2017-06

続『目が合わない、受容してこなかった』(1歳9ヶ月)むにむにさんスレ - 2014.08.17 Sun

相談 目が合わない、受容してこなかった(1歳9ヶ月)

こちらに上げた相談記事に対しての、むにむにさんの再コメント(↑の記事のコメント最上段)と、その他にそれ以前もうひとつの相談コメが投稿されていました。
最新のコメントでは返信はいいとのことですが、おそらく同様の状況になっている人は多数いると思いますので、その相談に答えつつこういったケースについて掘り下げてみたいと思います。

ただ例によって、推測を一般論で補って書いていきますので必ずしも相談内容にうまく適していないかもしれません。そのあたりはご了承ください。



↑記事への再コメントは転載省略。
以下は、先に寄せられていた31日のコメントの転載(↑の記事は7月20日のコメントへの返信、間をあけて相談がふたつあったため)


最近、息子の成長期がはじまり
自分の思うようりならないと手が付けられないくらい泣き叫びます。
その際、私の顔をみると余計に泣いてしまうため
いつも息子の好きなぬいぐるみ(困ったときにしか登場しません)を通して
息子と話をするという形をとっています。

その際、私はソファーや壁に姿を隠し
ぬいぐるみが『○○くんの気持ち、わかるよー。でも、ここは危険なところだから
登るのはやめよう』と話しかけをしています。

息子が泣き止んだところで『わかってくれてありがとう』とぬいぐるみから感謝の気持ちを伝えたところで
私も登場してぬいぐるみも交えて遊ぶという流れが
手に負えなくなった泣きの際にとる手段なのですが
最近では、そのぬいぐるみが出てきた時点で
泣き止み、遊ぶという感じで大切なことを伝えられずにご機嫌をとるような流れができてしまっております。

これは『ごまかし』になってしまっているのでしょうか。


また、こちらのブログにある『おしおき』にあるような
ちょっとしたミステイク、間違え、失敗といった
おとーちゃんのボーダーラインのようなものがあればご教示頂きたいです。


こういう対応が「ごまかし」になってしまっているか?
ちょっとした失敗を気にせずに過ごしていい基準はどこか?

という質問なのですが、このふたつの質問に対する答えを僕が答えたとしても、それが子育てを安定化させる助けにはならないだろうと思います。

なぜなら、そういった「子育ての正解」というものを知って、それに子どもを当てはめようとしても必ずしもそれがプラスにはならないからです。

例えば、↑これは確かに「ごまかし」なってきてしまっています。
でも、これが「ごまかしだからすべきではない」という『正解』に子どもを合わせようとして、こういったごまかし的な関わりをやめたからといって、それで子育てが安定化、子どもの姿が関わりやすいものになるわけではありません。

相談者さんの現在の段階では、この「正解」を実行したとしてもそれを下支えするいくつもの前提条件になることがまだ未達成であるからです。

 現状 → 〇〇 → 〇〇 → 〇〇 → ごまかさないで済む状態

(〇〇の部分は例えです。特になにか想定しているわけでも、その数が3つとも限りません)
現在の状況から、いくつかの〇〇をすっとばして、「正解」であるところの「ごまかしをしない」ということだけを実行してみても、それは現状ではとうていできっこないことだし、むしろ大変さを募らせてしまう結果にしかならないだろうからです。

『相談 目が合わない、受容してこなかった(1歳9ヶ月)』(以降、前記事 と表記) この記事でとにかく現段階は「受容」の貯金だけをまず目指していいこうということを伝えましたので、いまはむにむにさんもそのことはおわかりだと思います。


これまでむにむにさんの子育てが難しくなっていた原因のひとつはここにあります。

子どもに「正解の姿」を求める余り、その「正解の姿」、「あるべき子どもの姿」、「世間で望まれるような子供の姿」とはかけ離れていく実際の子供の姿とのギャップにより、子育てのストレスばかりが増大してしまっていたのです。

