2017-09

幼稚園が始まりました - 2014.04.10 Thu

昨日入園式、今日登園初日でした。

園について子供について入る以前のことなどからいろいろ書く事はあるのですが、印象の強かったところからで入園式のことから書いていこうと思います。

その前に一応お断りを。

娘が幼稚園に入ったのでこれからもときどきそれについてなにか書いていくかもしれません。
正直に言えば、僕の目から見て幼稚園のやり方の時代に合わなくなっているように感じられる点や、子供への視点の問題などさまざま気になる点というのはあります。
もっと言えば事例を出して批判すべき点をあげることもできます。

最近では幼稚園の先生などでこのブログを読んでくださっている方もけっこういらっしゃいますが、別に幼稚園を否定しようという意図で書くわけではありません。

現在の親としての立場からの率直な感想や、職務で携わった経験から感じる点、幼稚園関係者から聞いた話などありのままに書こうと思います。
それらはあくまで僕の経験の範囲内のことなので、必ずしも数多くの幼稚園を総合したところの一般的なものというわけでもないでしょう。
あくまで僕の感想にすぎません。

参考にするもスルーするもご自由になのですが、もし「読んで不快になった責任を取れ」と言われても僕にはどうすることもできませんので、批判などは不快になるなど、そういうおそれのある方はこの記事も含めてお読みにならないことをおすすめします。




前回のところで「慣れ」ということに触れたばかりですが、入園式はそれとは対極のところから始まりました。

正直ちょっと驚きました。

そこが公立というせいもあるのかもしれませんが、「式」はあくまで学校の式なのですね。

小学校や中学校でしているような式のひな形をそのまま幼稚園サイズにもってきただけのようなものでした。


全員が座って静かにさせて、式次第はじめの挨拶が司会の副園長からされると、プログラムの1は来賓の入場から開始です。
なるほどなー幼稚園というのは学校なんだなぁーと思いました。

プログラムを見るとその次は「敬礼」と書いてあります。
「国旗に礼」のことでした。
近年学校では愛国教育的なものが強化されているそうですから、こういうこともするようになっているのでしょうか。


そして「国歌斉唱」。

一緒に参加している年長児は幼稚園で教わっているようで元気に歌っていましたが、新入園児は誰ひとり歌っていません。うちの子ももちろん知りません。
みんなそれこそ口を開けたまま「ぽかーん」という感じです。

その後、園長(学校長)・来賓挨拶や年長さんからお祝いの歌などいくつかのプログラムが進んでいくわけですが、園長挨拶が終わったあたりでもうぼちぼち新入園児の中には、泣き出す子、立ち歩く子、親元へ来ようとする子などでバタバタしています。

それでもプログラムは進行し、最後にまた「敬礼」があって「来賓退場」。
もうその頃には子供たちはけっこう大変になっていますが、それでもなんとか座らせて来賓の退場を見送らせます。

幼稚園は学校なんだなー、学校だから式は式なんだなーと感じさせられました。


わかります、わかるんです。
幼稚園というのは規範などを子供に伝えるところですから、「するべきこと」というのが設定されていてそれに適応することを求めるというのはその本質であるというのは重々理解できます。

こういったことも、個々の発達のあり方によっては求めがたい点があったとしても、それでもなにがしかの経験ではあり、必ずしも無駄なこと、すべきでないこととは思いません。

でも、それでも入園の主役である当の新入園児が一番おいてけぼりだなーという感がどうしてもぬぐえませんでした。

日本人は儀式を重んじる国民性ですから、こういうのもまあそういうものだと思って流してしまうのがよいのかもしれませんが、
いかにそれまでの慣習・習慣から脱却して保育の中心に子供を取り戻し、子供への視点から子供に最大の利益をもたらせるようにと保育を考え直してきた自分のような立場の者からすると、当の子供たちの心境は「なんじゃこりゃー、これはたいへんなところにきてしまったぞー」になってしまっているのではないかとハラハラしていました。


