2017-06

相談 「私は愛情不足でしょうか?」について考えてみる - 2013.10.07 Mon

子育ての相談を受けていると、ときどき「私は愛情不足でしょうか?」という言葉がお母さんたちから発されます。(似たようなものとして「母親失格でしょうか」というのもあります)

コメントで相談を受けている中にも、ときどき出てきています。

過去の相談コメントを見てみれば、おそらく20や30では足りないくらいには、同様の言葉が書かれていると思います。



これはちょっと不思議な言葉なのです。

今日はなぜその言葉が出てきてしまうのかについて考えて見たいと思います。



ずいぶん昔の記事になりますが、その中で僕は「愛情」という言葉を使って、子育てのしかたを伝えたり、考えたりしないということを述べています。

「愛情」という考え方は、それの指し示すものが、人により同じではないので、その言葉をもってして具体的によりよい子供との関わりを伝えるということは実際問題、容易ではないからです。


また、子育てに悩んでいる人にとって「愛情をもっとかけてあげましょう」とか「いまのままではお子さんは愛情不足です」というような言葉は、その親そのもの、そしてその人がしてきた子育てそのものを否定することにつながる言葉です。

伝える方としてはそういうつもりはなくとも、それを言われる方からすると、それは自分を責められるだけ、プレッシャーをかけられるだけで、かならずしも具体的な子育ての正常化につながるものでもないし、場合によってはそれが余計に悪い方へといってしまうこともあります。


さらに、「愛情」という漠然とした「心の持ちよう」によって、子育ての問題を語ってしまうことは、それは単に精神論になってしまい、現実の子育ての様々な問題に悩んでいる人の具体的な助けとはなりません。


そういうことがありますので、僕は子育てということを「愛情」という考え方に還元しては語らないようにしています。




ただ、世間ではそのように考える人はむしろ少ないですから、しばしば子育てがうまくいっていない人に対してや、安定が得られてない子供を評して「もっと愛情をかけてあげたら」とか、「愛情不足になっています」などの表現を使うことはしょっちゅうあることですね。


そういうことが一般によくありますから、子育てに悩んでいるお母さん方も「私は愛情不足なのでしょうか?」ということを思ってしまうのかもしれません。
またはだれかにそういうことを言われたことがあるのかもしれません。



冒頭で僕は「これはちょっと不思議な言葉なのです」と言っているのは、いくつかの理由があるのですが。

まず、それは紛れもない「自己否定の言葉」であるということがひとつ。

もうひとつは、「愛情」といった心の内にある問題は、本来自分以外のほかの誰にもわからない問題であるにもかかわらず、それを人に聞いてみようとしていること。
特にブログのコメントでの相談のような、僕のように一面識もない立場のひとにすらそれを問いかけているということ。

このあたりのことが、「不思議」に感じられるのです。


別に責めているわけじゃありませんよ。

なんで、子育てに悩む人たち、とくにお母さんたちがそういう言葉がでるような状態になってしまっているのか、ということになにかしら引っかかるものが感じられるのです。

そしてそれがいったいなんなのか注目してみることで、いまの家庭での子育ての難しさの問題が明らかになってくるのではないかと考えました。





心理学的考察などという立派なものではないですが、そのあたりのことを次のように、自分なりに考えてみました。


>「私は愛情不足でしょうか?」

相談の文章の中に紛れているとなにげなくすごしてしまいますが、こうしてピックアップしてみると、そこにはなんらかのお母さん達の心情が感じられますよね。

・「不安」
・「心配」
・「自己否定」
・「自信喪失」

そのような感情がこの言葉の背景にはあることがうかがわれます。


なぜそうなってしまうのだろう?