このことは、現代の子育てをする人の多くに共通する問題です。


正しい子供の姿を作らなければならないと感じている親のあせりや、なまの子供の姿についての知識や経験がないのに、理想像ばかりにとらわれてしまい子育てが迷走してしまうこと、まじめに一生懸命に子育てしようとするあまりに余裕がなくなってしまう子育てなどから、結果ばかりを望み、子育ての本当の基礎の部分が見えなくなってしまうのです。

こういった子育ての落とし穴にはまってしまう人はとても多いです。


僕が子育ての第一の目標は「かわいい子供にしよう」ですよと何度かいっているのは、ここに手当をするためです。
↓関連記事
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-536.html
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-612.html

正解を出さなければと考えるあまりに基礎をすっとばして、子供をとても難しい姿にしてしまうひとはおおいです。

子育ては正解を大人が作り出すことではありません。
基礎の部分を固めていけば、そういったことは後からついてくる性質のものなのです。

むにむにさんのケースではその基礎というのが「受容」でした。

前記事ではとにかく「受容」を積み重ねることで、とりあえず基礎の第一歩を固めることを伝えています。
「ごまかし」も「釣り」も「無視」も無理にやめないでいいとも伝えています。

いま現在ごまかしやつりや無視があってぎりぎりのラインで子供との生活が成り立っています。
「ごまかし」も「釣り」も「無視」もすべきではないことではあるでしょう。しかし、それらがすべきでないことだからといって、それをしてはならないと縛ってしまったら、現在のぎりぎりの安定も崩れてとても「受容」を積み重ねるどころではなくなってしまいます。

「受容」の貯金ができてくれば、そのあとに「ごまかし」も「釣り」も「無視」もしないで済むような瞬間というのが少しずつかもしれないけれども持ててくるはずです。



前記事では、「受容」以外のアドバイスにはあまり触れていませんが、本当はもうひとつ「イニシアチブ」の問題があります。

>泣き止み、遊ぶという感じで大切なことを伝えられずにご機嫌をとるような流れができてしまっております。

相談者さん自身も気づいているように、↑の部分です。


現状では、子供が「受容」をしてもらうかわりに、親を振り回したり「いいなり」にさせることでその代用としてしまっています。
それは本当はいいことではありません。
ですが、それがいいことではないからといって「受容」の貯金が貯まる以前にそれをするまいと大人が考えてしまうと、子供は「受容」の代わりとしているものまでが奪われるので、さらに行動が荒れたり壁に頭をぶつけたりする自傷行為が激しくなりかねません。
それでは子育ての安定化が遠のいてしまいます。

なので、ここでも「正解の姿」は求めてはいけないのです。


「受容」をすることでふたつの効果が生まれます。
なにかというと、もちろんひとつは子供自身の「受容」=「満たされる」ということです。
もうひとつは、大人の方に「子供をしっかり受け止めてきた」という事実から来る「自信」です。

子供を満たす貯金をするとともに、大人の方にはこの自信をたくさん貯めて欲しかったのです。

なぜかというと、この自信がたくさんたまることによって、大人の方が「イニシアチブ」を持てるようになるのです。

たとえば、子供が困るような要求をしてきたときに、「NO」と言えます。
子供がすべきでない行動ととったときに、「怒る」ことができます。


「叱らなくていい子育て」のところで僕が「叱ること、怒ることなどは子供の否定なのですべきでない」と言っているじゃないかと気がつく人もいるかもしれません。

しかしこの場合は当てはまりません。
なぜなら、ここでの「NO」も「怒る」ことも、許容すべきでない子供の行為に対して毅然と「否定」をしなければならないことだからです。

大人が「それはすべきではない」と思っていることに対して、子供を腫れ物に触るように触れることを避けて、「NO」といえなくなってしまったら、それは「いいなり」です。

それではけして子育ては安定化していけません。
子供が上で大人が下にいる状態だからです。
大人は子供を導いていかなければならないものです。なのに「いいなり」であったらそれはいつまでたってもできません。

