2017-08

人はなにで動くか Vol.2 - 2013.11.02 Sat

では、どのように1の子供が自分から自然なモチベーションを持てるようにするかというと。

これは信頼関係の積み重ねによってであると考えます。







大人だって、もし職場の上司が自分のことを適切に評価してくれており、成長を援助する姿勢があり、真摯に対応してくれるのであれば、対価とは別のところで期待に応えようという気持ちをもちます。


子供はもともと大人の期待に応えようという気持ちがあります。

なので、ことさら信頼関係ということを普段から意識していなくとも、大人の意思に沿うように行動しようするものですが、でも、この「期待に応えよう」というリソースにはおのずと限りがあります。

その子供のもともと持つ自発的なモチベーションをあてにしているだけで、それに大人が「すべきこと」を多くして早々に使い潰してしまうと、そのリソースはなかなか回復しません。


ある面では、大人は自分の立場に寄りかかりすぎています。

「大人だから」「親だから」「先生だから」と自分の立場ゆえに、子供を従わせることが当然であるかのように振舞ってしまうと、そうそうにこのリソースは尽きてしまいます。


子供は大人の存在なしには生活していけないので、もともとそのような大人だとか親だとかといった立場を慮っています。
そういった立場は、その大人がなにを努力した結果でもなくもともと持っているものですので、その立場を子供にたいしてかさに着る必要もないのです。

問題は、そういった立場からさらにどうやって信頼関係を築いていくかということになるでしょう。



子供との信頼関係を築くのは、多くの場合年齢が小さいほど容易です。

前回あげた保育園の1歳児に対する片付けの例でひっかかるのは、この点です。


1歳児に対してことさら「○○すべきだから、やりなさい」というある種の強制力を働かせてやらせてしまうのは、もったいないこと、場合によっては無駄な努力になってしまうのではないかと感じます。


これがもし5歳児という年齢であれば、「外遊びに行く前に自分の使ったものを片付けていく」といったルールや規範というものを理解して、それなりには身につけていると考えられます。

それならば、「あなたのすべきことだから、やりなさい」というアプローチは無理のないものだと思います。


しかし、1歳児の段階では、「毎日先生がやりなさいというからやることなのだろう」ということが、漠然とわかっているに過ぎない状態です。

とくに、この何度も呼び戻されてしまう男の子の場合は、おそらくその漠然とした「すべきなのだろう」という感覚もまだ、理解できていない段階にいます。

それに対して、「やるべきことなのだから、やりなさい」という理屈を押し付けていくことは、ケースバイケースですから必ずとは言いませんが、子供がもともと持っている大人の期待に応えようというリソースを急速に使い潰していく可能性があります。

その結果がなにをもたらすかというと。
のちのち、大人の言う事を聞かない子、大人の言葉に耳を傾けない子を形成してしまう可能性があるのです。

結果的にそれは、世間でよく言われる「落ち着きのない子」や「男の子は大変」というような状態につながっていくかもしれません。


僕がこういった低年齢の子供にまで、大人が「すべき」を押し付けていってしまうことで「もったいない」と感じるのは、子供がもともともっているモチベーションのリソースというのは、子供が自分で自分のために使ってよい貯金のようなものだと思うからです。


子供が実際に頑張れることというのは、やはり現実的には無限ではないわけです。

そこで大人が上からかさにかかって、たくさんの「やるべき」「すべき」を課していくと、子供は持ち前の素直さでそれに一生懸命応えはしますが、子供の自発的なモチベーションはそこで使い尽くされてしまいます。

それを多用しすぎてしまうと、子供が新しいものに触れて感動したりする感受性や、じっくりと遊びや物事に取り組んだり、大人と一緒になにかをしてみたいとか、大人や大きな子の真似をして成長の前進の糧とするような力になるエネルギーというものは少なくなってしまうのではないかと感じます。



こういうのは、保育園やそのクラスごとの関わりの違いで見えてきます。

普段からたくさんの「すべき」で大人に関わられているクラスと、子供のモチベーションを重視してなにかさせるべきことを「やらせる」前にそのやらせるためのモチベーションを作るところから関わっているクラスでは、なんらかの遊びを提供したとしても、その食いつき、楽しもうという姿勢、目の輝きが違うのです。


前者のクラスでは、遊びを説明する大人の話を聞こうとしない子供たちが一定の割合でいます。
後者のクラスではその割合がとても少なかったり、いなかったりします。それだけでなく、ルールのわからない子やうまくできない子を子供同士で助けようとしたりする姿もでてきます。

前者ではそれどころか、そういった助けあったりする姿はないばかりか、その遊びの中でのトラブルなどもはるかに多く出てきます。

すべてが大人のモチベーション作りの影響だけではないでしょうけれども、こういった違いというのははっきりとみられます。




なので特に低年齢の子に対しては子供の持っているリソースに頼って、「やらせて」しまうのではなく、それだけのモチベーションを信頼関係の上で大人が提供し、それをもって子供の力に変えていくプロセスを忘れてはならないと思います。






