2017-11

『条件付きの肯定はいらない』アフターフォロー - 2015.04.24 Fri

昨日は、講演会にたくさんのご応募ありがとうございました。

本当に多くの方にご応募いただいたので、お断りする数の方が多いくらいになってしまいました。
お断りしてしまった皆様にはせっかくご応募下さいましたのに申し訳ありません。
折を見てまたの機会を考えていきたいと思います。

ちなみに、ワークショップの方は午前の回に1組キャンセルがでました。
午前1組申し込み可能です。(4月28日 18時現在)


今日の記事は、『条件付きの肯定はいらない』の感想と補足みたいなものです。






◆『条件付きの肯定はいらない』アフターフォロー


記事の本文や、いただいたコメントをあらためて読み返してみました。

ずいぶん前に、「自分の生育歴を乗り越えるための記事を書くつもりです」と言っていたのを覚えて下さっている方がいらっしゃいましたね。

そうなんです、ずっと書こうと思っていたことがようやく文章にできた感じです。

構想していたのはその前からですから、数年にわたって考えていたことがようやく書けたということでしょうか。

このシリーズ書き上げて数日間は、なんか燃え尽きて頭の中が真っ白になっていました。



でも、これを書いたことによって、「疎外」に関しての記事のような、難しいケースについても書く準備ができたとも言えます。

なぜかというと、それなしにその後の「疎外」記事を書いていたとしたら、自身の生育歴ゆえに我が子に「疎外」をせずにはいられない人が読んだとき、自分が責められていると感じて終わってしまうだろうからです。

もちろん、僕は責めている気はないのだけど、そのようにとってしまう人は少なからずいたことでしょう。


今回、親自身の生育歴にまで踏み込んで、その人の持つ子育ての難しさを取り出して、いくぶんかでも客観視できたり、手のとどくものにできていれば、さらに子育てで本当に悩んでいる人の役に少しは立てるのではないかと感じます。

なので、今後もこういったいま一歩踏み込んだ、子育ての問題にも触れていける準備ができたと考えています。
(まあ、今後書けるかどうかは別問題なのだけど・・・・・・。



そんなわけで、たくさんの反響ありがとうございました。

これによって、これまでの自分の生きにくさや、子育ての中で感じるいらだちの原因、自己肯定感の低さの理由に気づいたといった、コメントをいただきました。



この後で、その人がそれを乗り越えていく過程は人それぞれです。

自分の生育歴をそのまま受け入れて前に進める人もいるでしょう。

また、親にされてきたことを理解はできるけれども、納得はできないというところに妥協点を見いだして進める人もいます。

または、親を恨んだり、敵対することを明確にして、それでやっと乗り越えられる人もいます。


もしかすると、その一方で親を恨むなんて自分はひどいのだろうと自己嫌悪におちいってしまう人もいるかもしれません。

でも、そこで自分を責める必要はないと思います。
それは自分が前に進むために心が要求していることだからです。

乗り越えるために必要なのに、その自分を責めてしまったら出口がなくなってしまいます。


自分を責めてしまうくらいだったら、そのエネルギーを我が子の子育てに向けて、子供と子供の中にいる小さな自分に暖かい気持ちを投げかけていってあげるといいでしょう。




自分が立っているポジションはわかったけれども、それでもまだまだ我が子に思うように暖かい関わりや感情が持てずに、イライラしてしまったり、辛く当たってしまうという人もいることでしょう。

そうだとしても、大丈夫です。
なぜなら”気づき”があるからです。


本当に、大人になってすら親子の関係が決裂してしまうケースは、親の方にその”気づき”がないケースがほとんどです。


「私はこんなに苦しんできたんだ」と涙ながらに親に訴えてすら、「私は間違ったことはなにもしていない」と親に返されてしまうと、子供は、先の記事でいうところの、”靴”をもらうことを完全に諦めなければならなくなってしまいます。

