2017-09

保育園の子供と幼稚園の子供 - 2014.04.11 Fri

ちょっと昨日の記事は中途半端なところから書いてしまったので、もう少しちゃんと書いていこうと思います。
しかし、いろいろな側面というものがあるのでいくつか順をおって見ていきます。

今回は子供の置かれた違いから、施設の目的、子供へのアプローチも違うというお話。






この前、子持ちの男性保育士2人と会いました。僕を含めて3人。
たまたま、3人とも子供を幼稚園に通わせていて(その頃はうちはまだ入園前で園庭開放に参加していただけですが)、幼稚園での様子を話す機会がありました。

そこで3人とも全く同じ感想だったのが、「保育園の子供と幼稚園の子供の様子が全く違って驚いた」ということ。

『最近の親の意識・あり方の変化』


過去記事の↑こちらなどでも述べたように、保育の長時間化や家庭での養育力の低下、子供を見たくないがゆえに預けられている子や、関わり方、満たされないなどの要因から、保育園では個々の子供そのものがもつ根深い問題というのが年々増大しています。


地域や園などにももちろん違いはあるでしょうけれども、そういった姿が幼稚園で見られる子供達と歴然とした違いを見せていること、それなりの予想はしていましたがそれ以上にはっきりとした違いがあったということに3人とも驚いたということです。

もちろん、保育園に通わせることが良くないことだと言うのではありませんので、そこは誤解のないようにお願いします。


ただ、そのような情緒の安定など養育上の個々の問題を抱えている子供の人数的な割合や、その程度というのには歴然とした違いがありました。

特に、うちの子が通いだしたような園は、今時珍しい年中からの2年保育のみの園ですので、その感はなおさらです。

一部、それ以前に別の幼稚園に行っていたりする子もいますが、それは4歳まで家庭で過ごしていたという子が多くを占めるということです。

幼稚園に通わせようという人でも、いまは3歳からという人が主流になっていると思います。
その中で、4歳からと考えているということですから、「子供を見たくない」という家庭のようなケースというのは、非常にまれということです。

受容や満たされるという点などからくる情緒の安定の問題などが深刻に見られる子というのは、その状況ではまずいませんでした。

幼かったり、過保護や過干渉だったり、刺激にさらされて落ち着かないなどの影響が見られる子というのはなかにはいますが、それでも子供の最も基礎的な部分がクリアされている子達なので、それらは今後いかようにも成長していけることでしかありません。


以上のことが、昨日の記事の後半で「問題」として指し示していたことです。



『保育 第三の道』の中で

>園でその「健全な成長を援助する」が十分にできていなくとも、家庭でそれがそれなりに可能だったからです。
ですから言ってみれば、保育園は子供の人格形成やいわゆるところの「しつけ」について家庭に寄りかかっていた部分があったのです。
家庭で、きちんとできるという前提があって、保育が普通におくれる状態だったわけです。

と以前に述べましたが。



子供に対して負荷をかけても、それに子供が耐えられるだけのリソース(受容や満たされるなどからくる安定など)というものが家庭で培われて、子供の中には蓄積されています。

いま、保育園に預けられる子供の中には、それが十分でないというケースが増えています。


その分のリソースというものを、かつては家庭に依存してなんなくできていたことがたくさんありましたが、今では逆に保育園でそれを蓄積して家庭に返すというようなことが必要になってきてしまっています。


小学校低学年などでも、「学級崩壊」などの言葉が一般的に使われるようになってから10年は軽く経っています。
学習のスタートラインに立つに必要なだけのリソースというものが足りない状態で小学校に上がってくる子がいるということです。

そのスタートラインに立てるということが前提で、これまで学校の先生の領分というのはそこからでした。
いまはそうとも言っていられない現実があります。


幼稚園で見られた子は、そう言った意味で保育園に通っている子よりも、そのリソースというものに溢れています。


ただ、幼稚園でもこの問題とは無縁ではなくて、だんだんとこれまでのカリキュラムを同じようにするだけでは適応できない子供というのが増えつつあるという声は聞かれます。

そのために、子供への新しいアプローチを模索しようとしている動きがすでにでています。
このブログを読みに来てくれている幼稚園の先生方もそういう人たちではないでしょうか。

