2017-11

優しさの一方で・・・ - 2014.01.17 Fri

多くの親が子供になってもらいたいと思うことのひとつが、「優しい人に育ってほしい」ということです。

僕もそう感じます。

優しさや、心の広さ豊かさというものは、その多くが子供のうちに種まきされるものだと思います。

しかし、ひとつ気にかかる点もあります。








大変残念なことに世の中には、その人の優しさを弱さと見てそこにかさにかかってくる人や、つけこんでくる人、意地悪や攻撃をしてくる人がいることです。


これはきれいごとではなくて、大人の世界にも子供の世界にもあります。



正直、僕が保育園で働き始めて最初に驚いたことは、世の中こんなにもなまの意地悪があるのかということでした。


子供に意地悪をする保育士、親に意地悪をする保育士、職員に対していびったり意地悪をしたりする保育士。(まあこういうことをするひとはたいていこれらを全部兼ね備えていますが)

我が子に意地悪をする親、保育士に意地悪をする親、ささいなことを理由にしては他の親に対して意地悪や敵意・悪意を持ったりする親。

子供に対して意地悪をする子供。さらには大人に対しても悪意を向ける子供。


もちろん全部が全部ではないです。
善良な人もたくさんいますが、綺麗事を言っても始まりません。そういうひとも実際いるということです。




こういうことをあまり世間ではあからさまに言いませんが、現実には多くの人が認識していて、「子供には強さも持たせなければならない」というような考えでいる人もすくなくありません。


なるほどそれも確かに道理ではあり、うなづけることではあります。現実問題としてはそれをそのように意図してできるならば一番いいのかもしれません。


しかし、なんとなくすっきりしません。

せっかく育った「優しさ」に対して、「それではダメなのだ」という姿勢で向き合わなければならないというのは、なんとも歯がゆくもどかしい思いがします。



たとえ、「強さをもたせよう」という取り組みをその子供にしたとしても、子供の性質や、向き不向きによっては、そういった方面の力がつかないという子だっています。

また、経験のある人にはわかると思いますが、本当に悪意を持った人間があいつをおとしめてやろうとかさにかかってきた場合、普通の人はまずかなうものではありません。

ましてやそれが徒党を組んでだったり、逃げ場がないところであったらばなおさらです。

その際は多少の「強さ」というものもなかなか役には立つものでもありません。


こういったことは、そういうのに当たるか当たらないか、それこそ運不運みたいなところもあるから、むずかしいね。



このような問題は、こうするれば間違いないというものがあるわけでもないし、僕としてもどうすべきという明確な意見をだせるわけでもなくて、結局のところ個々の状況やそのときそのときの判断でしていくしかないことなのだろうと思います。



ただ、保育士としてクラスの子供・乳幼児に関わっていくという立場を考えた場合、「強いものに負けないように、あなたも強くなりなさい」という姿勢で子供に望みたいとは思いません。


これからの時代というのは、個人・個性が尊重されて、自分で自分を偽ることなく、その人のあるがままの姿で生きていけることが大切なことだと考えるからです。


そういう立場に立って考えれば、強い子ばかりではありません、気の弱い子供がいたっていいわけです。

そしてその子はその子なりに、あるがままの自分で自己実現をできるようになるというのが、これからのあるべき社会の形になっていくでしょう。



保育園などというのは、子供が始めて参加する社会と言ってもいいでしょう。

なので、そこで「君は弱いから負かされてしまうのだ、もっと強くなりなさい」というアプローチを、そういった立場の子供にするのではなくて、

そこにいる子供たちが、個々の違いゆえに互いを認め、尊重しあえるような人間関係というものを持たせてあげる方向で関わってあげたいと思うのです。
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● COMMENT ●

No title

感動しました
本当にあたたかい見方だと感じます…

私もこんな見方ができたらと思いました

いつもあたたかくためになる記事をありがとうございます

返信不要です

捨てたものではない

いつもお世話になっています。初コメントです。

私は日本人ですが、(どことは言いませんが)海外在住です。
ここでは「声の大きいものが勝つ」という考えが結構支配的です。
なので、一般的にどういう教育をするかというと
「負けないように、あなたも声を大きくしなさい」と。