いろんな子育ての悩みを持つ人と接してきて、僕にはその理由がだいたいわかっています。



それは英語で言うところの【deadlock】というやつです。

つまり、「行き詰まり」「お手上げ状態」ということです。


子供の難しい様子や、子育ての難しいところに直面して、人はその人の持てる知識のなかからなんとかその解決になるようなことをしてみます。

その自分の知識が足りないと思う人は、周りの人が言っていること、言われたこと、世間で言われること、子育てのマニュアルに書かれていることなどのなかから、さらにいろいろ試してもみるでしょう。


それでもどうにもいい方へいかないで、自分にはとうとう対処する手札が無くなったとき、人は自信をなくします。

そして、自信を喪失した心の感情は、今度は自分を責めるというところに行ってしまいます。

そういった心のあり方が発してしまう言葉が、この「私は愛情不足でしょうか?」なのです。



ですので、本当の問題、そして求めている回答は「愛情の多寡(多い少ない)」ということではないのです。

「そんなことはないですよ。あなたは愛情不足なんかではないですよ」と言ってもらい、多少は気が休まって自信回復につながるれば、それはそれでいいと思いますが、本当に必要なものは「具体的にどうすれば、この状況を打開できるか」という明確ななおかつその人にも取れる手段なのです。


いま子育てをする多くの人が、子供に対してとれる具体的な手段のわからなさゆえに、子育てに悩み・苦しんでいるのです。


僕が子育てを「愛情」で語らないというのもまさにここにあるわけです。

いまの日本人の子育ての概念の中には、驚くほどに明快な子育ての手段というものの知識がありません。

「子供は受容すべきなのか、それとも甘やかすべきでないのか」そんなようなどう子供に接したらいいのかわからない、自信を持てないところで漠然と子育てを進めていっています。


その一方で、子育てのについて「愛情をもって」などの精神論的な子育ての手段や、「きちんと叱って育てる」「しっかりしつける」などの「○○すべき・○○すべきでない」といった、教条的な知識ばかりが、子育ての方法論として一般に流布しています。


もちろん、そういったものの意味というものもあるとは思うけれども、しかしいま現実に子育てで悩んでいる人の多くは、そういったものでは解決しないどころか追い詰めるばかりになっているというのも見逃せないところです。



というわけで、

「私は愛情不足でしょうか?」と感じてしまう人には、
「そんなことないですよ、必ずその悩んでいることに対処する方法というのはあるんですよ」と言いたいです。

そもそも本当に愛情のない人ならば「私は愛情不足でしょうか?」などという悩みはでてこないのです。
「私は愛情不足か?」と思ったのならば、それはつまり「愛情がある」ということの明確な答えなのです。



また、
「あまりに気にやんで自分を責めることはなんのプラスにもならないので、↑こういう経緯で心のメカニズムがそう思わせてしまっているだけなので、自分を責めるのはできる限り吹っ切ってしまったほうがいいですよ」とも伝えたいと思います。


しかし、実はこの「自分を責める」という心の動きには実は「魔力」があるのです。
それについては次回。
関連記事

● COMMENT ●

教えて下さい

いつも拝見させて頂いています。
今回の記事も興味深く読ませて頂きました。
皆さんがそのような悩みを持つのは昔と違って大家族や地域で子育てしているのではなく、子と親が一対一で向き合う時間が多いのも理由なのかなとも思います。
続きの記事も楽しみに待っています。

ところで相談なのですが、
娘は3才なのですが最近強いお友達からドンと強く押されたり、強く叩かれたりすることが増えました。
その場で大泣きし家に帰ってからも「どうしてお友達は私を叩くの?」と言います。

もちろん、何かおもちゃの取り合いになった時もあるのでこれは今の時期しょうがないのかと思うのですが、急に何の前触れもなく目の前に来て叩かれていることもあります。

私はやったらやり返すということを教えたくないので
叩かれたら「嫌だよ。痛いよ。やめて。」と言葉で伝えるように言っています。自分が叩きそうになったら手を後ろにやって我慢するようにも伝えました。自分がやられていやなことはお友達にもしてはいけないと伝えています。
お母さん友達からこの我慢させる行為は良くないと指摘を受けました。
お話ができるようになった今でも叩いたら叩き返して良く、感情の赴くままにさせ我慢させない方がいいのでしょうか?