ですから、「怒るべきときに怒る」「NOというべきときにNO」といえるということは非常に重要なことなのです。
世間で言う「叱らない子育て」で失敗している人はここを勘違いしてしまっている人が多いです。


相談者さんが、これまで「いいなり」と「無視」を使って子供に対してきてしまっていましたが、実はこの関わり方では「強い関わり」と「弱い関わり」をするべきときが逆だったのです。

「いいなり」という弱い関わりになってしまっているところで、毅然とNOと言うような「強い関わり」をするべきで、
「無視」という強い関わりをしていたところでは、「受容」などの「弱い関わり」をした方がよかったのです。

でも、これもあくまで「正解」であって、最初の段階でこれをしなさいと言っても逆効果になったり、その努力は途中で破綻してしまったはずです。

大人と子供のふたつの貯金がまだ貯まっていないからです。


前記事では結局のところ「受容」しましょうということしか言っていません。
それだけではおそらくすべての問題は解決はしないでしょう。
でも、それがなければ結局のところなにもはじまらないのです。

まじめな人、正解を求めている人に他のことも要求してしまうと、それも一生懸命にしなければならないと思ってしまいます。
それでは貯金がなかなか貯まらないので、返って前に進めません。

「いいなり」になったりする「弱い大人」の傾向のある人に、「受容」ばかりを強調すると、甘やかしになったり過保護になったり、依存を助長したりというデメリットもあります。

でも、「受容」や「満たす」そこから生まれる「信頼関係」のない状態に比べたら、過保護や甘やかしなどはあとからどうとでもできる問題に過ぎません。

ましてや自傷行為まで出ているのですから、なんとか現段階からは早めに脱する必要がありました。
なので「受容」を第一にすることで良いだろうと判断しました。

「無視」も本当は避けたいところです。「無視」は子供の問題行動を大きく助長してしまうからです。
でも「無視するな」といっても問題は解決しません。
それよりも「受容」をコツコツと積み重ねさえすれば、子供に「満たす」が形成されて結果的には無視をする必要はだんだんと減ってくるでしょう。
だから、当事者に「無視はイカン」ということはさして意味が無いのです。むしろ自分を責めることにしかなりません。返って受容的態度をもつための心の余裕を奪います。


「受容」ができて子供に「満たす」の貯金が貯まってくれば、精神的なことだけでなく、着替えやお風呂などの生活の切り替えのときがすんなりといくようになったり、昼寝に入れるようになったり、またその昼寝のできる時間、夜の入眠がしやすくなったりという副次的な効果があとからついてきます。
それが養育者の負担を軽くしていってくれるので、大人の方にも余裕ができ、その余裕がさらに受容をしやすくするという好循環を生み出します。


「受容」や「満たす」がたまることにより、「信頼関係」が厚くなります。
その信頼関係が子供へのさまざまなアプローチを、子供が受け入れやすくなります。
このことも養育者の負担を軽くします。

現在「じーー」や「いいきかせ」がうまく通用しないということの原因はここです。なので「じー」や「いいきかせ」は今の段階ではしても逆効果です。
「信頼関係」の構築が進んで、子育てが安定化したあとにだんだんとできるようにはなるでしょう。
でも、本当にいいのは「じーー」や「いいきかせ」が通じる状況が終点ではなく、そうしなければならないことをそもそも子供が自分からしないという「大人の気持ちに寄り添った状態」を目指すことです。
ですがこれも目指して作り出す「正解」ではなく、「受容」、満たす、信頼関係のあとに勝手についてくることがらです。


中には「受容」ということを、「いいなり」や「甘やかし」と混同してそれらのメリハリをうまくつけられない人もいます。
それではさして満たされないので、気をつけて欲しいところです。



