2017-05

保育園の子供と幼稚園の子供  Vol.4   保育園における「指導から援助へ」 - 2014.04.15 Tue

前回のVol.3読み返していましてみたらなんかすごく長くなっていましたね。
分割すればよかったかな。読んでいただいた方お疲れ様です。



前回保育園も、「指導」的なことをしていたというくだりがありました。
いい機会なので、そのあたりのことも簡単に触れておこうと思います。




かつて保育園もずいぶんと「施設、施設」していました。
大勢の子供を預かって、効率よくそこでの生活を送らせるというようなものでした。

今より基準が不十分で狭いところにたくさんの子供を受け入れていたり、人員も十分には配置されていなかったのでそうせざるを得なかったという理由もあります。



そこで求められる、つくられる子供というのは、「大人の言うことをよくきくいい子」だったり、「○○ができる子」です。

子供の頃、保育園で苦手なものを無理やり食べさせられたなんていう嫌な思い出をいまだに持っているという人も少なくないのではないでしょうか。
(これは「ご飯を好き嫌いせず・残さず食べられる子」という一種の「○○できる子」像に子供を当てはめるという行為ですね。)


このように、保育士が上からの視点で子供に「○○を課す」という「指導」の色が濃厚だったわけです。


そういう中で、保育園では一種の意識改革が起こります。

保育園は施設ではあるけれど、「施設」としてのあり方に甘んじてはいけないのだ。
個々の子供ひとりひとりを大切にして、施設でありながら家庭に代わるものとしてのあり方を目指さなければならない


というものです。


個人のお名前など残っていませんが、その当時の保育士にはとても意識の高い尊敬すべき方々がいたようです。
そういう動きを牽引した人としては、元明星大学教授の諏訪きぬ先生などがあげられるでしょうか。
いまでもたくさんの著作があるので、諏訪先生の保育論は読むことができます。



そういった意識の変革のなかで、子供に対しての関わり方もさまざまに変化していきます。

例えば象徴的なものとしては、散歩の際に「前へならえ」をしたり笛で指示するというようなことをやめるようになったということがあります。

これらは「指導」であり、また「子供の管理」なのですね。

それまで何の疑問もなく「前へならえ」で子供たちを並ばせたりしていたところに、「まてよ、それは本当に必要なことなのか?」
という疑問が投げかけられたのです。

子供を集団で統御し、大人がもっとも管理しやすいという形で従わせるには効率のいい形かもしれません。
集団行動を身につけたりすることを大きな目標として持っている学校ならばそれも必要かもしれません。

でも、家庭の代替を目指すべき保育園にそれは必要なのだろうか?

もし、いくら子沢山だとしても家庭でそのように子供を従える家などありません。
あるとしたら、映画『サウンドオブミュージック』で最初に描かれるトラップ一家のような異様さがあることでしょう。

前へならえをしなければ子供が安全に歩けないということはありません、家庭に代わるものを目指すのですから、軍隊や学校のようになる必要はないわけです。

笛を鳴らして指示するようなことも同様です。
笛で呼ばなければ従えない子供をつくるのではなく、「帰りますよー」とお母さんが呼びかけたら、それに「ハーイ」と駆け寄ってくるような家庭で普通に見られる子供を目指せばいいわけです。


いまからすると、さしてなんでもないことのようだけれど、当時それまでは必死に一生懸命に「前へならえ」して並べる子供に大真面目にしていたのでしょうね。

でも必要なところで手をつなぐなどして安全に歩くことができるのであれば、そのようなことを子供に仕込むこともいらなかったのです。


ほかにも象徴的なこととしては、誕生日をその子のその日に祝うなんていうことも挙げられるでしょう。

いまでもしているところは結構ありますが、月に一度日を決めてその月生まれの子供の誕生祝いを一斉に行うなんていうのがあります。


何日に生まれようとも、十把一絡げにその月生まれだからということでひとくくりにして考えているわけです。

日本では数え年で年齢を考えていた時代だと、誕生日というのは個人に属するものはありませんでしたが、当然ながら現代ではとっくにそうではありません。
誕生日というのはパーソナルなものとして認識されています。