相手のお母さんもお子さんにはだめだよとしっかり伝えているのですが改善されません。
保育園ではこのようなことがあった場合、叩く方、叩かれる方に対してどういう風に対応しますか?
叩く方の親も叩かれる方の親もどうしたらいいのかお互いで悩んでいます。
保育のプロの解決の仕方、子どもの導き方を教えて頂きたいです。
宜しくお願い致します。

愛情の伝え方

興味深く拝見しました。
4歳、1歳の姉妹を育てています。
私も「愛情不足なのか?」と悩んだことがあります。

私が今のところ納得してる答えは、「愛情はどの親にもあるけど、それが子供にきちんと伝わっているかどうかは親の関わり方次第」ということです。

私は「ママカフェ」という、子育ての勉強会というか、講義というか…そういうものに参加してるのですが、上に書いたのは講師の先生から学んだことです。
子供の自立と子供との絆を育む子育て方を、選択理論心理学に基づき、また先生ご自身の経験も踏まえて教えてくださる、貴重な学びの場所です。

都内を中心に数ヶ所で開催されています。
なんだか宣伝のようになってしまいましたが(笑)、このコメント欄を読んだ読者の方に、少しでも助けになれば。

先日

散歩中に会ったおばさんに言われました。

我が子は3歳と7ヶ月の男の子二人ですが、長男は赤ちゃんの時から今も指しゃぶりがやめられません。
眠くなったり疲れると、歩きながらでも指をしゃぶってしまいます。
そんな長男と、抱っこ紐にいる次男を見て話しかけてきたおばさんが、
「指をしゃぶっちゃうっていうのは、親の愛情不足らしいわよ。下に赤ちゃんがいたりするとね〜」と。
その場は笑ってやり過ごしましたが、やっぱり心に引っかかります。

そういえば周りの3歳で指しゃぶりをしている子を見たことがありませんし、やっぱり私の愛情不足なのかなと。
他のお母さんに比べて、私には欠陥があるんじゃないかと。
最近わりと迷いなく育児していたところだったのに、その一言でまた不安や迷いが出てきてしまいました。

次の更新も楽しみにしています。

最近わかったこと

何度かコメントさせていただいています。失礼します。
相談ではなくて、感じていることを書かせていただきます。

世の中に「お母さんがこう育てたから子どもがこう育った」という話が多すぎて
私のように、思い込みが強く・影響を受けやすく・ちょっとこだわり派の方たちには
プレッシャーになってるんではないかと思います。

私も、我が子だけは特別に育てようという思いが無意識にあったらしく、
禁欲的な育て方になってたと思います。

今は、
どう育てたって子どもは子どもなりに育つのだということ。
虐待など人格をゆがめるようなことだけは避けるが、
普通に接するのが一番よいということ。
と思って過ごしています。

最初から「こうだよ」と言われても実感できなかったと思います。
失敗して初めて気が付くのです。
母親も子どもと同じです。
今までの子育ても無駄でなかったと思います。
7年目にして間違ってたと思いますが遅くないとも思います。
これから子どもと新しい接し方で過ごしていくのが楽しみです。

「子どもを信じること」という本を読みました。
今までどこかで聞いたことあるという論点も多いのですが
すごく共感できました。

子どもをいちいち叱るということは
子どもの失敗する機会を奪っているということ。

子どもは自分からよくなろうとしているということ。

目に見えるものだけにとらわれないこと。

母親は、子どもに去られるためにそこにいるのだという、言葉。

そして同様にこの本のような内容を目にしても
受け取る側次第でまったく心に届かないこともあるということ。

というメッセージを私は読んで受け取りました。

もちろんおとーちゃんさんもこういうこと言ってくださってるんですけど
わかったつもりでやっぱり心に入ってないことも多かったですね・・・

まとまりのない文章ですみませんが、
こんなんでも読む人が読めばなんとなく意味が通じるかなーと思って投稿させていただきます。
ありがとうございました。

悩んでいます。

1歳と4歳の母です。何度が相談させていただいてます。そのたびに的確でわかりやすいアドバイスをいただけてとても感謝しております。

4歳になったばかりの娘のことで相談させてください。

こちらのブログで学ばせていただき、受容と肯定を意識して関わるようになってから2ヶ月ほど経ちました。
それまでは些細なことで不安になったり、遊びも集中して続けられないことも多く、モチベーションも低いためにすぐに面倒くさがったり、親の顔色をうかがいながら生活しているように感じられていました。
そのような様子もすっかりなくなり、自分から難しいことや初めてのことでもあきらめずに挑戦しようとしたり、こちらが口うるさく言わなくても自らすすんで身の回りのことをしたり、落ち着いてひとつの遊びを集中して続けることができるようになりました。

