2017-04

大人と子供の位置  Vol.3  ときに「子供を尊重しています」はいいわけに使われてしまう - 2014.03.25 Tue

むーちゃんが元気になりいつもどおりの姿を見せてくれるようになると、この子はこんなにもたくさん笑って、おしゃべりして、歌っている子だったのだなと思い知らされました。
本当にかわいいです。


では、前回の続きから。



アニメの食事のシーンで、子供と大人の食べているものが全く違うということに僕が違和感を覚えたというのは、そういった見方を踏まえると理解してもらいやすいかと思います。


アニメやドラマの中で使われるシーンというのは、誇張されている場合もありますが、なにげないところで使われるそれは多くの人が自然に受け入れてしまうような一般化された姿であるでしょう。


食事がどうこうというだけでなくて、そういうような「子供だから」と特別扱いされてしまうことが多くの人に当たり前に感じられてしまうことに違和感を覚えるのです。


例えばこれが、遊びに来てくれた孫のために孫が喜んで食べるものを用意したいおばあちゃんの配慮というのならばわかります。

でも、日々の家庭の食卓で離乳食でもあるまいに、わざわざ親とは別におかずを「子供のために」と用意するというのは、子供が「お客様」「お殿様」状態です。
ましてやあいては小学校高学年の子供です。

焼き魚をだして文句でも言おうものなら、「そんなのは許しません」と怒ってしまったというほうがよほど親として理にかなっているのではないかと思うのです。



最近では「子供の意思を尊重して」という言葉で親に許容される行動として、驚くべき実例がいくつもあります。


保育園に登園途中の道にある見ず知らずの家の花壇からその飾ってあった人形を、子供が持ってくるに任せて親がそれを一緒にいて見ていたにもかかわらずそのまま保育園までもってきたとか、

上とは別の子供ですが、降園時保育園の二階のベランダからそこにある陶器の植木鉢を下に投げているのを親は黙って見ていたり。

これらは普通とうてい許容できないような行いだと思います。
どちらの親も社会生活を営んでいる良識ある大人ですが、我が子を前にして判断力をどこかに置いてきてしまったのではないかというような対応としか思えません。


こういったことを本当に「子供の意思を尊重して」行わせているのだとしたら、恐るべきことです。

年齢があがればあがるほどスポイルされて、子供は手のつけようがなくなり、親は子育てを投げ出すことになる可能性があります。

そういった実例が実際にあることも知っています。



ある部分では、その大人たちも「子供を尊重して」というのがほんとのところなのではなくて(中には本気でそう考えている人のケースもありますが)、子供と大人の立つ位置関係を測りあぐねてしまって、自信をもった対応というのができなくなっている背景というものがあるような気がします。


こういった例のようにここまで極端になってしまっているというのは多くないけれども、かなりの人が同様に子供の位置の「上がりすぎて」しまっている感覚を先入観として持っていて、それに振り回されている向きがあるようです。


よしんば、親の立場をかさにきて多少理不尽な要求を子供にしたとしてもそうそう問題はでません。
しかし、こういった子供を「上げすぎた」対応というのは、子供の問題行動や・子育ての難しさとしてあらわれやすいです。




実のところ、「子供を尊重してそうさせている」というようなセリフはしばしば逃げ道として使われているだけのこともあるのを感じます。

そういうのは小さい時からの親の子供への対応、子供の様子などを継続的にみているとかなり見えてきます。



子供が小さい時、例えば1~2歳頃の親の過保護・過干渉など。

それらから導き出された、子供の我が強くなってきてからの3~4歳時の子供の難しさ・育てにくいようす。それへの対応としての「いいなり」や「ダメダメ黙認」。

5~6歳になってからも「子供の本質的な満たされなさ」や「自己肯定感の低さ」が依然として強く、そこから衝動的にでてくる親の目を向けて欲しいという気持ちからの困らせる行動。

しかし、この時点での親の「あきらめ」「うんざり」「お手上げ感」、ある種の燃え尽き感が子供へ積極的に関わる気持ちを失わせてしまっていて、「子供を尊重しています」ということに逃げ道を見出して、見てみないふりになってしまっているというようなこともあります。


こういうケースは、ある意味子供が小さいうちの、毅然とした対応がとれなかったり、子供の大変さを手数を増やすことで封じ込めてしまったりの「弱い大人」としての対応の「ツケ」を払わされてしまっているということにもなります。



当たり前のことなのだけど、子供の成長はつながっています。

子供を「お客様」扱いして、一生その子にその扱いをし続けられるのならば問題ないかもしれないけれども、まずたいていはそんなことはありません。

親が無理を重ねてとか、がまんにがまんをして、子供に「奉仕」するような子育ては破綻が来てしまうものだというバランス感覚くらいは持っていないとならなくなっているのかなと感じます。
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● COMMENT ●

No title

一連の記事、ウンウンとうなずきながら読みました。

いつからか、子どもを尊重=子どもに極力自由にさせるという風潮が当たり前になりましたね。
しかし、本当に子どもがしてほしいと思われることはしないからか、変なところでこだわって親に手をかけさせるような様子を、身近な友人親子等でも何組か目にします。
親が作ったご飯に「味付けがちょっと違う」などと難癖をつけて作り直させたり、お母さんの失敗をねちねちと追及したり…。アレコレと言って帰り道にものすごく時間をかけたりするのもよく聞きます。

「うちの子味にうるさくて」とか「うちの子かわいげがなくて」とか、こぼしたりしてるんですけど、見ていると子どもが膝に座らせて、と来ると「重いからやめて」と何気なく追い払ったり、ブロックで作った作品を「見て見て!」と言ってきてもおざなりにしか見なかったり。
そっちを満たしてあげれば(しかも大した要求でもないのに)、難癖つけたりねちねち言ってくることも減るんじゃないかなあ…と思いつつも、なんだか上から目線な気がしてなかなか言えないんですよね…。
しかも、下の子はかわいいからそういうこと(膝に乗せたりとか)を充分に満たしてあげていて、下の子も満たされているからかわいらしい性格で甘え上手で、上の子はかわいくない、下の子はかわいい、というような話を聞いたりすると、切なくなってしまいます。

親ってどうも子どもが求めているプラスの関わりは見落としがちなのに、マイナスの関わりは改善しよう改善しようとなりがちですよね(自分もそういうときがあるなーと後から振り返って思うこともありますが…)。
なんていうか、著名な子育て本とかの内容を、少し曲解してしまっているのかなと思いました。全面的に肯定=変な要求もできるだけのむ、みたいな…。

No title

以前「楽しい子育てのために その3 魔の2歳児 つづきのつづきのつづき」
のコメントでアドバイスをいただいたももたです。
お礼が遅くなってしまいましたが
丁寧なお返事をありがとうございました。

ただ、いただいたアドバイスの内容で
失礼ながらも、どうしても腑に落ちない点があり
そのモヤモヤをどうしたものかとずっと考えていました。
最近ようやく確信したのですが
こちらのブログにはたくさん助けられて感謝しているのですが
記載されていることのいくつかは
私たち親子には当てはまりませんでした。

たとえば、
「親が毅然とした態度で接する」「甘やかさない」「叱るときには叱る」など。
おとーちゃんさんにおしえていただいたやり方(ネガティブな行為を諭す)は
息子には合いませんでした。
親バカですが、息子はとても鋭い感覚と信念と静かな情熱を持っています。
毅然とした態度で叱ったところで
「お母さんが怒ってるからやめよう」「いけないことなんだ」
などとは思わないようです。
時と場合によりますが
「叱らないで!お母さんはボクが嫌いなの?試しにもっともっと泣いてみよう。お母さんはボクのこと好き?ねえ、ほら!」
そう泣き叫んでいるように感じました。
反対に、
癇癪をおこした時に
やさしく背中をさすって
それも拒否のときには、ただそばにいて
「泣いてる○ちゃんも好きだよ。怒ってる○ちゃんも好きだよ。いっぱい泣いて怒っていいよ」
と言い続けました。
これを2日続けたところで、それまで半年続いたひどい癇癪がほとんどなくなりました。
おしえていただいた方法とは逆の
ネガティブな行為を受け入れた結果です。

こちらのブログはすばらしいと思います。
すべての子供に当てはまるわけではないと
(ブログの性質上、伝わりにくい部分もあるかと思いますが。。。)
今更ながら痛感しています。