「○○ちゃん」の誕生日があるのであって、「4月生まれの子」として誕生日があるのではないわけです。

「まとめて祝う」というのは施設の都合であり、個人としてその子を尊重しているというのとはずれたこととも考えられます。

そんなところから、派手な出し物つきでなくても、全園児を集めなくてもいいから、個々の誕生日としてその子のお祝いをしてあげましょう、という方向へ考えていったりしました。


そのようなことが、微に入り細に入りたくさんあって保育が変革されてきたのです。
それもその大元にある、「子供への視点」の問題に気づいた人達がいたからこそできたことです。


個々の子供を尊重する(そしてそれが可能になる視点が伴っている)というところからすれば、「手のかかる子」というのは、「集団行動を乱す異分子」ではなくて、より手厚い援助を必要としている子供です。

「視点」の違いだけで、本当に多くのことが変わります。





余談ですが、近頃園児が散歩しているとき、「お散歩ロープ」なるものを使用しているのを見かけることがあります。

特に営利で保育しているところや、「子守り」としてしか保育を認識していないところで多く見られるようです。


これは便利ではあるのかもしれないけれども、「どうせ子供は手を振りほどいてしまったりして歩けないのだ、大人が引っ張らないとついてこれないのだ」というようはある種の子供の能力を低く決めつけた視点というものがあったり、「子供にそれを理解させることは大変だからそれよりも物理的にどうにかしてしまえ」というような「子供を伸ばす」という働きかけの放棄というものが背景にはあるのです。


ただ、それをしている多くの人たちもそういった子供への視点の問題には気がついていません。

「周りがそうやっているから」、「自分が就職したときから先輩たちがしているので」「便利だからいいだろう」「どうせ言うことを聞かない子達だから」などなど、でさしてなにも考えずに利用しているというのが現実でしょう。

これはしばしば、僕が子供に携わる職業の人たちのずさんさをさして言う「無自覚」というものです。

これを自覚的に判断してそれでも使う必要があるというのならば、もしそれを使っていたとしてもさして問題はないでしょう。

例えば、その地域の歩道の整備が十分でなく最大限の注意を払って歩かなければならず、安全確保のために必要であると判断される場合や、発達上そうすることが難しいという子供たちが通常の方法では大人の手に余る程の人数がいてその安全のためであるとかなど。


しかし、実際のところは不十分な人員や、保育士の能力が不十分な状態で大勢の子供を管理するために便利使いされているのではないでしょうか。

便利なら結構と考える人もいるかもしれませんが、これは「子供への援助」や「育ち」というものに目をつぶった結果大人が得ている「便利」というもの、「大人の都合」です。
もっと言えば、その施設にとってはそのような「大人のための便利」を重ねた分だけ「金銭的な利益」があげられるわけです。

「便利」を考えるならば、子供のためになる便利を考えるのが、本来の福祉としてのあり方だろうと僕は考えます。



そして、これは象徴的なことに過ぎません。
ひとつのところでこのような子供への見方というものが市民権を得ているということは、その内実には様々な同種の「子供そのもの」や「子供への援助」を低く見た保育というものがなされているということです。


これまで少しずつ子供に対して真摯な保育者や研究者によって子供への対応の質を上げてきた保育ですが、昨今の「質より量」「福祉から営利へ」という社会の動きの中で、徐々に「保育の退化」が始まっているという気がします。
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● COMMENT ●

No title

こんにちは。

お忙しい中更新ありがとうございます。

一連の記事を読んで、ざっくりとではありますが、先生方も含め社会全体が子供とはどういうものかについてちゃんと理解して心を寄せることが出来るようになれば、本当によいのになと思います。
自分もお父ちゃんさんのブログに出会い、実際に子供を育てるまで、知らないことや勘違いだらけでした。