最も変化のあったことは、今までは私が家事をしたり、夫と話をしていたりすると、わざと困らせるようなことをやって気を引こうとしたり、大声で話をさえぎろうとするようなことがよくありましたが、そういったことが全く無くなり、家の中で安心して過ごしてくれているように感じられ、とても嬉しく思っています。
それと同時に、今まで躾をしっかりしなければという思いから、些細なことでも厳しく叱ったり、理屈で教え込んだりしていたことをとても反省しています。

次女はとてもあっけらかんとした性格で、そのような関わりをしていてももしかすると長女と同じような様子はあまり見られなかったかもしれませんが、長女はとてもナイーブで感受性が強くプライドも高いほうなので、余計に厳しい関わり方の影響を受けやすかったのだと思います。

ですが最近、何の前触れも無く急に、何ヶ月も前に私から叱られたことなどを話すことが増えました。
例えば、先日実家から母が遊びに来たのですが、私のいないときに「ママがね、○○ちゃん(長女のこと)が何にも悪いことしてないのに急に腕を引っ張ったの。すごい嫌だったから後で○○ちゃんが寝た後にママに言っておいて?」と言っていたそうです。
正直私にそのときのことは全く覚えが無いのですが、一つ言えることは娘に手を出したことは無いし、もし腕を引っ張るなら車が来ていて飛び出したなど危険な状況だったのだろうと思います。
そのときにも、言い方は厳しかったと思いますが、危ないからということは伝えているはずです。

このような感じで、以前厳しかったときに言われたことなどを、楽しく過ごしているときに急に私に「○○ちゃん悪くないのにママってすぐ怒る~」とか、私のいないところで私の母や義母や幼稚園の先生に話すことがあります。
厳しくしていたころにそういうことを言われたり、誰かに言っているようなことはなかったのに、受容的な関わりをするようになった今になって、娘からそのように言われるととても悲しくなり、それと同時に娘との関わり方を一生懸命自分なりに変えていくことに苦労を感じることもあったにも関わらず、娘から理不尽に怒っていると言われて、正直「どうしてそんなひどいことをいうの?」と泣きたくなることもあります。

もちろん危険なことや、人に対して馬鹿にしたり見下すようなことを言ったりしたときは叱ることは今でもあります。
そのときでも、「ママは○○が大事だから」や「ママは人にそういう意地悪な言い方するのは良くないと思うし、そういうことを言うのは嫌だ」というような伝え方をするようにしています。

長女にとっては厳しいと感じることが多かったかもしれませんが、私なりにどうしてダメなのかの理由もきちんと説明していたのに、娘にとっては理不尽としか受け取られていなかったのでしょうか?
それとも、安心して過ごしているように見えていただけで、本当は私の顔色をうかがっていい子を演じているだけなのでしょうか?

どういう気持ちから娘がそういうことを話し始めたのかがつかめず、自分の関わり方に自信が持てなくなってしまいました。
もし、娘がいい子を演じているだけだとしたら、これからどのように関わっていけばよいか教えていただきたいです。

長文でわかりづらい内容で申し訳ありませんが、アドバイスをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

一歳半の女の子について

おとーちゃんさん、先日検索をきっかけにこのブログを見つけ、それから過去エントリーも含めて何度も読み返しています。
今日は初めてコメントさせていただくのですが、相談をさせてください。

