2017-03

条件付きの肯定はいらない vol.1 - 2015.03.17 Tue

子供らしい屈託のない笑顔が、なかなか出せなくなっている子がいます。


「笑顔」って、子育てしているときの大きなバロメーターになっています。

それまで笑えていた子が、笑わなくなったら、なにかわだかまりがある証しでしょうし、子育てする大人に笑顔がでなくなったならば、なにかどこかにつまづきが(子育て以外のことでかもしれません)あるからでしょう。

そんなときは、子供にしても大人にしても、なにをやってもなかなかうまくはいかないものです。

なにかをしようと努力を重ねるよりも、まずは互いに無理なく笑顔が出せることを目指したほうがよいでしょう。







さて、そんななんとはなしにどこかひっかかるものがある子、どこかに屈託を抱えたような子の中には、親子関係の中でなにか満たされないものを感じている子がいます。


親からしっかりと関心を向けてもらってはいるのだけど、なにかにつけてゴネが多かったり、ネガティブ行動が出ていて、どうにも満たされていない姿を出しています。



もちろんすべての子がではないですが、その子たちの中には、親からの関わりの多くが「条件付きの肯定」になってしまっている子がいます。


「条件付きの肯定」とはなんでしょう?

子供には親から認めて欲しいという思いがどんな子にもあります。

一番いいのは、「あるがままの自分」を認めてもらうことなのですが、人によってはそれができない親もいます。


例えば以前、「子供を褒めて伸ばす」には落とし穴があるというお話しをしました。
「褒める」ことは、「〇〇がよく出来たから、認める」ことです。

褒めること自体が悪いわけではありませんが、子供をそれによって「大人の意図する姿にしよう」と、その「褒め」をひんぱんに使うようになってしまうと、それは「〇〇が出来るあなたが好き」というメッセージになってしまいます。

ときに子供を思い通りにするために「疎外」を用いたりする人であれば、その親から子への関わりは、「〇〇が出来ないあなたは好きじゃない」という否定のメッセージにすらなってしまいます。



この「条件付きの肯定」は、「褒めること」ばかりではありません。


普段の生活の中でや、習い事や早期教育などでの達成を求めていくことでも、しばしば出てきます。

「嫌がれば」、「素直にしなければ」大人が不機嫌な顔をしていたりそういった雰囲気をかもし出していて、
子供の方が積極的に喜んでしたときだけ笑顔を向けていたら、結果的にその笑顔は「条件付きの肯定」になっているのです。

まあ、多少そういったところがあったとしても、そうそうは子供への大きな問題にはならないのですが、なかには深刻な影を落としていくケースがあります。



それが「満たされなさ」と「自己肯定感の欠如」として出てきます。

さらに具体的な現れ方は、様々ですが、自信のなさや寡黙、委縮、自己表現への恐れ、ダダやゴネ、大人をいいなりにさせる、大人の言葉を聞かない、大人への反発・反抗、爪かみや指しゃぶり、落ち着きのなさ、奇声をあげる、乱暴さや他者へのいじわる、笑わない、無感情・無表情などの姿が見られます。


「条件付きの肯定」そのものがけっして悪いというわけでもありません。
年齢が上がれば上がるほど、子供への肯定の仕方がなんらかの条件付きが多くなるのは普通のことです。

しかしながら、子供のごく小さいとき、それこそ1歳や2歳などからそのような「なにかをしなければ自分のことを好意的に見てもらえない」と、子供が感じながら成長していくと、子供はとてもたくさんの「頑張り」を積み重ねなければなりません。
それがつねに、ずっと、であるととてもしんどいです。


子供が大人と一緒に過ごしていて、その大人がくつろいで、笑顔でいれば、子供はそれだけで自分が肯定されていると感じられます。

しかしその逆、その大人がいつも不機嫌な様子をしていると「自分はこのままでいいのかな?受け入れてもらえていないのかな?」とつねに不安な気持ちを持ち続けなければなりません。

こういった大人と子供の関係は、それだけで様々なネガティブ行動などの「育てにくさ」をもたらしてしまいます。


ですから、子供が小さいうちほど、「条件付きの肯定」ではなく、あるがままをみて笑顔を向けてあげたり、無邪気に過ごしている様子を見て「かわいいね」と言ってあげられる「無条件の肯定」をたくさんしてあげてほしいと思います。




ということなのですが、実はこの話はこれだけでは解決しません。
もちろん、「あーついつい、ただかわいいって言ってあげられる余裕がなくなっちゃうんだよね。気を付けないと」で済むケースもたくさんあることとは思います。
しかし、それだけでは解決しないケースも少なからずあります。

