2017-10

一貫した厳しさ - 2013.12.11 Wed

そのように僕は子供をとことん可愛がるのですが、その一方で厳しさも持っています。

しかし、いまとなってはその厳しさを出すことはほとんどありません。
その必要がないところまで子供を育ててきたし、それを出す必要がないだけの信頼関係というものを維持しているからです。

今回はそのことについて書いてみたいと思います。






具体的にはどんなことに厳しさをもっているでしょうか。

例えば、

・食べ物を粗末にしない
・他者を傷つけない
・他者を馬鹿にしない
・モノを大切に扱う
・意地悪はしない
・他者に迷惑をかけない
・危険なことをしない

こんなことが挙げられます。

こういったことに関しては妥協しない姿勢というものを持っています。



冒頭で「いまとなっては」と書いたのは、幼児期に入ってものごとの理解が進んできた今の段階でこのようなことを親である僕が許容しないということを十分に理解しているからです。

しばしば、「子供だから言ってもわからない」などという考えの人もいますが、このようなことはものごとの理解ができるようになって、そこから身につけさせるものではないと僕は思います。

ものごとの理解ができる段階になったときは、それがもう身についている時期です。


それを可能にするのは、親の姿勢が「一貫している」ということです。


人として身につけなければならないことであれば、年齢による限定解除というものはないわけです。

小さかろうと大きかろうと、すべきでないことはすべきでないことのはずです。


このような点に関しては、乳児期からすでに親として一貫した姿勢を持っています。


例えば、0歳の子であれ1歳の子であれ、食べ物を粗末にしたら笑って見過ごすわけでなく、それは困ると真顔で真剣に伝えます。

言葉で伝えても繰り返したりするようであれば、時に怒りもします。

成長期にもなってくれば、人を馬鹿にしたり親を馬鹿にしたりする言動をとったりすることもあります。

イライラをコントロールできずにモノに当たったり、人に当たったりすることもでてもきます。


それらが許容できないものであるならば、それに見合っただけの強さ・厳しさをもって子供のそのような行為に応じます。

とうてい目に余る行為であったとしたら、子供が泣いて震え上がってでも「二度としない」と思える程に叱りもするでしょう。


子供の行為に対して大人としての強さを持って臨めない人や、子供を叱ったりできない人・叱ることはよくないことだと思ってしまっている人などは、ときとしてそういう場面において、モノで釣ってごまかしたりしてしまうことがあります。


でも、僕はすべきでないことを子供がしたときは、それに見合っただけの強さを持って応じてあげることが大人の役目であり、大人・親の誠実さというものだと思うのです。


そしてこのような態度というのは、一貫していることが大切です。

そのときそのときの気分で子供に当たっていたり怒っていたりすると、子供はその怒られている内容を疑うようになります。

あるときはよくて、あるときはダメというのでも、子供はその大人の主張を信頼しなくなります。

0歳の時も、1歳の時も、2歳のときも一貫してその姿勢を大人が持っていたとしたら、3歳か4歳の段階では子供はそれは当然のことだという認識をもつことでしょう。



しかしこの「厳しさ」というものは、子供を怖がらせてその行為を禁じるということではないのです。

これらはあくまで、その子供とその大人との信頼関係の上に成り立つことです。

信頼している大人が、大好きなお父さんお母さんが、強烈に不快感を示すからこそその行為はすべきでないことなのだとと理解にいたるプロセスであることが大事だと思います。

なので、このような厳しさを大人が表すことの前提には、信頼関係が必要であり、それが健全に維持されていることというのが大切です。
普段の日常における、満たされていることや受容されていることがここで大きな意味を持ちます。


信頼関係のないところで叱ったり怒ったりしても、それはその場で子供を怖がらせてその行為を禁じるだけのことです。
(ただ、年齢が大きくなり一般的な大人に対してや社会全般に対しての信頼感などが形成されたあとであるならば、見知らぬ大人に叱られたりすることでも、その意味合いは大きなものとなりえます。しかし、この記事では親や身近な大人の関わりを前提としていますので、信頼関係というものを重視します)


以前の記事のコメントで、鬼が子供を叱るために電話をかけてくるスマホのアプリがあるというお話を聞きましたが、そのような行為は子供を怖がらせてその行為をさせないというだけのことなので、本当の意味での子育ての積み重ねとはなりえません。

また、そのようなごまかし・脅しというのは、むしろ大人と子供のあいだにある信頼関係を低下させる行為であるとすら言えます。

もし、子供のその行為が子供を震え上がらせてでもさせてはならないことだと思うのであれば、その役を親が自分でするというのが親としての子供に対する誠実さというものです。

歳をとってそのような強さや活力を表すことができなくなったお年寄りが、鬼などを引き合いに出すというのならばまだしも、
本当に子供に伝えなければならないことを、誰かにそれを肩代わりしてもらうというのは、親としての誠実さがあるとは言えないと僕は感じます。



さて、このような大人の姿勢が一貫していることにより、子供は小さなうちからそれらのことをだんだんと理解していくことができます。

成長期などの大人を試すような行動をとるときには、それに見合って大人も強くその姿勢を打ち出すということもあるかもしれませんが、たいていは一貫した姿勢を示すことで徐々に理解していくことが子供はできるので、実際にはそのように強硬な姿勢をたくさん示さなければならないということはありません。