今回の記事に反する内容となってしまいますが
4月から転園する保育園(ごく普通の認可園です)では
3歳まではたっぷり甘やかします。
なんでも言うことを聞いてあげます。
遊び食べも、わがままも、ダダも、喜んで受け入れます。
(当然、親たちも同じ方針です)
その子たちが5,6歳になった時、そして小学生になった時に
どの子もとてもすてきな子ばばかりです。
この子たちを見ていると
「子供の言うことは何でも聞いてあげて良いのだ」と自信を持って言えます。
(この保育園では、佐々木正美さんの考えを踏まえた保育をしているようです)
ちなみに、過保護というのは「子供の望まないことまでしてあげること」だそうです。

「弱い親」は必ずしも悪くはないと思います。
「やさしさ保育園とさばさば保育園(でしたっけ?間違っていたらすみません、
PCの環境がよくなくて過去をうまく見られないのです)」も
息子の場合は
やさしさ保育園が合ってると思います。
実際に、今通ってる保育園では、たまたまですが、
やさしさ風味の先生と、さばさばした先生(子供が好きでない様子。なぜ保育士になったのか)がいて
息子はやさしさ風味の先生が好きですね。
私にはどちらも疑問を感じる先生ですが
やさしさ風味を備えているということは、
ほんのりと「やさしくしなくては」という責任感を持ってるのか
2歳の息子はそいう微細な部分もちゃんと把握しています。
さばさば先生には、毎朝「だれ?」と聞いています、本当は分かっているのに。
いわゆる、イヤミです(日頃のさばさば先生の行為に対する反撃でしょうか)。

子供のことを思って「尊重してあげよう」「かわいい子に育ててあげたい」と
本気で思っているならば
私は、その結果「弱い大人」になってしまうことは悪くはないと思います。
(放任で「弱い親」になっているならば問題ですが
こちらのブログに来ていらっしゃるお母さんたちは
子供に愛情を持っているお母さんたちだと思います)

以上、いち母親としての意見です。
繰り返しますが、
おとーちゃんさんにはたくさん助けていただいて
とても感謝しています。
こちらのブログが、より良いものになりますように。
そして、私のように
「おとーちゃんの内容を参考にしているのに、なぜ、うちの子は…」
と思っているお母さんたちの参考になれば幸いです。
長文で失礼いたしました。
これからも更新を楽しみにしていますね。

ももたさんへ

ももたさんのコメントを読んでモヤモヤしてどうしても腑に落ちないので、失礼を顧みずコメントさせてください。


おとーちゃんさんは記事の中ではもちろん、相談にあたってもくどいほどに(ごめんなさい)、大人も子供もいろいろだから個々によって違ってくる、意見も参考までにということをおっしゃってから書かれていらっしゃいます。

ももたさんへの返信の中でも、はっきり「個別のおはなしとしてではなく一般論としてです」と書いてくださっていますよね。

相談に当たっての注意のなかでも一般的な範囲での返答になるということをおっしゃっています。

相談する方はみなさん、それを踏まえてそれでも相談をさなっているのだと思います。
それはそうです、だって限られた文章のなかでしか子供や家庭の様子を伝えることができないのですから、その人その人に合わせた正しい答えが必ずできるなんていうことありえないでしょう。

私はももたさんのコメントがあったときも、おとーちゃんさんの返信があったときもほぼリアルタイムで拝見させて頂いていましたが、とても長文で丁寧な返信であったのが印象深かったです。

なぜ覚えているかというと、そのあとのももたさんのコメントで
「アドバイスのどれもすでに実践していたつもりだったのでさらに閉塞感を感じてしまいました」
という言葉に正直びっくりしたからです。

そのとき私の頭の中で「書いてないことまでエスパーして、もっと上手い返信しろっていうのかいっ!」というツッコミが響き渡っていました。


そしてここにきて、
「あなたの言っていたことはうちの子には当てはまりませんでした。正反対でした」ですか。


あなたのおっしゃる、
>「おとーちゃんの内容を参考にしているのに、なぜ、うちの子は…」 と思っているお母さんたちの参考になれば幸いです。


というのだって、ももたさんは善意でおっしゃっているようだからお気づきになっていないかもしれませんが、裏を返せば「この人の言うことはウチみたいに当たってないこともあるから気にしない方がいいですよ」ということじゃないですか。
仮にそういうことがあるにしたって、それはおとーちゃんさん自身がご自分でなんども繰り返していることだし、あなたがそれを鬼の首でも取ったかのように言っていい筋合いのことではないと思います。

「弱い大人」についてだって、きちんと本文中に「弱い大人であることが良い悪いではない」とはっきり書いてくださっています。

>「弱い親」は必ずしも悪くはないと思います。

「相談して頂いておきながら説教ですか、しかも言いがかりのような誤読でっ!」とまたツッコミが響き渡りました。


言いたい放題のことを言ってしまって本当に申し訳ないと思いますが、ももたさんのコメントを拝見してからずっとモヤモヤが取れないので言いたいことを言わせていただきました。
これを読んでご不快になったらすみません。
でも、これがいつわりのない私の正直な気持ちです。

No title

こんばんは。

子供あげ、かなりの間自分を苦しめながらしてました。とほほ。
どこまでが受容で、どこまでが甘やかしか、、、なかなか育児の経験を積まないうちは「これでよい」と納得できず、最近やっとわかってきたり、割り切れるようになりました。

子供を一生お客様扱いはできない。にも、とても共感しました。
私も最近は、一生子供に本性を隠すことはできないなと思い、子供には私のダメな部分も含め「あなたのお母さんはこういう人ですよ。」って知ってもらわなきゃだなあ、と思うようになりました。
私も怒りたい時は怒って、息子も怒りたい時は怒って、、、でも、気持ちを素直に表現するのは(自分は怒ることを我慢するタイプなので)悪いことじゃなんだと伺っていたことがやっと解った気がします。
子供が親との関係から人間関係を学ぶのであれば、自分がイエスマンになっては将来子供のためにならないですものね。

先日美容院で奥様向け雑誌を見て、現代でもマスコミの影響で「完璧な育児。いい子を育てる。やさしいお母さんを目指す。」等刷り込みされてるんだなあ。と感じました。
でも、人って自分を含めどんな人でも嫌と感じるところは必ずあるし、完璧な人もいなく、それは自分の息子にも当てはまるのだから、息子にも私が嫌だなあと思うことの一つや二つあったって、それはお互い様だしいいじゃないか。と思えるようになって、自然体で子供に向き合えるようになった気がします。

そうやってできるようになると、スーパーでもどこでも人目を気にせず「それは嫌。困る。」と本心で言えるようになりました。

むうちゃんが全快したようで、とても嬉しいです。

お返事は不要です。


十人十色

お父ちゃんさん、こんばんは
むーちゃんが元気になって良かったです
健康が何よりですね

娘といま私の実家に帰省中でして心も身体も楽楽育児しています(笑)
私のゆったり感が伝わるんでしょうね
娘も笑顔がたくさんでています

尊重するって確かに難しいですね
私は娘を一個人として見すぎているかな、と不安になっている方です
対等という言葉を用いて私(大人)の力でねじ伏せていないかな、って(汗)
時たま私の方が子どもじみていますしね…

最近パパが忙しく娘にあたってしまうこともしばしばでした
この帰省中たっぷり娘と関わって何とか自分の気持ちもプラスマイナスゼロ位置辺りへ持っていきたい(笑)

では夜分に失礼しました


No title

私もmiuさんとほぼ同意見です。コメント荒れちゃうと思ったけどどうしてもスルーできませんでした。
反対意見も大事だとは思うけど、もう少しちゃんと記事読み込んだ方が・・・。色々と読み違えている部分多いと思うのですが。

muiさまへ

私のコメントで不快な思いをさせてしまい
大変申し訳ありませんでした。

一番伝えたかったのは、
おとーちゃんさんもいつもおっしゃっているのですが
例外が多々ある、ということだったのですが
(その例として参考にしていただければとの思いだったのですが)
拙い文章でうまく伝えきれなくて
muiさまだけでなく、きっと、おとーちゃんさんをはじめ、みなさんを
不快に思わせてしまいました。

よくよく考えてみれば
私のコメントは
こちらのブログを参考に子育てを実践している多くのみなさんの
希望を削いでしまう行為だったと
深く反省しております。

こちらのブログはいつも参考にさせていただいていて
おとーちゃんさんの対応も誠実で
とても感謝しています。
ただ、以前から、例外についての例が、もう少し拝見したいなと思いがありました。
(息子は発達障害のグレーゾーンですが、親心として「健常児の範囲の例外」だと、どうしても思いたい節がありまして…)
例外があるという前提で参考にすれば
多くのお父さんお母さんが、よりなめらかに、
おとーちゃんさんの文章を体に染込ませることができる気がしたのですが
それをうまく伝えられずに
不快な文章を流してしまった私が至りませんでした。

