2017-10

ニュースが安心して見れない  Vol.2   ―コメントを受けて―  その2 - 2013.11.13 Wed

つぎに、「なまはげ」に代表されるような、各地に伝統的に残る子供に対する通過儀礼というものについて。

こういった伝承的なものというのは、なんらかの意味のあることであることも多いです。

多くの文化でそういうものが残っているということは、そういったある種の恐怖体験というものが、子供の育ちにとってなんらかのプラスの作用をするということが考えられます。






人間には不思議なことに、「怖いもの見たさ」や「スリル」を求める気持ちなどがあります。
ギリシャ哲学の中には、「エロスとタナトス」という対立する概念があります。それは「生への欲求と死への欲求」と解釈されます。

ジェットコースターのようなスリルという安全とは程遠い「死への欲求」によって人はそこに快を見出します。
それによって精神のバランスを取るというのです。

もしかすると、子供における恐怖体験の通過儀礼というものも、それとは同じではないけれどもそれに通じるようななんらかのプラスの作用があるのかもしれません。



これらの伝統的通過儀礼というものは、日常的にでてくるものではなくて、ある決まりきった祝祭において登場するものです。

それによって日常の子供を脅し、大人の思い通りにしようという意図で使うというよりも、それとは別の面での意味合いが本来あるのではないかと僕には思われます。

それらを脅しに使ったと思えない理由には、それらのものがたんに恐怖対象というわけでなく、神的な意味合いを帯びたものであるというのもひとつにはあります。

ある種の神聖なものであるそれらを、子供を脅すという卑近な目的として、今の時代の人間よりもはるかに敬虔に自然や神仏への尊崇の念を持っていた人達が使うだろうかという疑問があるからです。


また例えば「鬼」などはときにそういった神的なものでありつつ、ときに「邪」なものを象徴する姿でもあります。

疫病、自然災害、あらがえないような大きな戦乱・暴力など、それらを総じて暗喩的に「鬼」としている部分もあります。
節分での鬼というのはおもに「疫病」のことですね。

このように、昔においては「鬼」というのは完全に架空のものであったわけではありません。

そこにおいて大人たちは「鬼」というものの実態的な恐ろしさというものも感じていたはずです。

日本の思想のなかには「言霊(ことだま)」ということもありますし、子供を脅す目的として軽々しく使っただろうか?僕にはあまりそうは思えないのです。

大人が子供に対して「鬼が来る」というのは、「あなたは疫病のような重い病にかかる」「あらがえない暴力に蹂躙される」というようなことと、昔の人にとっては同義であっただろうと思われるからです。

まあ、僕の勝手な推論なので、実際どうなのかはわかりませんけどね。


そうそう、『ねないこだれだ』のような絵本・お話というものも、大人がそれを脅しに使ってやろう思って提供すればそうもなるし、そう思わずに純粋にお話として提供してあげようという気持ちで読めば、それは「怖いもの見たさ」や「通過儀礼としての怖さ」というような気持ちの範囲で楽しめるお話になると思います。
「怖がり」だとか子供の個性も加味して考えなければならないのはもちろんですが。



コメントで教えていただいたのですが、鬼が電話をかけてくるというスマホのアプリがあるそうです。
子供によってはトラウマになったりしないかちょっと心配です。


別記事で書いた「地獄絵」で子供を脅すというのも、本来の仏教説話のなかでは極楽との対比があって描かれるものですから、それなしに地獄だけ示すというのも逃げ場のない恐怖になりはしないかと心配になります。

子供は恐怖によってわりと簡単にトラウマを持つことがあるからです。



そのように怖がらせてまで、子供に○○させたくないとか、○○させたいということがあるのならば、大人がその鬼と同じくらい本気で怒ればいいことだと僕は思います。

実際そうするかどうかは別として、本当に親が子供に厳しく伝えなければならないことがあったとき、子供が「もう絶対にしない」などと震え上がって心から思える程に強く言えるという心構えというのが親には必要だと常々感じます。

子供が道路に飛び出したりするような命の危険がともなうクセがついていてすら、あきらめてしまっているような人が多くなっているという気がします。
「大人の本気」というものがあるということを子供が知っているということも、長い子育てをしていく上で大切なことだと思うのです。




次に、物語での暴力と視覚から入る暴力の違い。

例えば絵本やおはなしなどのなかでも、争い合うシーンなどはでてきます。

これらが生の暴力と違うのは、その受け手(子供)によってその表現で想像されるものというのは変わってくるということが言えます。

つまり、その子その子によって無理のない範囲でのイメージとしてしか結実しないわけです。
なにしろ自分でイメージするわけですから、自分のなかで処理不可能な暴力表現にはそうそうなりません。


