2017-03

いじめについて考える  Vol.8 - 2015.10.22 Thu

『文部科学大臣の体罰謝罪からいろいろ考えてみた』
の続きですが、しばらく「いじめ」についての話をしますので、連番で書いている『いじめについて考える』のタイトルにしました。








しかし、いまだに教員のなかにも「体罰」が必要だと考えている人がいるようです。
一般の人ではさらにそれは多いです。

その原因のひとつは、「子供を低く見る」先入観であろうと思います。

『子供を”伸ばす”より、”コントロール”を目指してしまう』
の記事のなかでもその先入観に触れていきました。
これが日本人が強く持つ子供観としてありますので、乳幼児期から子育てが「押さえつけ」の連続となっています。

「押さえつけ」を積み重ねられてきた子供は、「押さえつけ」をしなければ大人の考える適切な範囲での行動を取ろうとしなくなります。またその「押さえつけ」自体が、適切な範囲での行動から逸脱する衝動を子供に持たせてしまいます。
まさに悪循環になっています。


かつて体罰が盛んであったころ、中学校、高校の「荒れ」が問題になっていました。
例えば高校において、すでにそれまで「押さえつけ」をされることでコントロールされてきた生徒に適切な行動を求めようとしたら、より強い「押さえつけ」をするしか方法がなくなってしまうでしょう。

高校で荒れている原因は、その前の中学校ですでにあり、中学校で荒れている原因はその前の小学校にあり、小学校で荒れている原因は保育園、幼稚園、家庭にあるわけです。(もちろん家庭の問題は常にあるわけでもありますが)



子供の姿は積み重ねで作られます。
前の段階が「押さえつけ」で子供を形作ろうとすれば、後の段階も「押さえつけ」をするよりほかうまい方法がなかなか見つからなくなってしまうのです。

僕はこの問題を解決する鍵は、「連続性」にあると思っています。

”その子の問題解決のための「援助」の「連続性」”
です。


これまで、子供へのアプローチは細切れ、ブツ切れでした。

クラス担任になっても、学年が上がって担任からはずればそこまでです。
どこまで、どのように、その子へのアプローチをするかもその教員しだいです。

学校全体で高い意識をもってその問題に取り組んでいたとしても、学校を卒業して上の学校に進んでしまえばそこまでです。

あとは、行った先の学校しだいです。
もし、そこでの連絡が不十分であったり、上の学校が引き継がれた内容を重視しなければ、その子への対応は問題を見つけるところ、つまり0から再スタートです。


その子その子への援助が、一貫した連続性をともなっていないのです。
やる気のある人、援助を適切にできる人が関わってくれればよいが、援助する気がない人、「不適切な行動を取る子は罰すればいい」、「”おちこぼれ”にしてしまえばいい」と考える人、適切な援助をしない人が関わった場合、それ以降「押さえつけ」でいくしかなくなってしまいかねません。


いま少しずつこの状況は変わる動きはあります。
保育園、幼稚園、小学校、学童クラブなどが連携をとるようになりました。
しかし、まだまだ形だけで、なかなか実のあるものにはあまりなってはいません。
”個々の子供”への援助という段階まではいっていないからです。

連絡会議といったようなものが重ねられていますが、「え、この施設・学校ではまだこんな古い考えでいるのか・・・」と驚くようなことがたくさんあったり、現実にはそんな段階ですので、これからいい方へと発展することに期待したいところです。


ただ、この各施設の連携の動きは、必ずしも「いじめ」などの問題解決のためだけにというわけではないので、「いじめ」をはじめ、子供の心の問題解決についての実効的で明確な対応策は必要だろうと思います。



そこで、僕は「連続性」を持って問題を抱えている子供に援助していけるシステムの構築が必要だと思うのです。

実際の所、学校の先生は教科内容が複雑化していたりして、難しくなっている子供の問題に対応しきれる状況にはなくなりつつあります。

それどころか、ベテラン教師が一気に退職を迎えて、若い教員を伸ばせる人材が足りない深刻な状況であると言われています。

普通に授業を受けさせて勉強を教えることすら危ぶまれている状況で、もしそのクラスにいじめがあったとして、適切な対応がその担任にできるかといったらできるわけがないのです。