子育てを、母親や先生の中でだけ負担させて、実態があまり公けにならないまま、本当に子供のためになる対策も取れていないままに、さらに女性に働かせようする今の流れは、今までの日本を象徴する考え方だな、、、と、私は思います。

それとは別の話となりますが、自分の息子を預けるようになり、一日の大半の時間を母親でない人に育ててもらって自分は仕事するということは、(息子が産まれてから離れたことがなかったので)なんだか変な感じで、それは子供にとってこんなに大変なことなのかと痛感しました。(そのうちに慣れて、母子ともにあっけらかんとなるのだと思いますが、、、。)
子供はやっぱり母親のそばが一番なのだろうけども、昔だって女性は子供をよその人に見てもらったりして仕事してた、ということがお父ちゃんさんの紹介してくださった本に書いてあったので、自分が過保護、というか、保育園に預け始めでセンチメンタルなっているのかな、と思ったりします。

お返事は不要です。

ありがとうございました。

No title

保育園にパートで勤め始めて3週間目です。
2歳児担当なのですが、ここの園の保育は朝の会は椅子に座っている、座っていないと注意を受ける。保育室内の自由遊びでは柵をつけ、出たら注意をされる、何回も出たら中にいれてもらえないなどのペナルティーがある。給食は叱咤激励、物でつるなどして全部食べさせる。食べさせられないとできない保育士になってしまう。お茶も含めて全てです。子供同士で叩いてしまる場面では、子どもがわんわん泣くまで向かい合って叱る、謝らせる。などなどあります。先生方はすごく怖いというわけではないのですが、叱る、注意する、疎外する、ごまかすなどは多用しています。

自分のことで悩んでいます。子供たちに伝えたいことがあるときに、新入園児は話を聞いてくれるのですが、前からいる子たちの多くが、何かを話しても聞かない振りをするなど、なかなか聞いてくれません。他の先生方に給食や子供同士のトラブルのようなものに対してなど「もっとしっかり叱った方が良い」と言われてしまいました。もっと強く言って言うことを聞かせればそれでいいのか、とても悩んでいます。自分は子どもをもっと待ちたいと思ったり、食べ物も叱って食べさせたくないと思ったり、葛藤しています。

保育の退化

お父ちゃんさん、こんばんは
先日、一時利用を検討している為保育所を見学してきました。
まだ2箇所しか見ていないので比較も何もないのですが、一つの園では窓がなかった。また、その園は建物の構造上仕方ないのかもしれませんが、トイレが各部屋(年齢別クラス)のドアを開けた所にありました。つまり建物の真ん中です。どの部屋に行くのにもトイレを通って行くのです。
プライバシーないですよね。普通なのでしょうか…。
一時利用なので、神経質になることもないか、と思ってはいるもののパンフレットなどにも「親の便利」については書かれていますが、子供への視点は何ともお粗末な感じがして利用をためらっています。
なんかうまく言えませんが、以前学童保育に務めていたことがあり、未就学児の保育の場はまだ守られているものだと思っていただけに、世の変化のスピードに驚くばかりです。


No title

悩んで悩んだ末に決めた幼稚園に娘が通い始めました。
のびのびの時間もあり、座って絵を描いたり物を作ったりする時間もあるようだったのでいいなと思ったのですが、朝子供達を並ばせて朝礼をしたりするので、もしかしたら指導色の強い園なのではないかなと思っています。
また人数の多い園なので子供自身も先生の人数が少なくちゃんとみてもらえないと感じているようです。年少時は30人に対して先生2人つきます。

のびのび園に通われている方の話を聞くと、そういうことは一切なく子供の好きなことを好きな時間にできているようなので、隣の芝生が青く見えるのかもしれませんが、子供の為には少人数制の少し遠くてものびのび園を選ぶべきだったのかなと思っています。

