフレーバーを加えても「許容範囲のしつけ」にならないケースが増えてきています。または、”行き過ぎたしつけ”にはならないけれども、その方法では子供が思うようにならず子育てが迷走するようになるケースも増えています。

それは今後、さらにその方向に進むでしょう。





ここからは、少し話を具体的にして考えていきましょう。

「しつけ」の子育ては、最初にひとつの「子供があるべき姿」を設定します。
親はそれを教科書や育児書で覚えるわけではなく、先入観としてすでに獲得しています。
”先入観”だからこそ、多くの人にとってそれを客観的に見直すことはとても難しいことになっています。



例えば、

・「あいさつは大事」
・「箸を正しく持てることは大事」


確かに、「あいさつができること」は大事なことですね。
僕も、子供にはそのようになって欲しいと思います。


さまざまな子供の中には、「親があいさつすることは大事だよ。あなたもちゃんとしなさい」と伝えれば、そのままなんの抵抗もなくいろんな人にあいさつができるようになってしまう子もいます。

そういった子であれば、この「子供をあいさつできる子にする」という「しつけ」は、無理なく達成されます。
それならなにも「しつけ」は問題ありませんね。



でも、そういう子ばかりではありません。

「人見知りが激しい子」「社会性の発達が幼い子」「他者への関心が低い子」「気が弱い子」「自分に自信がない子」「言葉が遅い子」「発達障がいをもっている子」「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)の子」「自閉的傾向のある子」

こういった子は、どうなるでしょう?


いわゆる”しつけに厳しい”人だったり、寛容でない性格だったり、きまじめな人だったり、精神的に余裕がない人だったり、自己肯定感が低い大人だったりするとこの子たちはどう扱われるでしょうか?


「あいさつは大事」
これは正論です。しかし、正論ゆえにそれでもって子供の個性を許容しなかったり、押しつぶしていくことになります。

押しつぶさなかったとしても、そのできない子への「否定」の見方になるのは確実です。



「個性が大事」「個性は尊重すべきもの」
これらのことは、これまで世の中でさんざん言われてきています。
しかし、「しつけ」の考え方を中心にしている日本の子育てのあり方では、実際の所個々の子供の本当の意味での「個性」を認め、尊重することははばまれています。

「しつけ」は”できる子基準”で考えて作られ、それを子供に一方的に押しつけていく子育て方法になっています。

ただ、その「さじ加減」がその人に任されているので、「さじ加減」が適切にできる人ならば、子育てが問題なくおくれるというわけです。


しかし、前回のところで述べたように「しつけ」で考える子育ては、強迫観念的になるという性質があります。
うまくいかないと、そのことが親を追い詰めるのです。結果的に「さじ加減」は適切な範囲を超えてしまうリスクをはらんでいます。



例えば、強い人見知りを持っている子の親が、その人自身、自分の親からしつけの厳しい子育てをされてきて、自身も「しつけは絶対」といった考え方をしていた場合。

その人見知りの強い子は、そこでたくさん否定されることになります。
場合によっては、そのことで親から感情的に叱られたり、自己を否定されたり、叩かれたりします。子供は親の感情のあり方に敏感ですから、あからさまでなくとも「自分は許容されていない」と感じ続けることになります。

”他の子供と比べることで発奮させ「正しい姿」を獲得させよう”と考える親だと、その子は”他の子と比べられることで自己否定”を積み重ねられます。その子が親から受けるメッセージは、「そんなあいさつできないお前はダメな子だ」というものになってしまいます。

この子たちは「あいさつしたくない」と思っているのではありません。「あいさつが大切なこと」も「親がそれをできるよう望んでいること」も重々理解しています。そして「その期待に応えたい」とも思っています。しかし、「できない」のです。それは「やる気がない」とかではなく、「したくてもできない」発達状況を持っているということです。

その子たちは多くの場合、「時間」が必要です。
しかし、「しつけ」は「今すぐ」を要求するので、親はそれを許容的に「待つ」ことができません。

親はとても強い「やらせなければ」という感情を持っていますので、そのように自分の思い通りにならない状況の子を前にすると、感情的にいらだち、ともするとその子のそういった態度を「親に対する反抗」ととり、より強い態度や、支配的な関わりをするようになってしまいます。