ただ、まだ本格的にどうにもならないというところまでは来ていないでしょう。
特にうちの子が今回通いだしたようなのんびりとした幼稚園はなおさらです。

しかし、現状の小学校での諸様相を考えると、その前段階の幼稚園としても無関心ではいられないことと思われます。


そういった点を踏まえますと余裕があるにしても、無頓着・ずさんな対応ではもったいないかなと歯がゆさを感じてしまいます。

余裕がある中で、さらに良い対応を心がければその質がより一層上げられるからです。
余裕があるうちにしないと、それが失われてから質を上げるのはとても難しいです。


そんななかで僕が幼稚園のさまざまを見るにつけ、頭に浮かぶのは「なんとかなってしまうのだな」というキーワードです。

長くなったので、これについてはまたの機会に。
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● COMMENT ●

こんばんは、いつも参考にさせていただいてます。
今日は、年長になった娘のことで相談があり、コメントさせていただきました。娘は、家では娘弟でいろいろ遊んでいます、お家ごっこや、お医者さんごっこ、トランプ他、テレビを見ずに過ごしています。とにかくよく遊びます。幼稚園での様子を娘に聞くと、いつも1人で泥んこを作って遊んでいる、泥んこ作るのが楽しい。と言います。
お友達は、お家ごっことかばかりで、面白くないと…。でもよく聞いてみると、お家ごっこから、プリキュアごっこや、アイカツごっこに変わり、テレビを見ていない娘は、登場人物もわからず、話や遊びについていけないみたいです。だから、みんなと遊んでも面白くないと…。その話を聞いて、すごく切なく可哀想になりました。確かに他のお家に遊びに行っても、みんなプリキュアやアイカツにはまってるんだと聞きます。はっきりいって、プリキュアやアイカツなど、娘に見てほしくないな、影響されたくない、と見せずに過ごしてきました。でもどうしたらいいのか、わからなくなりました。
もう十分あそべる子に育ってくれてるので、そういう流行のテレビを見せてもいいかな、それが娘の為かなと悩んでいます。他のかたからすれば、可哀想に見せてあげたら。と思われることが多いですが、私は、娘の純粋なというか、五歳のありのままで成長してほしい、影響されたくない、と思ってきました。ですが、そのせいで娘がお友達と、上手に遊べないなら、私の自己満足なのかなと思い始めました。ただ、この先テレビゲームや、携帯電話などの問題に、結局周りが持っているからと与えていくのと同じなのかなと、思ってしまいます。お父ちゃん様、どう思われますか?お忙しいとは思いますが、何かお話いただければ嬉しいです。

No title

興味深い記事が多いので連日書き込んですいません。

保育園と幼稚園とで、様子が違う。なるほどなあと思いました。
保育の現場におられた方もそう実感しておられるのですね。

私が保育園に3歳からフルタイムで子供を通わせるようになって気が付いたことは、家で保育している場合には、育て方や親の対応が多少イマイチでも毎日ただ一緒にいてやるだけで、親の対応の拙さもそれなりにクリア出来るのだなあと言う事でした。

逆に保育園に通いだしてからは、今まで何ともなかった親の対応の拙さが、今までになくダイレクトに子供に影響が及ぶことに驚きました。

おとーちゃんさんの仰る「なんとかなってしまうのだな」ということは本当にそう思います。

もちろん、一緒にいてて邪魔だとか思ってれば論外なのかもしれませんが…。

保育園に仕事上必要があって、預ける、それは良いし、私もそうしていて後悔はしていませんが、何を得て何を喪っているのか、そこをどう埋めていけば良いのかを、個人も行政も意識していかないといけない時期になってきているのかなあと、今回の記事を読んで思いを強くしました。

男女共同参画社会という綺麗なお題目ばかりが叫ばれ、従来子供に割いていた親のリソースを仕事に割り振った分の穴埋めをどうするのかということについては、意図的に触れないのではないかと思うくらいに、私達一般的な子育て中の親の耳には入ってきません。

将来的に精神的な面で就労できない層が増えるのは、すごい社会的な損失だと思いますし、引きこもる方向ではなく社会に攻撃衝動を向けて犯罪をする層もこれからどんどん増えていくのだろうなと、そう思うと益々、国や行政には数ではない育ちの質の向上の方に方針を早めにシフトして欲しいなと願って止みません。

おとーちゃんさんの仰るとおり、余裕のある幼稚園だからこそ、先を見越して対応しようとすればできるのでしょうし、高い意識を持って教育に取り組んでいただけるといいなと切実に感じます。

