2017-11

世界は少しずつ大きくなればいい - 2013.10.14 Mon

そんなむーちゃんは、ある意味「純粋培養」です。

お兄ちゃんの友達やその兄弟と遊んだりすることは体験しているけど、集団に属して、自分ひとりだけの存在として生活する経験はまだありません。








よく世間でいわゆる「もまれる」と言われるようなことはまだないわけです。

人によってはこういう経験を「あらかじめさせておかなくては」と考えるむきもあるのだけど、僕は別にそういうことは実際に自分でそういう経験に当たった時が、それを体験すべきときなのだと思っているので、そのような経験があまりないことを心配してはいません。


多少の、ものを取り合ったり、えばられたりするようなことはお兄ちゃんとの関わりの中であるけれども、他児に意地悪をされたり、攻撃されたりということはないわけです。

なので「純粋培養」です。

僕はまだその段階でいいと思っているし、むしろだからこそこの子らしい明るさ、おもしろさ、天真爛漫さというものを多分に見せてくれているのだと感じます。


おそらく来年度から幼稚園に通うことになれば、どのみちそういう経験は多かれ少なかれするでしょう。
人とぶつかったり、人間関係で嫌な思いをすることもあるでしょう。

それはそれで経験です。
またこういった人間関係のことは自分で経験して乗り越えながら学ぶしか、身につける方法というのはありません。

なので、人間関係のことはわざわざ大人がセッティングして味あわせるのではなく、それにであったときが適齢期なのだと思います。


その人の生きる社会や、状況によっては、その年齢では荷が重いような経験を嫌でもしなければならないということはあります。
しかし、それはある意味では不幸なことです。

子供はその身の丈にあった環境で少しずつ大きくなっていけるのが無理のないところです。


子供の世界は少しずつ広がっていけばそれでいいのだと僕は思っています。

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● COMMENT ●

やはり…

[その人の生きる社会や、状況によっては、その年齢では荷が重いような経験を嫌でもしなければならないということはあります。
しかし、それはある意味では不幸なことです。]

…… やはり、0歳児から託児所に預けることは、荷が重く不幸なこと
でしょうか……

「純粋培養」してあげたかったです。


No title

今まさに、この問題で悩んでいます。

自分の考えとしてはおとーちゃんさんに近く、
「人は嫌でもつらい出来事に合ってしまうのだから、その時までにその出来事を自分で乗り越えていけるだけの力を蓄えられるように、今の子供を満たしてあげたい」
と思っているのですが、夫は
「世間はそんなに甘いものじゃないから、揉まれる経験を早くから体験させて、対応する力をつけさせるのが親の仕事だ」
と考えていて意見がかみ合いません。

自分の意見は、自己肯定感という言葉を言い訳にして、子供を獅子の谷へつき落とすという親の痛みから逃げているだけのものであるようです。

できれば二人で何度も話し合いをして、同じ方向を向いて育児をしたいのですが、どちらも子供のことを考えてのことだけに、なかなか難しいです。。。子供のことを思っていれば、そこまで同じでなくてもうまくいくものでしょうか?

「その考え方がいいと思われる根拠を述べよ」と言われたら、おとーちゃんさんならどう答えますか?
このブログに書かれていることではあるのですが、なかなか自分の中で論理的にまとめられなくて・・・。
お時間のできた時に、コメントいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

No title

世界は少しずつ大きくなればいい、、、本当にそうですね。

うちでも、おとーちゃんと同じ考えで、息子を2人とも2年保育にしました。
就学前の期間くらい家族でゆっくり過ごしながら、自分の好きなことに
没頭させてあげたかったからです。

学校が始まると、本当に忙しくなるので、この時期って貴重な時間だったなと思います。

集団保育でたくましくなるのも本当だと思います。周りの子に比べると、息子たちはおとなしく、気も弱かったです。でも、学校のことをいつも親に話してくれて安心感はありました。それなりに心配もしましたが、子供のことを信頼していました。

いまでは学校でも代表に選ばれたり、友達にも信頼されているようです。

青年期や大人になれば、否が応でも荒波にもまれるのです。孤独に耐えなければいけないこともあります。だからといって、子供時代から、その試練を受けるべきだという今の風潮はどこか違う気がします。

考え過ぎ?