なぜなら、もうひとつ深い段階が隠れているからです。

つづく。
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● COMMENT ●

まさに今息子6歳がこの状態で、常不平不満癇癪、赤ちゃん返り、ダダゴネで、わざと怒られる事をしては本人は1日中怒ってるか泣いてるかで親子関係が行き詰まってます。遊びも成立しません。私もありのままの姿を受容肯定出来たら、そうならないと分かってますが、この状態で良いよ安心しておいで~抱っこして落ち着くまでいて~と精神的に出来ない事に苦しんでます。いい加減にして楽しく過ごせないの?とか怒ってしまいます。お互いに負の連載で今日こそは笑顔で過ごしたいと息子も私も願ってるのに出来ない。話掛けても無視されて、手を繋ごうとしても振り払われて、叩く蹴るをしてきます。八方塞がりで精神的に参ってます。とにかく今は何か出来るようになって欲しいとか小学生になるまでになんとかとか焦らないように気を付けてますが、負の連鎖を一旦リセットするにはどうしたら良いのか今後の記事期待してます。関わろうとすればする程遊ぼうとすればする程酷い状態になります。逆にもう接しない方が良いのでは…とか思ってしまう程です。

No title

最近成長期に入った息子のことで悩み、こちらのブログを見つけて、いろいろな記事を拝見させていただきました。

今、2歳三ヶ月の息子がおります。
1ヶ月ほど前から、歯磨きやら着替えやら、手洗い、おむつがえなどを悉く嫌がり泣きます。ほしい食べ物を要求したり、まだまだ遊びたいときも同様 。最初は、やらなきゃいけないものなのよと言い、無理やり親がやっていたのですが、その後何十分も泣き叫んでイヤだとダダをこねました。あまりになんでもそうなので、私も疲れてしまい、もう知らないっ!とほっておいたりしたこともありました。

そんなときに、こちらのブログに出会い、先回りした関わりや共感を通じて子供とのプラスの関係を増やし、叱るときとのメリハリを
つけること、疎外感を利用しないように今は心がけています。

ただ、最近は私や周囲のおとなが、オムツかえますよ、などと話しかけても、自分がやりたくないことだと、聞こえないふりをしておもちゃで遊び続けたり、他の話をしたりして、会話になりません。今お母さんが話をしているんだよ、聞こえないふりするのは困りますと伝えても、聞こえないふりです、、
そして、結局いつも、お母さんは○○しないのは嫌です。お返事ないのでお母さんがやりますねといって、手をだすと、「自分でやりたかったー!」 と泣きます。自分でやりたいのならそう伝えてね、といい、本人がやるのを待ちますが、また遊びだしたり、祖父母のところに逃げたり。最後はやっぱり親がやってしまうか、祖父母などと共に遊びなどで誤魔化しながらやってしまうというパターンが多いです。そうすると自分で出来たときだけ認めるような形になってしまい、条件付きの肯定のようになってしまっているのかもしれません。聞こえないふりをする子供に対して、どのように対応すればよいのでしょうか?自分でやろうとする気持ちもあるのだから、それも大切にしてやりたいのですが、、

去年の四月から保育園に入り、保育時間も夜6時頃までと比較的長かったです。保育園の先生からもこの子はたくさん愛情がほしいタイプねといわれていましたので、食事やお風呂などの時間は大切にしてきたつもりですが、夜の寝付きも悪かったです。今思うと、なるべく早くねかせなきゃ!という焦りもあり、まだママと遊びたいという子供の気持ちに十分にこたえてやれてなかったんだと思います。

現在は妊娠中で、切迫早産のため数ヵ月前より実家へ里帰りしています。私は部屋でこどもが遊んでるのを横で寝ながらみたり、話をしたり、絵本を読んだりはできますが、やはり寂しいようで、私が時々床から出たときには、寂しいよー抱っこしてと抱きついてきます。
子供の世話は祖母にほとんどお世話になっています。当初はかなり何でも望むことをさせてくれたりしたこと(甘やかしに近いことも)、そして最近イヤイヤが出始めてからは逆に周りに祖父母やおじ等大人が多い分、いろんな大人から注意されたり、事細かく指示されたりすることも多く、結果的にに過干渉になっているのかなとも思います。ただ、家族が多い分、いろいろと自分を肯定的に受け止めてもらう場面がたくさんあるのも事実です。

祖母も、私のときはこんなにイヤイヤも激しくなかったし、そこまでこだわりもなかったのに難しい、、、と最近よくいっていて、しんどそうで申し訳なくなってしまいます。

是非アドバイスを頂けますと幸いです。

以前、こちらのブログで読ませていただいたボタンを掛け違えたら、受容に戻るという事を改めて感じました。自分のボタンの掛け違えの始めはどこかな?どこかな?‥…あぁ〜、受容していなかったな自分自身を。。私自身の自己肯定感が低く、自信が持てなかったんだな。自分に一番厳しくしていたのは他でもなく自分自身だったのだな。自分を否定し続けて生きてきたな。子供には、月並みですが、ありのままの自分を認めて、存在するだけでとてもとても価値があると常に思えるように、育てていきたいと思いました。
どこかの記事で見た、おとーちゃんの、【それはそれ】という言葉が好きです。全体を見てから、一部を見るプラスのとらえ方だと思います。


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