返信は不要です。今後も更新を楽しみにしています。

よくわかります

本当にその通りだと思います。

私自身、週6で保育園、両親は仕事の虫で平日は顔すらほとんど合わせず、最低限の家事を高齢の祖母がなんとか回しているという環境で育ちました。小学校に入学して、幼稚園出身の同級生たちの天真爛漫さというか子供らしい感じに衝撃を受けた事を今でもよく覚えています。

周りの子が幼稚に見え、内心バカにし、優等生を気取ったりして辛かったですね。
弟は登校拒否、引きこもり、警察沙汰とそれはもうテンコ盛りでした。


保育園や幼稚園が、家庭での関わりを積極的にフォローし、もちろん親も意識して関わりを増やしていければ…
大袈裟じゃなく、本当に世の中がかわりますね。私も救われます。

我が家の育児のお手本は、両親ではなく玄関に毎年やってくるツバメです笑
夫婦仲良く、食べさせて、きれいにして、寝かせて…気取らず当たり前のことを当たり前に。
二歳の息子とは暖かい信頼関係を築きたいです。

スマイル☆さん

これはその子供にも、周りの子供によってもたらされる状況によってもずいぶんいろいろとかわってきます。

別に知らない子がいても、「○○ちゃんは、△△の役だからこうやってね」などとリードして知らない子も巻き込んで遊べてしまうということもあるし、自分は見てなくても周りの子がしているのを真似て一緒に遊べてしまったりということもあります。

また、自分の遊びがある子は、周囲は気にせずマイペースで遊べてしまう子もいたり、知らない子同士で自分たちの遊びをできるということもあります。
「捨てる神あれば拾う神あり」というやつですね。


しかし、こういうのはそのめぐり合わせにもよりますので、どうにもならない部分もあります。

お子さんが疎外感を感じていてそれでなおかつ「みたい」というのであれば、年齢も上がっていて、自分の遊びも確立しているというこの状況ならば、今から見せたところでさして悪影響はないかもしれません。

なかには、見たけど自分のイメージの世界など持てている子は、刺激に満ちたそういったものをあまり好まず、「もういいや」ということになるケースもあります。


逆に、見せなかったとしてもあと一年で学校に上がり、世界も広がりますので見てないからといってなんの問題もなくなるということもあります。

また、特に女の子は小学校にあがるくらいでそういうものを卒業してしまう子もけっこういるようです。


テレビゲームなどについて書かれた過去記事もありますので、もしまだお読みでなかったらそちらもどうぞ。

ぽりさん

>男女共同参画社会という綺麗なお題目ばかりが叫ばれ、従来子供に割いていた親のリソースを仕事に割り振った分の穴埋めをどうするのかということについては、意図的に触れないのではないかと思うくらいに、私達一般的な子育て中の親の耳には入ってきません。


確かにそう思います。
保育の制度に関しても親の便利ばかりが喧伝されて、そこでの子供の育ちということに注目されることはほとんどありません。

このことを考えると、頭の片隅にチラッチラッっと「レーベンスホルン」が浮かびます。

「レーベンスホルン」とは日本語にすると「生命の泉」です。

社会主義だった時代の東ドイツにあったものです。

東側には同種の施設があり、ソ連崩壊後「ストリートチルドレン」や「下水道で暮らす孤児たち」として話題になったのも主にこういった施設の子供です。


どういうものかというと、親が育児をせずに代わりに社会・国家が育てるという考えに基づいた養護施設です。
現実には早い話が、子捨て施設です。
日本にも一時どこかの病院に「なんとかポスト」というのがありましたが、あれをイメージすると近いかもしれません。

国が育てるからいいのだと、なんの親としての責任もなく親が進んで我が子を「孤児」化していました。


「育児は社会制度に任せてしっかり働きましょう」という考え方は、もちろん日本では社会主義国のようにはならないでしょうけれども、一歩間違えてしまえばなんとなくそういった無機質、殺伐としたものを招いてしまうのではないかという気がしないでもありません。