私はこれに強く反対しています。

声が強いものが勝ってしまう社会であれば、それを変えていかなければならない。強者になるために声を大きくする必要はない。一時的には負けるかもしれないが、結局最終的に勝つのは声が大きいものではない。

私は二人の息子に常々それを話しています。
息子たちは私の真意を解ってくれると思いますが、その他の人々にはあんまり同調してもらえないんですよ。こういう考え方は。

しかし勇気が出ますね。ありがとうございます。

まだまだ日本も捨てたもんじゃない。

No title

まさに!!これなんです、最近、私がひっかかっていたこと。。。

うちの娘たちはアメリカで日本の幼稚園に通っています。先生も親御さんも雰囲気の良い平和な幼稚園です。去年、日本から女の子が引っ越してきて、その子が信じ難いんですが、人の心を意地悪く操っているように見えます。人の心で遊ぶというか。。

引っ越してきて、仲良く遊んだのが一週間ほど、次の週には遊んでもらえず、意地悪を言われてたみたいです。

うちの娘達は意地悪に慣れていないんです。ピュアで少しの意地悪がどんっと胸に響いている感じ。どうしてそんな事言うんだろう???と悩んでいた様子です。

「運不運」あると思いますが、そういう子達は、うちの子のように、意地悪が響く子を見極めるのも早い気がします。言った分だけ帰ってきた方がおもしろいでしょうし。

そういう子って人を悲しませれる分、喜ばすこともできるから、そのスイッチが入っている時は一緒に遊ぶとより楽しいんだと思います。

私は娘の話を聞くだけ聞いて、どうなるか見守っていたんです。そしたら、少しの間はぐずぐず言っていましたが、お友達になろうとするのは止めた(諦めた?)ようで、他の楽しく遊べる子達と遊んでいます。それ以外できることはないし、それで良かったと思いますが、それにしても、こういう子が増えるのは残念ですね。

うちの娘達に強くなれ、と言ったり、免疫をつけるのは嫌だし、悩んでいたところで今日の記事を見てほっと、しました。

いつも、ありがとうございます!!!

優しさ

優しさが、満たされたクッキーの缶から出てくるものだとしたら、意地悪する人は、優しくできる人が持っている満たされたクッキー缶を見るのが羨ましく、腹立たしいのかもしれませんね。

優しさというのは、自分がしてもらってきたこと、してもらいたいと思うことを他者にしてあげようと思う自発的な気持ちだと思います。
そして相手をプラス方向に進めてあげたいという気持ち。
好ましい人には優しくしようと思うけど、嫌いな人には優しく出来ないし、その気持ちはそれでいいと思います。
みんなに優しくすべき、とは、私は息子には言わないと思います。


私も生の強烈な敵意、意地悪に触れたのは、子育てをはじめてからです。
公園に遊びにきた近所の2歳位の子が、携帯に夢中な親と離れて私と息子の遊ぶ砂場に来てから「バカ」と言ってきた、その冷たい目に私と息子が凍りついたことがありました。
心の闇が見えるというか…免疫のなかった私には、たしなめる余裕なんて全くありませんでした。

近所で年も近くて、遊び相手にと思ったけど、そういう形で一方的に嫌われたら、こちらから歩み寄ろうとは思えない。


保育園で親子共々意地悪された件はその後落ち着いています。
親が我慢していたらエスカレートしていたでしょうね。
園長に言ってよかったです。


ご近所さん、自販機の補充に来るおじさん、お掃除してくれるおばさん…
息子の日々の成長を喜び笑顔で見守ってくれる人は周りにたくさんいます。
そこに目を向け、優しさをやりとりする幸せな心地いい経験を増やしていけばいいかなと思います。

保育園の件で傷ついた私に、
「強さも、速いことも、大きいことも、大人受けすることも、そんなこと、どうだっていい。
大事なのは「愛」や。」
と、メッセージくれた人がいます。
そういうことを言ってくれる人を大事にすることが、強みになるんじゃないかな、と思います。