そのことが冒頭に書いた
「いまとなってはその厳しさを出すことはほとんどありません」
ということにつながります。


つまり我が家では、実際に怒ったり叱ったりしなければならないという場面はほとんどなくなっています。

可愛がること、受容すること、認めること、見守ることなどが、子供との信頼関係を下支えしてくれているので、子供は大人の持つ一貫した姿勢という部分を尊重します。
ことさらそれに挑戦して大人を怒らせたりする必要がなくなっているのです。

なので、それらの「厳しさ」を僕は明確にもっていますが、その明確さゆえにむしろそれを出さずとも子育てができているのです。

そしてさらに、可愛がることでその大人との信頼関係のパイプは大きくなり維持されていくので、さらにその厳しさを出さずに済むようになっていけます。
こういうのは子育ての好循環だと思います。


平たく言うと、子供の相手の上手な人や、ベテランの保育士などを見ていると、普段はとても優しくて、一緒に楽しく過ごしているけど、怒ると怖いという人がいますね。

ああいう状態というのは、子供に対する優しさと厳しさというものがバランスよくとれているわけです。
それにより身につけるべきものを身につけ、子供は安定した成長をおくりやすくなります。


僕はこのブログで、受容すること、認めること、肯定すること、可愛がることといった関わりの重要性を中心に述べてきていますので、なかには「子供に強く対すること」「子供を叱ること」などをいけないことなのだというように感じてしまっている人がいるかもしれません。

しかし、その一方で大人として伝えなければならないものに対しての、大人の一貫した姿勢、一貫した厳しさというものもまた子供を育てる上ではとても大切なわけです。

「厳しさを出さないこと」と「厳しさを持っていないこと」は似ているようでいても、全然違うことです。


追記 
ここで述べていることの趣旨は、「乳児期にたくさん叱れ」というような意味ではないですからね。
基本的にはことさらそのような部分を強調する必要はないということは、「叱らなくてよい子育て」のカテゴリに述べた通りです。
念のため。
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● COMMENT ●

はじめまして

先月3歳になったばかりの長男のことでご相談があります。長文失礼致します。
長男の癇癪とワガママがひどく途方に暮れていたところ、こちらのブログと出会いました。現在、長男3歳1カ月。長女9カ月です。
長男は発達が早く、1歳3カ月の頃から簡単な歌を歌い始め、2歳半の頃には物事を順を追って文章で説明できるほど言葉が早いです。
長女の妊娠後期頃から癇癪が始まりました。その頃の癇癪は、一瞬前までは鼻歌を歌っていたのに突然意味もなく(本人は意味があったに違いありませんが)イヤー!!と叫びだすものでした。なだめて抱いて、30分ほどで落ち着いていました。
長女が生後半年の頃から癇癪も見られなくなっていたのですが、ここ1カ月ほどの暴れ泣きがひどいです。

私は現在育休中ですが、長男を週に二日ほど保育園に預けています。
今日も保育園の日でした。朝、目が覚めた途端癇癪が始まりました。
「下のお部屋(1階)行きたくない」と言って泣き叫ぶ彼をなだめ1階へ連れて行き、「お着替えしたくない」と暴れる彼のパジャマを何とか脱がせました(無理矢理ではありません。おむつですがおしっこがあふれてパジャマがびちゃびちゃだったので)。
下着姿で今度は「ズボン履かない」→じゃあどのズボンにするか一緒に選ぼう、などと誘っても全く効果無し。
などなど、結局癇癪は1時間以上続きました。

夕方保育園へお迎えに行って帰って来てから「おやつを食べる」と言ったので、「じゃあひとつだけね」と言うと、「ひとつは嫌、ふたつがいい」と癇癪が始まりました。今まではしばらく言い聞かせても泣き叫ぶときは怒ってしまっていたのですが、昨晩こちらのブログを読ませていただいたところだったので、今日はなんとか理解してもらおうと思い、根気よく説明しました。
「おやつたくさん食べたいよねー。でもお母さん、そうちゃんのために美味しいご飯作ったから、それをたくさん食べてもらいたいからおやつはひとつにしてくれる?そしたらお母さん嬉しいなー」という感じのを、40分言い続けました。でもダメでした。持っているお菓子で私の顔を叩いたり、足で蹴ってきたりしました。
1時間以上の泣き叫びの後、おやつひとつと、チョコレートを2粒で納得し、その後は機嫌よく過ごしました。

結局私が根負けした形になるかと思います。
今は仕事もしていませんので時間に余裕があるため癇癪にも付き合っていられますが、春からは復帰です。下の子もおり、朝からこのような状況になってしまったら、きっと怒鳴って無理矢理事を運ぼうとしてしまうと思い、悩んでいます。最近彼は「お母さん嫌い。お父さん嫌い。○○(妹)捨てる。」など言ったりし、物を蹴ったり投げたりすることもあります。ある人から「このまま大きくなったら、力もどんどん強くなっていくし手に負えない子になる」と言われ、ショックでした。
私の育て方が間違っていたのでしょうか。
一体今日のような場合はどういう対応を取るのが子どもにとって一番良かったのか教えていただきたく、相談させていただきました。
個人的なことで恐縮ですが、もしよろしければお返事いただければ幸いです。