もしかすると場合によっては、そもそものその「人見知り」という状態自体が、それ以前のところで親のそういった、他の「しつけ」の関わりにより「自己否定」されることが多かった結果「自信喪失」して「人見知り」が作り出されたのかもしれません。
もしそうだとしたら、その後の人見知りへの否定的な対応は”追い打ちをかける”ようなものとなってしまいます。
これは「しつけ」のもつマッチポンプの特徴のひとつです。

(マッチポンプ = 「しつけ行為」自体がその子の「〇〇できない状態」を引き起こし、さらに「しつけ行為」がそれに否定を積み重ねていく)




「お箸」についても見てみましょう。
「箸使い」は伝統的な「しつけ」を重視する人の大きなポイントのひとつになっています。

早い人ですと、2歳以前に箸使いを教え始めています。

しかし、これは子供の発達の観点から見るとかなり異様なことです。
箸使いというのは、相当に高度な手先の動き・器用さが要求されることです。

子供の手指の身体的な発達、そしてそれを動作させるための神経の発達。
これらが、その年齢ではまだ不十分な状態である子がほとんどのはずです。
中には、できてしまう子もいます。しかし、平均的な発達から言えば、そういったこの方がむしろまれでしょう。
おそらくは、4後半~5歳くらいが発達面から見たときの箸使いのスタートラインになる年齢ではないかと思います。

しかし、日本には「箸を正しくつかえるべし」という「しつけ」による信条があります。


ですから、「しつけ」を重視する人は、それに躍起にならなければなりません。

「できるべきこと」は「早い」方がより立派なので、その要求も早期になっていきます。
また、「できなければならない」という親の感情は、そのアプローチを過激化させていきます。

結果として、箸を取り落とした1歳児2歳児の手を叩いたりすることが「しつけ」としてまかり通ってきました。
この前コメントでいただいたところによると、「縫い針でつついて箸使いを覚えさせる」といったやり方もあったのだそうです。

これらは、「目的は手段を正当化する」というものになっていると言えるでしょう。



しかし、子供の本来の成長・発達面から言えば、1~2歳の子に箸を上手に使えるように要求することは、「なんの意味もないこと」なのです。それは本当は、小学校1年生に微分積分を教え込むようなちぐはぐな行為なのです。

それよりも、その時期にはその子にあった食べ方で無理なく食べ、それをあたたかく見守られることで、食べることへの意欲をつちかうことが重要な時期です。
威圧的なやり方をともなった箸使いの指導はそれを逆にしてしまいかねません。

箸使いは、その子が無理なくできる時期に来たときに使い始めれば、さしたる苦労もなく、また変なクセをつけることもなく習得できることにすぎません。


しかし、「箸が正しく持てるべき」は「しつけの概念」の中でひとつのイデオロギーとなっているので、その先入観からいまだに早期に四苦八苦して教え込むことや、とりあえず形だけでもと補助具のついた箸を使わせることで大人が満足するといった、本来の子育ての方向とは違うものが考えられてしまっています。

そのように「しつけ」は子育てのあり方にバイアスをかけてしまっています。

つづく。

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● COMMENT ●

なるほど!

いつも読んでます!

今回の記事も、とても納得しました。おとーちゃんの勉強会?にも何度か参加させていただき、私なりに子育てを楽しめるようになってきました。まぁ、いろいろ反省もありますが。

けれど、自分の親世代と子育ての話になると、この辺りに物凄く隔たりを感じちゃいます。親は子どもを躾けなければならない、きちんとした姿にさせなれければならない、それが親の責任である!そのためには、ビシビシ子どもを鍛えなければならない。というのがら私の親ですね〜。全く噛み合わない…。
なんていうか、それこそ、普通に親が子育てに自信を持っているのが、歯がゆい。

ここのあたりの話、実際にしつけの子育てに行き詰まりを感じた人でなければ、感じ取ることが難しいのかなと思います。
でも、おとーちゃん、諦めずに頑張って広めてくださいね!

