2017-06

相談 保育園では問題ないが家では困った姿が目立つ(2歳4ヶ月) - 2014.09.02 Tue

8月27日 はちさんの相談コメントへの返信

すみません順番がちょっと前後してしまいました。










いつもお世話になっております。
お父ちゃんさんのブログに出会い、くすぐりをする等少しずつ関わりを変化しているところです。
2歳4か月の女の子の母で、経済的な事情で娘が6か月の頃からずっとフルタイムで働いています。
今月末に出産を控えており、お盆休みと同時に産休に入っているため、最近は娘と家で過ごす時間が多いですが、家族構成は娘・夫(中学校教諭)・私(広告代理店の営業時事務)・(ともうすぐ下の子)で核家族、実家・義実家・親戚等、すべて遠く、普段は保育園(7時~19時)にお世話になって何とかやっている状況です。
夫は家事・育児共に協力的で、私が残業の日はごはん・お風呂・寝かしつけまでやってくれます。娘は夫を試したり、所有したがったりと、まるで我儘な恋人のように振る舞うことも多く、夫が休日出勤等でいなくなると、仕事だと何度も説明してから出かけるにもかかわらずベランダから泣きながら夫を呼び続けるなど(30分程度)、お父さん大好きっ子です。(私にも同様のことをすることもありますが、夫に対するものとはちょっと違うように感じています)
うちでの娘は、好き嫌いをして葉野菜を食べなかったり、思い通りにいかないと物を投げたり親を叩いたり、「やめてほしいな」とお願いすると「やめてほしいなじゃないの!」と怒鳴ったり…といった我の強い子なのですが、保育園では全く違うようで、自分からお友達を叩く等しないどころか、お友達に噛まれてもやり返さない、先生の言うことをよく理解して言うことを聞く、と言った感じで、主任先生からも「4月生まれということを除いても本当に発達の早い賢い子ですね」と言われています。
オムツは本人の「オムツでしたい」という強い希望で外せずにいますが、私自身はあまり気にしていません。(園では一日に数回連れて行くようですが、うちでは誘っても「行かない」と強くお断りされるので断念してしまっています)
うちと外で随分と様子が違うようなのですが、単なる甘えなのでしょうか?それとも、親の対応が下手で保育園のように上手に子育てできていないのでしょうか?夫とふたり、どうしたものかと悩んでいます。



多分に推測が入りますのでそのおつもりで参考までにどうぞ。

>うちと外で随分と様子が違うようなのですが、単なる甘えなのでしょうか?それとも、親の対応が下手で保育園のように上手に子育てできていないのでしょうか?


これは普通のことです。
むしろある意味では健全とすらいえます。

大人だって会社でビシッとしていたら、家ではだらっとしたりするのは誰しもありますよね。
子供もそれと同じです。

逆に、「家でいい子、外で問題児」の方がずっと根深いものがあることが多いです。



ここからは多分に推測になりますが、

>うちでの娘は、好き嫌いをして葉野菜を食べなかったり、思い通りにいかないと物を投げたり親を叩いたり、「やめてほしいな」とお願いすると「やめてほしいなじゃないの!」と怒鳴ったり…といった我の強い子なのですが

こういう姿はお母さんに対する一種の甘えの出し方なのだと感じます。

女の子と母親ですと、素直に自分の感情を出せずにこのようなひとつ角を曲がったような出し方をしてしまうことが往々にして見られます。いわゆるツンデレに近いですね。


その背景にあるのは、12時間にわたる保育時間ですからこの頑張りを認めて欲しいというものがまずあるでしょう。
「私はこんなにも頑張っているのだからそれをしっかりと認めてよ、お母さん!」という主張をネガティブな出し方を通してしているわけですね。


もうひとつは、お母さんにもっとおおらかに穏やかに過ごして、ありのままの自分を受け止めて認めて欲しいということなのだと感じます。
このあたりは過去記事の「全面肯定」というところが関連記事になります。検索するといくつか出てくると思います。



>うちと外で随分と様子が違うようなのですが、単なる甘えなのでしょうか?それとも、親の対応が下手で保育園のように上手に子育てできていないのでしょうか?夫とふたり、どうしたものかと悩んでいます。


この部分が、「家庭でも外と同じようにきちんとできるはずだ、きちんとできるように育てなければ」という気持ちが少しでもあっての問いなのならば、お子さんのメッセージはより先鋭化します。
つまり、「できない私であってもありのままの自分を受け入れてよ」という心理があるわけです。