ご相談です。

以前に何度かご相談させていただき、その度に丁寧で温かいお返事をいただいて大変感謝しております。
こちらのブログに出会ってから、子育てを楽しめるようになったと思います。

お忙しいところ恐縮ですが、またご相談があります。

3歳6ヶ月の娘がいまして、5月から保育園に通っています。(8:20-17:30くらい)慣れるまでは毎日泣いていましたが、今は楽しく通っています。

ただ最近、家で指しゃぶりをすることが多くなり、保育園での様子を聞いてみたところ、保育園では指しゃぶりというより、服の袖を口にいれたり、食事の終わりのほうにスプーンを口に入れていたり、うつ伏せになって床にからだを押し付けたりしている姿が見られると言われました。
一種の自慰行為だと思うと言われてショックを受けています。
ずっとしているわけではなく、教室の移動のときやお昼寝明けなどちょっとした時間にでてしまうようです。

おむつからパンツに移行するとき(7月頃)にも指しゃぶりが見受けられましたが、トイレに行ける様になると治まってきました。

うつ伏せの姿は1ヶ月~2ヶ月前に家でも頻繁に見られましたが、最近は家ではしていません。(この頃私がずっと風邪を引いていて、仕事には行っていましたが、週末はほとんど横になっていました。こういた状況も影響しているのでしょうか?)

平日は時間に追われ、週末も家事や買出しを優先してしまいなかなか子供と一緒に公園に行けません…。こういったことが子供のストレスになっていて指しゃぶりなどに現れているのでしょうか?

なるべく子供との時間を増やしたいと思っていますが、なかなかできません。
自分が疲れていたり余裕がなくなるとイライラもしてしまいます。

長文申し訳ありません。
アドバイスをいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。



共感します

いつも、うんうんと頷きながら読ませて頂いてますが、今回もいたく共感しました。

私の母はよく叱ったり怒ったりする人でしたが、いかんせん褒めたり認めたり、愛情表現をしたり、一緒に遊んだりといったことがほぼなく、信頼関係がない状態だったので、私はちっとも素直に受け入れることができませんでした。
自分では違うとわかっていながら、わざと屁理屈を言ったり、それでも怖くはあったので、表面上だけはやめるけど、心には届いてないから、また繰り返しては怒られる…
嫌な子どもだっただろうなぁと思いますが、そんな感じなので私自身も子ども時代は辛い経験をすることが多かったです。

もうすぐ5歳と2歳の娘たちには、叱る場面はあまりないです。
叱る前に、注意すると素直に聞き入れてくれるし、今まで教えたことはしっかり積み上がっているようなので(次女はまだまだこれからでしょうが…)。
そして、いつも大好きー、ぎゅー、かわいいねー、と親バカ丸出しです(笑)

私は元々気が強いし、叱るべき時はがっつり叱る気まんまんだけど、ほぼ叱る場面がないのには我ながら驚いてます。
そういえば、実家にいた時はいつも母親と怒鳴りあっていたので、自分は相当短気な性格だと思い込んでいたけど、自宅を出てからは「いつも穏やかだよね」と言われるようになり、驚いたことがあります。

自分のことばかり書いてしまって申し訳ありませんが、こちらのブログは、私の生い立ちと目指すもの両方に、共感したり勉強させてもらったりすることが多く、励みになりますので、とても感謝してます。
決して催促するわけではありませんが、いずれ、育ちを乗り越えることに関する記事を、楽しみにしてます。

叱る、諭すって難しいですねぇ

おひさしぶりです。
以前、食についてカキコさせていただきました。
読んで、なんとタイムリーな!と思いました。

実はつい昨晩、高校生の娘ととっくみあいをするはめになったところです。

高校生になって携帯を持ち始めた娘。
夜9時までという約束を破り続け、嗜めれば「今無理!」。
このところあまりのいいかげんさに呆れていた私も、流石に許容範囲を超え。
叱ったところ、私には私の事情がある!と。
普段からいいかげんなのにそんな時だけ堂々とすんな!と叱りまして。
とっくみあいの末、携帯を取り上げました。
まだまだ負けませんよ!

幼いうちは確かに言葉でも済みましたが、大きくなれば自分なりの考え方が出てくるのは当然のこと。
本当なら、自主性に任せたいところですが、ストップをかけられるのも親の責任だし、守るべき一線はきちんと貫き通すのが親の姿勢だと私も思っています。

今夜は、自分の行動を客観的に考えられるように少しでもなってくれることを目標に、しっかり話し合いたいです。

愛情あってこそのとっくみあいだと、私は思っています。

・・・ドア修理してくれるパパにはごめんなさいとありがとうですけど。

相談です

以前も別の件で相談させていただきました。
いつも本当にためになる記事をありがとうございます。

相談というのが、一歳半の子供ですが、テレビを近くで見たがり言っても聞かない。まだ、外で手を繋がないし「おいで」といっても好きな方に行ってしまう。など、言うことを聞きません。