「イニシアチブ」のところで言い忘れていました。
大人がイニシアチブを持てない状態が子供の心理状態に何を引き起こすかというと、これが「混乱」なのです。
大人が適切にあるべき姿を指し示して、導いてあげないことで子供はその状況に「混乱」を覚え、イライラしてしまいます。
このイライラが、キーキーした関わりにくい姿の原因のひとつとなったり、大人を叩いたりする攻撃的な姿勢を示す原因となったりします。

「放任」も同様に子供にこの「混乱」をもたらすことがあります。
どういう態度をとったら大人が好意的に受け止めてくれて、どういう態度を取ったら大人は嫌がるのかということが明確に身につけられなくなってしまうのです。
すると、そのもどかしさから子供は大きなイライラを感じます。子供自身良い関わり方を身につけられないので、それはネガティブ行動として出てきます。


「1~2歳の子供が親を叩いてくる」ということをしばしば相談で受けます。
それらの原因にこの、イニシアチブを持てない大人の姿がある場合があります。

なので、「いいなり」や、「子供の意思を尊重していつまでも待ちます」のような大人の姿勢は、ときに子供の姿、子育てを難しいものとしかねません。

「いいなり」になったりするくらいならば、「怒ったり」「叱ったり」といった「NO」を明確に伝えられる親の方が子育てが安定化できることがあるのはこのためです。


31日のコメントに対する返信、および前記事の補足でした。


以下、再コメントに対する返信。

>息子はよく絵本を読んでもらいたいようで 私のところに持ってきますがたいてい、途中まで読んだ段階で他の絵本をまた探しにいき『今度はこっち』とばかりに持ってきます。

これはよくある姿です。
子供がこれにより何を求めているかというと、本の内容ではないのです。
「本を読むことを受け入れてもらうことで、自分を受け入れてもらっているという再確認」なのです。
なので、読んでもらいさえすればいいので内容には実のところさして興味はありません。でも、途中でやめるということは「受け入れてもらえていない」と取れることなので、抵抗するわけです。

本当はこれはまだ「素直な甘え」までは到達していません。
「理由をつけなければ甘えられない」状態です。
大人の「受容的態度」に信頼感が持てるようになれば、だんだんと素直な甘えになっていけるでしょう。
目指すのはその素直な甘えですが、現在の理由をつけての甘えを否定する必要もありません。

現状で、お子さんがすりあわせを行って得た落としどころがそこなのでしょう。いまは子供の方もいろいろやってどこまで受け入れてくれるのかを試しているのでしょうね。

ただ、様子を見て「絵本じゃなくても抱っこしてあげるからおいでー」などと素直な甘えに大人が手助けして変えてあげてもいいかもしれません。無理強いする必要はありません、試行錯誤してみればいいところです。

遊びに関しては後からついてくることです。「できる」を求めなくていいでしょう。

絵本の読み方も型にとらわれることはないです。
いろいろ試してみて、子供が満足できるものを見つけてあげてもいいことです。


一生懸命に子供に「合わせよう合わせよう」とすることも、子供の機嫌を取るように考えてしまうことも、「腫れ物扱い」になってしまうことも、子供に素直な甘え方をだせなくしてしまったり、依存心を高めてしまうということもあります。
無理はせずにだんだんとむにむにさんの自然体で関わっていけるようにするのがいいと思いますよ。


「受容」をためて、自分にも自信をためることができたら、すべきでない、してほしくないことをしたときに、「ごまかし」ではなく、毅然と怒るでも叱るでもしてみてください。
それで怒られたことが悲しくて「エーン、エーン」と泣けるようになったら、そのときが信頼関係が戻ってきたということです。