「できること」に目を向けた育児になってしまうと、しばしば子供はこの心理状態に追い込まれていきます。
だから、わざわざ大人が気に入らないであろうという姿をだすことで、深いところでの「受容」と「肯定」を求めるという行動にでてしまうのです。


真面目な人、一生懸命に子育てしようとする人ほど、こういうことに直面してしまいがちです。
そこに留意して、大人の側の大きな包容力でもって、子供のネガティブな姿ごと受け止めてしまうような姿勢を出していくことで子供の姿を安定化していきやすくなります。


これらは大人の方の自信のなさや迷いなども拍車をかけてしまいます。
大人の方もいまの状態が「子育てがうまくいっていないのだ」とか、「長時間預けているから負担をかけてしまっているのだ」というようにネガティブにとらえるのではなく、誰しも当然出てくる成長の一過程だと思って長い目で、またおおらかに見ていくことが大切です。

「受容」「肯定」「認める」「温かい目で見守る」といったことの積み重ねでお子さんの姿は安定化していけるでしょう。
まずは、くすぐりなどでお互いが楽しいという経験を共有していってみるといいと思いますよ。
関連記事

● COMMENT ●

うちもおんなじです

質問者さま、うちもおんなじで笑っちゃいました!
うちにも2歳4ヶ月の女の子(4月生まれ)がおり、ママがお迎えに来る前はお姉さんだったのにね~ってお迎えの度に言われるくらい私には全力でごねて甘えてきます。
旦那にはあんまり見せない姿なのでそこはちがいますけど。
朝もいまだにギャン泣きなんですよ~!!ひどいでしょう?

イヤイヤ期の一貫かな?と思ったりもしましたが、甘えかなー保育所で相当頑張ってるんだなーと思っています。
たまに全力の甘えにくたびれますが、信頼されてる証拠だろうし、今だけと信じて頑張りましょう!!

さおりんさん

レスありがとうございます。

一緒なんですね^^
私自身が子育てに自信がない(専門機関にかかったことはありませんが、私の両親にいわゆる毒親の傾向があり、娘とどう関わったらいいのやらと自問する毎日です)ので、うちの子だけなんか物凄い悪い傾向が出てるのでは?なんて心配をしていました。

ちなみに保育園は、普段はすんなりですが、別の子がギャン泣きを始めると便乗して嘘泣きを始めます。保育士さんの「向こうでアンパンマンで遊ぼうよ」等の声掛けで、一瞬で切り替わりますが…苦笑

私もさおりんさんのように、大きな気持ちで接せられるよう頑張りたいと思いました☆
お互いガッツですね♪

相談にのってくださりありがとうございます。

お父ちゃんさん、アドバイスをありがとうございました。

>これは普通のことです。
>むしろある意味では健全とすらいえます。

子育てに自信がない中で(私の親が私にしてきたことを娘にしたくないという気持ちがあるのですが、じゃぁどうしたらと言う部分に確信が持てないでいます。また、地域柄、乳児を預けて母親が仕事に出るのを良しとしない方が多く、職場の方(主に年配女性)や最初に入った保育園の保育士さんから「パートじゃダメなのか?娘ちゃんが可哀そう」等の批判や陰口を受けて鬱っぽくなってしまった時期があり、未だに何かあると思いだしては引っかかってしまっています…かといってパートでなんとかなるような経済状況でもなく、転園&転職して今の園と職場に収まっています)、少しホッとできるお言葉で嬉しかったです。

アドバイスをいただき、過去記事の「全面肯定」に関する部分を改めて拝読しました。
最初に拝読してから、少しずつ関わりを変えてきているつもりではありましたが、改めて拝読すると、「まだまだだなぁ」と思いました。
特に最近は、娘が私のお腹に八つ当たりをすることが多く、その場合は全力で叱るのですが、またすぐやります。