形にこだわるのは伝統的な日本の価値観ですよね。
所作や作法を教えてもらえるのは身分の高さ、生活の余裕の証明のようなものであった時代、親は どこへ出しても恥ずかしくない子 にするために、お茶やお花を習わせたわけですし。 
箸の使い方は、最近でさえも上手くできない大人を蔑んでみるような人たちが一定数いますし、親としてみれば、子どもをそんな目に遭わせたくないという親心。でも、それを子どもはうちの親は厳しいと反発し、親の心子知らずなんていう言葉があるように、親子の葛藤がずーっとあったのだと思います。
親は自分のやっていることを正しいと断じますが、ものごとが相対化できるようになった現代なら、高校生以上になれば、それが親にとっては社会への適応方法としてよかったって程度のことじゃない? くらいのことは言いそうに思います。

今は、戦中戦後に比べれば経済的に豊かになって、大人が子どもの育ちを真剣に考えられる時代になりました。背景には思春期に荒れてしまったり、自己不全に陥ってしまうような大人の問題があったわけですね。

昔はとりあえず子どもの行動を整えようとしていました。今は、学問的には心を整えて行動を整える子育てがトレンドになりました。でもこれは難しくなったのだなと思います。

知り合いのお母さんは 中学生の娘さんの勉強の方法や息の抜き方まで教えています。
今は、思考の整理法とか、心の調子の整え方とか、そういうノウハウは山ほどあって、そのノウハウをお嬢さんのためにコーチングしているのです。
 
息の抜き方までこれが上手なやり方だよと教えられるお嬢さんの自由度のなさは、多重バインドとなって逆にずいぶん息苦しいのではないかと思うのですが、教えたい、失敗させたくない、失敗したくないという気持ちの強いお母さんは、お母さんの指示がうるさかったら、こう切り返してこんな風に息抜きしなさいということまで教えるのです。
勉強しなさいっ!の一喝で あとは文句を言われたり放っておかれる昔のほうが ずっと親も子も楽だったのではないかと思います。

以前、教育は教育する側が主体になってしまうという主旨の記事がありましたが、まさにそんな例だと思います。

子もいろいろなら親もいろいろですから、どうしても自分主体でしか考えられない大人という人もいるんだろうと思います。専業家庭に子どもの問題が多いなんていう記事が出ると、そういう人はやっぱり子どもと長時間一緒にいないで、自分の仕事なり趣味なりに目を向けたほうが、親子というのは安全なのかなと思ったりしています。

私もなるほど!

まず驚いたのが、はし使いのスタートが4歳半から5歳ということ。
隣の保育所の2歳児が天気の良い日に園庭で上手にお箸を使ってお弁当を食べているのを見て、うちの子は3歳にもなってお箸どころか手で食べてしまうのに、私がぼやっとして教えなかったせい!? と思って一時お箸とこぼさずに食べる猛特訓をしました。当然息子はしくしく泣きながら・・・
強迫観念気になってました。息子はダメだと言われたも同然で、つらい思いをしたことでしょう。かわいそうなことをした~~~。
挨拶で言えば、息子は最初から「おはようございます」と言っておしりをポンと叩くと満面の笑みで「おはようございま~す」と言いましたが、下の娘は挨拶どころかよその人が近づいてくるだけで私の陰に隠れます。そういえば息子はこのくらいの時ちゃんと挨拶できてたな~と思いつつも、娘に「挨拶!」と言う気は起きません。よかった、ちゃんと娘はこんな子と受け止めてやれていたんですね。
おとーちゃんさんの仰ること、なるほどなるほどなのですが、じゃあ、社会的規範や文化的価値を身体化させるにはどうすればいいの? さじ加減が適切な「よいしつけ」はやっぱり必要?(ではないという流れのようですが・・・)

息子が幼稚園に通い始めて少し気が楽になりました。私が無理に教えなくてもお友達を見てできるようになってくれるし、間違った育て方をしていたら先生が何か言って下さるでしょうから。
子育ての責任を一手に引き受けているというプレッシャーが自分を追い込んでいたように思います。

しつけより大事なのは娘の心

ブログとてもためになり拝見させてもらってます。

私の娘も挨拶できません。2歳半ですが、親しい人以外と話したところを聞いたことがありません。家ではすごくしゃべります。

挨拶やお礼が出来たら嬉しいと思って声がけしてきましたが、その前に彼女の抱えている不安や緊張をもっと受け止めてあげるべきだったと気づきました。自分の行動を見直して認めてあげる時間をいっぱい作ってあげたいです。頑張ります。

ありがとうございます。


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