優しさと強さ

大人の世界でも子どもの世界でも、いじめに関しては本当に目を覆いたくなるほどひどいものが少なくないですね。
でも私は、優しさと強さは、相反するものではないと考えています。
本当の強さを持つ人は、優しいと感じます。
そして、愛された子どもは、強いと思います。
自分を大事にできるからこそ、自分に危害を加えようとする人は拒否できるのではないかな、と。
もちろん、強力な悪意に対しては太刀打ちできない場合もあるかと思いますが、子どもが自分で解決できない時は、親や周りの人に助けを求められるよう、人を信頼できる力をつけたいです。

意地悪や敵意・悪意を持つ人は、気の毒だと思います。
だって、そんな人たちは決して幸せそうではないし、満たされていないから。
小さな子がそんな悪意を向けてきたら、私はその子ではなく、その親に怒りを覚えます。
小さい頃からそんな感情を抱かざるを得ない子どもを見ると、胸が痛くなります。

自分も他人も大事にできることが、子育ての目標です。

本物の強さ

ありのままを認める、自分に対しても、他者に対しても。
子育てにおいて一番大切にしていることです。
物事に対してまっすぐな見方ができるとよいなと思います。
周りがどうであろうと自分はこれでいいと思えることが、強さだと思います。

なおみさん

本当に残念なことですが、こういうことは自分から避けられるものでもありません。

保育の仕事で当たるのと違って、プライベートで直面した事態には大人の手の下せる範囲というのは自ずと限られてしまいます。


あとは子供が経験しなければならない部分です。

そういうときに、そこでうまく対応することや、または避けることを学ぶというのも、それはそれで必要な経験なのかもしれませんね。

ずっとそういうことがないのならばそれに越したことはないのだけど。

No title

人生で初めてブログにコメントしますので、おかしな事になってたらすいません。

最近ブログを知りました。
何度もコメントしたい!と思っていましたが、なかなか一歩が出ませんでした。
今日のテーマは、私の思う子供に対する将来の夢でしたのコメントさせてもらいました。

このブログに出会ってからは、私の子育てで大丈夫だと思え本当に力をもらってます。
 
優しさにも色々あると思いますが、子供が将来すべてを包めるくらいの優しさを持てたらいいと思います。
攻撃的になっている人にも、理由があると思って分け隔てなく接してほしいし、そのためには自分に対して強くないといけないと思うし。
いつも自分に強くあるためには、たくさんの愛情をいっぱいもらって育たなければいけないと思っています。
クッキー缶があふれてしょうがないくらいに・・・

きれいごと過ぎるのでしょうが、夢は大きく!と思っています。

ブログ大変な時もあるでしょうが・・・
おとーちゃんさんいつもありがとうございます。

強いとは?

いつも参考にさせていただいてます。
この記事を読んでからずっと考えていたのですが、「強さ」とは何かというと、ここでは、「言葉や暴力でやり返し、そして打ち負かせること」というようなのを強さとしているように感じます。しかし「強い」の定義はとても多様で、「やさしい」よりずっと幅が広いように思います。
おとうちゃんさんは、前に強い大人、弱い大人に関するエントリーもありましたし、そんなこともちろんわかっていらっしゃると思います。

「弱くて優しい」大人は希有ですが、「弱くて優しい」子供はたくさんいると思います。「弱くて優しい」人は、人の貴さを最も感じさせてくれる人たちだと思います。しかし「弱くて優しい」では人生が困難過ぎます。だから私は子供に「強くて優しい」人になってほしいと思っています。やさしい大人のほとんどは強い人だと思います。

ここでいう「強い」は、健康、体力、コミュニケーション力、学力、財力、打たれ強さ。。。などまあたくさんのことが含められますが、そうなると、子供に強くあれ、ということは、何でも出来る人になれ、というようなことになり、育児・教育のより所にはなりません。

私がおとうちゃんさんに機会があったら書いていただきたいのは、どういうふう、どういう観点から強さを引き出してあげたらいいのかということです。

うちの子は、気が強い方のようなのですが、気が弱い、というような子だったら、私は世間の荒波に耐えられるよう、なんとか強さを身につけさせようと思うでしょう。しかし6歳までにそういう心配は必要ないということでしょうか。