テレビは、最初は抱っこして離していましたが、最近は「お目目悪くなっちゃうから離れて見ようね」と言って少し待つようにしていますが、全く動かず、最終的には抱っこで離しています。この場合の抱っこも、記事に何度が出てきている「リフト」にあたり、あまりしない方が良いのでしょうか。また、以前の記事に「声をかえたら、信じて待つ」とあったので、言ってから自分から動くのを待とうとしているのですが、結局動いてくれないので待ってる時間が「ダメダメ言いつつやらせている状況」になってしまっています。
どう対応したら良いでしょうか。

また勝手に行ってしまう、については指を握らせようとしたりもしましたが、それも嫌がります。手首をつかんだりはしていません。
私の行く方についてきた事がないため、出歩く度にイライラして、結局ベビーカーに乗せてしまったり抱っこしてしまいます。出歩くことが苦痛です。

まだ一歳半ですが、言葉で色々伝えています。余裕がなく怒ってしまうこともありますが、かわいがっているつもりです。実際本当にかわいく、大切に思っています。
でも子供には私が「そういうことするとママ嫌だよ」とか「してほしくない」と言っても、気持ちが全く伝わっていないようです。
何度も言っても食べ物を投げたりもします。
馬鹿にされてるのかと悲しくなるほど言うことを聞きません。

私は子供と毎日笑顔で過ごしたいと思っていますがうまくいきません。。つい怒ってしまって、ダメな母親だと反省する毎日です。
どうかアドバイスください。
よろしくお願いします。

厳しさの誤解

可愛がることと厳しさとの兼ね合いは難しいですね。
子どもたちが小さかった頃から気になっていたことを書き留めます。
うちの子は家にいるとぼおっとしちゃうからと、あちこち出歩いたり、習い事などのスケジュール管理に忙しい母親がいることに違和感を感じていました。ぼんやりのんびりする時間は大切なのに、忙しい親子が増えました。
幼児の時から時間に追われて生活していた子は、小学生でも毎日習い事に忙しいです。疲れているように見えます。

はじめまして、二人の母&同居の嫁です。

はじめましてコメントさせていただきます。
3歳と四ヶ月の娘の母で、主人の実家で同居しています。
いつもおとーちゃんさんのブログを読んで勉強させていただいてます。
相談させていただきたいことがあります。
結婚同居して7年になります。
今回の記事のタイトル一貫した厳しさということですが、私のように義両親と同居して子育て全般において一貫することができない場合はどうすればいいのでしょうか?
義母は孫に嫌われたくない、駄々をこねられると大変だからとその場しのぎで娘の言うことを聞いてしまいます。
もちろんいつも言いなりではなく駄目だよということは言ってくれてるのですが、根負けして最後は言うことを聞いてしまうといった感じです。
娘も私が駄目だよ(理由も説明しています)と言っても義母のところへ行けば言うことを聞いてもらえると思っていて、私がダメだとすぐに義母のところへ行き、時には「ママがいいって言ったの?」「うん!」と嘘までつきます。
おとーちゃんさんのように子供と信頼関係を築けていれば、同居で一貫した子育てができなくても子供はちゃんとついてきてくれてたのでしょうか?
何かアドバイスがいただければ幸いです。

そーちゃんのまま様

こんにちは。毎度お節介なちゃあです。

子供がいくら可愛いくっても、毎日毎日ワガママ言われちゃうとまいっちゃいますよねー。

文章読んで思ったのはお子さん、所謂「イヤイヤ期」、「魔の2歳児(もう3歳だとかは関係なく・・・)」、このブログではおとーちゃんさん曰く、「成長期」なるものでは?あと・・・、妹さんが誕生とのこと(おめでとうございます!)単に「ヤキモチ」、お母さんを取られたような「不安感」かなー・・・。(ただの推測ですよ。)

ご兄弟のいるお家では上の子が、「○○(下の子)は、△△(寝室、リビング等)においてきて!」など私もよく見聞きしましたので・・・。

もし、そーちゃんままさんが、「成長期(イヤイヤ期)」なのかもしれない・・・と、ちらっとでも思ってたら、カテゴリに『魔の2歳児』あるので読んでみたらどうでしょう?→http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-category-8.html

相談です

いつも子育て参考にさせて頂いております。

1歳5ヶ月の娘は食べることが大好き、そして沢山食べます。
公園などに行ってもおやつ頂戴と言ってくるので、最近まではあげていたのですが、いつでもどこでもというのはどうなんだろうと思い公園に行く前におやつをあげて公園ではあげないようにしたのですがずーっと泣き続けテコでも動こうとしません。どうしたらよいでしょうか??

