2017-04

「幸せ」ってなんなんだろう vol.3 - 2014.10.06 Mon

最初にあげたようなケースというのは、本当にレアなものだと思います。

「子供に感心が持てない」というわけではなく、最初から「子供に感心を持たない」になっているのですから。
前者は意思はあるけど「できない」ということですが、後者は意思自体がないわけです。
結果的に同じ状況になってしまったとしても、この違いはとても大きなものです。
子供にもそれはわかりますし。

ですので、あの事例のようなケースはそうそうはありません。
しかし、最近では別のタイプのものがだんだんと増えてきています。
これは、特殊なものではなく多くの家庭に起こりかねないものです。
今回はそれについて書いてみようと思います。




それは「子供が見えない」というものです。

もう少し言葉を惜しまないで言うと、「親が付加価値のついた子供を求めるあまり、子供そのものを見ない」というものです。


例えばこんなことがあります。


ある男の子です。仮にJ君としましょう。
この子が3歳の年少になったころから、早期教育の塾に通い始めました。

お母さんはフルタイムで忙しく働いている人で、子供には関心がないわけではありませんが、淡泊で少し冷淡なところがあります。

子供への関心というのも、子供と楽しく遊んでいい笑顔を見せてくれるのを望むというようなタイプの関心ではなくて、早期教育をはじめたことからもわかるように、「〇〇をできるようにする」といったタイプの関心です。


子供というのは、多くの子に「親に自分を認めてもらいたい、受け入れて欲しい」という強い願望・欲求があります。

この家庭のように、ベタベタするような情の関わりの道が無い状態で、親が「〇〇をできるようにする」といった方向での願望を見せると、子供はそちらに自身の持つモチベーションのリソースを費やして「頑張って」いきます。

それを頑張ることで、親にいい視線で振り向いてもらいたいのです。


このお母さんもまじめな人ならば、このJ君もまじめな子でした。

日々長時間の保育を受けている上に、家に帰ってからや休みの日にお勉強に駆り立てられても、「いやだよー、今日は疲れたよー」などと言ったり、なにか理由をつけてごねることもなく、一生懸命に親の望むよう振る舞っていきました。

でも、もしかするとそれはそのような姿をだすと、それに対してお母さんは冷淡さで対抗してくるので、それらを出したくても出せなかっただけなのかもしれません。


お父さんは冷淡なタイプではありませんでしたが、「付加価値のついた子供」を望んでいる点では同じようなところがありました。

こんなエピソードがあります。

「このように勉強を頑張ってできる我が子」というのが、自身のなかで高い価値を持っていたのでしょう。
友人と居酒屋に飲みに行くときに、その子も連れて行ってそこで勉強をさせその様を友人たちに見せて自慢をするのです。

子供に本当に学力をつけたいと望むならば、その環境も整えようと考えるもので、
普通はそのような場所で勉強をさせようとは考えないでしょう。
これは自らの自尊心を満足させるために子供を利用していること、になってしまっていると思われます。

子供はそういうことを理解しないだろうと思う人もいるかもしれませんが、明確に論理的に理解はしていないとしても、子供も感覚的にそれがどのような意味を持っているかということはきちんと感じることができるものです。


このJ君が年長になった頃、それまで心の中に押さえ込んできたであろうものがふきだしてきました。

あるときから急に乱暴な行動を重ねるようになったのです。
いわゆる「キレる」といった姿がひんぱんにでてきました。
はじめは家庭ではださずに、もっぱらそれを園で出していました。

次第に家庭でも出すようになりましたが、親はそれに対して激しく叱ったり威圧的に関わることや、冷淡に疎外することで対抗してしまいます。

そうして押さえ込まれた感情を、家庭では出すことが許されないので、今度は園でさらなる問題行動として重ねていきます。


このときの親の心情としては、自分としては「子供ため」であることを子供にさせているのだという「正しさ」を持っています。
そういった自分自身の立つ位置が「正しい」ものであると信じているがゆえに、実は「付加価値のついた子供」しか受け入れないという自分のあり方に気がつきませんし、それを認めることもできません。

それゆえに、「本当の子供の姿が見えない」という状況に陥ってしまっています。

結局この親は就学するまで自分たちのそういった関わりを見直すということはしませんでした。
「勉強は"正しい"ことだからさせる、それとはまったく別の問題である子供の乱暴な姿は"悪い"ことだから押さえつける」というスタンスでいってしまったのです。