友里さん

本当に大人がたじろぐほどの悪意をうちに溜め込んでしまっている子供というのはいます。

そういう子への対応というのは援助できる立場にいるプロであってもなかなかに難しいです。

僕だって、単に友達のお父さんという立場からでは援助できるものでもありません。


子供が自分でそういうケースに当たった時、そこでうまく身をかわしたり、避けたりすることを身につけるというのも経験の一つだと思います。

かげははさん

わざわざコメントありがとうございます。

子供の優しさの難しいところは、実は大人の手の出せない部分なのですよね。

優しい子供にすることはそれなりにできるのだけど、それがいい形で熟成されたまま大きくなっていけること、それはその子のめぐり合わせとかに左右されていくので、いろんな子供に関わっていて「この子のこのいいところがそのままの形で大きくなってくれたらいいなぁ」とよく感じます。

さららさん

そうなんですね、実は僕はこの「強さ」というのを特定して書いてはいません。

そうするとそれは抽象概念なので、必ずしも「優しさ」の対局にあることというわけでもありませんね。

だから、「強くて優しい」ということも当然ありえることです。



この記事にはその種の曖昧さがあるのですが、あえてそのまま書いてしまいました。

そのへんを分類して書けそうになかったからです。



この記事の背景には、実は三つの段階的な背景があります。


ひとつは、実際に関わった親子の事例などから、具体的なレベルでの小さいうちから、強さ(性格的・身体的)を強調して子供に求めていく親像と、そこでの子供像。
この子供の姿の中には、その大人の意図とはうらはらに、成長に無理がかかってきてしまうケースを少なからずみているからです。


次には個々の性質としての「強さ」「弱さ」といった狭い意味での個性のあり方についての見方。



三つ目としては、個性を大きく見たときの見方。
個性の長所・短所といったものに対して、長所を見ずに、短所ばかりを矯めようとする子供への関わり方・視点への疑問。



記事にも書いたけれども、こういうのは個々の性質・状況の違いなどから、こうすればいいという答えのでるものではないです。

なので、僕の「思い」の域はでないことなのだけれども、
僕自身としては、子供の「なにか問題に直面した時に乗り越える力」というものは、短所を矯めることによって生むのではなくて、長所を見ること、さらにいえばその子のあるがままの姿をしっかりと認めていくことによっても生まれてくる部分もあるものだと思います。

年齢を重ねればそれだけでは済まなくもなるのでしょうけれど、少なくとも子供の小さいうちはそのような関わりによって力を育んでいくことが、その子供にとって無理のない成長を遂げられるのではないかと思うのです。




また、最近めっきり聞かなくなりましたが、一時「ノーマライゼーション」をいう語がしきりに使われていました。

この意図するところを援用していくと、それは弱さをもその人の個性として尊重すべきものであるということになっていきます。

多くの場合において、「強い人」が世の主流を歩いていくわけですが、世の中にはそうでない人も当然います。
それを当たり前のこととして認めていくことも、これからの子供たちが健やかに暮らしていく社会には必要になっていくことではないかと思うのです。


例えば「いじめ」問題なんかにもその傾向があります。
なんらかのその子の「弱点」「弱さ」などを理由に、いじめの正当性を確保していじめを活発化させていくという構造が多くの事例で見られます。
それは「弱さ」というものをネガティブなものとして捉える、一般的な通念が背景としてあることを指摘することもできるわけです。




多くの子供と関わっていて個人的に感じることですが、その子がどんな子であれ、弱い子であるならばなおさら、
「あなたはありのままのあなたでいいんだよ」と、上っ面の言葉だけではなくて本当の意味でそれを伝えてあげることができたら、そこからその子なりの「強さ」というものが生まれていくというのをなんとはなしに感じるのです。


親は基本的に、子供との日々の関わりを通して、それを伝えているものです。
僕は子育てを語るときに「愛」とか「愛情」という言葉を使わないことにしていますが、もし「無償の愛」なるものがあるのだとしたら、それはそのまま「あるがままの姿への肯定」でしょう。