そーちゃんのままさん

普通に成長期としての姿であると思われます。
それと下に妹ができたことによる反動というやつでしょう。

どちらも誰しもが通る道です。
ひとつひとつの、うまくいったうまくいかないを気にすることなく、そういう成長の姿なのだと受け止めていけばいいと思います。


>40分言い続けました。でもダメでした。

僕が以前書いた「魔の二歳児」のカテゴリの記事は、全ての対応を網羅したわけではないので、なんでもが根気よく対応すればいいというわけでもありません。

ときには「引いてダメなら押してみな」というやつで、「ああ、そうなのねー」と受け流してしまっていいところや、
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-476.html

こちらの記事にあるように、大人が無理せず過ごしてしまってもいいわけです。


ただし、譲れないこと、許容できないことは、相手が成長期であってもあると思います。

例えば、
>持っているお菓子で私の顔を叩いたり、足で蹴ってきたりしました。

こういう行動は、看過していいものではないと僕は思います。


成長期にある子供ですから、様々な「自己主張」をするのはいいのです。
でも、なんでもいいわけではなく、そこにも自ずと限界というのはあります。

大人がどうしても譲れないこと、したくないことを子供に合わせてする必要はありません。


どうしても譲れないことまで、子供がごねるからと許容して行く積み重ねをたくさんしていったら、それはのちのちまで大人を困らせる行動として、成長期が終わったあとも繰り返してしまうこともあるでしょう。

そういったことは好ましくないわけです。


なので、大人の頭の中にあること、つまり「~~すべき」といったような一般的な規範などに子供を合わせようとするよりも、「これをすることを自分はどう感じるか」という自分の心に照らし合わせて子供とたいすることが大事だと思います。


コメントにある例でいえば、「おやつを何個食べるか」ということはある程度の幅でもって許容できることです。実際結果的にそれを許容しているわけですし。
でも、そこで人を叩いたり、けったりすることは、これは人として見過ごせないことです。

僕が思うに、どちらのことが大切かと比べた場合、おやつをいくつ食べるかなどということよりも、人を叩いた・自己主張のために乱暴したということは圧倒的に許せないことです。


これは子供の方からの見方をした場合、叩いたり、蹴ったりしたことで自分の主張が通ったということになってしまいます。
そのようになるくらいならば、そのずっと前に「ダメなものはダメです」ときっぱりと言い切ってあとは放っておいたり、最初からあげたしまったほうがいいと思います。


>物を蹴ったり投げたりすることもあります

こういう状況も僕は許容しません。

これらを許容していくと、それをすることを結果的には大人が肯定していくことになってしまいます。

「あなたの気持ちはわかるけど、モノにあたるんじゃない!」と僕はこういう場面で毅然とした態度を示します。


きっぱりと「怒る」わけです。

もう二度としないと子供自身思えるほど、こちらも感情を示します。

こうすることによって、そのような「許容できない行為」ということがあるということを子供もしり、その行為は今後の行動の選択肢にはないのだということをきっぱりと理解させます。


結果的には、これにより子供は混乱せず、自分の取るべき自己主張のすべを身につけていくのです。


大人の対応があいまいだと、子供は自分のとっていい行動がきちんと理解できず、混乱してしまいます。
それゆえ、そのあいまいさはさらに子供の行動をネガティブな方へと誘導してしまいます。

だからこそ、大人が感情を示し、怒るということによって子供のしていい自己主張の形を良いものへと導いてあげることができるのです。


これまでや、普段の生活の中できちんと、受容や満たされる子供との信頼関係を築いていれば、ここで怒ることがきちんと意味を持ちます。


おそらく、そーちゃんのままさんがここで気をつけて行くべきことは、生活の一つ一つのことで子供の要求に応えるべきかそうでないかではなくて、そこで大人としての筋の通った姿勢を維持できるかどうかということになると思われます。


成長期の自己主張のなかででてくる、「あれがしたい・これがしたい」「あれはいやだ、それはいやだ」というようなことは、極端に言ってしまえばどちらだっていいのです。

そこを懇切丁寧に対応しようとも、まったく相手をしなかったとしても、成長期の一時期が過ぎてしまえば、そのようなことはあったっけ、と子供も大人も思ってしまえるほどのものです。


でも、その際のやりとり、葛藤のなかで、「人として今後もとっていい行動の境目」というのを身につけるわけです。

このことがあとあとまで響いてくる重要なことなのです。



例えばの話、子供が「だっこして」とダダをこねたときに、そこで大人が抱っこしようとも、抱っこしなくとも、どちらを選択しても子供の人格としての成長には、さほど影響のないことです。


でも、「抱っこしないなら、蹴っ飛ばす」などということを許容され、身につけてしまったら、それこそとんでもないわがままな性格としてあとあとまで響きかねないのです。


そこを踏まえてこれから対応なさることが大切だと思いますよ。



子供行動に「どう対応すべきか?」という答えは、外にあるわけではないのです。


このときはこうしなさい、このときはこうするのがいいでしょうと僕が言ってその通りにしたとしてもさして意味はありません。


そーちゃんのままさん自身が、そのときそれをどう感じ、それをしていいのか、してほしくないのか、許容できることと感じるのか、それとも許容してはいけないと感じるのか、自分の感覚でいいですから、それをそのままきちんと示せることが大事なのです。


それさえきちんと示せるのならば、対応のうまいまずいというのは、なにも気にする必要はありませんよ。

ここりんさん

子供に限らず人間というのは、感情のバランスをとろうとするものです。

指しゃぶりや自慰行為というものも、ある意味では人間の心がバランスをとるための手段として与えられているものです。

虐待されているとか、DVを目撃しているなど、なんらかの大きなストレス要因があってそれらがでているようなものは、即時の大きな改善というものが必要になることもありますが、親が忙しかったり、下に弟妹ができたりなどの、成長の上での避けられないようなことから起きることだって普通にたくさんあります。