一歳半の女の子を生後二ヶ月から海外で育てています。
喜怒哀楽が大きく、良く笑ってくれるのでそんな時は本当に幸せを感じるのですが、逆に上手くいかないこと、気に入らないことに対してすぐに機嫌を悪くしてしまい爆発します。気が短いというか、あまり我慢ができないようです。(一歳半はそんなものかもしれないのですが、こっちが疲れ果てるほどひどいので、私の接し方に問題があったのか日々悩んでしまいます。私の接し方で改善できないか、アドバイスいただけたらと思います。)
ご飯を食べる時も好き嫌いが激しく気に入らないものがのっていると、もうそこで泣いてわめいて、ご飯が台無しになる。。おもちゃで遊ぶ時も例えばはめ込む遊びのはめるのが上手くいかないと怒り出し、、
言葉もあまり出ておらず、これをして欲しいと伝えることも苦手なのかなと思ったりもします。何に対して怒っているのか、何をして欲しいのか分からないことも多々あり、一日の間に何回も怒って大泣きされてという日が続くので疲れてしまっています。もちろん遊びも長く続きません。
ちなみに私が叱ったりするのが得意ではなく、小さい頃から要求に答えすぎたのかなと思ったりもしています。

私の母は私に対していつも否定的な話し方をするので、相談しても気が滅入るだけなのであまり相談できず、海外で育てていることもあり、身近に相談できるプロフェッショナルもいないのでこちらで相談させていただきました。
この先どのように接していけばもう少し落ち着いて物事に取り組んだり、人に対して上手に要求を伝えられるようになっていくのでしょうか。。。

上手くまとめられなくてすみません。何かアドバイスいただければ嬉しいです。

ノンタンママさん

>お話ができるようになった今でも叩いたら叩き返して良く、感情の赴くままにさせ我慢させない方がいいのでしょうか?

基本的には、叩くのはよくないと教えることは間違っていないと思います。

そしてその上で、他児との実際の経験の中でやりあってしまうことがあったとしたら、それは経験の内なので、そこに目くじらを立てる必要はないということだと僕は思います。


保育の中でもやはり人を叩いたり攻撃しないということは伝えます。

そこでおしまいなのではなく、それは理屈であって、教えたからそれがそのまま子供の身になるかというのとはまた別問題で、その上での他者とのかかわり合いの中でその理屈と現実をすり合わせるプロセスを持つということが必要なことだからです。


>相手のお母さんもお子さんにはだめだよとしっかり伝えているのですが改善されません。

ここに関しては、おそらく必要なのは、「ダメだ」と伝えることだけではなく、それ以前の段階として
「受容」「満たされている」ということが必要になってくると思います。


乳幼児期には「してはいけないこと」「すべきこと」を教える前に、子供自身が受け入れいられている、肯定されているという実感が大切になります。

それの薄い子にいくら、理屈を伝えても行動には反映されません。


いいか悪いかで言えば、その子だってそれが良くない行為だということは十分に分かっているはずです。

にもかかわらず、その行動がやまないということは、そうせざるを得ないなにかがあるわけです。

そこを見ずに、子供の行動の否定ばかりを重ねてしまえば、よけいにその「せざるを得ない何か」が大きくなってしまうだけです。

そのお母さんが取るべき対応で、もっとも効果的なのは「受容」に力を注ぐことだと推察されます。

「くすぐり」でもなんでもいいですから、子供と暖かく関わり肯定するというプロセスを大きくしていけば、「それはいけない」と伝える大人の気持ちも伝わるようになったり、そもそも他児を攻撃するということで気持ちを解消すること自体が減るということが考えられます。


また上のこととは別に、強い刺激や叩いたりするシーンのあるテレビなどの影響から、叩くことが遊びになってしまっているケースという場合もあります。
そういう場合はそのような環境の是正ということがポイントになるかと思います。

参考までにどうぞ。






さとさん

価値観や社会や家庭のありかたの変化で、前の世代の子育て観と今とでは相い容れない部分もたくさん出てきています。

年配のひとは、そういう自分たちの考え方が当たり前のものとして、なんの悪気もてらいもなく言うのでしょうけれども、いいと思うことだけ受け入れ、気に入らないことはスルーしないとただ辛いばかりになってしまうかなと思います。