お返事ありがとうございましたm(__)m私も園での状況がよくわかっていないのですが、いつも1人で泥んこを作って遊んでいる、と聞いて年長になるので、お友達との関係も大事になってくるのでは…と、心配になりました。テレビの件、この前のプリキュアを見せてみました、弟たちも見てしまうので、気になりましたが。
私も娘もキャラクターの名前を必死に覚えました。
娘は、プリキュアを見て、恐いしあんまり好きじゃない。といって、プリキュア遊びも、戦いゴッコだから、遊びたくないとのこと。そうだよなーと思いながら、でも、それでは、幼稚園でお友達と遊べないなと思いました。誰か1人でも気の合うお友達がいたらいいのになーと思います。幼稚園帰宅後は、弟たちや、近所の小学生のお姉ちゃんや、娘より小さい子どもと外で遊んでます。同じ学年の女の子はいません。

年長さんの友達関係ってどんな感じですか?この時期お友達と遊べないのは、心配なことでしょうか?
もちろんしゃべったりは、するみたいですが、自由時間は、一匹狼のようです。したいことをしているようです。

弟たちの世話好きで年下の子が好きなようで、家に帰ってきて、今日お友達できたよ、年少組の子!と嬉しそうでした。

あとお聞きしたいのですが、テレビのことです。
遊べる子になってほしいという思いから、テレビを見ていません。兄弟で喧嘩しながらも、ずっと遊んでいます。かといえば、1人ずつ絵本を読んだり、お絵描きしたり、それぞれしたいことをしています。
でも、テレビを見ていないので、これから、テレビの話題についていけないよねー…と、これからテレビとどう付き合っていこうかと思っています。小さいうちは、とテレビを見ずに来ましたが、少し大きくなってきたので全く見ないのも、よくないかなーと。お父ちゃん様は、どのようにされてますか?こだわりすぎでしょうか(^-^;
お忙しいのに何度も申し訳ありません。急ぎませんので、、、よろしくお願いいたしますm(__)m

はっくんさん

本当に必要な援助をすることができれば、世の中が変わると思います。
少なくともその子供の人生のなにがしかに変化をもたらせるでしょう。

そういう必要のある子どもが少なくありません。なんとかしたいと考えても歯がゆい思いしかできないことも多々あります。

ツバメのお話には目頭が熱くなりました。
僕は自分の子供を育てることで、自分が救われたという経験があります。
息子さんとの生活をたくさん楽しんでください。

No title

お忙しい中、お返事をありがとうございます。

おっしゃるとおり、経緯も時代も違いますし、民主主義の日本でレーベンスボルンやチャウチェスクのチルドレンみたいな極端な話にはならないということは確かだと思いますが、エッセンスというか、なんとなく想起される部分があるというのは確かになあと、なるほどと思いました。
歴史から学ぶというのは基本的な大事な視点なんですね。
事象はかなり過激な物なので異なる面も多いとは思いますが、おとーちゃんさんの思い出されるというコメントは、なるほどなあと思いました。

個人と個人の愛着形成で豊かな情緒が育っていく子供について、養育全てを社会制度にゆだねるのには慎重であるべきなのでしょうね。
基本は社会制度が全てを肩代わりは出来ないと。
親は、会社や社会から制度が整ってるんだからできるでしょ?と言われても、子供の本当の利益のために違うと感じたら、親自身が子供を守る行動を取るべきなのでしょうね。
そこは自信を持って違うと、ここは人任せには出来ないと、そういう事を、周囲のいろんな利害に流されずに考えて行く必要があるのでしょうね。

もっとも、子育てする前は本当に知識もなく、感覚的に母性を発揮できる心優しいタイプでもない私は、色々と流されてしまいました。
今でも何が大事かはいつも迷ってしまいますね。

大事な考えるキッカケをいつもご提供いただき、ありがとうございます。
更新をいつも楽しみにしています。

スマイル☆さん

>年長さんの友達関係ってどんな感じですか?この時期お友達と遊べないのは、心配なことでしょうか?

子供の育ちというものを考えてみると、子供が子供でいるあいだは「ここが終点」というものはありません。

今の状況に子供がひどく困難さを感じているというのなら別ですが、子供は大人よりもよほど柔軟さを持っていて、一面では馴染んでいなくとも、別のところで適応していれば難なくやっていけることも多いです。

集団での遊びを好まなくても、自分の好きなことをしたり、先生と関わって遊んだり、小さい子のお世話をしたりと様々なことに気持ちを向けることができます。
そういう子もたくさんいます。

そして子供の一年というのはとても早いです。
来年になって小学校に上がれば、状況は大きく変わります。

いまの友達がそのまま固定されて一生続くわけではありません。
たいてい、なんとかなっていくものです。

もし、気になるのでしたら、それとは別の環境での他児との関わりの機会を設けてあげるという方法だってあります。
たとえば、習い事などにいってそこでの新しい人間関係をつくることもできます。