おとーちゃんさんに言って頂いた幼稚園は4〜5時間しかいないところだからそう影響はないという言葉を信じてもう少し様子を見てみようと思うのですがどうしても合わないと親子で感じた時、転園することは子供に良くないことでしょうか。

また、幼稚園入園とは関係ないかもしれないのですが、入園前あたりから私が怒ると「ママ大っ嫌い!」といったり叩いてきたりします。
入園前後の不安がそうさせているのでしょうか。
またそのような時どういう対応をとるのがいいのでしょうか。
今は「あなたが嫌いでもママは大好きだよ。あなたのことは大好きだけどダメなことはダメなの。」と伝えています。
気長に伝えているのですがかなり続いているのでどのような対応がよいのかまたお時間のある時に教えて下さい。
宜しくお願いします。

No title

連日の更新お疲れ様です。

私自身は保育については何も知らない状態なので、
こちらでおとーちゃんの保育士としての意見を拝見するまでは
娘の通っている保育園の保育が果たして良いものなのか、
という視点を持ち得ませんでした。

とても勉強になります。ありがとうございます。

今回の記事を拝見して思い出したのですが、
娘の保育園では2才児クラスのお散歩には「お散歩ロープ」を
使っていたそうです。
住宅街とはいえ、自転車の往来は多いので「そんなものかな」と
思っていました。

ところが、年少組になった今年はお散歩ロープは使わずに
お友達と手をつないで二列になって歩くのだそうです。
(さすがに年度初めなので今は「ほいくえんのまわりでれんしゅうしてる」と娘は言っていましたが)

最初に聞いた時は「先生の負担が増えちゃうし、お散歩ロープで良いのになぁ」「便利そうなのに」という感想を持ちました。

でも、今回の記事を拝見して「子どもたちにはそれだけの力があるから」と
保育園側が信じて、援助してくれているのだなぁと
有難いことだなと思いました。

長女の入園前の面談で、園長先生が「子どもたちのためにできることは
なんでもしてあげたいのよ」とおっしゃっていたのですが、
それは子供に何かを「与える」だけでなく、「大人側の手間を厭わない」
ということも含まれていたのかもしれません。

No title

以前御挨拶コメントをさせて頂いたオペラパパ(3歳1歳の娘がいます)です。今回は質問です。本日のテーマに沿ってなくて申し訳ないのですがお許しください。
今日、外回り中の昼休み郊外の大型書店に入りました。本を選んでいると子供の本のコーナーから幼児の泣声が聞こえました。どうやら発端は本の奪い合いかそんなところでしょうか、しばらくして双方の親が怒鳴ってるような声があって、そのあとも一方の子はずっと泣いてるようでした。5分か10分か、です。気になって気になって様子を見に行きました。5歳くらいの男の子が「泣いてるんじゃない!」と母親に𠮟られながら泣き崩れてました。母親は場所を変えるとか気分を逸らそうとするわけでもなく、その場で延々と𠮟るのですから「怒鳴る→怖がる→泣く→怒鳴る」全くの悪循環。そうなるともう、ただ見てもいられなくて。近づいて母親を軽蔑した目で見てやろうかと思いましたが、それでは(短髪黒スーツで怖い系に見られるので)子供を黙らせろと思われそうな気がしてそっと「お母様、お子様に優しくしてあげてください。」と言ってしまいました。母親は怒鳴るのを止めて私を睨みつけ子供を抱き去っていきました。怒鳴るのを止めたので子供は泣き止んでました。でも家に帰ってまた男の子が「あんたのせいで恥ずかしい思いしたじゃない!」と怒鳴り殴られてるのではないかとも思い、声を掛けてしまったことを後悔しました(でも何もしなかったらもっと長い時間泣いていたことと思います)。
理由も状況も分からないのだから、どんな場合であっても我関せずを通すべきなのでしょう。でも誰も見て見ぬ振りだからといって容認してると思われたくない。何か良い声掛けなど方法があるのでしょうか。子供の泣いてる姿というのは見ていて本当に辛い。胸が締め付けられる思いです。悔しいです。
「質問1」おとうちゃんさんは怒鳴る(叩く)の親子に遭遇したらどうされますか?
書店を出たあと車を運転しながら考えました。もし子供連れでそういう場面に出くわしたとしたら?と。「パパ、あれなにしてるの?」「どうしていじめられてるの?」「パパたすけてあげてよ!」子供がどんな発想をするかわかりませんが、我家ではもちろん𠮟りはしますが大声で威嚇するような怒鳴りは経験していないですので相当ビックリする可能性もあります。怒鳴ってるのがその子のパパなりママだと知れば混乱するかもしれません。
「質問2」子供と一緒にいる時に怒鳴る(叩く)の親子に遭遇したら、子供にどう説明するのが良いのでしょうか?
ちなみにそこで買った本は宮里六郎先生と杉原一昭先生。そういうパパです(汗)。(過去に同様の質問があったのならすみません)