いわゆるところの「しつけ」を学校の役割とすることや、担任個人になにからなにまでの対応を求めることなど、これまで持ってきた日本の価値観はすでに終わりを告げているだろうと僕は思います。

担任個人にその責任を押しつければ、その能力はバラバラですので、1年ごとの細切れの対応しか望めません。またどんなに力量のある人であったとしても、ずっと同じポテンシャルを維持できるとは限りません。
力量のある人ほど、大きな難しい問題を押しつけられ、その責任感からかえって燃え尽きてしまったりすることだってあります。

責任感がなく意識の低い人であれば、1年間その子を押さえつけて、その年度が終われば「はい、さようならー」をするだけです。

そのような「連続性」のないシステムでは、いじめのような根の深い問題を解決することは難しいのです。また、教員の「熱意」によって解決できると考えることも無理があるのです。

もはや個人の力量や熱意に頼った対応を求める時代ではありません。
力量や熱意が無限にあり、絶対に間違わないスーパーな人がたくさんいるのならそれでいいかもしれませんが、そんなことはないのです。

どんな人が担任になろうとも、一定程度の対応ができるような「システム」が必要なのです。学年や学校施設を超えて、連続性をもった横断的な対応といったことを考えなければならないでしょう。

いま小中学校をくっつけた、9年制の学制が議論されていますが、この点でもそれのメリットがあるかもしれませんね。



「いじめ」問題を考える上で、今後もうひとつ考えていかなければならない点が「家庭」をどこまで巻き込めるかということです。

いじめをする子の問題で、家庭が関係ないということはありません。

「いじめをする子」は「いじめをする理由を持たされた子」なのです。

その問題がなんであるかはケースによりさまざまでしょう。

親の放任、育児放棄、ネグレクト、虐待。
または過剰な子供への要求や、過干渉。管理、支配のいきすぎ。
貧困や複雑な家庭環境。
またはその家庭の養育力からくる場合、過保護、甘やかし、などなど。


いじめをする子に対して「厳罰化」を行うというのは、一見、合理性があるように感じられますが、子供はひとりひとりが社会的にも養護され大切に育まなければならない存在です。
家庭での育て方が不適切で、子供がそのようになってしまったことに対して、「その子を罰する」というのは、「臭いものに蓋をする」という対応なのです。

「子供を罰すること」では、教育者の責任はまっとうされないのです。
その子の抱えている根本的な問題に手をさしのべる必要があります。

しかし、現状深刻ないじめ問題が起こっても、家庭・親への明確なアプローチというのは規定されていません。

例えばの話ですが、自動車免許で何点以上の違反をすると、通常の免許更新よりも余分にみっちりとした講習を受けなければならないといったことがありますよね。

いじめの問題が起こったとき、学校が積極的なアプローチを可能なのは主にその子供に対してだけです。
家庭に対しても話を聴いたりということはできるにはできますが、それはさほど実行力のあるものとして規定されているわけではありません。
もし、その親が「先生の話なんか聞く耳持ちません」と言ってしまえばそれまでです。

これでは本当の子供の問題は解決できるわけがないのです。

子供を4時間監禁して体罰を加えたり、力を振るって物を破壊するところを見せつけてたりして、最終的に泣いて謝らせたところで、それは暴力や強権に屈しさせているだけであって、その子の問題のなにものも解決してはいないはずです。
その人自身は、大変自己満足感、達成感を得るかもしれませんが。


しかし、学校からのアプローチが子供のみに限定されてしまえば、そのような対応を考える人もでてきてしまいます。

家庭に対しても、根本的なアプローチが可能になるなんらかのシステムの構築が必要です。

いじめをする側の家庭に対しても、責任追及ではなく、”解決のためのカウンセリングを受けさせる”といったことが、当たり前という社会通念を作り上げることなど問題解決のためには大切ではないでしょうか。

つづく
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