そういうものならば、あせることなく「ああ、そういうサインをだしているのだな」とそのまま受け止めて、出来る範囲で気にかけることでだんだんと改善してくるものです。

「私が悪いからなんとかしなければ」と考えるのではなく、成長の上ででる姿なのだと緩やかにとらえ、その気持ちを汲み取ってあげることからスタートしていけばいいでしょう。

一種のサインですから、それにここりんさんが気づいたというだけでも、子供にとってはプラスに作用し始めているはずです。

できる範囲で、くすぐりや共感、一緒にご飯を楽しむなどしていき、だんだんと安定化につなげていけばいいと思います。



もしも、なんらかの大きなストレス要因があると感じるならば、そこを改善することで安定化につながるでしょう。

響3748さん

>育ちを乗り越えることに関する記事

今ちょうど構想中なので、うまくいけばこれも近いうちにUPできると思います。

なおさん

そのとき子供は親の心情を理解してもらえないと思っても、子供のためを思ってしてきたということはそれなりに理解しているものだし、あとあとになればそれを許容できるようになるものだと思います。

でも、親の方に自信がもてないと、最初の「そのとき子供は親の心情を理解してもらえない」この段階でひよってしまって、毅然とした態度を示せないという人も多いのでしょうね。

itchanさん

リフトの記事は、ニュアンスの部分がちょっと伝わりにくいのだけど、ここで書いておきましょう。


まず、僕はこの状況でのその対応はリフトに当たらないと思います。
まあ、それ以外にも対応のしようがあるので、それがベストとも思わないけどね。

基本線としてitchanさんの対応は間違っていないと思います。



以前記事に書いたリフトでは、子供の意思を意識することなく、力で動かしてしまうことの問題点を指摘しました。


でも例えば、子供が危険な道路に走っていきそうな時、ここで力ずくで子供を動かすということは、なにも問題ないわけです。
むしろ、子供の意思を尊重しなければなどと思って「いっちゃいけないわよー」などと中途半端な対応を大人がとっていたら、それは間違っているとすら言えます。


itchanさんのコメントにあった場面では、親の明確な「こうするべき」「こうしてはいけない」というビジョンがあるわけです。
それに子供が従わないのだから、力ずくでもさせたというのは、これは一本筋が通った対応です。

なので、明確な親の意思表示があるにもかかわらず、子供をそれに従わせることができなかったという悪い癖を子供につけてしまうよりもよっぽどいいと思います。


ダメダメ黙認をするくらいならば、大人の強権でもって子供を従わせてしまったほうがいいと僕は思うのです。



いまは自我の発達中であり、自己主張を学んでいる期間です。

>私は子供と毎日笑顔で過ごしたいと思っていますがうまくいきません

それはしょうがないことです。子供はその自我の練習をしなければならないわけですから。

怒ることがダメなわけではありませんよ。


むしろ子供が怒られることをしても怒れない大人というのがいたら、それはダメだと僕は思います。
そのあたりはこの記事にあるとおりですね。



>馬鹿にされてるのかと悲しくなるほど言うことを聞きません。

そう感じるのならば、それを大人が心のうちに押し込めるのではなくて、どれほどそう感じているのか伝えることをしてみるほうがいいでしょう。

そのために大人が怒ったって、泣いたって、すねたってどんな手段でもいいから、それを子供に伝えることがこの時期に子供が学ぶべきことだと思います。




最初のテレビの件だけど、もし僕だったらテレビそのものを消してしまうかな。

それまでの子供の態度が悪いものであれば、怒りながら消すかもしれないし、単に聞かないというのならば(僕自身の感情に照らし合わせて)怒るではなしに、そのままさらっと消すかもしれない。


子供はもちろんそこで納得しないでしょうけれども、大人の言葉を聞かなかったということが悪かったのだと納得できるまでは、どっちにしても譲歩しません。


この成長期の時期に学ぶ大切なことは、日々の生活の中でのどうこうということよりも、子供がどこまで自分を出し、大人がどこまでを受け入れどこからが受け入れられないことなのかを学ぶということなのです。

そのためには、大人自身の対応がうまいへたではなくて、大人としての自分の気持ちをどれだけ子供に伝えられたかということになると思います。

ゆーたままさん

このあたりのことは大人の問題も絡んでくるので一口には言えないけれども、考え方としてはこういうものがあるかと思います。

まず、多様性ということ。

子育てにおいて、大人の姿勢というものが一貫していたほうがいいというのは確かにあります。
でも、現実にはそれだけではなく、ひとつひとつのことに対してもいろんな考え方をする人というのはおり、子供もそれを理解するということも、経験のひとつになります。


つぎに、セーフティネットということ。

ある意味では、「甘い人」というのがいることも、なにかあったときの子供の心のより所として子供をケアする機能をもっています。

そのことが、子供の助けになることも少なくはないのです。



最後に、最も信頼する存在が一貫していれば子供の軸はぶれないということ。

どれほど身近にいて優しいとしても、やはり子供が根っこのところで求め、信頼しているのは親、なかんずく母親であるということ。

周りの人が、甘やかしたり、考え方が違っていたとしても、その親が一貫した姿勢というものを維持していれば最終的に子供に伝わるのはそこである、またそう信じて子供に関わっていくことでそれが可能になるとも言えます。