これに対して映像で入ってくる暴力のイメージというのは、個々の処理のリミットを詮索してはくれません。

それにさらされると、処理不可能なものとしてひたすら怖がるか、その表現に慣れるかという大きく分けて二つの結果になるでしょう。

慣れるといっても、慣れたから問題ないというわけでなく、本来ならば処理不可能であった部分は「過剰な刺激」として子供のなかに蓄積されるということになります。


別の記事で暴力的なものを見たとしても、それを使わないことを大人が言葉で教えればいいのではないかというコメントがありましたが、他者に暴力を振るわないということならば大人が教えられるかもしれませんが、それ以外の影響というのはどこででてくるか大人からは予測できないものですし、必ずしも言葉でそれをどうこうできる類のものである保証もないわけです。

「映像から入った暴力表現は取り消しができない」ということを大人は忘れてはならないと思います。



最後に、「適齢」ということ。

特に男性の意見として、子供は発散や欲求の開放の手段としてそういったものも必要になるのではないか、というものがありました。

これはそれなりにわかるのですが、いろんな子供を見てきて僕が感じるのは、そういったことが必要になる段階になれば、子供はおのずとその子その子の必要な範囲でそれらをするということです。

例えば、小さい時おとなしかった子も、それが必要な年齢になればことさら大人がやらせずとも、そういったことを遊びとして消化し始めます。

なので、大人が率先して映像としてのそれらを与えて「暴力の早期教育」をわざわざ施し、子育てにおけるリスクというものをなにも増やすことはないのではないかと僕は思うのです。

要するにそれが必要な「適齢」になれば、暴力的な表現をことさら見せておかずとも、子供は自分で必要なだけのことをするので、大人の先回りした心配はいらないと僕は感じています。
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● COMMENT ●

使う人間次第

「ねないこだれだ」について有難うございました。

実は読んだ後日、トラウマになったらいけないと思って
バーバパパ(実はお化けです)の本を読みました。
(プラスちょうどハロウィンの時期だったので近くのケーキ屋さんに可愛いおばけの看板が出ていた)
すると、「ねないこだれだ」も読んでくれ・・・と前回コメントしたちょうどその日に言われました。
怖いものみたさ、絶対安全な場所で怖いものを覗く・・・お化け屋敷に入る心理と同じですね。

アプリの「鬼に電話」はあれだけはいけないと思います。
(「地獄」は本当はいい本だと思うので)
なぜなら大人が躾に使う以外に反応を面白がっているからです。
(怯える子供を見て、可愛いと思う気持ちはよくわかるのですが・・・。)
まあ、使っている人一人しか見たことないですけどね。

「エロスとタナトス」懐かしいです。学生の時その系統よく読んでました。
実際に自分の幼少期を思い出して、親には言えないたくさんの秘密があったな、と久しぶりに思い出しています。

「映像から入る暴力」についてですが、
友人の子がアンパンマン→なんとかライダー→ピーターパンとはまっているらしく、ピーターパンはいいかな?と見せたら、
冒頭部分のチャンバラごっこのシーンで「こわい!消して!」と。
性格によるところが大きいとは思いますが、友人の子は徐々に慣れていったのかな?と思いました。
二人は誕生日が近いし3歳にはまだ少し遠いので、実際アンパンマンもライダーも話はあんまり理解していないと思うのです。
だからよく見る、好きとなったら映像によるところが大きいはず。
それともか好きならそれがその子の「適齢」なのかもしれないですね。
(その友人の子、すごくいい子ですよ~)

このブログに来るお母さんは、私も含め(笑)みんないいお母さんです!!
おとーちゃんさん、いつも有難うございます。

面白いです!