人間の心というのは正直です。
もし、他者から「負の感情」を向けられたら、それと同等の「負の感情」を別のところで出してバランスを取ろうとしたり、もしそれを溜め込んでしまったらいずれそれをどこかでなにかのかたちで出そうとします。

なんらかの問題のない形でそれが消化できていればいいですが、子供にはあまり選択肢が多くないので、消化しきれないこともあります。


「子供のありのまま」を見るのではなく、大人が無頓着に「付加価値のついた子供」を求めはじめると、子供の育ちはねじれたものになりやすいです。

最近では、このようなケースが徐々に増えているように感じます。
おそらくは、いまの親世代の大人自身が多かれ少なかれ「付加価値のついた子供」であることを求められはじめた時代に育ってきているということがあるのではないでしょうか。


自身の生育歴というのは、簡単には乗り越えられるものではありません。
「自分がされたこと」というのは、その人のなかで無条件に「正しいこと」になりやすいのです。

叩かれて育ってきた人は、子供を叩くことにあまり疑問を持ちませんし、「付加価値のついた子供」であることを求められて育ってきた人は、自分の子供にもそうあることを望んでしまいやすいのです。

前回の事例と違って、このたぐいの「子供がみえない」というケースは、多くの人になり得る要素のあることです。
このことを少し頭の片隅にでも置いといてもらって、ありのままの子供が見えなくならないようにしておく必要があるかと思います。
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● COMMENT ●

内容に関する事ではないのですが、、、

毎日本当に楽しみに楽しみに拝見しております。ちょっと困っておりますのは、画面に現われる広告が以前に増してぴかぴかしているように感じられまして、最近特に読み進めるのが難しいことがあります。ゆっくりと考えながら拝見したいのですが、広告を変更することは難しいのでしょうか。しくみが分かっていないのでとんちんかんな質問でしたらごめんなさい、どうかご無礼お許しいただけますよう… ありがとうございました。

凄くわかります。

4歳にもうすぐ上の子がなります。子育てに悩んだ悩んだ4年間でした。
最近急に話がわかるようになったというか、私にも余裕が出てきたのか、やっとしみじみ、ああ、可愛いなぁと思えるのですが、やはりそれと同時に、聞き分けよくなってきたから可愛いのか?この子がこれから、自分の意に反したことをしても、丸ごと受け止められるのか?と考えることがあります。うちも早期教育に当てはまることをしています。気をつけようと思います。

他人から幸せにみられたい心理

今の資本主義社会では「他人から幸せに見られている」=「幸せ」と錯覚してしまいがちです。どこを見てもステイタスを刺激する広告にあふれていますものね。私もそうなのです。「ちょっと賢い人間にみられたい」「ちょっとお金に余裕のある人にみられたい」・・・油断すると自分のエゴが顔を出しそうになります。
でも本当の「幸せ」は自分の心が決めること。子供と食卓を囲み笑顔が溢れる・・・そんな時感じる感情が本当の幸せなのですよね。
他人から幸せにみられたいという親のエゴに子供が巻き込まれる・・・子供にとってはとても苦痛でしょう。
この、「他人の評価で自分の幸せを計る」というのは、自己肯定感の低さからくるのかなと思うのです。やっぱり自己肯定って大切ですね。

ひどい母親です

いつもブロクを拝見して「お父ちゃん」さんの記事を子育ての指針にしています。
私自身が、先に挙げられたような子どもに愛情を注げない、ありのままの子どもを受け止めることができない母親です。
いま、3歳10ヶ月の息子がネガティブな自己主張を出すと、鍵を掛けて寝室に閉じこもったり、怒鳴ったり、無視したり、ひどい言葉や物を投げつけたり。
平日は保育園に預けていても、帰宅後から寝るまでのわずかな時間でも息子と二人きりで過ごすのが苦痛。。。
自分自身も、キレる父と病気の母の元で、甘えは許されず、小さい頃から家事と勉強をこなしてきて、結婚も親が反対しないような付加価値の高い人と結婚して。。。そんな生き方に悩んだこともありますが、それが自分の使命だと思っています。そして、子どもにもやっぱり家の繁栄のために貢献できる子になって欲しい、付加価値の高い子を求めてるんです。寝る前にくすぐりなど、ポジティブな関わりも努力していますが、なかなか感情をコントロールできません。絵本の読み聞かせも、本当に義務感です。私自身、一度も親から絵本を読んでもらったことはありませんが、本は大好きです。だから、心のどころに読み聞かせなんて必要ないと思っているんです。
きっと息子は、この私の子育てのせいで可愛くない子になっていくんだろうな、それをまた自分は受け止めらないんだろうな、と思うと暗澹たる気持ちになります。
すみません、取り止めのないコメントになりました。でも、いつも何度もこちらのブロクを読み返してトライ アンド エラーを繰り返しています。