困ることをやめてくれない娘に
私「〇〇したらお母さん困るもん。嫌だなぁ」
娘「困るじゃないの!」(私のお腹を叩く)
私「痛い!やめて!ちびちゃん(胎児)何にも悪いことしてないでしょう?ちびちゃん死んじゃったらどうするの!」
娘「どうするのじゃないの!」(再び私のお腹を叩く)
私「やめて!痛い!」
夫「ダメって言ったでしょ!」(娘を叩く)
娘「うぇーん(泣きまね)」(私に抱きつきに来る)
私「ちびちゃん叩く子は知りません!ゴメンナサイしてください!」
娘「うえーん(泣きまね)」(夫の方へ行く)
夫「ぁーあ!おかぁさん怒っちゃったね!何でお母さん怒ったのかわかる?(怒)」
娘「〇〇(自分のこと)がちびちゃんにペンしたから」
夫「そうだね。ゴメンナサイした?」
娘「ごめんなさい、もうしない、もうしない、、、」(といって私のところへ)

というようなことが、かなりの頻度(ひどい時には10分以内とか)に繰り返されます。
ダメと分かっててやっている、というのが引っかかってしまって、あまりに間隔をあけずに2回目をやった時などはすぐに許せず
「さっき、もうしないって言ったのにやったじゃん!もう知りません!」
と怒ってしばらくは謝ってきても「ふーんだ!知りません!」と怒り続けてみるのですが、あんまり効果が無いようです。

普段は「〇〇もうすぐおねぇちゃんなるねぇ。ちびちゃんもうすぐ出てくるねぇ」と笑顔で言ってきたり、「可愛い、可愛いするねぇ」と言って撫でてくれたりするのに…
両方本心でなかなか複雑なのか、それともお腹を叩くとすごく怒るからこそやるのか、なんなのだろう、と思います。

でも、「もう知らない!」って言ってしまうのは、娘を無視したことになってしまうんですよね。
「知らない」と言わずに根気よく話し合いを続けたら変わるでしょうか。
もうすぐ生まれる予定ですが(予定日は過ぎました…)、生まれた後(里帰り&お手伝いともに見込めないため自宅と保育園でなんとか乗り切る予定です)、下の子に手を出さないかと心配しています。

ちなみに、絵本を読んでほしい、座って抱っこしてほしい、好きな動画やアニメを見たい、おやつ(お水)が欲しい等の要求は素直に言えていると思いますし、可能な状況であればすぐに対応しています。(すぐにはできない場合には「お父さんにお願いして」「ちょっと待ってて」等の対応です)でも、たまに変なタイミングで急に泣きまねして気を引こうとします。「どうしてほしいのかな?」と聞いても「泣かなくてもお母さんはぎゅっとするよ?」と言ってぎゅっとしもしばらくは泣きまねを続けるばかりです。(そのうち夫がおもちゃや好きな動画を持ち出すとコロッとそっちへ行きます)
言葉も最近よく話せるようになってきました。発音がまだ悪く、聞き取れないことも多くありますが、こちらが正解をオウム返しできるまで根気よく話し続けてくれます。
「〇〇はお母さん(お父さん)がだーいすき」「お母さん(お父さん)いつもありがとう」等の愛情表現?も良くしてくれ、その際にはこちらも返しています。(こちらから行くこともありますが、娘が気分じゃない時は「はいはい」って感じで流されます。苦笑)
全力で娘とラブラブしているつもりなのですが、満たされていない?様子の娘に、どんな関わりが足らないのか、欲しいものは何なのかと自問自答の毎日です。また、下の子が出てくれば、当然今よりも娘に手を回せる時間が少なくなりますので、少ない時間の中で娘が満足感を得るにはどうしたら、というのも懸案事項です。

素敵なお母さん(*^^*)

質問者さま、横からですが、沢山の大変な状況のなかでの育児お疲れ様です!

本文及びコメントを読ませて頂いて、ふと絵本の力をかりたらどうかな?と思いつきました。

兄弟が出来ることへの不安やご両親に甘えたい気持ちなどを子供目線で描くなど様々な表現の絵本があります。

言い方は悪いかもしれませんが、弟や妹が出来るのは私達が宇宙人に遭遇するくらい未知で不安なものなのかも。

絵本なら不安な気持ちや兄弟が出来る事への嬉しさを代弁してくれて今後の生活を想像しやすいかもしれません。

絵本ナビと言うサイトでお姉さん、お兄さんになる絵本と言うテーマで紹介されているので参考にされてみては?