ありがとうございました

おとーちゃんさん、お返事ありがとうございました。
教えて頂いた通りある程度は目くじらを立てず、
子供なりに身をもって学べるように温かく見守りたいと思います。

相手の親御さんはその子を叱っていることが多く、
きっと悪循環になっていたのだと思います。
おとーちゃんさんに教えて頂いたことを伝えてみようと思います。

3才にもなると色んなことがわかっていて
「どうして何もしていない私が叩かれるのか?」と家に帰って大泣きしていてとても傷ついており、私もそれになんと説明してよいのか困っていたので、解決の糸口が掴めて本当に良かったです。

相手のお子さんも心に傷があると思うので沢山愛情を持って接してもらうようにうまく伝えられらたと思います。
本当にありがとうございました。

ほわほわさん

娘さんがそういうことを人に言う時のニュアンスによっても、どういう気持ちで発しているかが変わってくるので、一概には判断できないのだけれども、僕にはそれらはそうそう悪く捉えることもないように感じられます。

なぜなら、ひとつには感じていることを感情の中に押し込めるのではなくて、出せるようになっているということは実はいいことだと思うからです。


コメントの前半では娘さんの姿が良い方へと変化を見せてきたことを書いていらっしゃいますね。


それらは、娘さんの心にかかっていた無理がなくなってきたことの現れです。

そしてそれ以前の段階でも、いま口に出すようになったことを同じように感じていたとしたら、それらは口に出すことすら抑圧されて心の内に深くわだかまっていたということです。

それを人に対して伝えられるようになったということは、叱ることや厳しくされることで抑圧されれ居た気持ちから、素直な心のあり方に戻ってきているということです。

もっと言えば、次の段階としては、それを直接ほわほわさんに伝えられるようになればなおいいのではないかと思います。



もうひとつ思うのは、子供が本気で母親を非難するようなことを他者に告げるということは、まずそうそうないということです。

それらの言葉が本心から母親を責めるつもりで発せられていると捉える必要はないと思います。

人の気を引くためや、関心を向けてもらうために、ちょっとしたことを大きくして人に話すというようなことはこの頃の子供たちにはよくあることです。


また、親が子供のためや安全を考えて伝えたことの真意が伝わらないということも、そうそうありません。
なのでそういうところは自信をもってこれからも伝えていいことでしょう。

もし、子供がそう感じていたとしたら、これまでの関わりの中で、叱られることや否定されることが多かったので、それとの区別がつかないくらいに子供の中でなっていたという可能性もあります。



>長女にとっては厳しいと感じることが多かったかもしれませんが、私なりにどうしてダメなのかの理由もきちんと説明していたのに、娘にとっては理不尽としか受け取られていなかったのでしょうか?

多かれ少なかれ子供にはこういう部分があるのですが、個々の性格によっては余計にそうなってしまう子もいます。
それは、

大人から強く制止されたり叱られたりすると、その大人から否定されたということのショックが大きくて、その周辺の理屈や理由などに考えの及ばなくなってしまうことがあります。

そういうこともありますので、伝えたはずなのに理解していないというようには考えなくていいと思います。


4歳を過ぎてこれからはだんだんそういうこともわかるようになってきますから、そのなかであなたのために伝えているということが徐々にわかっていけばいいのではないでしょうか。

また、あえて叱ったりすることにくどくど理由をつけなくとも、普段から受容され、「かわいいね」「大好きだよ」と伝えていれば、子供は叱られたりすることを悪く捉えたりはしなくなると思います。
おそらくは今も本気でそう考えているわけではないと思いますが。


おすすめしたいのは、ほわほわさんのほうも考えすぎて悪く捉えないようにするということです。

自分の気持ちをわかってくれないなどと、今の段階から母子のあいだに精神的な垣根をつくるような気持ちになってしまうと、とくに母・娘の場合は長らく埋め難い溝になってしまうことすらあります。