少し前にこのブログを知り、いつも興味深く拝見しています。
ひめママさんのコメントとかぶりますが、今回の記事の読後、私も全く同じことが頭に浮かび、とてもがっかりした気持ちになりました。

私も仕事の都合で8カ月から保育園に息子をお願いして働いています。2歳3カ月になる今でも、子供を預けて働くことについて完全に割り切れていません。仕事は経済的な必要性よりも、自分らしい生き方のひとつとして続けています。

今回の記事では、”その年齢では荷が重いような経験” = ”小さいうちから保育園に預けること”とは明言されていません。

また、「不幸」と書かれているだけで、そのような経験をさせてしまうことがいいとか悪いとか言っているわけではないので、あくまでもおとーちゃんさんの私見・本音と割り切って読むべきかもしれません。

しかし、本ブログの趣旨からして、読者の中に、ひめママさんや私のように思う方は少なくないと思いますが、逆に私の方が悪い方に考え過ぎでしょうか?コメント頂ければ幸いです。

世界は少しずつ・・・

子供たちを家でみていると、世間からいろいろ言われます。
「大変でしょう」に始まり
「子供にいろいろ体験させてあげないとかわいそう」
「そんなに内向的だと学校ではやっていけない」
などなど。

今は女性も子供を預けて働きましょう、、と国を挙げて応援している時代。
色々な角度から、子育てを外注することが正当化されています。
家でずっと見ているほうが少数派で、世間から?の目で見られることもあります。
小さいころから集団にまぜて、荒波にもまれさせてあげるのが、親の役目と言う人も多いし、不安になることもあります。

今回の記事は、保育園に預けるのがいい悪い、という論点ではなく、「早くから人間関係にもまれさせる」という理由で、わざわざ保育園に預ける必要はないと言われているだけだと思います。

だからといって、様々な事情で保育園に預けなければいけない人は、後ろ向きに考えずに、子供と触れ合う時間を大事にすればいいんだと思います。その方法をいつもおとーちゃんは教えてくれているのですから。

じょうさん

このあたりのことはもう少しきちんと考えてまとめてみたいと思っているのですけど、ざっと僕の考えを述べると。


>「世間はそんなに甘いものじゃないから、揉まれる経験を早くから体験させて、対応する力をつけさせるのが親の仕事だ」

世間にこういった意見が多いのは知っていますし、また絶対間違っているとも思いません。


でも、本当にそうかな?という懐疑的なものを僕は持っています。


映画の題名ではないですが、「今そこにある危機」ならば、それを乗り越えさせるようにする必然性というのは見いだせます。

でも、これらの考え方は、「将来本当にあるかどうかはわからないけれども、もしそうなったら困るだろうから、いちおうそれに備える力をつけておこう」
というレベルのものです。


その危機というものも、親が漠然と想定しているだけで、どんなものとも判然とはしていないのです。

そのレベルで、子供に備えさせたところで、それが本当にその危機を乗り越える力になるという保証もないし、可能性もけして高いものではないのです。


例えばいじめにしたって、どれだけ強さを持っていたとしても、それを上回る力で襲ってくることはあるわけです。

ということは、この「事前の親の企て」というものは、本当にその発達段階ごとに子供の注力できるリソースというものは限られています、その限られたリソースを配分するだけのメリットというのはどれだけあるのだろうかと僕は思います。

だったら、その限られたリソースの配分を子供の良き部分に使って、子供の良いところを伸ばすことで、その子の自信や強さというものにつなげたほうが良いのではないかと考えます。




また、親がその意図のもとに子供に関わったところで、子供は必ずしもそのように発達するものではないということも僕は知っています。


もし、そのような「強さ」とは相容れない性格の子供だった場合、それはその子の「個性の否定」ということにつながる可能性もあります。


そしてこのような個々の個性を見極めるには、乳幼児期というのはあまりに早すぎます。


もしそのような「強さを持たせる」的な企てを親が持つにしても、少なくとも乳幼児期にする必要はないのではないかということもあります。



また、これはあまりに理想的と言えば理想的な考えなのですが、「世の中には悪いことがはびこっているから、お前もそれに負けない強さを持ちなさい」というようなことを子供に伝えなければならないというのは、僕には悲しいことに感じます。

本当ならば、「お父さんお母さんはじめ、世の中の人たちは平和でよい社会を作ろうと努力していますから、あなたはあなたらしく生きなさい」と言えるようにすることが本来の大人の役目のはずです。