「すべき」を課していく関わりを見ていて気づくのは、「能力の発現を短期的に求めている」ということです。
要するに、すぐに結果を出そうとするので、強制力をもって「やらせて」しまいます。


スポーツにおける体罰なんかもここに起因するものがあるのですよね。
結果ありきで、指導をしているのでそれに間に合わせるために、体罰といったような極端な強制力を用いて能力の発現を求めてしまっています。
しかし、それは短期的には効果があるように見えても、そうそうにモチベーションが枯渇して燃え尽きてしまったりという可能性もともなっています。


ひるがえって考えてみると、子供の成長というのはそんなに短期的に結果をだす必要というのはあるでしょうか。

これについては過去記事『子育ての時間制限』のところでも触れていますが、子育てする大人が焦っているほどには、本当に実際の結果をだす必要のある時期というのはそんなに早くはないのです。


子育てする人が1歳の子に対して、1歳や2歳のうちには結果を出さなければならないと思っていたら、「やらせなければ」になりやすいです。

さっきの片付けの例で言えば、強制を繰り返すことで早々に身につけさせようと大人は働きかけてしまっているのです。

おそらくその保育園ではそういう関わり方がもはや当たり前なので、実際はそれらを思ったり考えたりすることもなく、ただそのメソッドに則ってやらせているのでしょう。


でも、これが例えば幼児期の中頃くらいを目当てに、それまでに「自発的に」やろうとする子を目指そうと思うことができれば、ことさら強制を多用する必要はさしてなくなってきます。

そして子供の成長というのはそういうものだと思います。

「どうしてもいついつまでに○○ができなければならない」というようなことは大人の都合以外ではさほど多くはないのです。

ましてや、保育園というのはまだ人格が出来上がってしまう前の子供に対するわけですから、強制によってさせる以外にも取れる方法というのはたくさんあるはずなのです。
もちろん家庭でもそれは同様です。


僕が言いたいのは、必ずしも小さい子に対して「○○しなさい」と関わることが悪いということではありません。

ときにはそういうこともあるでしょう。

でも、結果を求めることに大人が気を向けるあまり、子供の成長のもっと基礎になる部分を損なわないような配慮というものを大人の方ももう少しもってもいいのではないかという点です。

次回は、そこでの信頼関係の形成について書こうと思います。
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● COMMENT ●

相談です

はじめまして。いつもブログの記事を参考にさせていただいています。モチベーション。。私もついつい一歳三ヶ月の息子に「こうしなさい!」等言ってしまいます。自発的に行動してくれる子にするためには、親が気を付けないといけないのですね。

おとーちゃんさんに2つご相談したい事があります。
ひとつは、以前の記事で遊びを守るという内容があったと思うのですが(AくんがB君の遊んでいるおもちゃをとろうとしたら、B君の遊ぶ権利を守るという内容の記事です)、子供が一歳をすぎた頃からやはり他の子のおもちゃをとる、取られるという状況が増えました。取った場合は、「他の子が遊んでいるおもちゃだから返そうね」で良いと思うのですが、取られた場合はどのように対応すべきでしょうか?確かその記事では、「かしてあげようねー」は良くない、という事があったと思うのですが、私もついついそう言ってしまいます。もちろん息子は泣いて怒りますし、私も本心では息子の遊びを尊重してあげたい気持ちがあるのに、相手のコの親がいる手前もあり、そう言ってしまいます。つまりは相手の親に悪い印象を与えたくないと思ってしまうのです。
その度に何ていえば良いんだろう。。と思ってしまいます。親どうしが「かしてあげなよー」ばかりなのは、相手の親に悪い印象を与えない為に言っている人が多いのかなと思います。

二つ目は、一歳過ぎて歩けるようになり、公園遊びをするようになりました。ただ、息子は砂場にいれても砂に触ろうとせずスコップを振り回すだけ、ボール遊びをしようとしても、他の子のボールが気になりその子のボールを奪いにいく。。などあまりうまくいっていません。ついつい「そっちはだめよ!」とか「それはほかの子のだからだめよ!」などが増えてしまい、良くないなぁと公園に行く度に落ち込みます。また、こともは、他の子が気になってじっと見たまま固まってしまうことも多く、その時私も困って一緒に立ち尽くしてしまう事もあります。
この月齢の公園遊びって、どう遊べば良いのでしょうか。。砂場でママはこうしてあげるといいよ!とかアドバイスをいただけると嬉しいです。正直、私がインドアで公園で元気に遊ぶというより、絵を描く方が好きな子だったので、公園での遊び方がわからないのです。

長くなってしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

No title

こんばんは、はじめまして
ワタクシも最近パパになりましたので
興味深く読ませて頂きました。
参考にさせて頂きます^^

No title

今回の記事も非常に興味深いです。

私はどちらかというと、今子供にされて嫌だったり覚えさせたいなあ、というようなことがあっても、10歳までにはできるだろう。と思って『嫌だよ。』だけ伝えてるんです。(危ないことやどうしてもやってほしくないことを除いて)
でも、自分が自分の親にどう育てられたか?なのか、自分のもともともつ見栄なのか、たまにふと、『もっと厳しくしないとなのでは?』『もっとこのこは本当はできるんじゃないか?させないのは自分の怠慢じゃないか?』と思い込んでしまう時があります。

いつもはおおらかでいられるのに、こういう隠された自分の性質がでると、『人生で一番自由で幸せであるべき子供時代を、これほどに窮屈にする価値観。』を感じて、自分もそれに染められているのを感じ、気をつけようとよく思います。

息子が、子育てをいつかすることがあれば、孫にはそういうことがないように、とおもったり。

続きを楽しみにしてます。

icchanさん

相手との関係性もありますから、必ずしもこうしなさいというわけではありませんが、僕だったらこうするというところを書いていきます。
また状況にもよって対応も変わりますのであくまで一例です。


そのときだけ問題が解決すればいいということを子供にさせるのでも、大人がしてしまうのでもなく、今後子供が子供同士で解決や、もしくはトラブルにならないで過ごせる関わりかたを学べるような関わりを大人がしていくことが大切かと思います。


取られてしまった子の方には、それを不満に感じているならば「かえして」って言うんだよとか、言葉のでない時期ならばジェスチャーなどを伝えます。

それで子供自身がアクションをとれるように導きます。

それによって取り戻せるかどうかというのは別問題です。必ずしも取り返せなくても、それはそういう経験としてあっていいと思います。

どうすればいいかわからない状態から、実際の行動の方向性が子供に伝わるだけでも大きな進歩だからです。


また、とってしまった子に対しては「見てごらん、それは使っているよ」と自分で気づけるような行動を促します。

取ってしまう子は、まだ周囲の様々なことに気がつかない(またはそういう成長段階)わけです、意地悪で取っている子もままいますがこれはまた別の問題なのでここでははぶきます。

ですから、「気づき」を与えられる関わりを大人がしてあげます。


それをしないと、なんでもかんでもとっていい、つまり周囲への気づきを持たない発達段階にとどまるので、成長を促すことにもつながりません。


一方には返してもらうための行動を伝えました。
もう一方には、どういうものを取ったのか考えるための気づきを与えました。

この上でどうなるかは、その子達、その時々によりちがうでしょう。

また、これによって必ずしもすんなりといくとは限りません。ですがそれも経験です、なんどもそういったことを繰り返して学んでいけることと思います。



公園での遊びは、この年齢を考えたら今後当然成長してできることも増えていきますので、今の姿が全てではありませんので、あまり深刻にならなくていいと思います。今ただちにうまくできなければならないというものでもないからです。
この点時間の経過は味方です。

砂場に限りませんが、大人が楽しそうに遊んで遊びの見本を見せてあげたり、子供と一緒に遊ぶことでその遊びを面白いものにしてあげたりすることなどよくやります。

また、他者に迷惑をかけない状況であるならば、好きにやらせるのを見守るということも意味があるかもしれません。

そのボールの例でいえば、自分のボールがあるのに、人のボールを使うというのも変な話なので、「あなたのはこっち」としっかりと伝えていいと思います。

この伝えるときに、大人に自信がもてないと子供には伝わりません。
伝えるならば毅然と伝えましょう。


余裕のないときに他人の目を意識するようになってしまうと、それは過大なストレスにつながることもあります。

いまできることを小さくてもいいからコツコツしていくといいでしょう。

他児とのトラブルがストレスになるようだったりすれば、そういう状況はしばらく避けて人の少ないところで今の段階では遊んだりすることも考えていいと思いますよ。

ありがとうございます。

相談にご返信いただいてありがとうございます。
本当に、とても参考になりました。
おとーちゃんさんのアドバイスを参考に、子供がどうしたら良いのか分かるような関わりをしたいと思います。
公園も、「男の子だから外遊びさせなくては!!」という意識もあり、少し気負い過ぎていたのかもしれません。周りに迷惑を掛けない範囲で自由にやらせ、楽しく一緒に遊べたら良いなと思います。
ありがとうございました。
余談ですが、過去の記事を読んで影響を受け、今年のクリスマスには積木を買ってあげようと思っています。ボーネルンドの無色の物を考えていますが、イオンなどではキャラ物とかそういった積木しか取扱いがなく、少し驚きました。


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