成長の見せる一時的な姿だと思っておおらかにとらえていくべきだと思います。







りんごさん

お悩みのことは、「癇癪」や「感情の起伏の激しさ」といったことになるのだろうと思います。

これらは、「大人の関わりがそうしてしまっている」ということもありますが、その子の性格や気質、情緒の安定を阻害してしまうようななんらかの環境要因、または発達上のなんらかの特徴が強くでているなど、原因が多岐にわたることがあります。

僕からはその理由となるものが特定できません。そして、発達上のことや性格的なものなどの個別的な問題の場合は文章のやりとりだけではわかりませんので、一般的なものと仮定して、関わりと環境の部分から僕に言えることだけ書いていきますね。


まず環境からくる情緒不安がそのようにさせている、もしくはそういった性格などをより強めてしまっているという場合があります。

なので、環境について考えてみます。


・過ごしている環境が、賑やかすぎたり落ち着かなかったりする
・生活する場での、人の出入りが激しかったりする
・頻繁に養育する大人が変わったり、預けられたりすることがある
・養育する大人に悩みや、なんらかの強いストレスがある
・家族内や夫婦間などでトラブルがあったり喧嘩があったりする

ざっと上げました。こういうことがもしあるならば、それらが要因となっていたり、助長したりする一因となっている可能性があります。



次に関わりの点から。

>小さい頃から要求に答えすぎたのかなと思ったりもしています。

こういうことが、現在の姿を強めてしまった可能性というのもあります。
しかし、1歳半で行動や人格が固まってしまうということもありませんので、そう思う点があるならばこれから気をつけていけばいいことでしょう。


ですが、こういった子供の姿には理由がないということもよくあることなんです。

よく世間で「癇の強い子」「癇の虫」などといいますが、感情の出し方の強い子というのがいます。

これらはたいていは成長とともにだんだんと収まっていきます。



大人の関わりで気をつけるべき点を書いていきます。


・大人がオロオロしない

子供がカンシャクをおこしても、それで動揺したり、「ご飯を食べなかったらどうしよう」などの不安の色を出さないようにすることです。

そういった大人の動揺や負い目を子供が感じると、それによって不安になりより子供はカンシャクがつのったり、その大人の動揺に対してかさにかかって自分の感情を押し通そうとしたりします。

「どうしよう・・・」にならずに、「あーそうなんだーー」と大人の方が受け流す気持ちを持てるようになると、大人も子供も楽になります。



・「メリハリ」を持つ

たのしいときは大人も一緒に楽しく過ごすことが大事です。
大人が子供を持て余したり、普段からイヤイヤ相手をしたり対応する姿勢を子供が感じていると、余計にそういったカンシャクという形で、それら受け止められていないという不安や不満を噴出させることがあるからです。

また、このメリハリのためには大人が無理をしないということが一方で重要です。
なんでもかんでも、大人が自分を殺し、子供に合わせようとしていたら、余裕を持って楽しい時間を楽しく過ごすということはできなくなります。
子供が要求しても、自分がしたくないことはしない。無理をして子供の要求を叶えようとすることは必ずしもプラスになりません。
大人がしたくないこと、させたくないことなら、きっぱりとNOと言っていいのです。


・「全面肯定」
上のことと同時に、「全面肯定」の姿勢を持つことでも子供を安心・安定させることができます。
これについては過去記事に詳しいところがあるので、検索してみてください。

・「先回りした関わり」
これも過去記事にあります。
むずかしいことはしなくてもいいですから、「くすぐり」だけでもやってみましょう。
それだけでも子供の姿は変わってくることと思います。

これはカンシャクを起こしてから、それをごまかすためにくすぐれというわけではありません。

これのポイントは、子供の機嫌の良い時に、親の方から率先して関わることで、子供に親から受け止められている「受容」というものを感じさせ、情緒の安定をはかったり、気持ちを満たすということができることです。