もし、そのとき子供が反発して叩いてきたりしたとして、そのときに大人がどうしたらいいか途方に暮れてしまったりしたら、イニシアチブがまた子供に戻ってしまいます。
子供の感情に負けないで「叩くんじゃない」と毅然と「NO」を再度つきつけて、そこで「エーン、エーン」と泣けるようになったらばそれでもいいです。
「受容」が足りておらず、自分が受け入れられているということに自信の無い子は「エーン」とは泣けずにずっと抵抗を示さなければなりません。
「受容」をすることが怒られることを受け入れられる子供にできるのです。

子供が泣くことを恐れる必要はありません。泣くことは子供の言葉であり、感情の表現手段です。
「エーン」と素直に子供らしく泣けたのならば、「そういう素直なあなたが好きだよ、ちゃんとお母さんの気持ちがわかったんだね」と抱きしめてあげればいいでしょう。

子供が泣いたからといって親が謝る必要はありません。
それでは何が正しかったのか子供は混乱してしまいかねません。

大人と子供の間に信頼関係がきちんと築かれさえすれば、叱られたり怒られたからといってその関係が揺らぐものではありません。なんといっても自分のおなかを痛めて生まれた子どもなのですから、そこには自信を持ちましょう。


そういうわけで、「受容」のあとに子供の育ちのなにかが見えてきますよ。
関連記事

● COMMENT ●

No title

Noが言える育児について

二人の息子の育児に行き詰まって、このブログに辿り着き,毎朝と夜の2回の抱擁(くすぐりとキス)を続けてきて、このコメを見るちょっと前から本気のNoが言えるようになりました。

出来ないことだらけで、自分にできる事からと言う思いで、自分に課して来た事がやっと実を結びはじめたのかなぁ。とこのコメをみておもったのでレスをしてしまいました。

頭や気持ちで理解しても日々の行動を変えないと、子供の姿は変わりません。自分が変わっても、直ぐには結果がでないし先生からのお叱りのメモにはいつも凹まされやっぱり自分の子育てがダメなのかなぁと悩んでばかりです。

これは、やっぱりその段階を通って見ないとわからない事なのかも知れませんが、確かな手応えがあると次に進みやすいし、お互いのGoodサイクルが育児を迷走から導いてくれる切っ掛けになるんですね。たまたまだったのか、ほんとすごいタイミングだったので、お礼の想いも込めてレスさせて頂きます。

子育てに悩んだときおとーちゃんさんのブログに助けられてます!

2歳8ヶ月の娘がいるのですが…

買い物行ったとき走り回ってどこかに行ってしまったり…少し何か言っただけでうるさいと怒って1人でどこかに行こうとしたり泣くことはめったに無いです

少し発達障害ではないかと不安になり娘がそばに居るときでも旦那や母親に相談していたら2人で遊んでいる時にいきなりしょげた感じで「(自分の名前)は おかしい」って呟いたのです…「おかしくないよ、普通だよ」って言いましたが…私の聞き間違いなのか…2歳8ヶ月でも会話の内容わかるものですか?
あと旦那や母親に1日の出来事や愚痴を言ったりしてるのですが…

私が娘なら仲間外れな感じで2人で自分の話しされてるの嫌な気分になるかな…と思ったのですが…
おとーちゃんさんは大人同士の会話などするとき どんなふうにしてますか?

No title

こんにちは。

今回の記事もまた、非常にわかりやすくてよかったです。
息子が生まれてからの日々を振り返りながら読むと、自分ではそういうつもりはなく一生懸命頑張っていたのですが、私もまさこんな感じだったなと思います。なんだかとてつもなく視野が狭くなっていて、自分のしていることを客観視できなくなっていたなあと思います。

怒られたら悲しくなって、エーンエーンと泣けるようになったら、、、との下りに、共感です。
だいぶ話せるようになったからか、うちの息子も(怒られて物を投げたり叩いたりもありますが)エーンエーンごめんね〜。と言うことが最近でてきました。(私も物凄く怒っているのに、その泣き顔を見ると可愛いなあと和んでしまいます。)コチョコチョして〜、やオッパイ(さわる〜)など、素直にできる時も増えてきて、ゴネゴネが減ってきました。