どんなに大変でも娘さんの事を大切に思われている素敵なお母さんです!
応援しています♪

黒子のバスケ脅迫事件

私はこういう風にそだつとこうなる、という点はおとーちゃんが言ってることと同じだなって思いましたが、おとーちゃんはワタナベ被告の供述についてどう感じましたか?


http://kamipro.com/blog/?p=16006&fb_action_ids=631783206941815&fb_action_types=og.likes&fb_source=feed_opengraph&action_object_map=%7B%22631783206941815%22%3A942779672404464%7D&action_type_map=%7B%22631783206941815%22%3A%22og.likes%22%7D&action_ref_map=%5B%5D

はちさん

とりあえず思いつくアプローチの方向性は4つ、修正点がひとつあります。

アプローチとしては、「先回りした関わり」「良い関わり方の道筋」「イニシアチブ」「包括的な受容」。

相談にあるような、母体を攻撃することで関わりを求めるというのは、「良くない関わり方」「ネガティブな関わり方」ですね。
子供は悪意があってそのようにしているのではないわけです。
関わりを求めたいけれども、適切な関わり方がわからないのでそうせざるを得ないところに大人が追い込んでいるという側面があります。


大人がさせているのでしたら、そうさせないように大人の配慮ですればいいわけです。
そこで「先回りした良い関わり」を大人の方から率先してすることで、そのようなネガティブな出し方をしなくてもいい状態に子供を持っていくというのがひとつあげられます。
「先回りした関わり」に関しては検索すればこのブログのなかにたくさんあります。


「良い関わり方の道筋」
これは「かわいらしい甘え」「素直な甘え」として過去記事で紹介したことがあります。
子供を「どうにかして」大人の許容できる姿にしてしまおうとするのではなく、大人も受け止めやすいかわいい出し方を子供に明確に指し示してあげることで子供の関わり方における混乱・不安を取り除いてあげることです。
「そういう困らせるやり方じゃなくて、受け止めて欲しいときは素直に抱っこしてとか甘えさせてって言えばいいんだよ」と子供に教えてあげてしまいます。

コメントの事例ででてたような不毛なことを繰り返すよりもその方がずっと安定を形成することができます。


>ちなみに、絵本を読んでほしい、座って抱っこしてほしい、好きな動画やアニメを見たい、おやつ(お水)が欲しい等の要求は素直に言えていると思いますし、可能な状況であればすぐに対応しています。
(中略)泣きまねを続けるばかりです。


子供が要求を出す → それを大人が一生懸命かなえる

そういう形が繰り返されているとそれは「依存」を大きくするし、自律的に子供が自分の感情をコントロールすることを身につけていかない、「いいなり」のように「大人を動かすこと」を身につけてしまう、
また、「これをしてあげてもまだ満たされないのかな?」というように大人が関わりに自信をもてず子供の様子をうかがっていては、子供はいくら相手をしても際限のない受け止めて欲しいという欲求から脱することはなかなかできません。

関わりにおいて大人がイニシアチブを持って臨むことが大切になります。
たしか「イニシアチブ」に関して最近相談の2つの記事で触れていたと思います。そこも参考になるでしょう。

イニシアチブをもって子供に関わったら、それがたとえ不十分であったとしても「私は今の段階でできることを精一杯やった」と開き直りでもいいから自信をもってしまうことです。
そのような態度を大人が示してあげた方が、子供はそこで満足を感じられます。
「足りなそうだからもっと受けなければダメかな?」のように大人がおっかなびっくり思っていたら、子供はその大人のブレた気持ちを感じ取って、不安になるし自分の気持ちをコントロールすることを放棄して、大人のその弱さに乗っかることで感情の収集をつけてもらおうとしてしまいます。

結果的にそのことはネガティブな行動の連鎖となり、大人にとっても子供にとってもプラスになりません。



「包括的な受容」
これは、子供がネガティブな行動を出してきても、それを真っ向から受けてそこで子供と戦ってしまうのではなくて、「はいはい、あなたが甘えたい気持ちや、イライラがあるのはわかりますよ。じゃあかわいいかわいいしてあげるからいらっしゃい」のように、その子供のネガティブな行動をいなして、より大きな包容力で受け止めてしまうことです。


真っ向から受け止めようとすると、コメントにある母体を叩く姿のように「そんなことをしてはいけない」と否定し、反省させ、叩かないことを教え込まなければならないわけですが、それに意味があるわけではありません。してはいけないことは十分わかっているのです、でも子供は「良い関わり」をもらうためにそのようなネガティブ行動をしなければならないところにいます。