できればある程度、家族同士で一貫した姿勢というのは持っていたほうが良いとは思いますが、そうでないからといって子供がきちんと育たないというものでもありません。

同居の家族がいることによるメリットというのも大きいですから、マイナスに考えるよりもいい面を見ていくほうが、子供の育ちにも、大人の精神衛生上もいいと思います。


ありがとうございました。

保育士おとーちゃん様

お返事ありがとうございました。
アドバイスいただいて、救われました。

娘はバランスを取ろうと頑張っているサインを出しているのだとわかり、
焦らず、落ち込まず、少しずつやっていこうという気持ちになりました。
朝、少しでもぎゅーとする時間をとることを心がけて、指しゃぶりは減ってきたように思います!
できる範囲で続けていきます。
ありがとうございました。

これからも更新されるのを楽しみにしております。

ありがとうございました。

同居でも親が一貫していれば祖父母が多少あまやかしても大丈夫ということでしょうか?
毎日のことなので子供への影響と、私も祖父母の態度にいらいらしがちなのであまり神経質にならずにいこうと思います。

それから、今年のクリスマスプレゼントに、おとーちゃんさんおすすめおもちゃのシロフォン付き玉の塔をプレゼントしたところとても喜んでもらえました。
大人からしたら単純なように思えるおもちゃも、子供からしたらとても魅力的なんですね。
値段も高いし遊んでくれるか不安でしたが買って良かったです。

お詫びします。返信不要です。

人はなにで動くか Vol.4
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-498.html#cm
にコメントさせていただきましたあっちょです。
荒らしてしまったようで申し訳ありませんでした。
おとーちゃん、皆様のご返信をひとつひとつ読んで子育て修正中です。
しかし、子供は良くなりません。
子育ては親育てと思って我慢しようと思います。
ひとつ反省すべきなのは、今まで強い大人になりきれず、甘やかしてしまった事です。
例えば、食べ物を粗末にしないことです。
保健師や育児雑誌などで、赤ちゃんが食事で遊ぶのは仕方がないなどと言うのを真に受けて躾を怠り甘やかしてしまっていました。
一事が万事、そんな感じでやっぱり、おとーちゃんは0歳から厳しい躾をされていたのですよね・・・。
娘は1歳2ヶ月ですが、
危険なことや他人に迷惑をかけること、食事で遊ぶ事など
0歳から身につけるべき躾が全く入っていません。
なので最近は一日中怒鳴り散らしている始末です。
大人の本気を見せて真剣に言い聞かせは馬鹿にして聞きません。食事はきっぱり引っ込めても知らん振り。おなかが空くと、普段はもう何でも口に入れる時期は終わったのにそこいらじゅうのものを拾って全部口に入れるのでつい根負けしてしまいます。(これが弱い大人なのですね・・・)
怒鳴るか腕をひっぱって泣かせるまで言うことは聞きません。
最近は怒鳴っても泣かなくなってしまい、あとはもう体罰しか残っていません。
危険な事、他人に迷惑をかける事、食事の躾という基本的な事を叱るだけで、しからなくていいどころか一日中怒鳴っています。
また、異常に昼寝が長く、遅寝早起きなのですが、怒鳴ろうが揺すろうが起きず、生活習慣もめちゃくちゃです。もっときつく起こさないといけないと思うのですが、これ以上起こす方法を考えると、体罰しかないので困ってしまいます。(ちょっとぴしゃりとやったくらいでは起きません)
赤ちゃんのころからおとーちゃんのblogを拝読していて叱らなくていい子育てをするつもりだったのに・・・。
ちなみに笑いません。
くすぐってコミュニケーションといいますが、くすぐっても全然笑いません。
1歳くらいの他の子は、もっと楽しく笑ったりはしゃいだりし、
かといってうちの子みたいによその子に意地悪をしたり駄々をこねて泣き叫んだりしていないので
児童館のイベントなどに行くと、「どんな子でもいいからうちの子と交換したい!」と泣きたくなってしまいます。
先生が遊ぼうとしても泣くだけ、
1歳なのに絵本や紙芝居にも興味なし。ほかの子はニコニコして見に行く可愛い姿に涙が出ます。
家では毎日読み聞かせはしています。
自己分析すると認めたくなくてまだ診せていないのですが、こうやって書き出すとやはりどうも何かの障害なのかもしれないなと思ってきました。
子供の将来や長い人生を考えると暗い気持ちにならざるを得ません。
返信不要です。
これからも参考にさせていただきます。
本当に、いつもすばらしいblogをありがとうございます。
おとーちゃんのお坊ちゃん、お嬢さんの素晴らしい成長振りにいつも癒され、こんな子育てができたら・・・と思います。

No title

初めまして、先日こちらのブログにGoogle検索で到着し、気になる記事は殆ど読ませて頂きました。中でもこちらの記事を読んで思ったことがありましたので、コメントをさせて頂きます。