私のせいでこちらのサイトが荒れてしまうことがないといいのですが…
おとーちゃんさん、多くの人が信頼する大切なこの場を汚してしまい
重ね重ね、申し訳ありませんでした。

おとーちゃんさんへ

おとーちゃんさんへ

先ほどコメントをお送りしましたももたです。
改めて個別にお詫びを申し上げたくて
ご連絡を差し上げました。
私の文章が至らず、そしてコメント欄が荒れることになってしまって
大変申し訳ありませんでした。

おとーちゃんさんには
いつも勇気をいただいて
感謝しています。
子育てに悩む友人たちにも紹介して
とても喜ばれています。
ただ、一方で、私と同様に
「うちの子には当てはまらない、どうしたら良いのか」という様子を見聞きします。
おとーちゃんさんは、度々、例外があるということを伝えていらっしゃいますが
どうしても私たちには、それが実感することが難しくて、、、
以前、おとーちゃんさんからコメントをいただいて
腑に落ちなくてモヤモヤしていた気分は
決しておとーちゃんさんに対する反感ではなく
私自身の「例外を認める過程」です。
私にとって、例外を認めることはとても難しかったです。
ずいぶんと時間がかかってしまいましたが
例外を認めることが、息子を肯定することだと
最近やっと気づきました。
(それも、おとーちゃんさんのおかげです。ありがとうございます。)
それをうまく表現できれば良かったのですが…
本当に本当に申し訳ありませんでした。

おとーちゃんさんのブログが
さらに多くのお母さんたちの勇気や希望となりますように。
これからもいちファンとして応援させてください。

ももたさん

僕は相談のコメントが寄せられると、特にこれはよほどお悩みなのだろう困っているのだろうという相談であるならば、その場ではすぐに返信しないで頭の隅に相談内容を置きながら寝かせておいて、空いた時間やなにかしているときにつけ度々それを思い出しては過去の似たような事例や自分の経験と照らし合わせて、どういう背景やこういう状況にはどういう可能性があるだろうと一日二日場合によっては何日が構想を練りながら返信を考えています。

そしていざ返信するにあたっては、相談のコメントの文脈や行間をできるだけ汲み取りながら拙いアドバイスながらも少しでも役に立てるようにと考えながら書いています。

信じられないかもしれませんが、最初の相談への返信を書き上げるにあたっては3時間近くの時間を要しました。

それに対してのももたさんのコメントがあったときに、「どれもしていることばかりだったので閉塞感を感じました」というのを読んで、こういう対応をしているけれどもうまくいっていないようだというのがあらかじめ書いてあればまた違った返信もできただろうにとがっくりきました。


コメントで子育ての相談に答えるということをしていて、返信が遅くて読まれないこともあるだろうし、その人の状況を読み誤った返答をしているということもあるだろうし、その人には合わなかった、できなかったということを述べている場合だってあるだろうというのは念頭においてのぞんでいます。
なので、ひとつひとつの返信がその場で生かされなかったとしても、またそれが別の人の役に立つこともあるだろうと、個々の相談の結果というものにはあまりこだわらないようにはしています。



限られた文章でなにかを伝えるということはどうしてもステレオタイプ・紋切り型・一般論としてのことしか書けないことです。
それについてはたびたび触れていますし、具体的な事例などを紹介することでできるだけさまざまな状況というのにも参考になれるようにという工夫もしているつもりです。

ときどき記事の中で一般論としてのことを書いていても、「うちの子はそうはなりませんでした、それは違うのではないですか」という個別論での反論をあげてくる方もいらっしゃいますが、これは「総論に各論で対抗する」というやつでそもそもの議論の次元が違うことなので、それに対してのさらなる意見を上げるわけにも行かず「はぁ、そうですか」と受けるしかしようがありません。

記事として不特定多数の人が読むことですから、そのように自分の問題に置き換えてその内容を読むという人がいるというのはそれはそれで仕方のないことでしょう。


だからといって、一般的な部分以外の例外まで羅列していたらとうてい書ききれません。

僕も事例における例外というのだってたくさん存じております。

「例外的だと思うけれどもこういう様子というのはどうなのでしょう?」そのように相談されれば、「あくまで僕の知識内のことでお役に立つかどうかわかりませんが」と前置きをした上でそれにできる限りのお答えをすることもできるでしょう。


もし、お知り合いの方が「やっては見たけどうまくいかない、その通りにならない」と悩んでいるのでしたら、その旨を相談してもらえばそれについて一緒に考えていくということだってできるでしょう。


しかし、あらかじめ例外に対応してその上を行く記事を書いたりや相談への返信をするというのは無理なことです。



ひとつ前のももたさんのコメントのなかでお子さんは発達のグレーゾーンかもしれないとのこと、基本的に個別面の強い相談にお答えするというのは簡単ではありませんが、まだそういうことがあるというのをあらかじめおっしゃっておいて頂いたのならば、それに応じたお答えの仕方もあったと思います。

そういう情報がわかっていたならば、「いいクセわるいクセ」や「毅然と対応する」ということは一切言わないで個別の対応に重点を置いた返信にシフトしていたはずです。
でもそれらの情報もなしに、個別への対応がないというご指摘には戸惑いを覚えるばかりです。



僕はつねに個々の子供の個別への対応というのを念頭においています。相談の中で一般論としてでしかお返しできないことにも申し訳なく思いながらも、現実的にそれができる精一杯のところでの返信を心がけています。


そのあたりの一般論では伝えきれないこと、また一般論で子育てを考えてしまうことの難しさ、危うさというのは記事の中で折につけ触れておりますし、「発達障がいを考える」のシリーズのなかの Vol.2と Vol.8においてはそれを中心にまとめたつもりです。

特に Vol.8においては子供の発達障がいという場面だけでなく、通常の子育てをするにおいての部分にまでそれを拡大してお伝えしようと試みました。



そういったものをコツコツと積み上げてきたつもりだったのですが、ご理解いただけなかったのは返す返すも残念でなりません。


僕が精神的に未熟なせいではありますが正直に申しまして、良かれと思ってした相談への答えでしたがご自身が言いたいことを言うためのかませ犬に使われてしまったのかなぁと徒労感でいっぱいです。

No title

3歳5カ月のこどものことですが、場面の切り替えが難しく大泣きをします。遊びから帰りたくない時、「帰らない」「帰る」の繰り返し。自分の中で気持ちが整理できず、手足をバタバタします。毎回そうではないのですが、私の説明が足りないのか、成長段階なのか…と考えてしまいます。発達の未熟さからくるものなのか気になる点もあります。遊びなのかそうではないのか聞くなるのは「今何時?」と度々聞いてくること。。数字に興味があり、聞いた後は「2になった3になった」と言っています。これは遊びでしょうか。
また場面と関係なく、虫の名前を言ったり、「座る」ということばを聞くと散歩の犬に出会ったときに聞いた「お座り」を「座れ」と覚えているようで言ったり、時にひやひやします。
また赤ちゃんの泣き声が苦手で近くにいると「もう帰る」と言います。
情緒面での発達が気になっていますが、いかがでしょうか。記事と違う個人的な質問ですみません。

ちょっとした食い違い?

ももたさんはこどものネガティブな甘えについて
おとーちゃんさんは叱らなければならないと言っている、
と思い込んでおられるようにみえたのですが、

おとーちゃんさんの最初の段階のアドバイスとして
「ダダを習慣にしないで切り替える」っていうのが目的なのであって、
その手段として「毅然と対応」をあげてらっしゃると思うんですよね。

結果、ももたさんは「しっかり受け止める」という方法で
「ダダの習慣を断ち切る」というところに行きつかれたと思うので、

はたから読んでると、ちょっと過程はちがうけど、
いいとこに着地できてよかったね、と思いますし、
「あてはまっていない」とは私はあまり思いません。

だって、
食べると言われたらごはんをだして、食べないと言われたらさげて、
をくりかえすことと、
>「泣いてる○ちゃんも好きだよ。怒ってる○ちゃんも好きだよ。いっぱ>い泣いて怒っていいよ」
>と言い続けました。
っていう対応は全然ちがうでしょ?

前者は弱い大人だけど、後者は弱い大人では、ないでしょう?