外国の人が日本の市民マラソンに参加するとびっくりするという話があるんですが。
どこの市民マラソンにいっても、必ず開始前に地元の政治家だとか役所の人間だとかが長々と挨拶だのなんだのをして、ランナーのコンディションなど全く考えもせず、寒い中立ったまま待たされたりするというのがあります。

日本は誰が主役なにが本質かということよりも、「式」そのものが優先される文化を持っているようです。



誤解のないように言っておきますと、この幼稚園の式がだからなにか大きな悪影響があのでよくないとかそういうわけではありません。
おそらく、それでもこれまで家庭で十分に養育されてきて、保育時間もほんの数時間と短く、今月中はほぼ午前帰りというようなことができる環境ですので、その子供たちにとりよしんばその式でマイナスの影響があったとしても、それを乗り越えることはさして難しいことではないでしょう。

ただ発達に問題のある子なども受け入れる前提があるので(この園ではクラスに2名までとなっている)、それを含めた場合はそうも言えない可能性もなきにしもあらずとは感じます。

そのようなことがあってもこれまでさして問題にもならずしてきているので、慣習的になんの疑問も持たず続けているということなのでしょう。



ここで、「式」はしなければならないという前提があるとして考えた場合、じゃあその上で子供に負担のできるだけ少ないような対応を考えましょうという「配慮」というものが、子供に携わるプロとしてはでてくるはずなのだけど、そのあたりもまだまだだなぁという印象でした。


なんども繰り返しになってしまうけれど、この園の状況としてはそのような細かい配慮というのがなかったとしても、さほどの問題とはならずバランスはとれてしまうのだろうというのはわかります。




保育園でもかつては、大人中心だったり子供おいてけぼりなことをたくさんしていても、それでもなんとかなってしまっていたという過去の経緯があります。(式についてに限った話ではありません)
20~30年前くらいから、それがなんとかならなくなってしまって、質的な転換を求められました。

いま、おそらく小学校がその段階に来ていると思います。
なので、小学校の先生たちはいまそのあたりを必死になって勉強しています。


こういうのは地域にもよったりしますので、まだそういう問題意識の全然ないところや逆にかなり以前からというところもあるでしょう。

この点に関してまださほど幼稚園では問題が大きくなっていないようです。

先見の明がある人は、先手先手で問題の大きくなる前に対応を考えていくのでなかにはそういった配慮を十分にしているところもあります。
でもたいていは問題が大きくなって、それまでのやり方があきらかに通用しなくなるまで既成やり方を変えるということはなかなかできませんので、これからなのでしょう。

今述べたことに関しては、その「問題」とはなにかということもここではきちんと述べていませんし、それについて書き始めるととても長くなるので、いずれまたの機会に掘り下げてまとめたいとおもいます。



今回とりとめのない記事で申し訳ないのですが、とりとめないついでにもうひとつ。

入園式で、「紅白饅頭」もらいました・・。

僕これ悲しくなるんです。
まあ、これは幼稚園がどうこうではなくて、行政の体質の問題なのですが。


今住んでいる区とは別、となりの区(僕の生まれ育ったところ)は保育の体質が古いことで保育士のあいだでは有名です。
保育だけではなく行政の体質自体が古いこともあります。

そこの保育園では入園式、運動会、卒園式などのたびにみんなに紅白饅頭が配られます。
小学校などでも同様だったと思います。


でも、保育に必要な教材・遊具などはひじょうにお粗末です。
種類も少ない、数も少ない、古いものが壊れたり汚れ切ったままでもそれしかないので、それであそばされています。

いまのご時世、アレルギーなどの子も多く、饅頭をもらっても食べられない子なども少なからずいることでしょう。
そうでなくとも0、1歳児など食べさせる必要のない子も当然いますがその子達にも配られます。

「お金のかけるところが違うでしょう」と僕は思います。


かつて、いまから40年以上前くらいでしょうか、ならば子供たちに豊富にお金をかけられる家庭なども少なく、お饅頭など特別なものとして子供達への行政からのほんとうに温情として配られていたのだと思います。