でも親の方に”気づき”があれば、あとからでも、小さかったとしても”靴”がもらえるのです。

ですので、子供は最後には救われます。




どうしても子供に辛く当たってしまう自分がいて、子供に優しくしたい、暖かく接したいといった思いとは裏腹に、イライラを隠せずに、ヒステリーに当たってしまったり、疎外や、無視をどうしてもしてしまう、それをふと我に返ったときに後悔して、何度も何度ももうやめようと思う、だけどまた繰り返してしまう。
そんな自分が許せない、けれどもどうしたらいいかわからないという人がいたら、こんなことをしてみるといいのではないかというものがあります。


それは、その自分の思いを字に書いて残しておくことです。
日記でもいいし、子育てノートでもいいし、〇〇ちゃんへのメッセージノートでもいいです。

そこにそのときの思いをつづっていくとよいでしょう。

「〇〇がつらい、大変」
「本当はこうしたかったのだけど、こうやって関わってしまった」
「かわいいと思っているのだけど、それをうまく子供に伝えることができなかった」とか、偽りなくそのときの思いを正直に書いていけばいいです。


そうすれば、関わりとしてはできなかったとしても、そこに思いは残るわけです。

もしかすると、思っていたほどのことはなくて、子育ての大変な時期が乗り越えられて、そんなことを書いていたことも忘れてしまうかもしれません。
それはそれでいいのです。


でも、もしかして、子供が将来、育ちにわだかまりを感じて行き詰まってしまうことがあるかもしれません。

そのときそのノートを見せて、「私は思うようにうまくはいかなかったかもしれないけれど、あなたのことを心から大切に思っているんだよ」と伝えてあげられることでしょう。

小さかったとしても、それが”靴”になれば、子供はそれをよりどころに前に進むことができるのです。
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● COMMENT ●

「靴」を貰っても履けない子供もいる

私も親にされた仕打ちを忘れられずに成人し、結婚して子供を産みました。
親からは虐待というほどのことはほとんどありませんでしたが、
全人格を否定され、好きな音楽や言うべき台詞まで24時間親の気に入るようにしなければならず、自分を持つことは許されませんでした。
親の敷いたレール以外で幸せになることも許されませんでした。
私の成育歴には不登校も摂食障害も、
ここには書けないような非行行為もあります。

私の人生というのは一度だけでいいから誰かに無償の愛を注がれてみたい、
でもその欲求自体自分勝手で悪いことだと罪悪感を感じつづけるものでした。
実は子供を産んだのも誰か(子供)に愛されてみたいからという大変に自分勝手な理由です。
だって、私も自分の人生を潰してまで親を愛していたのだから
私の子供だって私を愛してくれるはず、そう思ったんです。
もちろんそれは親のエゴで産まれてくる子供にとって酷いことだとは理解しています。
愛されたいならまず自分が愛せと責められても仕方がありません。

ところが最近(本当にここ数ヶ月の話です)私はとんでもないことに気づきました。
私は結婚10年になりますが夫とはよくケンカをしていました。
ケンカの理由ってつきつめると結局
「どうせあなたは私のことを愛していないでしょう?」
ということにあるんです。
私はルックスも悪ければ学もなし、家事は苦手、お金を稼ぐ能力も社会的地位もなし。
男性に愛される理由なんて本当に皆無、全くないんです。
実際に男性に容姿や能力で罵られたことは何百回もあります。
なのに夫は私に親切にしてくれるのでイライラするんです。
何回結婚している理由や愛しているという理由を尋ねても納得できる答えはかえってきません。
ときどき夫に叱られるのもイライラします。
やっぱりあんたも他の奴らと変わらないのねって思います。
離婚も私から何回も切り出しました。
「靴」を貰っても履けない子供もいるんです。
私には靴を履く権利はないから、
私にはこの靴は大きすぎるから、
裸足のほうが気楽だから。

夫は甘い言葉を囁くタイプではありませんが、
「俺が好きなんだからいいんだ」といいます。
もしかして、ありえないことにこの人は私のことを愛してくれていたのではないか?と結婚10年経って気づきました。
人は「正当な理由」も「必要な条件」もなしで人を愛することができるんだ!
それは「靴」であり「翼」でもあり、本当に私を全てから解放させてくれました。
それに気づいたきっかけのひとつがおとーちゃんのblogでもあります。
このblogで自分の気持ちを分析していなかったら、
夫からの靴のプレゼントを受け取らないまま人生を終えていたかもしれません。