>小さいうちは、とテレビを見ずに来ましたが、少し大きくなってきたので全く見ないのも、よくないかなーと。

僕は少々ひねくれたところがあって、一般的な意見というよりも偏った意見の一つと捉えてもらったほうがいいかもしれません。

「鶏口となるも牛後となるなかれ」というやつで、僕は人と群れて堕するよりも自分らしさを追求していってほしいと子供にも思っています。

ですから、他者と話題を合わせさせるためにあらかじめ親がセッティングして、それでもって無難に人間関係を維持させなければならないというようには思いませんし、その必要性も感じません。

それくらいだったら、自分の好きなものをつきつめて、周りを引き込んでしまうくらいの魅力なり、力なりを獲得してくれればいいと望みます。


子供自身もそういったものにアイデンティティを見いだせれば、他者とちょっとくらい話題が合わないということがあったとしても何ほどのことでもありません。


野球が大変得意な人が、「君、微分積分苦手だよね?」と言われてもさして問題とも思わないでしょう。

ピアノの好きな人に「昨日のあのテレビ見てないの?」と言われても、「昨日はピアノの練習してたよ、それがなに?」くらいのものでしょう。

子供だったら、「ずっとレゴブロックして遊んでたよ、すっごいのできたんだよ」と胸を張って言える子であれば、それでいいのではないかと僕は考えています。


もし、わざわざ望んでもいないのに共通項を設けなければ友だちになれないというのであれば、それはそこまでの関わりだったということです。
また別のところ、別の時に本当に気の合う友人をつくればいいだけです。


もし、子供が「これこれのテレビを見ないと困るんだよ」と言ってきたら、そのときそれから考えればいいわけです。

なにもわざわざ望まないことを先回りして、ましてや親がお膳立てしてする必要というのは僕は全く感じません。

何度もお返事ありがとうございましたm(__)m
お父ちゃん様のご意見を聞き、私自身の自信のなさに情けなくなりながら、子どもを、もっと信じようと思いました。そして娘のことをもっと認めてあげようと思いました。
テレビを見ないようにというのは、いろいろ理由があるのですが、そのひとつひとつは、子どもの為を思って、子どもによかれと思ってのことで、テレビを見ないことが普通になっている子どもに対して、わざわざお友達作りの為に見せようとするのは、やっぱり変ですね。
本当に先回りしすぎですね。
どのお母さん方と話しても、子どもがプリキュアやアイカツ好きで、ずっと見てるわーなんて話が多く、映画館に行かされたとか、本当にみてない子がいない状況に、ふと今までの私のやり方に不安を感じました。
でも、テレビを見ずに過ごした時間、子ども同士でいろんな遊びを考え、また家族でゲームやトランプなどを楽しめました。何よりテレビに染まらず、子どもらしく育ってくれてると思っています。
お父ちゃん様のご意見が聞けて、もう一度初心に戻って、子どもの今を大事に、自信を持っていこうと思いました。ありがとうございましたm(__)m


2年保育

こちらの記事も気になったのでコメントします。
連投申し訳ありません。

私事で大変恐縮ですが、
姪は2年保育の幼稚園に入学しました。

間近で見ていますと、幼稚園がどんなところか・
幼稚園とは何をするところなのか等、
色んな事情が理解できる年齢になったうえで、
「待ちに待った」入園だったように思われます。
幼稚園にはとても楽しく通っていました。
まるで、いやいやえんの「やまのこぐ」ちゃんのようでした。

自分の子どもは保育園に預けておりましたので
詳しい事情は良く分からないのですが、
今は2年保育の幼稚園は少なくなってきているのでしょうか。
残念ですね。

妹の話ですと、姪が通った2年保育の園では、
保護者の協力も多く、
丁寧な子育てをされてきた保護者の方も多いように感じられました。



あおぞらさん

現在は3年保育が一般的になっていますから、以前は割と普通だった2年保育もいまでは「1年も余計に家庭にいた」という状態になっています。

ですから、子供の姿が幼かったりということはあるにしても、家庭にも子供にも余裕があるケースが多いというのはあるでしょうね。

専業主婦の選択

返事不要です。今、世の中が将来の不安でいっぱいになってて、働かなきゃいけないお母さんの中には「今は働かなくても何とかなるけど、将来お金に困って子供が不備な思いをするかも知れない」という漠然とした不安で働く人も多いと思います。私自身、今すでに赤字なんですが幼稚園に入れるまでは…と専業主婦してますが、肩身が狭い、申し訳ない、イマイチ胸が張れないです(もちろん自分自身の甘えもあります)子どものしつけだけではなく、お金も「何とかなってしまう」と言えるだけの心の余裕と、そういう価値観も認められる風潮に、変わっていったらいいと思いました。