リンクさせていただいてよろしいでしょうか?

モモさん

認証園などは雑居ビルなどを利用して設置したりもするので、窓がなかったりということもわりとあるようです。
また、昨今では近隣からの苦情なども多くなり、騒音対策で窓を少なくしたり小さくしたりということもでてきています。

増築や改修でトイレが思わぬところにできてしまうということはときどき聞きますが、さすがに入室するのにトイレを通っていくというのはあまり聞きません。

どういうわけでそうしたのでしょうね。
効率的に使えるからとかなのかな?

せっかく見学でいったのなら、気になったときはいろいろ質問しちゃうといいですよ。
入ってからだと聞きづらくても、利害のない状況ならあっけらかんと言ったり聞いたりできますからね。

>未就学児の保育の場はまだ守られているものだと思っていただけに、世の変化のスピードに驚くばかりです。

それはもう驚く程で、これまでやってきた「保育」というのは、今後もうできなくなってしまうのではないかというような状況にまできていますよ。

ありがとうございます

お父ちゃんさん、こんばんは
お忙しいのに返信ありがとうございます。
騒音ですか…。窓がない保育室なんて考えられなかったけど色々あるんですね…。
多分、トイレは効率的だと考えての位置なんだと思います。
オムツ外しも1才から始めています、と本当に園長先生ですか?、という園長がお話して下さいましたので…
子供たちが使うトイレ、個室のドアもなかったんですよ。その隣に大人用のトイレでした。職員さんも大変ですよね。
印象に残っているお話が、「1才で食事の際など自立している場合は大きい子の部屋にいってもらうこともあります、子供も喜ぶんですよ」…手がかからない子はみません、と言われたようにしかとれなかった私です。パパは喜ぶならいいじゃないか、と言ってましたが(笑)
そうですね、今度行く園では色々気になったことは質問してみようと思います。
ありがとうございました。

学童保育で、先輩指導員が素晴らしい「保育」をする方でした。
学童期の子供たちの素直な姿がどれだけ素晴らしいか、身をもって体感してきたので、娘と散歩中などに、ひねちゃった小学生とかみると何ともいえない気持ちになります。
お父ちゃんさんの記事色々読んで勉強しています。
何か自分に出来ること考えてみようかな、と思っています。
いつもありがとうございます。

マロンさん

基本は家庭ですから、家庭がしっかりしていればよほどのことでなければそうそう影響はないと思いますよ。

やはり環境が変わるというのはそれなりに負担の伴うことでしょう。
これはまずいというのがあるわけでなく、単にほかのが良さそうという程度でしたら様子を見たほうがよいのではないでしょうか。