No title

付加価値も、色々な形や種類があって、それは親の子供の成長への期待と往々にして重なるので、そこをきちんと峻別して認識して子供と関わるのは難しいなあと日々思います。
期待と、子育ての展望や方針は、どうしてもごっちゃになりがちです…。

昔、育休中に子連れでよく行ってた喫茶店が、早期教育教室の階下にあって、しょっちゅう、そこに通わせている親子連れをお見かけしたのですが、幼稚園入るか入らないかくらいの子に説教してる親が多くてびっくりしました。
一度は私が店に入ってから出るまで、延々と教室のカリキュラムに関して母親が子供に説教していて、あそこが出来てない、○ちゃんは出来ている、お母さんは恥ずかしい、あなたのためなのよ、もっと頑張れと言い続けるのを、全身ファミリアでコーディネートされた三歳くらいの子が目に涙をためながら黙ってずっと聞いていて、いたたまれなかったです。
黙って聞いている子供も大変健気ですし、お母さんも期待と将来の不安が入り交じる感情をコントロールできてないようで。

前におとーちゃんさんが、できるを求めないという記事を書かれていましたが、ほんとに出来るを求めだすと、大人の側の感情のコントロールが難しくなるなと思いました。

ありのままの子供を見る。簡単なようですが難しいし、大人の側の精神的な余裕と成熟がいるのでしょうね。
たまに出来てなくてへこみますが、頑張ります。

No title

はじめまして。少し前からブログをみさせてもらっています。
5歳と2歳の女の子がいます。

ブログを読んでいて、子育て周りの色々気になることがよく納得できました。

園の状況(どうして子供の視線の先を見ていない先生がいるのだろうと不思議でした)、国の政策の状況(学校自体が産業革命で生まれたもの。幼稚園や保育園、まして未満児・夜間・休日・病児などの保育を望む子供がいるのだろうか。誰が保育の拡充を是としているのか。と不思議でした)など。

子育てをしていて、自分の元になってたんだなあと実感するのが、2歳の数か月の記憶です。
家庭の事情で祖母宅に預けられていた時のことです。
近所に建設用の6メートルくらいの砂山があり、一面をユンボで削り取られていました。それを登って滑り降りたり、ジャンプしたり…。祖母は送り迎えだけで、毎日そこでほぼ一人、あるいは、たまに来る近所の子と遊んでいました。

もう一つ、家の隣の空き地(親戚の持ち物)を母が借りて、使わなくなった室内用ジャングルジムを置いて、後は、土とと木と草があって。そこでお母さんたちと子供たちが毎日遊んでいたこともよく覚えています。

その為か、今も子供と公園やアパートの駐車場に作った小さい砂場で、一緒に遊んでいます。子供のリクエストで、バケツにお風呂の残り水を何倍も汲んだりもします。どんぐりや花や葉っぱ、木の枝も拾ってきて、おいています。縄跳びやフラフープ、チョークも置いています。

他の子供が通りかかると一緒に遊ぶのですが、次からうちの前の道を通りかかると、子供が勝手にうちに走って入ってしまうと、親御さんから聞きます。うちの子は毎日のことなのでそんなに喜びません(自然~に楽しんでます)が、他の子が来ると目をキラキラさせて楽しんでます。

子供のそんな目を見るととても嬉しいのですが、そういう子の親御さんに聞くと、夕方は家で毎日テレビを見ていると言う子が多いです。
仕事されていないお母さんで下の子がいなくても、夕方ちょっと子供と遊ぶ時間もないのかな、と悲しくなりつつ、こうやってちょっと遊ぶ場所の作り方とか方法が分からないのかなと思ったりもします。
でも、子供と近所を探検に出かけたりしてくれたりするお母さん達もいて、そういうお話と笑顔の子供を見ると、嬉しくなります。