かいさん

そういうのってありますよね。

なんか今後ますます経済的に専業主婦でいにくい世の中にしていくことを政府は考えているようですから、ますますそれではよくないというような雰囲気ができそうです。

でも僕は、「子供をしっかり育てること」もとても大きな社会貢献だと思うのですけどね。

私も専業主婦を選択

横からすみません。

私もかいさんと同じく悩んでいましたが、おとーちゃんの返信のように「子育ても社会貢献」と考えて、節約しながら専業を続けたいと思います。おとーちゃんブログの読者となり、よりその思いが強くなりました。

政府の考えとは逆の選択であり、周囲からも「恵まれているからできること」と取られるであろうことは仕方ないですね。

38年間生きてきて、自分の経験と周囲の人間の状況を総合して考えると、幼少の頃の愛された実感と成長してからの自己肯定感は比例することが多く、自己肯定感があれば人生において自分自身の幸福を選択でき、それが周囲の人間も引き上げる力になることを感じています。

もちろん、こちらのブログを参考に努力すれば、専業主婦でなくても子供に愛された実感を与えることはできるので、専業に拘る必要も本来ないのですが、私の場合は仕事を持つと仕事に肩入れしてしまうタイプ(要は不器用)であり、夫婦とも実家に頼れない状況なので、この選択になりました。

自分が子育てに納得できるまで、自信を持って専業主婦をやっていきたいと思っています。もし同じ考えの方がいらしたら、お互いにがんばりましょうね♪

返信不要です。

返信ありがとうございました

おとーちゃんさん、もちもちさん、返信ありがとうございます!
(携帯からなので改行できないみたいで読みにくくてすみません…)

愚痴みたいなコメントしちゃいましたが、こちらのブログに出会って、私にも出来ることがあるんだって自信が湧いて来ました。肩身せまいとか言ってる場合じゃないって思うようになりました。なので本当に感謝なんです。

もちもちさん、同じ専業主婦さんからのコメント嬉しかったです。そうですね、お互い頑張りましょう!

No title

おとーちゃんさん、こんにちわ。
お忙しい中、いつも記事の更新ありがとうございます。


保育園と幼稚園の一連の記事、読ませていただきました。
何度も申し訳ないのですが、ご相談させていただいてもよいでしょうか・・・?
5歳半の娘と3歳になって間もない息子がいます。

今、3歳の息子が保育園のドアを出た瞬間から「疲れた・・・」とつぶやく状態が半年くらい続いています。
保育園に預けている時間は9時から18時15分くらいまでです。
2歳半くらいまでは、元気に飛び出してきていたのですが・・・。

帰宅してからの時間が楽しいものになるよう、できるだけ楽しく話しかけたり、抱っこしたりのスキンシップを心がけてはいるのですが、状況はあまりよくなっていません。

今は「やはり時間の足りなさをフォローできるだけの親のスキルがないから・・・」ということを切に感じています。

あとは、自分に「育児家事について、一生懸命できる限りのことをしている」という実感がないから悩むのかもしれません。
仕事にも若干余裕ができ、「まだまだやれていないことがあるんじゃないか・・・」と。

子供たちも「ママは余裕がありそうなのに、自分たちに手をかけてくれない」と思っているから、満たされない思いでいるんじゃないか、と思ってしまいます。
同居の祖父がいるのですが、子供たちは「家にはじいじがいるのに、どうして自分たちは長時間保育園に預けられないといけないんだろう」と思っているのでは、とも。
(保育園に行きたくない時には、「おりこうにしてるから、じいじとおうちにいさせて~」と泣いたりします)

質問なのですが・・・。
マイナス思考を脱するためにも、何かできることをしたいのですが、限られた時間で子供と密な時間をとるコツってありますか?