>入園前後の不安がそうさせているのでしょうか。
またそのような時どういう対応をとるのがいいのでしょうか。

変化に対する不安が子供を不安定にさせるということはあるでしょう。
しかし、ほかにも原因のあることもあるでしょう。

ですが、そういう行動は成長の過程ででるものです。

対応に正解というものがあるわけではありません。


子供の行動が理不尽だと感じられるような時は、叱る・怒るということをしたって間違いではないと思います。

これらの行動のたいていは子供からのサインです。


>「あなたが嫌いでもママは大好きだよ。あなたのことは大好きだけどダメなことはダメなの。」

これで収まるならばそれでいいのでしょうし、長々と続いているのでしたらそれはさして響いていないということかもしれません。


ネガティブな行動がでてからの対応を模索するよりも、「先回りした関わり」などで、いいときにプラスの関わりを積み重ねる方が効果的かもしれませんよ。

オペラパパさん

>おとうちゃんさんは怒鳴る(叩く)の親子に遭遇したらどうされますか?

こういのは相手のあることだから難しいですよね。

>でも家に帰ってまた男の子が「あんたのせいで恥ずかしい思いしたじゃない!」と怒鳴り殴られてるのではないかとも思い

この可能性もあるので、良かれと思ったことが逆効果ということもありえますし。

子供に強圧的に出てしまう人は、その人自身が自己肯定感が低いということがあり、そういう人は他者からの関わりを自分を否定されていると悪く取ることもあり、なかなか言葉をかけるというのが難しいです。


そんな火に油を注がない言葉掛けで無難なのが、「どうしたの?」「どうしたんですか?」です。

できるだけ否定の感情を込めずに、落としたコンタクトレンズを探している人にかけるような感じで。


育児ストレス等で感情が抑えられなくなっている人、ネグレクト気味でそのようになっている人、誰かに助けや理解をして欲しくて人前で声を荒げている人、代理ミュンヒハウゼン症候群のように大変さをアピールしている人など、どういったタイプの人でも「どうしたの?」でそれぞれ無難な結果が導きだしやすいです。


干渉されたくない人、していることがよくないと理解している人などは、それによりクールダウンしてその場を離れるでしょうし、何か言いたい人理解して欲しいという欲求がある人は「どうしたの?」に答え何がしか言うことである程度欲求が満たされるでしょう。
代理ミュンヒハウゼン症候群的な人は、それにより満足します。

どれも根本的な解決ではないかもしれませんが、そういった立場では煮え立ったお湯に水を注ぐということができただけで充分と言えるでしょう。

また、それによりその子供には自分を助けてくれた人がいるという事実が残ります。
人に対する少しだけでも信頼感をつなぎとめられます。
このことだけでも大きなプラスでしょう。



>「質問2」子供と一緒にいる時に怒鳴る(叩く)の親子に遭遇したら、子供にどう説明するのが良いのでしょうか?

どう説明してもいいのですが、こういう情景で子供が感じるのは恐怖です。
なので、「あなたにはそういうことは起こらないから大丈夫だよ」と安心させてあげることをつけ加えておくといいかと思います。

リンクはフリーなので大丈夫です。ありがとうございます。

新米保育士さん

保育施設はなかなか外からではどんな保育をしているかというのはわかりにくいです。

にもかかわらず、新しい人は最初にはいった施設のやり方を身につけてしまいます。

大変残念なことに、そこの園の保育は到底現代的なレベルではまともな保育とは言えません。

これが、園長として赴任した先の園の状況というのでしたら、それを改善していくということも不可能ではないでしょうけれども、新人としてパート職員としてではいかんともしがたいものです。


正規職員として入られたのではないことが幸いだと思います。
そこでの先輩たちのしていることを身につけたとしても、けして保育が上達するということはありませんし、ご自分がいざ自身の子育てをするというときにもそれらは役に立たないでしょう。

その保育のおかしさに気づいたということは、新米保育士さんは優れた適性をお持ちです。
どうか納得のいく保育をしているところを探して、そちらで経験を積むことをおすすめします。