でも、いまや福祉の予算などもどんどん減らされているのに、なんの見直しもできない行政のあり方が大変残念でなりません。

息子の保育園もむーちゃんと同じ公立でしたが、こちらでは紅白饅頭ばらまきはなかったので、僕の生まれた区よりはちょっとはましなのかと思いましたが、今回幼稚園では配ってましたのでなんだかなーという感じです。



ちなみに、僕が保育士として就職しようとしたとき、最初に自分の生まれ育った区に奉職しようと考えていましたが、募集要綱に「保育士 男女 若干名」とあっても、体質が古いから男性は絶対取らないからほかを当たったほうがいいよ、と親切な役所の人がこっそり教えてくれて地元では就職しませんでした。

地域の私立園も、区の政策や区立園の影響なのか保育の体質の古いところが大変多かったです。

もし、その区が採用してくれて僕がそのままそこで就職していたら、古い考えの保育をそのまま身につけてそれを当たり前と思って続けていたかもしれません。
そうだとしたら、まず確実にいまここでこういったものを書いている僕というものは存在しなかったでしょう。
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● COMMENT ●

No title

今回も楽しく読ませていただきました。

紅白まんじゅう、うちも配られましたよ。
子供は食べてましたけど、確かによーく考えるとお金をかけるところがずれていますね。おとーちゃんが書かれるまで気付かなかったです。

確かに体験保育で、絵本がボロボロだったりして、何でこんなのずっとつかっているのかなと思いましたね。あと、安物のプラレール。
木じゃないんですねとは思いましたけど。

ただ、式自体は手遊びが入っていたり、30分弱と子供に配慮されているほうだったのかもしれないです。

こういうおもちゃや本で気になることは園側に伝えていいんでしょうかね??

うちの上の子も

こんにちは!
いつもブログを読ませていただき、助けられています。ありがとうございます!

我が家の長男も年少で入園し、今日で3日目です。
毎朝近所迷惑なんじゃないかというほど大泣きしながらですが、その日その日でちょっとずつ様子が変わっています。子どももいろいろ感じて考えながら泣いているんだなーと思います。

入園の少し前から、急に自分からトイレでおしっこをし始めて、勝手に自立してしまった息子ですが、昨日からおねしょをするようになりました。
でも、おとーちゃんさんのブログを読んでいたお陰で、親が慌てず悩まず、環境がガラリと変わったんだから当たり前!くらいに構えられています。
これからも、子供自身の乗り越える力を信じて、先生を信じて、見守ったり支えたりしていきたいと思います!
これからも更新楽しみにしています!
返信不要です。

No title

同感です。

息子の保育園入園式で、最初は私と手を繋いで嬉しげに登園したのに、長々と続く来賓挨拶等々ですっかり萎縮して私にしがみつき、最後はどんよりとした顔になってました…。ちなみに紅白饅頭ももらいました(笑)。

ここの保育園の発表会も、子供置いてけぼりで、1〜2歳の子も先生と子供だけで発表させられ、観客席の親を見つけて号泣して駆け寄る子供を引き戻すための先生も配置されていました。見てるだけで辛く、誰の為の発表会だと、子供は見せ物じゃないぞと強く思った記憶があります。

その後転園した公立保育園では、発表会でも年齢や子の個性に合わせて無理のない構成になっていて、入園でも同じクラスのお友達に紹介をしてもらえる程度で、その辺りが本当に細やかな配慮があり、園によってここまで違うものかとびっくりしました。
卒園の時は、紅白饅頭じゃなくて、子供の名前が刻印された鉛筆をもらいました。子供は大層喜んで大事に使ってました。

別に紅白饅頭に罪はないのですが(個人的に食べるのは好きです)、こういう細かいところに、その園の全般的な子供への姿勢みたいなものが出てくるという今回の記事には非常に共感しました。