自分は、自覚はあるのですがあまりオーバーなリアクションができないタイプで、「うれしい」「楽しい」が顔に出せません。
自分の「育ち」が関係しているとは思うのですが、幼稚園の頃からそんな感じだったようで、子供にはできるだけ頑張って伝えているつもりですが、まだまだなのだろうとも思います。

以前に「お風呂の時間をゆったりとしたコミュニケーションに」というようなことを書かれていたように記憶しているのですが、同居の親とのご飯等の時間の都合で難しく、いつもせかしてしまいます。
ご飯の時間は、前までは自分で元気よく食べていたのですが、「疲れた」状態の時は「食べさせて・・・」です。

夕食後、遊ぶ時間は就寝までの30分しかないのですが、姉と弟と自分やおもちゃの取り合いになったりして、バランスよくは遊んであげられていません。
姉と弟の遊びの世界にやはり差があり、なかなか仲良く3人で遊べることが少なく、一人は「じゃあDVDを見たい」となってしまうこともしばしば・・・(DVDはそこまで否定的ではないのですが)。
眠くなることも手伝って、よくけんかになったりして自分もイライラ、楽しく一緒に遊んだりという時間にできていないです。

通っている保育園は、「幼保一元化」を掲げる園で設定された活動(運動・英会話など)が多く、運動会や発表会などはかなり力の入ったものになっています。
上の子も3~4歳くらいのときは、運動会の前など「行かない・・・」と涙目になることも多かったです。
なので、下の子についても行事が終わったら落ち着くかなあ・・・と様子を見ていたのですがあまり変化はなく、赤ちゃんの頃からの指しゃぶりに加え、最近はパンツに手を入れて性器をいじるようになり、上の子のように「行かない」と主張するのではなく、帰ってきてから「疲れた・・・」と気力なくぼんやりしているのが心配です。
成長して体力がつくとともに・・・というには若干期間が長い気がして・・・。
手がかからない子なので、過剰に無理させているのでは、とも心配しています。

保育園では常に保育士の先生に「新しいこともよく頑張っています」「園ではいつもにこにこで、疲れた様子はありません」といわれます。
もともと天真爛漫で、素直で初めての人にもかわいがられるタイプです。
園の先生方は皆さんよい方で、よくしていただいていると思います。
お友達とのトラブル(意地悪される)は、少しあったようです。
朝は比較的元気に保育園に行きます。休日元気です。

まとまらず、いろいろ書きすぎてすみません。。。
質問の「保育園に預けることでの時間のギャップを埋める関わり」以外にも、何かお気づきの点があったらアドバイスをいただけるとうれしいです。


お忙しいところ大変恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

すみません

上記の「ギャップを埋める関わり」の相談コメントで、名前を入れ忘れました。
すみません!

じょうさん

>今、3歳の息子が保育園のドアを出た瞬間から「疲れた・・・」とつぶやく状態が半年くらい続いています。

実際、園に一日いるというのは疲れるものですよ。

「そうかー疲れちゃったんだね」と共感してあげていいんじゃないですか。


「そうかー疲れちゃったんだね。お母さんも今日は疲れたよー。でもおうち帰ったら美味しいご飯作ってあげるからね」などとありのままを受けていけばいいんでないかな。

子供がそのように言うことを「改善するべきもの」と深く考えてしまうのでなくね。
それ自体子供にとっては負担になってしまいかねませんよ。


子供が欲しいのは、「頑張っている姿を認めてもらうこと」だと思います。


だから、「そうかー疲れちゃったんだね。今日も一日頑張ってくれてありがとうね」でもいいでしょう。



>あとは、自分に「育児家事について、一生懸命できる限りのことをしている」という実感がないから悩むのかもしれません。
仕事にも若干余裕ができ、「まだまだやれていないことがあるんじゃないか・・・」と。
子供たちも「ママは余裕がありそうなのに、自分たちに手をかけてくれない」と思っているから、満たされない思いでいるんじゃないか、と思ってしまいます。



子供というのは大人が思うほどに、大人から「してもらうこと」を望んでいるわけではありません。

「まだ足りないまだ足りない」と考えてあくせくするよりも、じょうさん自身がくつろいで子供とゆったりした時間を共有してあげることをまずは目指すといいのではないかという気がします。