ももたさんとおとーちゃんさんへ

もしかしたら、ももたさんは、お手本のような本やおとーちゃんさんの言葉など、書いてある言葉を自分が受け取ったのと全く同じように再現できないと、これではうまくいってないこれではおかしい、これではダメだとかたくなに考えてしまっていたのかなと思いました。
でも、そうではなくて、受け取った内容と全く同じにできなくてもいい、少しくらい違っていたってそれぞれに合ったいろいろなやり方でもいいんだということが、ようやく理解できたということが、ももたさんの表現する「例外も認める」ということなのかなと思いました。
そして、うまく文章にできないので批判の内容に受け取れてしまいますが、そうではなくて、自分が受け取った内容の通りにいかなくても大丈夫だとようやく理解できたということなのかなと思いました。
ももたさん、おとーちゃんさんは受容と肯定がとても大切だということは何回も書いています。また、他のかたのコメントで、受容ができてなかったり、繊細な子供の場合は、毅然と対応したり諭すようなことをしても、否定されたと受け取ってしまう場合があるから、そのような場合は、まずは受容と肯定が大切だという返信もありました。
今回のことは、その受容と肯定そのもののような気がします。
おとーちゃんさんの文章はとても具体的、論理的で理解しやすく実践しやすいのですが、具体的で論理的ということは、受け取りかたによっては、少し冷たいというか、うまく説明できませんが、感覚的な受け取り方をする人などには、本当に伝えたい内容と違うように受け取れる場合もあると思います。
やさしさ風味、弱い大人など、ももたさんの受け取り方が、おとーちゃんさんの主旨とは少し違うもののような気もするのです。これはわたしの感想なので、もし間違っていたら大変失礼になるので、申し訳ありません。もしかしたらじっくり何回も文章を読んでみると、その奥にあるもの伝えたいことが伝わってくるのかもしれません。
あくまでも推測で書いてしまっているのでおとーちゃんの考えやももたさんの考えと全然違ってしまっていたら大変申し訳ありません。

難しいですね

子どもを見ないで相談を受けるというのは難しいですね。

親が一番気にしているところが、
一番成長において気にするべき点、とはどうしても限らないので。

たとえば、受容について言えば、
母親はいっぱい与えている・足りているはず と思っても、
ふつうより愛情の受け取る器の大きい子で、
受容が足りていない場合もあるでしょうし。


相談する方は「情報いっぱい書いた」と思っても、
プロの保育士としては肝心な情報が抜けてしまう場合もあるでしょう。

文章の限界があるのかもしれませんね。

No title

すみません。ももたさんのコメントについて、すでにおとーちゃんさんがコメントを返してまとめているので迷ったのですが、どうしても言いたくて。

一連のももたさんのコメントを読み、おとーちゃんさんのことを考え心が痛みました。限られたコメントの中から情報を読み取り、あれだけの内容量のアドバイスをするのはとても労力のいることだろうなと常々思っていました。しかもおとーちゃんさんはそれを無償で顔もしらない私たちにしてくれている。それに私含め、どれだけの人が助けられていることか。

その中で当然自分に当てはまらない答えややり方もあるでしょう。それはそれでいいと、おとーちゃんさんも何度もおっしゃっています。やり方は一つではないし、アドバイスと違う方法で結果が出たならそれでいいはずなのに、なぜそれをわざわざ「うちの子には当てはまりませんでしたよ」と書き連ねるのかと疑問でした。

そして、次のコメントを読み、合点が行ったと同時にがっくりきました。

>息子は発達障害のグレーゾーンですが

なぜ、なぜそれを最初の相談の時に言わないんですか!?
その一言があればアドバイスの内容も違ってきたと思います。

パン職人に「パンがうまく焼けない」と相談してアドバイスを何度もしてもらいながら最終的に「教えてもらった方法ではうまくいきませんでしたよ、違うやり方したら上手くいきましたけど。パン作りにも例外あるんですね。あ、ウチは石窯なんですけどね」って言っているようなものです。
・・・変なたとえですみません。でも、それくらい大事な情報だったんですよ。
我が子が何らかの難しさを抱えている可能性があるということを受け入れるにはとてつもないパワーと勇気がいることは良く分かっています。
だからと言って、それを理由に他者を振り回していいとは思いません。
単なる身の上話ならともかく、相談をする・何かしらのレスポンスを期待するならば必要な情報を開示するのは最低限のマナーだと思います。

個性の強いお子さんなら特に、この先世界が広がりさまざまな人と交流するにつれ、正しい理解が得られなかったり思わぬ誤解を受けたりすることもあるかもしれません。そんな時、診断名の有無にかかわらず、その子の個性や特性を客観的にとらえ、周りにしっかり伝えていくことは、子供の育ちを支えるうえで大変重要なことだと思います。もちろん一人で抱え込む必要はありませんし、先生などは専門的な知識をお持ちでしょうからお任せすべきところはそうするべきと思います。しかし、すべての人がそうした知識を持っていたり、好意的に受け入れてくれたり、察してくれるわけではないのです。

ましてブログなどでは字面からしかお子さんの様子を想像するしかないので、せっかく他の母親の参考にとお考えになっても肝心の情報がなければ伝わるものも伝わらないと思います。

何だか偉そうなことばかり書いてしまいすみません。けっしてももたさんを責めているわけではないのですが、どうしても引っかかってしまって・・・。

不適切でしたら削除してください。



ももたさんへ

こんばんは。

今回のももたさんのコメントからの一連のコメントを読んで、ももたさんにどうしても伝えたいことがありコメントしました。
お父ちゃんさんは以前、横コメントは無しで、と仰っていたので、お父ちゃんさんの意図に反しますがどうかご容赦ください。

ももたさん、まずは、息子さんとの関係が少しよくなってよかったです。私の息子もももたさんの息子さんと似たようなところがあり、苦しかった頃があるので、お気持ちと今回のコメントは文面で読み取る限りではありますが、理解できました。

しかし、ももたさんのコメントにはお父ちゃんさんへ思いやりが少し足り無かったのが私には残念でした。
ももたさんが最初からお父ちゃんさんのブログを読まれているならわかると思うのですが、以前お父ちゃんさんはブログの更新をお休みした時期があります。
私がこのブログから読み取る限りでは、お父ちゃんさんもそこまでは強い人間ではなく、悩み葛藤しながらも、少しでも幸せな母子が増えるようにと、自分と家族のための時間を削ってこのブログを運営なさっているのだとおもうのです。
お父ちゃんさんも私たちと同じ一主夫ですので、傷ついていないかと心配してます。

ネットでのコメントは、顔が見えません。普段の会話でも受け取り方は聞き手によって変わるので、コメントの際は悪気はなくてもことさらに気をつけないといけない、と私は考えてます。

最後に、物凄くでしゃばりで恐縮ですが、、、
以前私が人の意見に振り回されて悩んでいた時に私の母が「あんたが産んだんだから、あんたの好きに育てなさい。」と言いました。
お父ちゃんさんのブログをとても信頼してますし、楽しみです。しかし、あくまで参考です。
ももたさんが、ももたさんの息子さんに何を選んで何ををされるのか、ももたさんが息子さんをどう捉えるのか、色々な情報があっても最後に決めるのはももたさんで、ももたさんがそれでよければそれでいいのだと思います。

これからどんどん、息子さんとの関係がよくなるとよいです。
お互い頑張りましょう。

こんばんは。いつも、楽しく拝見させて頂いています。おとーちゃんさんのブログが毎日の日課で本当に大好きです。2歳3ヶ月になる息子がいます。おとーちゃんさんのブログを参考にさせて頂き、私自身の考えが変わり、子育てが随分楽しくなりました。しかしながら、息子も成長期に入ったのか、少し大変な時もあります。私は、弱い大人、過干渉だと自覚しているので、気を付けてはいるのですが、最近は、つい「ダメ!」と言ったり、怒ってしまうんです。その時、息子がとても驚いたような、ビックリしたような顔をして、とても、落ち込んでしまいます。普段はしない指しゃぶりをしたり(しゃぶるというか、必ず口元に手がいきます)します。そのあとは、「ごめーんね」とか「はい…」とか、「しょっか…ダメかぁ」とか言って、ゴネるとかすることはなく言う事を受け入れてくれるのですが、その後、たまに機嫌取りのように作り笑いをすることがあります。私自身は、その時ばかりで、ずっと引きずって怒ったりするほど、怒ってはいないつもりなのですが、このような反応を見ていると、私のイライラや過干渉が、息子を抑圧してしまっているのかなぁと思えてなりません。
一時的に指しゃぶりをしたり、作り笑いをしたりというのは、自分を抑えて出るものなのでしょうか?ストレスなどでしょうか?
あと、息子は私が他の子と接することを嫌がります。それが、結構強いように感じます。保育園に迎えに行って、他の子とタッチしただけでも、「だめー!!○○のママ!!」と割って入ります。押しのけようとしたり。少し話しても、じっと監視するように見て、私と近づけないようにしたり。保育園や友達の子供などは、少し距離を置くように接していたのですが、今年二人目が生まれます。当たり前ではありますが、距離を置くなどできませんし、そんな甘えん坊な息子の事が少し心配に思っています。生まれてみないとわからない心配をしても…と、自分でも思うのですが、産まれてくるまでの息子との時間で、少しでも息子が赤ちゃんを受け入れやすくなるような関わり方があれば教えて頂きたいです。忙しいのに、申し訳ありません。急ぎではありません。よろしくお願いします。

No title

これはあれやね 頭のいい人に意見してるワタシかっこいいーをやろうとして失敗するっちゅうよくあるパターンやね

それなりに中身のある文章かくっちゅうのは傍から見てるよりはるかにしんどいこと
それを外野がああせいこうせいっちゅうのは自己満足以外のなにものにもならんから気に入らないなら自分でかくかハナから読まんことやね

誤読?誤解?