ここしばらくは、おもちゃやお菓子をかなり与えていましたが、先日「お金ないから、しばらくは買えないよ。」などと話したらすんなりと受け入れてもらえて驚きました。
ここ一週間お盆休みで、家でのんびりできたからかもしれません。
また、今日から保育園で少し荒れると思いますが、そういうのも含めて楽しんで行こうと思います。

お返事は不要です。

一人遊び

おと_ちゃんさん初めまして

いつも本当に為になるブログを書いてくださり有難うございます。
毎日楽しく読ませて頂いてます。

そこで勝手ながらですが、相談したいことがあります。

一人遊びについてです。

うちの息子(1歳8ヶ月)は外で遊ぶのが大好きです。
大体一日4時間は外にます。(本人はもっと外であそびたいですが)

公園の遊具ではあまり遊ばないので、もっぱら家の近所を散歩する形です。(家のまわりには自然がたくさんあります)

例えば行き交う車や人、犬、虫や昆虫などを観察したり、
子供用の押し車で遊んだり、水遊び、砂遊び、シャボン玉。
小さい木の実をつんでは投げたり、穴にいれたり、石を池に投げたり(この遊びが今の息子の中でのはやりで、一人で黙々と1時間くらい石を投げてます)。カモに餌をあげたり、近所の子と遊んだりしてます。この外にいる間は殆ど一人で行動してくれます。

家の中での一人遊びは、もっぱら車を自分の手で動かす遊びしか殆どしません。(調子のいい時で30分くらい)

そこで、以下質問です。

1、息子の外で遊ぶのも一人遊びなのか。
2、こんなに長い時間外で遊ばせていいものなのか
3、家でもっと他の遊びをしたほうがいいのか
4、何故、車のおもちゃでしか一人遊びしないのか

よろしくお願いします。






目が合わない状態での声掛けについて

いつも拝読させてもらい、とても参考にしています。
1歳3か月の1人息子がいます。
平日は保育所に9~18時ごろまで預けています。
体の発達とともに困ったこともするようになってきたけれど、
マイペースで元気、甘えんぼな可愛い男の子です。

むにむにさんの質問に便乗で質問させてください。
目が合わない状態で声をかけるのは効果はあまりないんでしょうか?
ほめる、叱る問わずなのですが。
こっちを見ていない時に「上手にできたね」「ごはんおいしいね」と言っても
聞こえてないかな~?というような無反応なときもあるので・・・。

特に叱るというのがあまり伝わってないように思います。
心を込めてダメなものはダメと伝えているつもり・・・なのですが、
声と表情だけだと息子は「にやっ」とするだけです。
(にやっとするときは目が合っています。関わりをもらうのが嬉しいのかな?
でもこっちは怒っているのでちょっとイラッとしてしまうことも;)
おもちゃや絵本を乱暴に扱ったり、ドアの開閉で遊んだりしているのを繰り返しているときは最終的に強く怒ります。
その際体を少し押さえつけるようにするのですが、
体を押さえつけられるのが嫌で激しく泣き出します。
私の怒りが伝わって悲しくて泣いているわけではなさそうです。
(体を離したら泣き止みます。また、おむつ替えの時腕を少し抑えたりするときと同様の泣き方です)
目を見て叱りたいのですが、いや~っと体をそらし目をつぶって泣き出すので、
あまり目が合いません・・・。
「ちゃんと目を見て!ママがお話してるでしょう!」と言ってこっちを向かせようとするのですが、
やっぱり体が崩れ落ちたりして向いてくれません。

遊んでいるときなどこっちを見てにこっと笑ってくれたり、
おもちゃを「どうぞ」としてくれたりするので、普段から目が合わないことはありません。
保育所通いで受容が十分でないと言われればそうかもしれませんが、
(夕食作りの間はずーっと台所のゲートの前で泣いています^^;)
出来る範囲で遊んだりくすぐったりぎゅーしたり笑いあったり、息子との時間を大事にしています。
「おいで~」と言ったら笑顔ではいはいして来てくれます。

すぐにどうこうなる問題ではないと思うので、お時間あるときにお返事いただけたら嬉しいです。
お返事を待っている間は、先回りの関わりで少しでも息子とのパイプがつながるよう
頑張りたいと思います(^^)

no nameさん

>2歳8ヶ月でも会話の内容わかるものですか?