「私のことを適切に受けて欲しい」というサインであって、ここで真っ向から子供とやり合うことはなにも生み出しません。↑このサインの部分がクリアされさえすれば、そのようなことをしなくなるのですから、母体を叩かないという「正論」を意地になって教え込むことは必要ないのです。


ただ、最初に「先回りした関わり」と「道筋」を示したようにこのようなネガティブ行動を初めからでないような関わりができてしまうのならば、ネガティブ行動がでたときの対応をうまくすることよりも、出ないところをめざすのが第一段階です。あくまでこのような包括的な受容というものは出てしまったときの対応のひとつです。



修正点というのは、

>夫「ダメって言ったでしょ!」(娘を叩く)
娘「うぇーん(泣きまね)」(私に抱きつきに来る)
私「ちびちゃん叩く子は知りません!ゴメンナサイしてください!」
娘「うえーん(泣きまね)」(夫の方へ行く)
夫「ぁーあ!おかぁさん怒っちゃったね!何でお母さん怒ったのかわかる?(怒)」
娘「〇〇(自分のこと)がちびちゃんにペンしたから」
夫「そうだね。ゴメンナサイした?」
娘「ごめんなさい、もうしない、もうしない、、、」(といって私のところへ)

この部分です。

いま述べた「包括的な受容」ということでこういう事態をあらかじめ回避してしまえば、このようなやりとりは出てこないので敢えて言う必要もないかもしれませんが、形を変えてほかの場面でも似たようなことがでてくることもあるでしょうから一応述べておきます。

この部分は、どれも子供の自己肯定感を低下させて、さらなる次のネガティブ行動の燃料を大人が注いであげているようなものです。
実際に、これらが短時間に何度も繰り返されているわけですね。


サインとして出している行動に対して、それを執拗に否定していく「あやまりなさい」などの対応は子供の気持ちをえぐり、自己肯定感を低下させていきます。
ましてや大人二人で交互にいうようなことはそれをさらに倍加させます。
大人二人が小言を言うような対応というのは、まったくと言っていいほど相手の子供には伝わらなくなります。
それは自分に対する否定されているという気持ちが圧倒してしまって、子供が落ち着いてその理屈を理解することを阻害してしまうからです。


昨日UPした『子供の心にぽっかり穴を開けてしまう Vol.3』に書きましたが、自己肯定感が低いと受容をいくらしてもそれがなかなか貯まってはいけません。


過去記事に『正論では子供を導けない  -過保護と過干渉- その5』というものがありますが、大人は子供についつい「正しいこと」を教えなければとやっきになってしまいます。
しかし、お子さんの現状というのは「正しいこと」を教えてそれを身につけられるという状態よりも前の段階にいます。
情緒の安定や自己肯定感の獲得というステージだからです。

特に学校の先生は職業柄、「正しいことを教えなければ」という意識からついつい我が子にも正論で迫る関わりになりやすいですからそこは気をつけた方がいいと思います。
また、叩くことは子供の自己肯定感を激しく下げますし、冷静に言葉を聞けなくさせてしまいますので逆効果になってしまいます。
叩くことを使っていると次第に大人自身も気持ちのコントロールを失っていきますのでやめましょう。学校の先生ならばなおさらです。



またこの母体を叩こうとするやりとりには、大人の方の弱さがでてしまっています。
それが子供には曖昧さや混乱を与えてしまっているでしょう。

母体を叩くというのは大変危険なことです。
その状況で小さい子だから実害はないと判断しているのかもしれませんが、それでもしてはならないことにかわりはありません。
それは電車のホームで人の背中を押したり、刃物をもって人にぶつかることと同様にけして刺せてはならない行為でしょう。

しかし、事後に叱るという対応をするというだけで、結局はその行為を何度も繰り返させてしまっています。
「絶対にしてはならないのだ」という明確な姿勢を大人が打ち出せていません。
大人が本気になれば、子供が震え上がってそれ以上できなくなるくらいに一喝することや、物理的に腕をつかんででも子供に母体を叩かせないようにすることはできるはずです。

でも、それをせずに子供にいいきかせることで子供の姿を是正しようというレベルまでの対応しかできていないわけです。本気では止めていません。これはある意味では大人が母体を叩くことを追認してしまっているわけです。

自信を持って「否定すべきことは否定する」ということができないと、気持ちよく関わる部分で適切に受容するといったプラスの関わりも積み重ねることができないのです。

ですから、ここは毅然と大人が本気で姿勢を示さなければほかの部分へも影響します。
また子供には混乱と曖昧さを与えて、よりよい姿をだす道というのをふさいでしまっています。