私も佐々木正美大好きで、本はバイブル級に大切にしていますが、別におとーちゃんのやり方と逆ってことはないと思います。

「弱い大人」って、嫌なことでも子供に言えずにズルズル容認しちゃう人の事であって、信念を持って(あるいは試行錯誤の過程で)遊び食べを容認したり、カンシャクの爆発を見守るのって、「弱い大人」では無いのでは。

まー保育園の2階から下に植木鉢落とすのを信念を持って見守っちゃう人がいるとかなら、それは何か別の問題がありそうですが。

「うちはこういう対応が合っていた」というお話しは有意義なので、アドバイス通りじゃなかったとしても、一読者としては読みたいです。
でも「おとーちゃんの言うことが全てじゃない」という但し書きは、私はいらないかな…。当然すぎて、失礼ですから。。

おとーちゃんに対してだけでなく、読者に対しても失礼です。
読者は「おとーちゃん教の信者」ではなく、ただ経験と知識が自分より上な人の話に耳を傾けてるだけの人達だと思います。
よそのセンセーの話も合わせて聞いて、よその体験談も聞いて、目の前の子供と向き合って、それで対策を講じるのは、ごく当たり前の事です。

心が痛い

いつも楽しく勉強させてもらってます。

いつもいい情報を貰っているので沈んでるおとーちゃんさんに何か元気が出る言葉をと色々考えましたがどれが正解かわからず、、、、、でもきっとおとーちゃんさんもいつもこんな気分なんだろうなぁと思いました。(次元が違いますが^^;)

おとーちゃんさんの色々な思い、記事からたくさん伝わってますよ。

子育ての仕方が違っても子どもをちゃんと育てたいという気持ちはみんな同じですよね。志すものが一緒ならばやり方が違ってもいいじゃないですか。お互い反対の意見があってもいいじゃないですか。みなさん、良かれと思って書いていても、ここにコメントしてらっしゃる方全員誰かを批判して傷つけてますよ。

子どもは、そういうところもちゃんと見てますよ。

わたしは結婚もしてなければ子どももいません。偉そうなこと言ってるかもしれませんが、子どもたちのためにやめてください。

物の捨て方について

おとーちゃんさん、ご無沙汰しております。
記事とは関係のない話で恐縮なのですが、どうしたらいいのか困っていることがあるので、おとーちゃんさんのご意見を伺えたらと思いコメント差し上げます。

おとーちゃんさんは、おもちゃなど子どもの私物を処分されるときはどのようにされますか?
息子も3歳になり、家の中にはそれなりにおもちゃや絵本が増えてきたのですが、家は決して広いというわけではなく使わない物は少しずつ処分していきたいと考えているのですが、使わてないと思ってしまってあるものでも、息子は時々そういったものを掘り出しては遊んで、また放っておくということがあるので、勝手に捨てていいものやら迷います。
「これはもうあまり使わないから、バイバイしちゃおっか?」と聞いても、「ダメ!」と言われれば一応取っておく、でも新しいおもちゃも少しずつ増えていくので、全て取っておくことも少々難しい……
以前知り合いから、「子供の頃、大事にしていたモノを知らないうちに断りなく親に捨てられたことがたびたびあってショックだった。(親のやったことだからと、されるがままで抗議できなかったそうで・・・。)そのせいか、今やたらとモノに執着してしまうようになった。」という話を聞いてから、(そっか~、子供のモノを勝手に捨てないようにしよう)と思ったものの、整理整頓がまだ出来ない3歳の息子のお伺いをいちいち聞いていては埒があかないという状況です。それでも、親からはそうは見えなくても、息子にとってはとっても大事かもしれないモノを勝手に捨ててしまうことになるかもしれないと思うと、処分するのを躊躇してしまいます。

そういうわけで、おとーちゃんさんのところでは、子供の物の処分をどうされているのだろうと思いまして、よろしければ何かアドバイスを戴けたら幸いです。
差し迫った質問というわけではないので、本当にお手隙の時で構いません。(というか、変な質問ですみません。)よろしくお願いいたします。

記事とは関係ありませんが。。相談です。

始めまして、1歳1ヶ月の息子を持つ母親です。過去記事ほとんど読ませていただきました。それまでは音のなるおもちゃを与えまくりそれが本当に息子にとっていいことだと思っておりましたが、1歳の誕生日プレゼントを色々調べていた時こちらのブログを発見し書いてることと逆のことをしまくりな自分に反省し勉強させていただき、今までは何がいい悪いがわからず何となく子育てをしていましたがおとーちゃんのお陰で自分の子育てに自信が持て楽しくなりました。この場を借りて心からお礼申し上げます。質問したいことは山ほどありますがお忙しいと思いますのでとりあえず1つだけ。
記事とは関係ありませんがトイレトレーニングについてです。
今年の4月から保育園に通います。
まだ排泄の自覚が全くないにもかかわらずトレーニングパンツは1歳児クラスから必要と言われ担任の先生に強制なんですねと聞いたところ、溜まる感覚をわからないといけないし紙おむつは受け付けてませんと言われました。そもそもトレーニングしたくもない私からしたら溜まるもなにもないし紙おむつでそれを実感するんやろとツッコミたくなりましたが、担任の先生は決める権限はないと思い強く言いませんでしたが、正直なところ園長に何故紙おむつ希望なのかおとーちゃんが過去に書いてた理由を説明し譲らない姿勢で無理矢理納得してもらうか、それとも方針に従いトレーニングパンツでいくかどうか迷っております。園でトレーニングパンツであれば家でもそうさせるのが普通ですよね?それともトレーニングしたくない人は保育園だけパンツ着用でも子供に悪影響はないでしょうか?どちらにしてもかなりの洗濯量になりますしパンツを洗う時間があれば息子と遊びたいと思っております。私自身保育園に関しての知識がなくここは基本園の方針に従うべきか、トレーニングするかどうかは母親である私が決めますと強く言うべきか悩んでいます。そもそも保育園の方針って常識的に従うべきですかね?私からしたら預かってもらう保育園様々的な心情なので方針に関してはあまり口出ししたくないのもあります。
おとーちゃんは過去に息子さんのオムツは2歳半くらいで園にそろそろ。。と言われるまでギリギリまで引っ張った的なこと書いてありましたがそちらの園も1才からトレーニングパンツ当たり前と言う方針だったんでしょうか?私の地域では見学の時全ての園が1歳からトレーニングパンツ着用してました。見学時はおとーちゃんのブログに出会ってなかったのでなんともおもっていませんでしたがブログの記事を見たとき本当に納得したと同時に保育園の方針にがっかりしました。すいません、なんか子育てと言うか保育園の相談になってしまいましたが。。意見を言うかどうかは自分で決めろとつっこまれそうですがその前におとーちゃんの意見を聞いてみたいのと息子さんの保育園の時トレーニングパンツをどうやってうまく拒否し2歳まで紙おむつを続けたのかと思い質問させていただきました。 保育士としての意見を頂戴できたらと思います。お忙しいところ申し訳ないですm(__)m

No title

あやたろさん、

そういう定型文のようなおおざっぱで江戸時代のお代官様のような相対化は誰のためにもなりませんし、第一失礼ですよね。
読者やブログ主様が、とある書き込みに対してがっかりしたと表明した、そういう主語が「自分」である表現は子育てにとっても大事なことです。