すごいなぁ。おとーちゃんさんのブログは本当為になるなる。

「脅し」・・・、といっても色々ありますね。

ただ単にいうことをきかせる為に怖い思いをさせて「良くないこと」をやめさせる→完結。

というのと、「大人が怒る」→「なぜか?」のプロセスがあるのは全然違うことですね。

さらに→「理解する」→「理解してやめられたことを褒める」まであると「良くないこと」は肯定的な関わりのチャンスかも・・・?と、思えると心の余裕にもなるかなぁ???なんて・・・なかなかそうもいかないかな。

おまけ↓↓↓

>このブログに来るお母さんは、私も含め(笑)みんないいお母さんです!!

rumaさんに激しく同意です(笑)

No title

先日はコメントありがとうございました。とても嬉しかったです。
子供によって影響の受ける度合いは違うとおもいますが、必要以上に怖がらせる必要はないと私も思います。強いショックを受けてトラウマになってしまウ子供も中にはいると思います。私自身、小さい頃他の子供にとってはたいしたことないことでも怖がっていたような気がします。そんなことをしなくても危険なこと、いけないことを教える方法はほかにあると感じます。

No title

私は絵本は「目で見て耳で聞き、心を動かす総合芸術」と思っているので、「国語力をつけましょう」「ひらがな覚えましょう」などに使われるのさえ違和感を感じます(確かに豊かな日本語は身に付きますが)
なので絵本を「脅し」に使うのはもってのほか。と思います。
怖い話、暴力的な話、死を感じる話は絵本にも結構あり、読んだ場合も一緒に「怖かったね〜」と共感し、気持ちを共有できればそれでいいと思いますが、
(子ども同士で怖いもの見たさでおばけの本を読んだりする時は共感しあってますよね)
読み終えた時に「だから悪い事はやめようね」「この主人公みたくなりたくないよね?だからこうしてね」と急に現実をつきつけ
「あなたはこうならないでね」というのは、どうかな〜?と思うのです。
それは私も、もし夫が「家事が上手になるDVD」などを借りてきて私に見せた後に「だから家事上手になってね」とか言われたり、「地獄」の絵本を読まされ「家事を怠けてるよね〜?怠けないようにしてね」と言われたらとっても嫌な気持ちになります。
脅してまで悪い事してる??!!
と反発したい気持ちになりますが、子どもだって(大人と子どもの価値感は違うにしても同じ一人の人間として尊重すれば)嫌だと思うのです。
それに未就学児の「悪い事」も脅してまで直さなきゃならないほど「悪い事」ではない気がします。
大人の都合で「悪い事」と大人が勝手に決めつけてる事も多いと思うし、小さい子は「悪さ」をすることによって心のSOSを出してる事もあると思うのです。
絵本というのは、作者の世界を大人も子どもも空想の力で自由に「感じる」ものだと思うので、大人が絵本を利用してあれこれ子どもに言うのは野暮でしょう。

暴力の視覚的トラウマですが、私は子どもの時に父と見ていた「火曜サスペンス劇場」が未だにトラウマです。
赤ちゃんを谷底に突き落としたり、レイプしたり、水に顔をつけて水死させたりするシーンを今でも鮮明に思い出します。
内容がどうだったか、前後関係がどうだったかはまったく覚えておらず、その衝撃的なシーンだけが強烈に頭に残っています。そんなものを見る必要があったのか。見なくても良かったのではないかなぜ見せたのかと親に思いますが、過ぎた事です。息子には話の内容を理解でき、犯人なりがなぜそのような行動をしてしまったかなどが理解できる年になるまでは、そういったものは見せないようにしようと思います。
暴力に関しては夫婦や家族でも意見が違うかもしれないので、それはみんなで話し合い、我が家はどこまで良いのかというのを、母親の独断で決めずによく話し合うといいですね。

確かに 最近のニュースは大人でさえ嫌になるものが多いと思います!

でも…現実です!! 加害者にも被害者にもなってほしくないけど…日本は平和だからまずそんな事はないと思いますが…いつ何があるかわからないのも現実です!!
もしかしたらそれだけ世界が荒れてきてるって事かもしれない…

ある程度知識が来てわかっている子供達はいいですけど…その前で平和しか知らなかったらこの世の中にはこんな人もいるって割り切れるか人間不信になるか…
やっぱり一番大切なのはそんなニュースを見た時の子供に対してのフォローだと思います。

平和で生きてほしいけど…人と人の関係でいろんな人がいるのが現実です!!

後今の子供が大人になった時の時代が想像つきません…

今みたいに平和ならいいのですが…。

ちなみに私はピーターパンですm(_ _)m

子供の時が楽しかった…もう30前なのに子供時代の記憶から抜け出せません…
親が老けていき兄弟もみんな家庭を持って…家族だった頃には 戻れない…

愛されていた安心だった 家族って場所が別々になるなんて思っていなかった…

守ってばっかじゃ子供は 一人で立てませんよ

いずれ親は先に死ぬ運命です!!