ノロケみたいになってすみません。
私が思うには、男女関係じゃなくてもいいんです。
それこそ私の当初の計画通り自分の子供でもいいと思います。
世の中には(私には理解しがたいことですが)愛したい欲求のある人間もいるということ、
それを素直に受け止めるには「愛されたいと思うことは罪ではない」ことに気づくことが必要だったということを強く感じるのです。

愛されるにはまず愛さなきゃとか、
愛されるには自分磨きをして愛されるべき理由や条件を作らなきゃとか、
そういう余計な罪悪感がいらなかったんです。
そしてそういう余計な罪悪感を植えつけてしまうのが支配する子育てや
親からの条件付の愛情だと思います。

自分の子供にはできれば最初から「靴」を履かせてやりたい。
こんな私に良い「靴」を履かせられるか正直あまり自信はないのですが
最低でもせめて「靴」を履いても良いことだけは伝えたいと思います。

No title

誰しも、多かれ少なかれ親を恨む気持ちは持っているまたは、持っていたというのが一般的かと思います。
親に心から感謝しているという人は、恨むという過程を乗り越えた人。
マイナスを知らないとプラスにたどり着けません。

親を恨むことは、親への依存と背中合わせかも知れません。
こんな親でいて欲しかった、こんな風に育てて欲しかったという、自身の理想の押し付けからくる感情かもしれませんね。
子育て世代になり、親になった自分が未だ心の奥底で自身の親に依存しているなんて目を背けたくなる事柄ではありますが。。。

育児は育自。
子育て期は、嫌でも自身の生育歴と向き合わざるを得ませんね。

おとーちゃんブログ内での事例に、読者が自分と重ね合わせ、責められていると感じてしまうのは、もともと読み手側にある、負い目のような感情に触れて傷がうずくような感覚なのかもしてないと解釈致しました。

私自身もインナーチャイルドがあり、自身の生育歴には違和感を感じておりましら。こちらのブログで提唱されているような育児とは、かけ離れていたため非常に自身に不満でした。
そのことを自身の親に言葉で伝え、理解を得られたことが、インナーチャイルドを乗り越えるきっかけになりました。
機会を頂いた事に、とても感謝しております。
大変ありがとうございました。

先日、実親の幼児期を話してもらう機会がありました。やはり親から見捨てられたと感じても仕方が無いような空白の時間があり、「それは辛かったね」と声をかけました。
私は、良くない関わりも貰ったれど、
親もまた、そもそもの靴の形すら分からず、それでもしっかり躾をしなければと、
作り笑いをして必死に向き合っていたのかも知れないと思いました。

今は「子供に靴を履かせてあげたい」気持ちと「この子にしっかりとした靴を履かせてあげられるのは私では無いのかも知れない」気持ちとでフラフラしてますが、子育てノートも書いてみようと思います。

踏み込んだ記事を書く心労、大変だったことと思います。拝読でき感謝です。


時間

お父ちゃんさん、こんばんは
やっぱり、育ちを乗り越えることについて書かれた記事だったんですね〜。
靴探しに必死になった時期、私もあります(笑)。。
もうすっかり終わったことだと思っていたのに、育児を通してまたごちゃごちゃ扱いにくい感情が出てきてびっくりでした。
まあ多分、育ちからくるものだけではなかったんだと思いますが…。

過去記事で大人になってからも良好な親子関係を築いていくのには信頼関係がベースになってくる、といった(違っていたらすいません)内容の話があったかと思うのですが、私はそれを作ることが出来なかったから大人になって会いにいく気になれなかったのかなあ、と思った事があります。

この記事を読んで思うのは、「親心子知らず」です。
私の親(父)にも、この記事後半の子育てノートでも書いておいてほしかったな、です。

今は娘と一緒に自分好みの靴を作っていますよ。
糸巻きの歌で、最後は「小さなママのお靴〜」とかね(笑)。

それと、私も育児ノート書いています。
だけど、恥ずかしながら大半が愚痴です。イライラするなあ、もう!とかね…。
明日から書き方ちょっと工夫してみようかな。あ、また何か好転する予感が(笑)

いつもありがとうございます!


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