今回、ブログ主様がひとりひとりのコメント(そしてもちろんそれぞれの記事も)に多大な時間を使って返答して下さっている、それが誰にも明確な言葉で伝わった、ということをきちんと理解していればあやたろさんのような「だれがなにを言っても志が同じなら許容されるべき」という放任育児的な言葉は出てきません。

子育てにしろ日々の生活にしろ余裕がないことはわかりますが、わざわざリソースを割いて下さっている人への気遣いを忘れたくはないものです。

No title

あやたろさんの言いたいこともわからなくはないです。
でも傷つけているというのならば、順序からいってその人たちも傷つけられたからこそコメントしているのだと思います。

こちらのブログを拝見させていただいている方は、ご存知のようにコメント欄まで丹念に読んでいる方も多いですし、とてもお優しい方も多いと思います。

私もそうでしたけど、相談者様の最初の相談への返信で、ブログ主様のとてもとても懇切丁寧な、心情までも汲んでフォローまでしてくださっているコメントに対して「閉塞感を感じている」というまるで後ろ足で砂をかけるような返答に「えっ!」ってなった人も多いと思います。

そのときはそれでも、人にはいろいろ事情もあるしお悩みも深いのだろうと解釈していました。


でも、ここにきてお礼といいながらも、他の子育てを引き合いに出してブログ主様と比べるような言い方をしたり、相談にまつわることだけならまだしも、ほかの記事まで批判しだしたり、それにどう見ても誤読や曲解もあって、そのどれかひとつふたつだけならば、まだ多くの人もこんなに憤らなかったと思いますけど、それに最初の相談に対しての「えっ」というのや、個別の問題には答えきれないとあらかじめお断りしてあるこのブログのルールを無視していたこと、しかもそれをも言っていないにもかかわらず、個別に対する配慮が足りないなどと文句を重ねていること、感謝している素晴らしいと思うなど美辞麗句はちりばめていても結局は自分の気持ちを満足させるために相談者様の善意を利用しているように感じられること、謝罪のコメントの中でもブログを荒らしたことは謝っているけど、自分がしでかしたことはちっとも気がついていないようで読者の気持ちを自分が代弁していただけで書き方がわるかっただけという言い訳にしか聞こえないこと。

あやたろさんのように心が広くてお優しい方は飲み込んでしまえるのかもしれないけど、私はやっぱり大切にしていたものに泥をかぶせられたような気がして、コメント欄でこういうことを言うのはあまりよくないことだというのは理解しているけれどもそれでも黙っていろというのはとても辛いし、ほかの言いたくなってしまう人の気持ちもわかります。

大切なものに・・・

そうなんです。「大切なものに泥をかぶせられた」、この一文を見た瞬間涙が溢れてきました。
一連のやりとりを見ていて私もまた傷ついた一人です。
単なる育児論に対する反対意見なら、こんな気持ちにはなりませんでした。今までも時々そういうコメントはあったと思いますが「そんな考えもあるよね」程度です。そもそも一歩外に出れば実に色々な考えのお母さんたちと交流しますから、自分と違う考えややり方にいちいち引っかかっていたら子育てなんてできません。みなさんそんな狭くないです。

たくさんのレスがついているのは、反対意見意見の内容以前の問題が原因だと思います。

私はこのブログがとても大事です。助けてくれる人も少なく孤独になりがちな現代の子育て事情の中で、このブログにどれほど救われてきたか。私にとってここは大切な心の寄りどころなんです。そんな大切ものに、まさに「泥をかぶせられた」気持ちなんです。

多くの人は良かれと思ってレスつけたわけでもなければ、まして誰かを傷つけようとしてレスつけたわけでもないと思います。

私はこのブログもブログ主様の気持ちも大事にしたい。「子供はそういうところちゃんとみている」なら尚更、自分が大切にしているものが粗末に扱われて傷ついているのに、何もなかったかのように見過ごすことなんてできないです。



No title

ありゃりゃりゃなんだかすごいことになっていますね…
たくさんのお母さん達の気持ちや不安をいつも受け止めて、いつも丁寧に言葉を返して下さっていたおとーちゃん…
毎日更新されてないかなぁ…おとーちゃんのコメントがのってないかなぁとつい開いてしまう大好きなこのブログにおとーちゃんの染み渡る言葉が、帰って来ますように。

おとーちゃんの気持ちが落ち着いて、モチベーションがこのブログに向かうようになるまでゆっくり待っていますね。

No title

うん、私も気長に待ってます!おとーちゃん、今はきっといろんな思いを抱えているかと思いますが、気分軽くなるまでどうかゆっくり休んでください。
私も、おとーちゃんのブログに支えられている一人です。また、おとーちゃんの記事を読める日を楽しみにしています(^^)

No title

大変なコメントが続いてますね。
とっても大事にしているブログです。
自分でコメントを残さなくても、他の読者の方が似たような相談を持ちかけてくれ、うちの子に照らし合わせどうかなって考えさせてくれる大事なブログです。
コメントを残す際、揚げ足を取ったり、噛みついたり無いよう読者の方もしっかり記事を読み取ってもらいたいです。
そして、コメントを残す際はもう一度読み直し、感情のままに書かないでもらいたいです。

おとーちゃんさん、心穏やかにまた気力が回復したら更新して下さい!
私もおとーちゃんの言葉に救われている一人です。

No title

最近子供も大きくなって、あまり悩むことも少くなり、パソコンに向かう時間が減っていたのですが、久しぶりに来ました。
変わらず、頷ける記事がいっぱいで、いい刺激を受けました。

今回の一連の記事、本当に興味深く読みました。
子供を尊重するという言葉を逃げ道にすると、尊重しているという美名のもとに子供を放置するのを正当化する面があると、確かにそうですね。
本当の意味で子供を尊重することはどういうことか、本質的に考えていけば「弱い大人」やスポイルの言い訳にならないのでしょうけど、本当に難しいです。

違うおかずにしたり、悪いことをしていて注意しないのは、「上においている」ようで、本質は子供個人を全然尊重していないのでしょうね。
逆に子供には無理とか理解できないと侮っていることにも繋がるから、子供も侮りを周囲に抱く。
自分のために不当に無理している大人を見ることで、自分はここまでされて当然と、他人を大事にすることも覚えない。
大人がため息をつきながら無理をしてる姿を見てるから、自分は溜息をつかれる存在だと思ってしまうから、大事にされている実感にもつながらないのかなと。

記事を読んでいてそう思いました。

ちなみに、かつての私もそうでしたが、ここのブログやコメントを通じて、自分の心理的な陥穽に気が付いて、子供と良い関係を築ける、子供との関係に自信が持てるようになる、1つのきっかけを貰えるのは、とても有意義だと思います。

大変骨が折れる作業だと、いつも頭が下がる思いです。
いつもありがとうございます。

ありがとうございました!

大好きなおとーちゃん様

以前“減点法の子育て”の記事にて相談をさせていただいたたゆむと申します。お礼が遅くなってしまいましたが、あたたかい返信を本当にありがとうございました。
相談コメントをした後、お返事がいただけるかどうか、ドキドキしながら毎日コメント欄を覗いておりました。
そして自分宛てにお返事いただけた時は、嬉しくて感激して涙してしまった程でしたが、お礼を書いてむやみにコメント数を増やしてしまうのは申し訳ない気がして、お礼コメントをせずに失礼してしまいました。
今回のコメント欄で、おとーちゃんが何時間もかけて返信をして下さっていることを知り更に感謝していると共に、お礼をせずにいた自分の身勝手さを後悔しております。場違いではありますが、気持ちを伝えさせていただくことをお許し下さい。
これからも楽しみにしております。

No title

おとーちゃんさん、初めまして。
他の方の様にコメント欄まで熟読するほどに熱心な読者ではないのですが(うちの子がとても変わった子なので)
保育の現場の話など読み物として面白く、おとーちゃんさんの基本的な子供への関わりに共感する部分が多かったので、時々のぞかせていただき楽しく読んでます。

そんなわけで、今日は本当にたまたま読んだコメント欄だったのです。
迷ったのですが、これも縁かと思い書き込みにきました。

ももたさん。まだ読んでらっしゃいますか?