無表情でやっても意味はないですから、これもメリハリと同様に一緒に笑顔で楽しみましょう。


とりあえず、これらの点に気をつけてしばらく見守ってみるといいかと思います。



もしかして、なんらかの発達上の問題からそういった姿がでている可能性もありますので、いちおう簡単にチェックする点を挙げておきます。

・目を合わせるとそらしてしまう
・笑うことがない
・抱っこされることを嫌がる
・くすぐられたり、体を触られることを不快に感じている
・極端な偏食(これとこれしか食べようとしないなど)

これに当てはまるから必ずしもということではありませんが、こういった傾向があればお母さん一人で悩むのではなく、より専門的にアドバイスをもらったりする方がいいということもあります。

ただ、まだ1歳半という年齢ですので、そこまで深く考えることもないかもしれません。

ありがとうございました

お忙しい中丁寧に説明していただきありがとうございました。

長女の言動は、素直に自分を出せるようになってきた証拠だと信じたい気持ちではいましたが、私自身もショックでそう思えずに苦しんでおりました。

おとーちゃんさんに背中を押していただいた気がして、また育児に前向きに取り組めそうです。

実は、私と長女の性格はとても似ており、まだ4歳の子ども相手に些細なことでぶつかりそうになることが時々ありました。
今後親子間で見えない壁みたいなものができないといいなとも感じておりました。
長女も私も小さなことを気にしすぎるところがあるせいだと思いますが、おとーちゃんさんがおっしゃるとおり、私のほうが精神的な垣根を作ってしまわないように、今までどおり受容と肯定を心がけておおらかに子育てしていければと思います。

ありがとうございました。

No title

いつも学ばせていただいでいます

新しい記事を楽しみにしながら
過去の記事を読み返しています

読む度に気づきが多く
本当に書籍化を願っています

お時間ある時に教えてください

私は子どもがお腹にいる時に
いろいろなことから離婚を考えました

子どもが産まれて欲しいと思う気持ちと
自信のなさで
いろいろな思いを抱いていました

お腹の子には本当に可哀想な思いをさせました


生まれてから
幸せになって欲しい思いで毎日過ごしています

おとーちゃんのブログで教えていただいたことを意識して
過ごしているお陰か
毎日叱ったりいらいらしたりすることなく
過ごせます

だけど
気質を見ていると
不安が強く
「背負わせてしまったもの」がある気がします

お腹にいる時の影響は
修復していくことができるのでしょうか


おとーちゃんに質問をすることではないかと思いながらも…
すみません
(対象外でしたら返信不要です)


これからも読ませていただきたいです

お体を大切にされてくださいね…

mamaさん

たしかに、妊娠時のストレスは胎児に影響があるという話を聞きます。

でも、それがどんな場合にもそのとおりになるか?、mamaさんの場合は当てはまるか?というとそんなことはないかもしれません。


>「背負わせてしまったもの」がある気がします

これだって、そのとおりかもしれないし、そうでないかもしれないというのが実際のところです。


そしてそれがどちらにしたところで、これからするべきことというのは何も変わりません。


万が一、妊娠時の影響があったとしても、もしかするといまmamaさんがそのことをいまでも悩んでいることからくる今現在与えている影響というもののほうが大きいということだってあるかもしれません。


子供というのは放っておいてすら成長しています。
それこそ小さくとも日々成長しているわけです。

それはどういうことかというと、子供はいつも前を向いていられるということです。

過去になにがあったとしても、今が心地よくあって、前にあかるい空間が開けているならば子供は過去の問題など気にせず進んでいける余地がたくさんあるのです。


過去のマイナスの埋め合わせを考えようとするよりも、これからどんなプラスのことができるのか、ということにmamaさんも目を向けていったほうが親子共々いい結果につながるのではないかと僕は思いますよ。

ありがとうございます

本当に救われる思いで読みました
丁寧な返信をありがとうございました

本当にそうですね…

子どもは前を向いていくという言葉が
本当にストンと気持ちにおちました

本当にありがとうございました

これからも更新を楽しみにしています

書籍になることを
切に願っています


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Author:保育士おとーちゃん
当ブログはあくまで個人ブログであり、記事の内容および相談・コメントの返信等は効果を保障するものではありません。
ご利用に当たっては自己責任でお願いします。

楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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