なまはげ

聞いた話のまた書きなので聞き流してもらえるといいのですが、なまはげがやって来る教育的効果は、実は親がなまはげから子を必死で守ろうとする姿を見せるところにあるらしいですよ。
悪い子を連れていこうとするなまはげに、この子は私からちゃんと言って聞かせますから連れていかないでくださいと懇願し、ご馳走でもてなすのが本来のイベントの主旨だそうです。その必死な親の姿を見て、子どもは愛されている実感と、悪いことをしたら大事な家族を悲しませるんだという教訓を得るのだそうです。
本当かどうか知りませんが、そんな解釈も素敵ですよね。

No title

この一連の記事も、気になっていたことだったのでとても興味深く読ませていただきましました。

うちの息子は、おとーちゃんさんの言う、過剰な刺激を処理不可能な物として怖がる傾向にあります。

なので、テレビのニュースも、子が五歳くらいになるまでは目の前で見るのは控えてコソコソ見ていましたが、最近は見ています。が、内容によっては私自身が何となくモヤモヤしていました。

ドラマも、過剰に人同士が言い争いをするシーンが多いせいか、それを演出で強めたりしているのが嫌なのか、見たがりません。こちらは私にとっても別に見る必要は無いから見てません。

映像刺激の適切な管理は難しいですね。

ちなみに怖がりでおとなしめの息子ですが、昔からオバケの話は大好きです。
そして、年長さんくらいから、カッコイイものとして戦闘機や戦艦が気になるようです。(写真や模型は動きませんから…。)
戦隊も写真だけはカッコイイらしくたまに眺めてましたが、番組見たいの?と聞いても、一回見てわかってるし、怖いからいらないと言います。

おとーちゃんさんの言われる、その子のキャパに応じた想像力の中でそういう刺激を求めているのだなあと、すごく納得しました。

現実を突き付けるのは何も映像である必要は無いですし、子供の想像とキャパに合わせてゆっくりさせていけばいいかなと、改めて思いました。ありがとうございました。

ちなみに、本筋とはズレるのですが、上にあった大人の本気で怒るという限度が分からない面がありまして。

具体的に言うと、うちも滅多に怒らないのですが、七歳の息子が一度下校途中に車道に飛び出してふざけてた事があって、本気で怒ったら真摯に聞いていて理解はしたようなのですが、怖すぎたのか、じゃあこの話は終わりねと言った後に、しゃくり上げて大泣きして30分止まらず、自分でも止まらないらしく途中から過呼吸になり、目の周りの血の気が失せてきてチアノーゼっぽくなり心配しました。袋やタオルを口に持っていってもはねのけられてどうしようかと思いました。

ちょっと本気度を見せないとと思って、自分でも本気度を演出した面もあり、やり過ぎたのかしら…とは思いつつ、本気で怒る必要もあったしと。少し悶々としてます。
あと、うちの息子の特殊性として、一時期親との愛着形成に躓いていた時期があり、3歳の保育園入園で母子分離不安から対人恐怖が出た(←精神科医の言)こともあり、一般的では無いのかもしれませんが…(その後は信頼関係もできて、対処前より伸びやかで活発な感じになり、順調に育っていますし、人混みも今は普通の苦手程度で、半年ほどで異常な反応は出なくなりました。)

3歳で不調が出たあとは無闇に怒らないよう心がけ、実は必要も無かったことがわかって、いわゆる叱らないネガティブでない子育てにシフトできたのですが、それでも半年に1回くらいは必要があって本気で怒るとパニックっぽく泣かれる事が多く、自分でも泣き止みたいのに止まらないようですし、目も半分瞑ってる感じで、全ての入力を受け付けなくなる感じです。でも過呼吸っぽくなるのは初めてでした。
まあ、今回はいつものとは違って初めて、生命に関わることで注意をしたというのもあるかもしれませんが。

何か怒る際の注意点とか、そういう時に通常出る子供の反応でここまでは心配ないとか、ここからは医者に相談した方がいいとか、怒った後にパニックっぽく泣かれてまともな入力ができる状態でなくなった際にする良い対応方法とか、そもそもパニック泣きされるような叱り方は回避すべきだというのもありましょうし、そういう関係での対応のヒントとかがありますでしょうか。
自己肯定感のバックボーンの有る無しで対応も変わると思いますし、ここのブログの趣旨に合うかも微妙なのですが…。
リクエストということで、気が向いたら取り扱って頂けると幸いです。
特に急ぎませんし、お忙しいと思いますので個別の返信も不要です。長くなってすいませんでした。
いつもブログをありがとうございます。


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