以前アップされていた、おとーちゃんさんの息子さんの小学校のお話も面白かったですし、子どもさんを幼稚園や小学校に通わせるにあたって感じられた事を書いた記事も、同じ年頃の子供がいる身としては興味深く読ませていただいております。
いつもありがとうございます。
感想ですので返信は不要です。

No title

おとーちゃんさんの新記事を毎回ほーほーさすがです!と読みながら、コメントまで辿り着けず、休みになってやっと…
育休明け早速年長組になり、毎日ヘトヘト、子供とは夜はほとんどゆっくり過ごせず毎日何が大事なのかわからなくなる日々です。

本当今回のおとーちゃんさんの記事は耳が痛いけれど、まさに今感じてる疑問ですね。子供ありきなはずなのに、年長組は一年中これまでにやってきた行事を繰り返し、行事に追われるうちに卒園…
でも、行事の為に子供に頑張れって言うたびに、もっと学校みたいに時間割がないぶん子供が自らやりたいっていうことにじっくり取り組みたいな…って思うんですよね…

一体幼稚園っていう体質はどう生まれ変わることが時代にあったものになるんですかね⁇おとーちゃんの作った保育園があったらいいのになぁ…



登園渋り

登園について相談です。

入園後幼稚園に行きたくないと着替えも家をでるのもいやがっています。

本人の気持ちを尊重していては登園には至りません。
ものでつったりごまかしも良くないと思いますし、泣きわめく中抱っこでバス停まで連れて行くのも…とおもいます。

今はいったりいけなかったりです。

四才までしっかり愛情をそそいできましたし、自信を持って幼稚園へ送り出し、そこで成長段階に即して新しい力をつけてきてもらいたいと願っています。

頑なに拒否する息子に、ママがいなくて寂しい気持ちはよくわかりるよ。でもね、ママは幼稚園に行って色々遊びをして教えてほしいと思ってると
伝えていますが、幼稚園はやめるのいってんばりです。

泣いてもとにかく連れて行くのは後に子供にとってよかったと思えるのか疑問です。

幼稚園も公立とは対極にある子供主役の園です。入園記念品はちなみに、はらぺこアオムシを読んだ後に、みんなもおうちでお父さんお母さんとわけあってねと、リンゴ、オレンジが配られました。

慣れるまでの期間、ママは幼稚園いってほしいとおもるよ。応援するから、いこう。
と一貫して泣いても送り出し続けていくことで良いのか不安でして、
こちらに相談を書かせて頂きました。

アドバイスよろしくお願いします。

てるりんさん

課業などを重視しているところや、遊具を「所詮おもちゃ」と軽視しているところでは、しばしば本や遊具がぞんざいな扱いを受けています。
これは保育園でも中にはあります。

そこの職員にも悪気はないのかもしれませんが、視点が違い問題意識も違うので、そういうことに気がつかないのでしょう。
そういう体質になってしまっているところは、外部から指摘されなければ治らないのかもしれません。

気になることは伝えていっていいと思いますよ。

それが意識を変えるきっかけになるかもしれません。
もし、予算がないって言ったら紅白饅頭いらないから子供のために使ってくださいと教えてあげたいですね。

ピンク飛行機さん

新入園は特に行きたいか行きたくないかといったら誰しも行きたくないものです。

園で虐待されているとか、いじめられているとか、個別になにか行きづらい理由があるならば別ですが、親がひよってしまうと子供は余計に依存してしまいつらくなりますので、信じて送り出してあげるのが一番ではないかと思います。