否定すべきことならばきっぱり本気で否定して、その他のプラスの関わりができる部分で子供を受けさえすればそのほうがいいのです。


このような事態は出ないにこしたことはないので蛇足かもしれませんが、大人の方のぶれなさという基本姿勢を伝えるために一応述べておきました。



はちさんの関わりの基本は、子供を「全面肯定」することで、自己肯定感を形成していってあげることになると思います。その際に大切なのは大人がイニシアチブと自信を持って、子供を「心配」や「不安」の目線で見ずに、おおらかにありのままを見てあげられるスタンスです。

「全面肯定」は過去記事やコメント欄に詳しいところがありますので検索してみてください。


コメントの印象から思ったことを書いていますので、必ずしも的確でないかもしれません。参考までにどうぞ。

くろちゃんさん

紹介してくださってありがとうございます。
興味深かったので、リンク先のさらにリンク元で全文を読んでみました。


親に抑圧され、ほんの少し認めてもらいたいだけというささやかな肯定もしてもらえずに、怒りを溜め込んでいる子を少なからず知っています。
その怒りを親に直接向けられるのならばまだしもですが、それはもともとそれなりに強い人間でないとあまりできません。
それができない子は、自分自身に向けたり、周囲や社会に向けていってしまいます。


この容疑者の冒頭陳述で驚かされるのは、自分自身に限らずそれらの同様の状況を徹底的に分析していることです。本当に驚かされました。ここまで論理的に判断をして自分の状況を理解している人間が八つ当たり的犯罪をしてしまっているということも奇異に感じますが、おそらくは理性では抑えきれない根深いものが根底にあるということでしょう。
怒りをたくさん溜め込んだ自分と、それを冷静に見つめる自分という葛藤があるのではないかと感じさせられました。

また、ここで述べられている社会分析、人間分析というものがとても深く洞察されていて真実を語っていることにも驚きを感じます。通常いいにくいこともアウトサイダーとしての立場からはっきりと言い切ってしまっているところも興味深いです。
自殺幇助的な部分には同意できませんが、それ以外に選択肢を与えていない社会状況へのニヒリスティックな表現と取ればそれはある種の事実をえぐっていると言えるでしょう。

最新の教育要綱の改定のお題目であった「生きる力」を指して、「むしろ学校は生きる力を奪いやすい事故の多発地帯であって、生きる力を与えるなどと言うよりもそれを奪わないような努力に傾注すべきだ」という話にはもっともだと思わせる部分があります。
僕も「生きる力」には違和感を感じると過去記事で述べていましたが、なるほどその通りと感じさせられました。

ツイッターなどで見るとこの冒頭陳述に対しては批判も多く見られます。たしかに犯罪者の意見ですからそのような反応というのもやむを得ないものではあると思います。
全文を読むとその意図がわかりますが、一部の語句を象徴的な代理名称として使ってしまっているので、突出する部分だけを読むと誤解されやすいですが、容疑者のこの意見は論理的で破綻はしていませんでした。

社会の「システム」とそこから組み込まれそこで与えられた感情の放出手段に身を任す人とそこからアウトサイダーになっていくという部分は、十分に現代的の人々のありように対する社会学的な分析として読むことができると深く感じました。

その当事者から発された希有な意見を、『自己弁護』にしか過ぎないと取る人もいるでしょうけれども、僕は現代の社会と人間に対する大きな警鐘と読みました。この容疑者の告白が無為に埋もれないことを祈ります。

なぁちゃんさん

コメントありがとうございます。
絵本ナビ、久しぶりに覗いてみました。
いろいろ検索できるんですね。
以前に夫が娘のために絵本の定期購読?を申し込んでいたのを横から覗いて知ってはいたのですが、自分でちゃんと見てみたことはなくて、試し読みができる等知らなかったことがいっぱいありました。
田舎で大きな本屋さんもなく、これまでは絵本を買う場所を探しているような状況でした。
これから折に触れて探してみたいと思います^^
素敵な情報をありがとうございました☆