充実した遊び時間を持つと、その後、子供が本当に穏やかな笑顔になって、良く眠ると思います。
全ての子供に、素敵な子供時間が持てますように。
子育てしながら、祈る毎日です。

いつも大変勉強になります。
付加価値、という訳でもないのですが、まさに、私の母が子供の姿を見ようとせず、自分の思いを押し付ける人でした。
私自身もそういう人間に育ったし、若い頃の交際相手も自分の理想を押し付けてくる人でした。
そういうこともあり、思春期から青年期まで、生きているのが本当に大変でした。
30歳を過ぎてからやっと、あれ?もしかして私、親と同じ人とのかかわり方をしている?これはまずいなと気づきました。
今は結婚しているのですが、夫は相手のありのままを受け止めようとする人です。
夫と出会って、世の中にこういう人もいるんだ〜。と感心しました。当たり前の事のはずなのに、別の世界にいた人間にはわからないものなんですね。
私自身も一児の母ですが、多くの子供たちが、いつか苦しみから解き放たれて自分の人生を歩けるようになればいいなと願っています。

幸せって…

「幸せってなんだろう」
と考えると、ふいに蘇る光景があります。

一年半ほど前、働き盛りの主人にガンが見つかったときのこと。
私は育休中、子供は10カ月。
この先、私達はどうなってしまうんだろう。
主人がもしいなくなってしまったら…。
手術に向けての再検査を繰り返し、様々な不安が渦巻いていたとき。

そんな中、今でも鮮明に覚えている光景。
息子が帰宅してきた主人を見つけて、懸命にハイハイして向かっていく姿。
迎えて抱き上げる主人。
見つめ合う二人の優しい愛しい顔。

二人のこの笑顔をなくしたくない。
このときはっきりとそう思いました。

辛い経験をして改めて大切なものがわかることもあるんですね。

幸いにも主人の手術はうまくいき、今のところ転移や再発もありません。

子育てに家事に仕事に…。
保育園通い二歳男児のいる共働き核家族は毎日バタバタで忙しい日々ですが、この幸せの光景を忘れずに頑張っていきたいと思っています。

つれづれと失礼致しました。

三日月さん

生育歴ゆえの子育ての大変さというのは、これは乗り越えることがとても難しいことのひとつです。

自分ですべてを抱えて、できない自分を責めるのではなく、自分の問題点を認めて開示した上でできるものならば周囲の家族などに子育てをサポートしてもらうことが必要な場合もあります。


三日月さんの場合は、子育て以前の部分もあるようですから子育てそのものに悩むよりもカウンセリングなどでご自身の問題になんらかの糸口を見いだしてみることも結果的に子育てのプラスになるかもしれませんね。

ありがとうございます!

まさか返信コメントを頂けると思っておらず、いつもの記事だけを拝見していました。コメント、とても嬉しかったです。特に「自身の生育歴を乗り越えるのは難しい」というところは、心にしみました。
今年は満点ポイントにも関わらず、小規模園から認可園への4月入園が叶わず、やむなく幼稚園に入園→7月より認可園に入園できるも、入園までの度々の役所への掛け合い、そして流産。
マンションの階下の人からの子どもの足音の苦情(すでに廊下、リビングなど、すべて絨毯敷きにしていたのですが。。。)、親子三人で菓子より持っての謝罪。
最近になり、近隣から虐待の疑いで通報、またまた役所との掛け合いなど。
昨年三歳児検診のときに、ちょっと子育ての相談をしたところ、心理の先生に回され、自閉症の診断のできる病院が10件くらい書かれたリストを渡されたときのショック。この一年自分では精一杯子育てにもがいていても、通報され、「子育て支援課」に「協力」という名の出頭を命じられ。。。東京での子育てはなぜこんなにも苦しいのでしょう。
保育園の園長先生とも面談しましたが、どんなに言葉を尽くしても、当然のことながら自分の生育歴、メンタルクリニックに通いながら激務をこなす夫との日常も含めて、今の子育ての苦しみ、求めている対策を理解してもらえるはずもなく、徒労感ばかりが募りました。
4歳の息子は、最近、完全に親の顔色を伺う子どもになっています。
少しずつ少しずつ、「楽しい関わり」を増やして、いつかうちの子も「かわいい子ども」にならせてあげたい、それを受け止めれる親になりたいと切に思っています。


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