0歳児でも自分について語られていることは、まずたいていわかっているようですよ。
具体的な内容までとらえていないとしても、その自分についていわれていることが良い話なのか悪い話なのか、心配されているのかといった機微の部分は子供もしっかりと感じています。

そんなわけで、僕は子供の前ではその子についての場合は、良い話以外はしないようにしています。

ブルブルさん

「遊び」の「できる」は求めない 
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-431.html

という過去記事があります。

遊びというのは「自分でやりたいこと」(自由があって)が「楽しいこと」で初めて「遊び」になるのです。

大人が「正しいと思うもの」に当てはめていくことはないと思いますよ。

ありがとうございました。

お礼が遅くなり申し訳ございません。
むにむにです。

たくさん質問をしてしまっり
お返事はいいと言ってしまったり
おとーちゃんさんに不快な思いをさせてしまっていたら申し訳ございません。
大変お忙しい中、更に丁寧なお返事頂けたことに大変感謝しております。
本当にありがとうございます。

更にお返事頂け、大変助かりました。
新たに気づけたことや、改めて納得したこと
心に響いた言葉もたくさんあり
自分の子育てが難しくなった原因も知ることができ
少し肩の荷が下り、気持ちが楽になりました。

おとーちゃんさんのお返事は
いつも的確で驚かされています。
まるで、私と息子の姿を見てお返事を頂いているのでは・・・
と思ってしまうぐらい。

まずは私と息子の心をしっかり満たすことを
第一に考え生活していきます。

おとーちゃんさんには
本当に本当に感謝してもしきれません。

お忙しいところ、何度もお返事を頂き本当にありがとうございました。

懐かしい!

ブルブルさんのコメントを見て、息子が1歳半の頃を思い出しました。
お父ちゃんさん、横からのコメント、お許しください。

うちも街歩きが好きで、公園の遊具で遊ぶということは少なく(砂場は例外でしたが)、保育園の子達が公園にやってきてずっと公園から飛び出さずに遊んでいるのを見て、自分の子との違いを不思議に思っていました。
今息子は2歳7ヶ月ですが、あの頃はとにかく歩き回りたい!色んなものを見たい!という、何らかの敏感期だったのかなあ、と思っています。
2歳になる前に急に家遊びが好きになり、とにかく歩き回る、ということはなくなりました。沢山歩き回ることで体作りと観察する力をつけていたんだな、と今では思います。それは家遊びにも活かされています。
子供のペースに合わせて歩き回れるブルブルさん、素敵だなあと思いますよ。

お礼

おとーちゃんさん、コメントの返事本当にありがとうございました!
ずーと信頼できる誰かに、
[このままで、いいんだよ]と言われたかったので、今自分の子育てに自信を持てるようになりました !
このまま長い目でゆっくり息子のペースに合わせていこうと思います!
本当にありがとうございました。
(ますます、おとーちゃんさんのファンになりそうです笑)

ぴーとんさん、
私のコメントに先輩ママとしてのコメント有難うございます。
こういう風に実際自分と同じことを体験した方から、いつかこうなるよ、といわれると、本当に希望がみえます!
そして、お褒めの言葉有難うございます!
育児をがんばっても普段誰からも褒めて貰う事がないので、
とても嬉しかったです。
このままゆっくり息子のペースにあわせて楽しく育児をしていこうとおもいます。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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