ゆったりした時間を共有するというのは、遊びの相手をするとかどうとか以前に、そういう雰囲気とでもいうようなものかな。

子供は「忙しい忙しい」をしている大人や、自分と遊んでくれていても我慢してそれに付き合ってくれている状態は好きではありません。

なので、すごいことをするのではなくて、まず家庭がくつろげる場所と時間であることを目指せばいいと思う。

そのためにはむしろ何かすることよりも、手を抜くことが必要かもしれないね。


>ご飯の時間は、前までは自分で元気よく食べていたのですが、「疲れた」状態の時は「食べさせて・・・」です。

「そうか疲れたんだね、じゃあ特別に食べさせてあげるよー」と気持ちよく受容に変えてしまったらどうかな。


>同居の祖父がいるのですが、子供たちは「家にはじいじがいるのに、どうして自分たちは長時間保育園に預けられないといけないんだろう」と思っているのでは、とも。
(保育園に行きたくない時には、「おりこうにしてるから、じいじとおうちにいさせて~」と泣いたりします)

>成長して体力がつくとともに・・・というには若干期間が長い気がして・・・。
手がかからない子なので、過剰に無理させているのでは、とも心配しています。


子供を園をやめさせて家庭で見てあげられるとか、ほかの納得のいく園に転園させてあげられるとかが出来るのならばそう思ってもいいけれども、それができない以上これを考えて、引け目に思ったところで子供にも大人にも誰にとってもプラスにはならないことです。


そこは開き直って、必要だからしていること、子供は必ず乗り越えられると考えてあげなければ、それこそ頑張っている子供が一番可愛そうです。

そこは自信をもっていきましょう。
でないと、子供はその大人の引け目・弱みというのをきちんと感じるから余計にいろいろなものを乗り越えるのが辛くなってしまいますよ。

ありがとうございました

お忙しい中早々にお返事いただきまして、ありがとうございました。


指をしゃぶって、反対の手はパンツに入れたまま、ソファにうつろな目でぼんやりと寝転んで動かない子供の姿に、仕事をやめられない自分を責められている気がして、自分が勝手にいっぱいいっぱいになっていました。

頑張って大変なのは子供なのに、自分が大変な気持ちになってしまっていました。
子供にとって、くつろげる場ではなかったのだと思います。

お迎えの時には、「そうかー、疲れたんだねー、そうだよねー。今日も頑張ってくれてありがとう」と抱きしめて言葉をかけることはしていました。疲れることに共感しているつもりでしたが、自分の「保育園、やっぱり疲れて大変なんだろうな・・・」という心配に子供も引きずられてしまっているのかもしれません。

ご飯は手伝ってはいますが、義父の「もう3歳になんだから、自分で食べなさい」との言葉や、上の子の「ずるい~」を自分が気にしてしまって、下の子にとって気持ちのいい受容になっていなかった気がします。

自分が小さい時に、頑張って「いい子」でいるのが当たり前、周りの誰から見ても「できる子」「いうことを聞く子」でなければ存在価値がない、と自分で思っていたので、育児をちゃんと「できていない」自分が許容できなかったのかな、と思いました。
人からどう思われているかが自分の価値の全てであったので、子供からの視線や家族の視線、全てを「評価」と感じてしまっていました。

自分にとって、理想の育児が「できている」状態というのが、「子供たちの気持ちによりそった対応ができていて、子供たちが親に『愛されている』『受容されている』と実感できて幸せそうな状態」を思い描いていたので、仕事をして子供に無理をさせている自分とのギャップを感じ、子供を心配することで「できていない」自分から逃げたかったのかもしれません。

夫の収入だけで生活できないわけではないのに、親の借金生活に怯え、お金がない状態に不安のある自分を優先している自分の気持ちに、言い訳がしたかったのかな・・・。
できないことなら、開き直らないといけませんよね。

そして、「よりそう」ことや自分がして欲しかった子育てをすることに執着しすぎて、子供の意と自分の意の境目がよく見えなくなってしまっていたのかもしれません。
子供の欲しいことが本当にはわかっていないのだと思います。

「自分の育児」に自信がないというより、「自分」に自信がない状態で、自分の中の葛藤であって、子供には関係のない部分のことだったんだなあ、とお返事を読み返してみて改めて思いました。

自分の心の中の子供なままでいる部分のことなので、なかなか思うように前進しない部分もありますが、いつかよくなると信じてぽつぽつと前進していきたいと思います。

保育園の先生方にも、「あまり考えすぎないように」といわれているので、少し力を抜くことを考えたいと思います。
自分では、抜いているつもりなのですが・・・なかなか難しいです。


改めて、どうもありがとうございました。


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保育士おとーちゃん

Author:保育士おとーちゃん
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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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