私の子はアスペルガーの確定診断が出てます。もうすぐ5歳です。
必要があって受信したセカンドオピニオンでは障害名はつけられませんでした。なので、グレーゾーンと言い張る事もできる部類の子だと思います。

だからといって特別な育児はしてません。
が、やはり特殊な育児はしてると思います。

矛盾している様ですが、変わった子だからよそと違う方法を実践してる、それだけです。

子の個性はそれぞれ。障害があるなしに関わらず「今この子に必要なものは何か」と考え、その子にあった育て方を試行錯誤するのは、親としてなんら特別な事ではないのではないでしょうか。

>息子は発達障害のグレーゾーンですが、親心として「健常児の範囲の例外」だと、どうしても思いたい節がありまして…

もしかして、わかったのは最近でしょうか。
私はこれがモヤモヤした原因なのだろうなと感じました。

健常児だと思いたいなら健常児だと思ってしまえばいいのですよ!
すごく変わった性質の子。それでいいじゃないですか。
ほんの30年前には認知されていなかった障害で
そのへんにゴロゴロいますし、それで生きる死ぬというものじゃないですもの。
変わった子ならどのみち育児の難しさは変わらないですし。

我が子は健診では引っかからず、自分から発達相談を申し出て
三才台後半で診断がつきました。気難しい変わった子だなと思ったので
対応を間違うと心が歪んでしまうかもなと、育児の参考にしたくて
受診しました。診断がついてもつかなくても「発達相談をしている」と
園に伝えれば、この子に必要な配慮をお願いする事ができると思ったから
就園前に受診しました。

ももたさんもブログに相談をしているくらい熱心な方です。
試行錯誤しながら育児を頑張っているのだと思います。
グレーゾーンなら発達障害向けの本だって読まれている事でしょう。
「極力否定をしない」「自己肯定感を育てる」
どの本でも基本として書かれていますよね、きっとご存知かと思います。
なぜそちらを先に試してみる事をなさらなかったのかが謎ですが、おそらくは、

健常であってほしい→グレーゾーンである事は言わず一般的な育児アドバイスをもらって試す→うまくいかない→別の方法で癇癪おさまる→うちの子やっぱりグレー?(悶々)→例外にも目を向けて…(情報後だし)

これ、八つ当たりですよ〜。
目を覚ましてくださーい!!
発達障害児向けブログじゃないし、そりゃ例外的な子の例は少なくなりますよ〜。

障害名がついてもつかなくても日常は何も変わりません。
それから育児に正解がないのも変わりません。
発達障害向けの育児法の方があっている子なんて、
健常域でもいくらでもいますよ。
そりゃ多数派ってわけじゃないですけども。

ご自身が望んで(グレーゾーンである事を隠して相談)試した育児が
思い通りにならなかったという理由で、味方を撃ってどうするんですか〜。
赤の他人に時間さいてアドバイスをくれる方なんて
味方以外の何者でもないと思いますよ!

保育士さんなら、難しい子も沢山みてらっしゃるハズです。
変な見栄は捨てて、こういった場ではどんどんグレーゾーンをカミングアウトして有益な情報を頂きましょうよ。
うちもですが一筋縄にいかない子を育てるなら、味方は多いにこしたことはありません。
育児書通りにいかない事が多すぎて、試行錯誤の持ち玉も自分ひとりでは限りありますし。味方を増やす方法、診断からの2年で少しだけ先に学びました。
素直になる事、それだけでみんな力になってくれます。

おとーちゃんさんのブログ、とても参考になさっているようですし、
今最初のコメント時とは違うモヤモヤで心がいっぱいなのでは?とお察しします。
素直に八つ当たりを謝罪して、また味方になってもらいましょうよ!

見知らぬ人間からの差し出がましい意見、気に入らなかったらごめんなさい。
同じ「例外的」な子供を育てている、いち母親として、なんだか素通りできずに書き込みました。ではでは

私もおとーちゃんさんにはたくさん救われています!私はそよかぜ号さんと全く同じ意見です。
ももたさんに響きますように

そんなにももたさんを責めないで

初めてのコメントで恐縮ですが…

ここに書き込まれてる方はほとんどが、お子さんのために良くなりたいと、悩みながらも頑張っているお母さんなんだと思います。ももたさんも絶対そう。ちょっと誤解があったり、書き方がつたなかっただけ。よくあること、じゃないでしょうか。

ももたさんへの指摘が相次いでいるように見えて、これを悩めるお母さんであるももたさんが一人で受け止めているかと思うと、読んでいてつらいです。

ももたさん、あんなに丁寧に謝って、おとーちゃんさんに感謝の言葉も寄せていらっしゃるんですから、もうこの辺りでこの件は終えて、明日からみんなで育児がんばろー!…というのじゃダメですか?…って私が言う立場じゃないですね、失礼しました。

後からになりましたが、おとーちゃんさん、いつもありがとうございます。このブログにとても助けられています。むーちゃんが病み上がりで、コメントへの返信もお忙しいところ、このような初コメントですみません。私もまた悩める母親で、ご相談させていただきたいことがたくさんあります。長文になりそうなのですが、コメント欄に書き込んでよいものか迷っております。

No title

今まで何度か御相談させていただきました。
どうしても悩んだときに、最後におとーちゃんさんに聞いてみようと
いつも甘えてしまっていました。

名も知らぬ私たちに、こんなに心をこめてコメントしていただいていたこと、本当にありがとうございます。
それだけが伝えたくてコメントしました。

悩みながらも、娘は明るく創造力、感性の豊かな女の子に育ってきてくれています。
最近は、親が元気がないときに察して、元気づけてくれるようになりました。
このブログにどれだけ助けられたかわかりません。

どうかおとーちゃんさんの心がおちつきますように。
返信は不要です。

ハマナスさん

本当にそういう状況はたくさんありますね。
見るべきところを見ないで、しなくていいところを気にかけるというような。

いろいろなことが重なってそのようになってしまったのでしょうけど、よくしていける部分はよくしていきたいと思います。

mokoさん

単に幼さや関わりからくる行動ということも考えられますが、発達上の問題という可能性も考えられます。

僕からはなんとも言えない個別的な問題なので、もし幼稚園や保育園に通っているならばそちらで相談してみたり、行政や保健所の発達相談などを利用してみるといいかもしれません。

そーままさん

お子さんのそういった様子というのがどこからきているのか、様々な可能性というのがありますのではっきりとはいえません。

そういった性格・気質、幼さ、これまでの関わりゆえ、発達上の一時的な姿などなど、いろいろ考えられます。


でも、そういった姿があってもそうそう不思議な段階ではありません。
文章からではどの程度というのはなかなかわかりませんが、相当に極端な出方でなければ、わりと普通の姿です。


過保護過干渉などで、そういう姿を助長してしまう(依存を強めてしまう)のは大人が意識して気をつけたほうがいいとは思いますが、まずは今ある姿を「改善すべき問題のある様子」と捉えるのでなく、あるがまま「ああ、こういう子なんだ」とおおらかに受け止めることからスタートするのがいいと思います。


まだ生まれて2年と3ヶ月しかたっていないわけです。

いろんなことがうまくできなくて当然です。ましてや母親の妊娠中はいろいろ不安になったりもします。
それで普通です。


>「だめー!!○○のママ!!」

と言うのだって、


それに対して、「なにか関わりに問題があるのかしら」と悩みに悩んでも、「もう、甘えんぼさんねー」とそのまま受けても、「わっはは、なにいってるのそんなこと言わなくなってあなたのママなのはあったりまえじゃない」と軽くいなしても、どんな対応をしたとしてもいずれ子供は成長によってそれを乗り越えることができます。

むしろ、あまり気にして過剰な対応をして依存を高めてしまうよりも、気にせず放っておくほうがそれを乗り越えることができるのは早い場合だってあるでしょう。


>赤ちゃんを受け入れやすくなる

などとピンポイントの心配をしなくても、可愛がっていればなるようになります。

もしかすると、第二子に対して強い拒否反応を示すかもしれません。

じゃあ「それが悪いか?」というと、おそらくそーままさんはそうなっては困る、そういうのは良くないと感覚的に感じてしまっているのでしょうけれども、そういうのだって出てきたとして当然の姿なのです。


「きっとそれは良くないことだろうから、今のうちから避けられるような対応をしておこう」と考えること自体、子育てに対して後ろ向きになっているとすらいえます。

もし、なったらなったでいいのです。
そうなったとしても、いままでにきちんと関わってきているのならば、子供は必ず乗り越えられることです。

これまでしてきたことに自信をもって、子供を信じる、いまから先のつまづきを心配する方に子育てを考えるよりも、「なんでもドーンと来い」という方向で考えたほうがずっと子育てはすんなりといきます。
ちょっとやそっとのストレスがあったとしても子供は乗り越えられるものです。