お父ちゃんさん

アドバイス、ありがとうございます。
遅くなり申し訳ありません。
9/5に無事次女を出産し、9/10より自宅での生活が始まりました。

頂いたコメントをもとに、夫と育児について相談し、
・叱るときは二対一にならないように気を付ける。
・ダメなときはしっかりと叱る。(私はあまり怖くないみたいなので主に夫の担当になりそうですが。。。)
・論理的に叱るのは控える。
・もっとおおらかな気持ちで接するようにする。
という結論になりました。

これまでは、私が男性が「声を荒げる」「手をあげる」という状況が極端に苦手なため(以前、夫が疲れて不機嫌だっただけで家を出ていく一歩手前までなりました。夫が謝って宥めてくれたので別れずに済みましたが…。今は前よりは随分大丈夫にはなっています)、夫も私も極力声を荒げず手をあげず(あげるとしても軽くはたく程度)できましたが、それでは伝わらないこともあるんだな、ということで、手をあげずに、汚い言葉を使わずに、でも怖がらせる、という方向になりました。
また、2人とも理系畑で、特に私はマイクロ単位で実験する研究の世界にいた時間が長くあるせいか、子供に対しても理路整然と理屈を説明していた部分があったなぁとアドバイスをいただいて反省しました。AだからB,ならまだしも、AでなおかつBでCの時にはD,みたいな話も、泣きじゃくる2歳児に向かって話していました。冷静に考えたらそんなの無理ですよね。
細かい性格で完璧主義な部分もあるので「こうあってほしい」「こうあるべきだ」的な要求も必要以上に強かったと思います。
反省しました。

これからも、色々と試行錯誤しながら、子育てをしていきたいと思います。

追記
心配していた長女と次女の関係ですが、今のところ、長女は次女の世話を焼いたり(新しいオムツを取ってくる等)、まわりの大人に「おねぇちゃんになったよ」と報告したり、私が次女を抱っこしていると「私の番よ」と割り込もうとしたり…ライバルと保護者の間をウロウロしている感じではありますが、故意に次女を傷つけるようなことはなく、ホッとしています。
私はまだまだ二人を育てるバランスがうまく取れず、長女に構いすぎた日には次女が寝なくなり、次女に構いすぎた日には長女が寝なくなり、の繰り返しですが、すこしずつ成長していければと考えています。

これからも、ブログ、楽しみにしています。
また何かありましたら、相談させていただきたいと考えています。
今後とも、よろしくお願い致します。

はちさん

まずは無事出産おめでとうございます。
赤ちゃんがいるというのは大変ではありますが、いいものですよね。

つい昨日、妻とも話していました。妻は子供がおむつをはずれて、薬局へいったとき「もうおむつを買わないのだ」と思ったとき寂しくなったとのことでした。
僕の方も赤ちゃんをみると「いいなー」と思ってしまいます。


>・ダメなときはしっかりと叱る。(私はあまり怖くないみたいなので主に夫の担当になりそうですが。。。)


前回のコメントで

>子供が震え上がってそれ以上できなくなるくらいに一喝することや

僕がそう書いてしまったせいかもしれませんが、これは「大人が本気を示す」ということの一例としてあげたもので、必ずしも子供を「怖がらせるようにしなさい」という意味ではありません。
本気を示すためにすることであって、そのためには「大人が本心から訴え涙ながらに話す」ということだってかまわないのです。

大人が伝えるべきことを伝えるときに、「毅然とした態度を示す」ことが重要なのであって、怖がらせなければならないということではありません。

「叱らなくていい子育て」のカテゴリーのなかに述べていますが、本当は「大人に寄り添った関係」を作ることで叱らずとも伝わる状態ができればそれに越したことはありません。
「怖がらせて従わせる」というのでは、一種の威圧であって、それで大人の思うようになったとしても決していい状態ではないからです。

本気を伝えるのに怖がらせる必要というのはないのです。
大人が腹を据えて、自信を持って、そこから言葉と視線に本心を込めて伝えようと思えば、4~5歳までの子には必ず伝わります。ましてや我が子でそれまでに関わりを築いてきたのであればなおさらです。

それは怖がらせて従わせるということとは違うのです。


本当に怖がらせなければ従わなかったり、叩かなければ従わないというケースはそれまでに、その伝えたいことが伝わるだけの信頼関係を作れなかったか、作ることに失敗してしまった場合です。

信頼関係の部分を構築してきているのであれば、怖がらせたり、威圧で従わせる必要というのは限りなく低くなっていけます。

それが僕が「叱らなくていい子育て」でいっていることのエッセンスです。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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