さらに言うと。

この「強さを持たせる」的な考え方は、男性中心主義的な考え方の産物という見方もできます。

日本の考え方は、前時代が軍国主義を歩んできたこともあって、男性中心主義的な考え方が端々で色濃く残っています。


社会がリベラルになり、男性も女性も同じように生きられる世の中にもうすでになっているはずです。

その社会の流れが行き着くところは、個々の自己実現が自由にできる社会というものです。


それは強い人間も弱い人間も同じように、自己実現できるということです。

弱い人間が無理してでも強くならなければならないというのは、このようなリベラルな社会にあっては、まだ未成熟な段階です。

こういうことが現実と乖離した理想論に近いということはわかりますが、子供の幼少期まで黒い現実をつきつけなくても僕はいいと思うのです。

そういうわけで、僕は「世界は少しずつ大きくなっていけばいい」と思います。

No title

忙しい中、たくさんのコメントをいただきありがとうございました。
少し時間を置いて、何度も読み返させていただきました。


その中でも、

>でも、これらの考え方は、「将来本当にあるかどうかはわからないけれども、もしそうなったら困るだろうから、いちおうそれに備える力をつけておこう」
というレベルのものです。

>その危機というものも、親が漠然と想定しているだけで、どんなものとも判然とはしていないのです。

>そのレベルで、子供に備えさせたところで、それが本当にその危機を乗り越える力になるという保証もないし、可能性もけして高いものではないのです。


この部分を読んで、自分の子供の頃を思い出しました。

自分は小学生の時、母親を亡くしました。
父が1ヶ月に数時間しか家にいない人だったので、母親はどちらかというと厳しい人でしたが、ある意味そのときの自分の世界の大部分を占めていました。

自分はそのとき、「みんなのうちにお母さんはいると思っていたけど、世の中には絶対に起こらない不幸なんてないんだ、人は死ぬのが当たり前なんだ」と考えました。
たぶんそうやって当たり前のこととすることで、傷つくことから自分を遠ざけようとしたのだと思います。

その後の父親の再婚・離婚や、事業の失敗・多額の借金など、絵に描いたようないろいろな障害がありましたが、自分はそれに対してもあまり傷ついたり泣いたりと感情を動かされることはなかったように思います。
「しょうがないことだ」と思っていました。

おとーちゃんさんの言葉で、自分は「どんなに備えたって『その年齢では荷が重い経験』など当たり前の様に備えを超える勢いでやってくるもので、そしてそれは本人以外の人の力では乗り越えられないもの」だと思っている、その経験から「親が考えられる程度の『荷が重い経験』を、必要もないのにさせる」ことに対しての考え方の違いがあるのだということが、自分の中ではっきりできました。


また、

>その限られたリソースの配分を子供の良き部分に使って、子供の良いところを伸ばすことで、その子の自信や強さというものにつなげたほうが良いのではないかと考えます。

>もし、そのような「強さ」とは相容れない性格の子供だった場合、それはその子の「個性の否定」ということにつながる可能性もあります。

自分は、子供にその子に合った自信や強さをもたせたい、「個性の否定」をしたくない、というのが育児の根本にあるのですが、夫は「個性を偏重するあまり、みんなと同じことをしたくないのも逆境を跳ね返す強さがないのも『個性』となってしまって、弱い大人になってしまう」ことを危惧しているようです・・・。

目指すところは「子供の幸せ」。
それは一緒なので、たくさん話し合っていきたいと思います。


>また、これはあまりに理想的と言えば理想的な考えなのですが、「世の中には悪いことがはびこっているから、お前もそれに負けない強さを持ちなさい」というようなことを子供に伝えなければならないというのは、僕には悲しいことに感じます。

これは、自分は正直心の中では「世の中は自分を傷つけるものでいっぱい。だから自分が意地でも幸せになると思わないとなれない」そう思ってしまっています。

ただ、そう思ってしまうこと自体は子供に引き継ぎたくはないとも思ってしまいます。
だから、

>本当ならば、「お父さんお母さんはじめ、世の中の人たちは平和でよい社会を作ろうと努力していますから、あなたはあなたらしく生きなさい」と言えるようにすることが本来の大人の役目のはずです。

こう伝えてあげられる努力をしている大人を目指したいな、と改めて思いました。

自分の中のまとまらない部分が、クリアになるような言葉を本当にありがとうございました。

引き続き、更新を楽しみにしています。


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