大人が細々心配や不安をもっていると、どうしても子供も萎縮して大人の陰に隠れたり、依存したりする方へといきやすいです。

もしかすると、いま心配している姿も、心配しないことが解決につながることなのかもしれません。


もし、特定の行動や発達面で気になる点があるというのだったら、保育園などで相談してみるといいかと思いますよ。

とかちさん

うちはまあ聞きますが、それで嫌だということもありますが、きちんと話せばたいていは理解してくれます。
ただ、こういうのは子供によりいろいろですので、正解というものはないと思いますよ。

しーちゃんさん

保育園にもいろいろありますからね。

今は個々の家庭の方針を尊重して保育を考えていくのが当たり前になっていますが、なかには「我が園のやり方が正しいに決まっている、素人は素直に従いなさい」というようなところもなかにはあります。

その園がどうだかわりませんが、その保育士がたまたまそういう考えでいるだけで、園長に聞いたりすればまた違う返答が返ってくるということもあるかもしれません。

疑問のまま合わせることもありませんので、疑問は疑問として投げかけてもいいと思いますよ。


>私の地域では見学の時全ての園が1歳からトレーニングパンツ着用してました。

地域によってはこぞって保育の内容が昔のままというようなところもありますから、そこでは疑うことすらおかしい当たり前の当たり前だと保育士も考えているのかもしれませんね。


保育はイデオロギーになりやすいので、残念なことに話の通じないということもしばしばあります。
場合によっては適度に折り合いをつけてしまうのが無難なこともあるようです。


>息子さんの保育園の時トレーニングパンツをどうやってうまく拒否し2歳まで紙おむつを続けたのか

その園は考えは古かったですが、親の意志に反してまで園側の意見を押し通すというところまでは言っていなかったので、はっきりと伝えてからはさほどは言われませんでした。

お返事ありがとうございました。丁寧に教えて頂いて、とても嬉しかったです。最近、息子を受け入れる事が出来ずにいました。引越しが忙しかったり、悪阻が辛かったりと、自分自身が辛くて、そのようなことを理由に、息子に私の要求を理解して欲しいという気持ちばかりがあったような気がします。お願いだから、いい子にしてと。結局のところ、第二子が生まれて、息子が心配とか、仲良くして欲しいとかいうよりも、息子のワガママや甘えがより強くなって、自分が大変になったらどうしようと考えていた事に気付きました。最近、息子のワガママやグズグズが酷く変わってしまったように感じてしまっていたのですが、私の息子を見る目がかわってしまっていたのかもしれません。少し、ゆったりとした気持ちで息子を見れるようにして行きたいと思いました。そして、自分が大切に育ててきた息子はちゃんと乗り越えることができる。大丈夫だと信じてみます。ありがとうございました。

ご返信ありがとうございます

お忙しい中、ご回答して頂きありがとうございます。

瑣末ながら、このことに関してずっと引っ掛かっておりましたので、ご意見がいただけて嬉しいです。
よくよく考えてみると、知人の体験談を聞いてから、我が子に対して先回りした心配をしすぎてモヤモヤしていたのかなとも思います。おとーちゃんがブログでよく仰るような、「子どもが○○しないように、○○にならないようにと先回りして、後ろ向きな考えになってしまっている」、子供の持ち物の処分に関して、自分は正にこれに陥っているんじゃないかと。
おとーちゃんさんのご意見を聞いて、結局は親が先導していくべき部分と、子供と親の意見をすり合わせて行くべき部分と、やはりその兼ね合いが大事なのかなと思いました。
最近、息子はよく「○○が欲しい!××も欲しい!買って~!!」と、実際目の前にある訳ではない物を要求することが多くなってきました。(以前本で見たおもちゃや、親と同じような自分専用の携帯だとかカメラだとか。)成長とともに、物に対するそういった欲求も、だんだんと複雑になっていくのだなぁと妙に感心してしまう反面、親自身の意見をしっかり持って伝えていかなければ、子供の欲求に飲み込まれてしまいそうです。
親も日々、成長していかねば~!と痛感しております。

お姑さんとの考えの違い

こんばんは。
いつもブログを読んで、むーちゃん幸せ者だな、と思っています。
4歳の息子のことで相談させていただきます。
さて、子どもを上げすぎるのは危険!というのを身を持って感じているのですが、隣に住んでるお姑さんが、、食べ物で釣る、なんでも子どもには大変な事をさせるなという教育法で、自分のかばんでも重いかばんは親に持ってもらいな。服が汚れたから、お母さんにとってきてもらいな。と言います。4歳なので、できることです。私は、はじめこそ私は召使いじゃない!自分でできることは自分でする!と子どもに対応してきましたが、近所のおばさんたちまで、重いのはお母さんにもってもらい〜。という始末で…心が折れて、甘やかしを多少受け入れてしまっていました。そんな時にこの記事を見つけて、そうそう!と思い相談させていだだきます。
こういう場合、やはりお姑さんと意識のすりあわせをすべきなんでしょうか…?
上記はほんの一例で、、自分でなんでもやりたい2.3歳のとき、私は意志を尊重させたいから、汚れても自分で食べさせていましたが、横から早々と食べさせるなどしてクセがついてしまいました。今も食べさせて〜と王子様です。私はもう無理です。食べさせなかったら食べないこともあるけど、本当にお腹が空いていたら食べます。だから放っておくのですが、おばあちゃん家に逃げてオヤツをもらいます。私が愛情こめて作った夕食は干からびます…。長くなり申し訳ないですが、おとーちゃん夫婦の意見をお聞きしたいです。よろしくお願いいたします。

まどかさん

>私が愛情こめて作った夕食は干からびます…

もしうちで我が子がこのようなことをしたら、おそらく子供が一生忘れないほどの勢いで怒ることでしょう。

これは僕個人の考えなので人に押しつけるものではありませんが、僕は食べ物そのものを大切にすること、食べ物を造ったり採ったりしてくれる人、それを料理して提供してくれる人への感謝の気持ちを持つということが人として最も大切なことのひとつであると考えています。

よしんば、祖父母が甘やかす人だとして、その他多くの甘やかしには目をつぶったとしても、人として大切なことと考えることだけは決して譲ることはありません。

その一線というものがあることを子供に知らしめることは、食事に関してだけにとどまらず人としての大切なことを伝えることになるでしょう。


>やはりお姑さんと意識のすりあわせをすべきなんでしょうか…?

孫かわいさという気持ちは十分に理解できることではあります。
でも、甘やかしも行き過ぎれば「スポイル」ということになってしまいます。
スポイルというのは「甘やかしてダメにする」という意味です。

「甘やかし」程度であれば、ときには見て見ぬふりをして大目に見るということもできますが、もしそれが「スポイル」という状況にまでなってしまっているのならば、そのままでいってしまうのは子供の育ちのためにはいいことではないでしょう。

すりあわせができるものならば、してみるのもいいでしょう。
しかし、人相手のことですからそれができるとも限りませんし、人間関係の問題もあるでしょう。
ましてや嫁姑ということであれば難しい問題もでてきます。

もしすりあわせができないのであれば、その分自分が悪者になってでも、子供への甘やかしがスポイルになってしまわないようなバランスを取っていく必要があるかもしれません。

また、一人で抱え込んでしまうよりも、お父さんも巻き込んで子供のその状況を自分はどう考えている、あなたはどう思うかといった対話などをきちんと積み重ねていったりすることも必要かもしれませんね。
まどかさんの現状はお父さんも含めた家族の問題になっていると思います。




余談ですが、ほんとに作った料理を粗末にするようなことをしたら、僕は子供がおしっこもらして泣いてあやまるほどにむちゃくちゃ怒る用意がありますよ。例外などつくらず一度目のときにそれをするだけの一貫した大人としての姿勢を普段から持っています。

しかし、積み重ねで子供の人格を築いてきているので、我が家ではその事態になることはないと信じてはいますが。
ただ、そういうことの規模をごく小さくしたような事態ならば、端々で起こってはいます。
例えば、お茶碗にご飯粒を残したり、器にシラスが数匹くっついて残っていたり、そんなときには小さいころから最後まで大事に食べましょうというアプローチを重ねてきています。

食べきれなかったり、苦手なものがあるということは否定せずに認めます。
食べ物を粗末にすることと、それは違うと考えています。

ご飯やおかずが多ければ減らしてあげるということはします。しかしその自分の食べられるはずの分量をそのまま残してゴミにさせるようなことはしません。
子供は僕や妻のそういう姿勢を小さいときからの積み重ねで肌身で理解していると思います。


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保育士おとーちゃん

Author:保育士おとーちゃん
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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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