登園渋り

コメントありがとうございました。

今までの子育てを信じて、温かく受け入れながら泣いても送りだし続けました。

暴れていたのが、泣くだけになり、泣かずに抱っこしてになりと日に日に落ち着いていき、
三週目。今は毎日楽しく行けるようになりました。

張り切りすぎて、頑張りすぎて今度は、寂しいなどの感情が素直にだせなくならなければいいなと思うところです。

同じく入園したむーちゃんの幼稚園ブログ引き続き楽しみにしています。

おしゃべりできない

いつも楽しく読ませていただいています。
今回息子のことで聞いていただきたいことがあり、相談させていただこうと思います。


息子は5歳年中になり、毎日幼稚園に通っています。
が、楽しそうでもありません。
まず朝おはようの挨拶ができません。
先生が顔を覗き込んでくれますが、返せません。
後で理由を聞くと「恥ずかしい」そうです。
恥ずかしいったって5歳のお兄ちゃんなんだからおはようくらい言えるだろ?
と親もなんとかしようといろいろ言いますが、どうしてもいえません。

挨拶だけでなく、どうも一日中しゃべっていない様子です。
先生に対してはときどき小声でゴニョゴニョと、
必要のあるときだけは多少言うようですが、
お友達同士でおしゃべりすることはまずありません。
基本一人でブロックをしているようです。

年少の頃からですから、1年以上この状態です。
今はクラス替えがあり、お友達も変わったので、まだ目立ちませんが
クラスのみんながだんだん馴染んでくると、相当浮いています。
本人も多分それがわかっているようにも思います。
年少の中ごろから、幼稚園の迎えに行くと、きまって
「ぼく今日幼稚園頑張ったよ」というようになりました。
彼にとって頑張らないといけないところなんだなあと心配になります。


家庭ではうるさいほどよくしゃべり、お調子者の、
ほかの子とかわりない5歳児のように思えます。
しかし心を許している幼馴染のお友達に久しぶりに会ったりしても、
はじめはほとんどしゃべることができません。
何時間も遊び帰る頃になってようやくポツポツ声が聞こえるかなあという具合です。


最近では場面緘黙ではと考えるようになりました。
それならそれで、適切な接し方があるようにも思うのです。


あと気になることといえば、
たとえばお友達が「ダメよ」といわれるような振る舞いをしているとき
私だけに「ぼくはあんなことしないよ。○○ちゃんはダメだよね、ぼくいい子だよね」
とひんぱんに私に確認します。
「お~そうだねえ、でも人のことより自分のことをちゃんとすんだよ」
とか返してしまいますが。
先生にもお友達のふるまいを小声で告げ口することがあるそうです。
先生はあまり問題視せず、助かりますよ~なんておっしゃってました。


相当なママっ子で、私の旦那には
母子分離がまったく進んでいないからだ。それが原因だ!といわれます(糾弾されます)
息子は小さい頃から私とのゴッコ遊びが何より好きで、
私もそれにこたえるのに全力!疲れたもう無理…!という感じですごしてきました。
今では反省しています。
あれがやりすぎだったのかも、かえって世界が広がらなかったのかもと。
もっと適当にあしらっていればお互いラクだったのかもしれないと…


お忙しいところ本当にすみません。
お時間のあるときに、何でもよろしいので、
何かご助言いただけたら、大変ありがたく思います。

ころころさん

しゃべろうとしない子というのは珍しいことではありません。
僕の経験だと、年長クラスでもだいたい1~2人くらい毎年いるでしょうか。


自立や依存というところとも関わってきますので、母子関係というのもあるにはありますが、すでに数年通っていて現在年長ということですから、「母子分離」というのとの直接の関係というのは薄いと思われます。


僕は実を言いますと、喋らない子への関わりの経験を結構持っています。

彼らを見ていて重要だと感じるキーワードが、二つあります。

それは「自信」と「肯定」です。


ころころさんのお子さんにも当てはまるかどうかはわかりませんが、参考までにどうぞ。


しゃべろうとしない子というのは、「しゃべりたくない」わけではありません。
親にきちんとしゃべることを望まれていて、外の世界で挨拶などをしなければならないということは重々承知しています。