>新入園児は話を聞いてくれるのですが、前からいる子たちの多くが、何かを話しても聞かない振りをするなど、なかなか聞いてくれません


それは『保育園の子供と幼稚園の子供 Vol.2「信頼感」を持ってきてくれる子供』で書いたように、子供の持つ信頼感の違いというものだと思います。

在園児は、そこでの保育士から抑圧され続けてしまっているので、保育士に対しての信頼感というものをなくしてしまっているのでしょう。

保育士側はその子達を従わせるために、さらなる強い抑圧をかけることが必要になってしまっています。


おそらくその保育士たちは、そういうものが「保育」だと思ってしまっているのでしょう。
それゆえに、新米保育士さんにも、

>「もっとしっかり叱った方が良い」

と子供に強い抑圧をかけることを求めています。

それで子供を押さえつけて、保育時間を過ごさせさえすればその人たちの仕事は終わるのでしょうけれど、それは本当は保育ではありません。

凶悪犯を収容する刑務所の看守だったらそれでもいいのかもしれません。



本当はその子達に対するアプローチで大切なのは、認め、可愛がり、受容することなのです。
それにより信頼関係を保育士とのあいだに構築したら、そもそも子供同士のトラブルなど起きなくなっていきます。

そこでの保育は、くつろげない環境、信頼できない人間、否定・制止・禁止・罰・ごまかしで、むしろ子供に反発する理由を作っています。

保育士自身が子供に問題行動を起こさせる対応をして、さらにそれに対して抑圧し、子供に反感や自己否定感を持たせてしまっています。

子供が叱られる行動をする原因の中に、そもそもその保育のやり方があるわけです。
しかし、残念なことにそこにいる当事者の保育士にはそのことは気づかないのでしょう。
無自覚な保育です。


そういったところでは、受容し信頼関係を構築する関わりを理解し許容してもらえることはなかなかありません、逆に「甘やかしている」「未熟だ」などと否定されます。
そういうケースを何件も知っています。


子供は柔軟性や適応力がありますから、その環境で順応しなんとかバランスをとって過ごしているのでしょうけれども、おそらくは家庭で、大変強いわがままや、ゴネ、反発、攻撃などを出すことでそこでの抑圧とバーターしていると思われます。



僕が以前保育園で2年間担任をした子が、この前高校の柔道の全国大会に出たことをわざわざ電話して教えてきてくれました。

そこの先輩たちがする保育では決してそのようなことはありえないだろうと思います。
そこでしているのは保育や子育てではなく、単に時間内だけ子供を預かっているということに過ぎません。

いい保育というのは探せばきちんとあります。
まずはそれを新米保育士さんが実地で身につけてくることが先決だと思います。

ありがとうございました

お忙しいなかありがとうございました。
幼稚園を選ぶとき二つの園のうちどれにしようか
かなり悩んだのでよく見えるのかもしれません。
最初は泣いて先生が怒るの、話しても声が届かなくて聞いてもらえないの。などと言っていたのですが環境にも慣れてきたようで泣かずに通えるようになり楽しかったよと話すようになったので、よほどのことがない限りこのまま見守りたいと思います。
そして先回りした関わりをどんどんして行きたいと思います。
いつも本当にありがとうございます。
感謝しています。

ありがとうございました

返答ありがとうございました!
自分が能力が足りないというだけではなく、様々な要因があって今の状況なのですね。
子どもにキツく言葉をかけている保育士に対して、周りは「こどもと向き合って頑張っているね」と高評価だったり、自分も「子どもと向き合うって何なんだ?」とわけがわからなく、今日は頑張って強く言ってみたところ、子どもに物凄い拒否、反発され、すごいショックを受けました。
今の自分にできる事をして、ダメなら辞めます。

モモさん

>「1才で食事の際など自立している場合は大きい子の部屋にいってもらうこともあります、子供も喜ぶんですよ」

子育てや保育にはいろいろな考えがありますから、何が絶対正しいとは言えませんが、僕が勤めていた園でそのようなことを言ったら、「あなたはなにを勉強してきたのだ、もう一度『保育指針』を読んで出直してきなさい」と言われるレベルです。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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