私はアメリカで子育てをしています。妊娠中にWaldorfに興味を持ち、当時からその哲学を念頭に育児をしてきました。3歳半の息子は9月からWaldorfのPreschoolに通う予定です。

子供を一人の人として尊重し、受容していくことで叱らなくて良い子育て、息子が生まれてきた時から実践してきたつもりなのですが、未だに困難を感じております。これは、私の受容が足りていない、または仕方が間違っていたため、私と息子の間で十分な信頼関係が築けていないということなのでしょうか。生まれた頃から私の受容がきちんと出来ていれば、今頃息子はお友達に意地悪をしたり迷惑をかけたり、モノを投げたりしてはいない、またはする頻度がもっと少ないのでしょうか。

お父ちゃんさんは、こちらの記事の中で「いまとなってはその厳しさを出すことはほとんどありません」と書かれていますが、私と息子に関しては未だに厳しさを出すことが必要な場面が多いと感じています。我が息子ながら良い面もたくさんある子ですから、肯定・受容をするのは難しくはなく日常的に出来てきたと思います。でも、こうも思います。もしかして息子の場合、彼の元来持つ気質により、私が厳しさを出さなければならない場面が多過ぎて、受容できるところが相対的に少ないということもあるのでしょうか。それは他の子供を見ていると思うのです。特にアメリカ人の子供は非常におおらかだと言いますか、少なくとも私が住む地域では親の言うことが聞けずに公共の場所で騒いでいるような子供はほぼ見かけませんし、室内などの限定された場所であってもアメリカ人のママ友が、自分の子供を叱らなければならない場面は皆無です。この差は何なのだろう、と今までずっと考えてきました。お父ちゃんさんはどのように思われますか?

かたつむりさん

子供の姿を構成する三つの要素
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-627.html

で書きましたが、子供の姿というのはなにも大人の関わりだけできまるわけではありません。

自分ではどうにもできない環境の部分や、なんらかの子供がもともと持っている要素からの姿であれば、大人が自分を責めてもしかたがありません。
一連の発達障がいについての記事でそれに対する考え方を書きましたが、最近ではそのような個性としての特徴を強く持つ子がたくさんいるということもわかってきています。


関わりの部分では、その人は「受容」と思ってしてきたことが、実際には子供のわがままを助長している結果になっているというようなこともあります。
僕はかたつむりさんの関わりが見られるわけではありませんから、そうかどうかはわかりません。そういうこともあるという話です。

『喜怒哀楽と表情』の記事で書いたように、親の気持ちや表情のちょっとした有り様だけで変わると言うこともあります。


僕はアメリカに住んだことはありませんから正確なところはわかりませんが、アメリカ人の特徴としては感情表現がとても豊か、ストレートであるということがありますね。以前の記事で書いたギャルママの「それってちょーかっけー」とまあ同じようなことが得意であるわけです。
そういうところが、子育てにもプラスに作用しているのかもしれませんね。

相談です。

こんにちは。現在、10ヶ月の娘の子育てに奮闘しています。
こちらのブログを半年ほど前に知り、参考にと最初からコツコツ読ませていただいています。
今、娘が食事中に立ってしまうことについてどう対応したらいいのか悩んでいます。
まだまだ喃語の娘ですが、親の言っていることはわかっており、困る、とか、壊れるからやめて欲しい、使うから舐めないで欲しいといった言葉をかけると、イタズラの手を止めて泣き出してしまいます。
そこで、わかってくれてありがとうって、抱っこして抱きしめています。
ただ、時間がたつとまた同じことを繰り返すことがほとんどですが…

食事中、子供用の木の椅子に座っているのですが、立てるようになったころから立ちたくて仕方ないようで、一口食べては立ち、を、繰り返します。
その都度、食事は座って食べようね〜、危ないから座ろうね〜、落ちたら困るな〜、と声をかけてから抱っこして座らせるのですが、エンドレスです。
いくら言っていることがわかるとはいえ、一言で立つことをやめるとも思ってはいませんが、ただ、これをずっと続けることで、ダメよーといいながらそれを許すことにならないかと心配です。
悪気がある行為ではなく、まだ0才の娘に強い口調で注意するのもなんか違うな、という思いもあり、少し困った顔で言っています。
ただ、もうひと月くらいは同じことを繰り返しています。
おとーちゃんさんは、0才児の保育が一番好きとおっしゃっていますが、このような場合はどうしますか?

いくままさん

http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-673.html

ちょうど直前にしたこちらの記事のミキテケさんの相談がほぼ同じです、ご覧になってください。

ありがとうございます。

最近、手づかみ食べを始めて、遊ぶ様子も見られたりするので、とても参考になりました。
ありがとうございます。

No title

先日、オムツ替えの件で、コメントをいただき、それにお礼の返事をしたちびママです。
この記事を読まずにメールをしましたが、この記事を読んで納得できるところが多く、次に生まれてくる子にはもっと小さなうちから一貫した厳しさを持てるように接していこうと思えました。
何歳なら何が理解できるとか、そういう事ではないのですね。
長男には、今までの自分の認識の無さが起こしている事だと、長男意対して申し訳ないくらいの気持ちですが、これから更なるメリハリのある対応を心がけていこうと思います。
ありがとうございました。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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