そのことはよっぽどほかの多くの子よりもしっかりと感じています。しかし、自分の心の中の内面的なものからそれが「したくてもできない」という状態にいるのです。


>5歳のお兄ちゃんなんだからおはようくらい言えるだろ? と親もなんとかしようといろいろ言いますが、どうしてもいえません。

このように大人から関わられた時、子供はどう感じているかというと、「親はこんな自分を認めてくれていない」というのを毎回痛切に感じます。

じゃあ、挨拶くらいすればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、それはしたくてもできないわけです。


そこに、自分は認めてもらえないという「自己否定」を大きくするような関わりをされてしまうので、子供は自信を喪失していきます。



なぜ、しゃべることができないかというところを見ると、それはもともと生まれつきの性格というものもあるだろうし、もしかすると小さいうちから大人の関わり方によって、自立よりも依存を高められるような方へと育ち、それゆえに最初の社会性を獲得する時期に、足を踏み出せなかったことからさらに自信を失っていったのというようなこともあるかもしれません。


子供が自分から必要な場面で適切にしゃべることができるようになるためには、「自信」というものが必要です。

その自信を獲得するためには、大人から「認められる」という関わりがたくさん必要になります。


しゃべれない子にたいして、「どうして話さないのだ!」と言うことは、「認められること」の逆の関わりになります。



本人はしたくてもできないのですから、そこを責め立ててもなんにもなりません。


必要なのは「認める」ということのコツコツとした積み重ねです。

さらに言えば、本当に必要なのは「あるがままを認める」ということです。


「あるがままを認める」というのは、「子供のできない姿をもそのまま否定せず受け入れてあげる」ということです。
僕はこれを「全面肯定」と呼んでいます。(これについては検索すれば過去記事もあるはずです)


このあと小学校にでもあがったら、よほど度量のある先生などに出会わない限り、子供のできない姿をもまるごと否定せず認めてくれるという人はなかなかいません。

それをしてあげられるのは親なのです。

そして、子供が望んでいるのも、自分のお父さんお母さんにあるがままの姿をそのまま認めてもらうということです。


遠回りに感じるかもしれないけれども、「できないことをできるようにしなければ」と考えるのではなく、「できない姿も含めてまるごと認めてあげることからスタートすることが大事です。


できないところを直すべきだと否定し続け、自信を奪い続けていったら、この先ずっと萎縮する方向へと育っていきかねません。


「しゃべらないあなたでも大切な我が子であり、大好きだよ」というのを様々な方法でしっかり伝えるようにし、自己肯定感を高めるための土台をまずは作ってあげましょう。


そこがスタート地点です。

子供のできない部分を気にすることは一旦きれいさっぱりわすれてしまいましょう。
その上で、子供のいい部分を見ていくのです。

小さなことでもいいから、「○○できたね」「○○してくれてありがとう」「○○たのしいね」「このご飯おいしいね」などなど、「認める、褒める、共感する」をコツコツと積み重ねていきます。


>たとえばお友達が「ダメよ」といわれるような振る舞いをしているとき
私だけに「ぼくはあんなことしないよ。○○ちゃんはダメだよね、ぼくいい子だよね」
とひんぱんに私に確認します。


これは自分を認めて欲しい、肯定して欲しいという気持ちの表れの一つでしょう。


息子さんは、自分を言葉などを使って表現することがとても苦手なので、大人が望む姿(平たく言えば「いい子」)でいることを守ることで、一生懸命大人に認めてもらおうと努力しています。


逆に言いますと、大人の気持ちや思いに敏感なのです。


敏感で繊細だからこそ、大人が自分をどう感じているかということがわかりすぎるほどわかりすぎて、返って言葉を発したりすることに臆病になってしまうのです。


最近ではこういった人の資質をHSPというようになりました。
(参考 http://cafe.pikkuliekki.com/hsp.html
http://matome.naver.jp/odai/2135453803883182801 )


お子さんは自分のできる手段の中で、大人に認めてもらおうと必死に生きています。

先生に告げ口をするというのも、それによって自分を肯定してもらう、認めてもらおうという最大限努力した姿なのです。


息子さんがもてる手段を総動員しても、まだ自分からしゃべったり他者と関わりを持つに足るだけの自信はたまりません。

それを貯めてあげることができるのは、もっとも認めてもらいたい存在であるお父さんお母さんが、息子さんのできないところではなく、できるところを見て、認めて肯定し、自信を高めていってあげることだけです。