しかし、現代の親子においてはいろいろな事柄があって、なかなか「現状の子供のあるがままの姿を認めてあげられる」ということが難しくなってきています。

子供の小さいうちから、「社会は厳しいのだから強くさせねば」などと親が考え出してしまったら、あるがままの姿を認めてあげられる幼少期という貴重な時期はあっというまに、それができないまま過ぎ去ってしまいかねません。

大きくなってからではそれはなおさら難しくなることです。


そんなこんながあって、今回の記事になりました。

いつか乗り越えていかなければ

いじめと関連して、優しい=弱いについて考えてみることが多いと思いますが、実際はもっと日常的にストレスを受けることも多いと思います。
私自身も子供の頃、優しいとよく言われていましたが、明らかにそれを利用してこようとする人なら分かりやすいですが、普通に友達として付き合っていても、言葉は悪いですが「なめられる」という感じをうけ続けました。

保育園の頃から聞き分けもよく大人しい方でしたが、自分自身でも言っても仕方ないことを弁えていたし、大人の状況をよく見ていて黙って合わせて生活していたのを覚えています。

正直なところ、子供どうしの日常となると訳のわからない自己中なトラブルも多く、アレコレと他人に言っても仕方ないので黙っていることが多かったのですが、黙って側にいる=優しい=弱いと判断して突っかかってきたり、バカにして優越感に浸ったりと…本当にバカバカしくて、小学校3年生頃にはすっかり人間不信になってました。

少しずつ自分の内面にある頑固さにも気づいて、なんとか敵意やそこまでじゃないにしろバカにしてくる相手との立場を優位にする術も身につけましたが、社会生活が楽しいわけではなく、優しさは自分自身を疲れさせてしまい、時として無神経なタイプが羨ましくなることもあります。ある種のタイプの人には、広い心や優しさは通じないですし、自分の平安を保つ為には自分のほうが優位に立つ(と見せかける)ことでしか害を避けていくことは出来ません。

優しい+洞察力+内面の強さをいつか培って身につけていかなければ、敵意や搾取(精神的なものを含む)の中で社会生活をしていくのは難しいと思います。
優しさは素晴らしい特性ですが、それだけでは辛いと感じたのは5才くらいでしたので、優しさを持つ子ほどその葛藤も早いのではないかと思います。

小学校へあがり、友達の我儘に悩んでいたところ、母から「利用してくるような人は相手にしなければよい」と言われて目の前がスッキリしたのを感じました。
しかし、根っから優しい母自身も中年を過ぎてから、職場での人間関係に悩み、逆に私が叱咤激励するという事もありました。

このテーマは深く、大人社会でもモラハラなど様々な面で出てきますので、一生かけて学んでいくものだなと感じています。

正に息子が今その入口におり、葛藤が始まっています。自分が優しくしても優しさが返ってこない。まるで乱暴に見える子供もいる。けれど、そういった子供もまた別の葛藤があるのでしょうから…難しいです。息子がどう接し乗り越えていくのか、見守っていきたいと思っています。

自分語りで長くなり申し訳ありません。沢山の相談コメントも寄せられていますし、これに返信は不要です。精神的にも身体的にも御自愛下さい。

すみません、追記です。

確かに、幼稚園のうちに強くなってほしいと思うあまりにプレッシャーをかけると良くないですよね。私自身、親から何も言われてなかったように思います。
悩んだ時に一番の相談相手が親だった、という事でした。やはり見守って、必要な時に相談にのってあげられる関係を作っていくということが大事でしょうか。

息子のお友達ですが、闘争心のないことに苛立ちを覚えたママに「弱虫!」と怒鳴られたそうです。それから他のお友達に「弱虫!」と怒鳴るようになってしまっていました。本当は優しい子なのに一見乱暴に見えてしまうのです。胸が痛みます。

おとーちゃんが書かれておられる通り、親の過度な期待は優しさをも壊してしまいかねません。強さどころか脆くなってしまう気がします。親の資質、子の資質にもよるので、どういったアプローチが正解かというのはないかと思います。


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