>あれがやりすぎだったのかも、かえって世界が広がらなかったのかもと。
もっと適当にあしらっていればお互いラクだったのかもしれないと…

考えてみればわかりますが、あまりに子供に構いすぎることで、なかには依存を強めてしまったり、自立を阻んでしまったりということはあります。
しかし、「親にきちんと向き合ってもらった」という事実は、その内容に問題があったとしてすら、それでもその事実は子供にとって常にプラスです。

逆の、「親に向き合ってもらえなかった」という子供時代の過去をひきずって、大人になってすら苦しんでいる人のなんと多いことか、それを考えればころころさんのこれまでの関わりを否定する理由などどこにもありません。


「そういったこれまでの関わり方が悪かったのではないか?」そのようにころころさんが考えていたら、口に出さなかったとしても、敏感で繊細な息子さんにはそういった心のあり方が確実にわかっています。
それはまたさらに自分そのものを否定されるように感じてしまうことでしょう。

だから、これまでのことを否定するような考え方はどっかにおいてきてしまったほうがいいと思います。


子供に向き合ってきたということは、多少のことはどうあれ、そのこと自体は必ずプラスなはずです。


これからさらにたくさんのプラスをつくりましょう。

ご飯を全部食べられたらそこを認め、苦手なものを食べられたらそこも認め、手伝ってくれたらそこを認め、幼稚園いってきたら頑張ったねと褒め、花に水をあげてくれたらありがとうといい、今日は天気が良くてよかったね、たのしかったね、おいしかったね、たくさんの共感をして、あなたのことが大切ですよ大好きですよと子供がもう言われ慣れてスルーするくらいまできちんと伝える。

これを出来る範囲でいいから、積み重ねていったらお子さんの姿はだんだんと変わっていくはずです。


ほかの人にとってはなんでもないこと、理解しがたいことでも繊細な子にとってはたいへんなことです。
もしかするとお父さんには理解しにくいことかもしれないけれど、そういう子もいるということをできるだけ理解してもらって協力できるといいと思います。

HSPの問題はそれこそ、一生その人がつきあっていかなければならないことです。
この幼少期に自信をつけてあげるのは、その人の人生に大きく作用します。
どうかお父さんにもそこを理解してもらえるよう伝えてみてください。
年中ということであれば、それがしっかりできるのはあと2年です。



あ、今気づきましたが5歳で年中ということは4月生まれなどの高月齢児ですね。

月齢の高い子で、こういった気質の子はなおさらできてしまったり、できることを要求されたりするので、余計に損をしてしまいます。

しゃべらない子には月齢の高い子多いのですよ。
月齢が低かったりして幼い子の方が、できないことをおおらかに認めてもらえたり、ちょっとできたことでも褒めてもらえたりするので、この点では得をします。

月齢によってできる姿はたくさんあっても、やはりまだ生まれて数年ですので、できることできることと次々望むのではなく、できない部分幼い部分というのも認めていくのも大切です。

ありがとうございます

おとーちゃんさん、お忙しい中丁寧な返信ありがとうございます。
涙を抑えながら何回も読みました。

4月生まれの息子です。
幼稚園ではおそらく学年1早く誕生日を迎えます。
なので私も確かに、一番お兄ちゃんなのにという気持ちがあります。

しかしおとーちゃんさんからの返信で、
いかに息子が少ない手持ちの手段を駆使して
認めてもらおうと必死になっているのか
わかった気がしました。

それを考えると、無性に泣けてきます。

そんなのなんでもいいから、大丈夫だと
とにかく認めていると伝えていきます。



おとーちゃんさんには、感謝しかありません。
本当にありがとうございます。


これからも、記事を楽しみにしています。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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