2017-11

保育士の援助と公的保育 - 2013.06.15 Sat

前回までの『支配的な行動を示す子』のところでは、保育士の専門的な「援助」というところも含めて書いてみました。

しかし、この高い専門性があってできる援助というものですが、実のところなかなか人の目には写りません。



園の中で行っていることだから一般の人からはなかなか見えないということではなくて、まあそれもありますが、こういった援助につながる行為を目の前でしていたとしても、なかなかその本当のところが見えないのです。

一般の人からだけではありません、同じ職場にいる保育士からすらなかなかわからないのです。


もちろん、同じような意図を持って子供に援助ができる保育士からならば、それはわかります。

あまり年齢が若いとか経験年数が多いとかも関係ありません。その人の資質によるものでしょう。


子供に対しての、そういった子供自身を伸ばすといった意図や援助についての理解がそれなりにあって、それを踏まえたうえでの知識や経験がともなっていなければ、自身でそれを実践するどころか、他者がしているそういったことすら見えてきません。

そういう人からは、ただ「あの人は子供の相手がうまい」とかそのようにしか見えないようです。

そのような知識や経験を吸収して、体系だてて身につけていくべき技術というようにはみなされていません。
保育士の学校でもそういうことは教えていません。
(もし、どこかの学校で若い人たちにそういうことを教えて欲しいというのであれば、僕は喜んで教えにいきますよ)



現在では乳幼児における諸問題というのは、かつてよりも圧倒的に増大し、その内容も難しいものになりつつあります。

そういったなかで、預かっているあいだだけ怪我をさせなければいいというような子守り保育では、もう専門的な資格に裏打ちされたはずである保育士としては通用しなくなっていくはずです。


いま現在でも子供に適切な援助をできる保育士や、そういった姿勢をもった保育園というものは多くはありません。

今後もっとこのような専門性をもった保育士や保育園が増えてもらわなければならないと思うのです。
しかし、残念なことに現実は逆の方向へ進むでしょう。


なぜなら、現行の政府は認可保育園設置の基準を大幅に緩和して、営利企業の参入を許可する方向だからです。

これまでは、認証制度など一部自治体による「認証保育所」だけが、そういった営利目的での設置を許されていました。
(認証保育所に関しては過去記事に詳しいところがあります)

どういうことかといいますと、公立・私立を問わず、「認可保育園」というのは、「利益追求を目的として行ってはならない」と『児童福祉法』によって定められています。

そのため、自治体や福祉法人などの営利を目的としない団体にしか、設置が許されていませんでした。

しかし、安倍政権によってこの枠組みが取り払われてしまえば、認可保育園も少なからず営利を目的とした企業が参入することになるでしょう。
少なからずどころか、取って代わられるということもありえます。
実質的にはすでに起こりつつありますので、まずその多くがそうなっていくでしょう。

もちろん、営利企業であってもきちんとした理念をもって運営してくれるところはあるでしょう。
しかし、それはごく一部にしかならないでしょう。


先立って行われた認証保育所や、すでに以前に実施されている老人福祉関連の市場開放による老人福祉施設の実態がそれを物語っています。

質の高いものを展開しようと思えば、それはすなわちコストに跳ね返ります。

経営戦略のなかで、そのコストを支払うことをいとわない企業も中にはあるでしょう。

老人福祉施設などでみても、他と同じ利用料でそれを行っているところは圧倒的な人気を博すでしょうけれども、たいていそういうところは高い利用料となっています。




さて、そこで前半で書かれた「専門性をもった保育士の援助」についてですが、利益追求型の施設になってしまえば、このような職人技であるかのようなスキルというのは減っていってしまうでしょう。


なにしろ、そのものとして目に見えないようなレベルの技術なのです。

もし企業がコストをかけるならば、もっとスマートで宣伝になるような方向へコストをかけるでしょう。

「たくさんあった待機児童を新しい市長の手腕で大幅に解決しました」という某自治体で、その際にできたある企業が経営する園がニュースに出ているのを見ましたが、そこでは「こんなに綺麗で立派な施設」「親のニーズに応えた早期教育などを実施している」というようなところが取り上げられていました。

保育でお金を儲けようとするならば、そういう方にさえ力を入れればいいのが現実です。




お金を儲けるために運営するのであれば、わざわざわかりにくい専門的なそういった援助について職員に身につけさせるようなことをするでしょうか?
そもそも、それを教えられるだけの人がいるだろうか?

そういう疑問があります。


というのも、認証保育所や認可外の利益中心の施設では、人件費を圧縮するために年齢の若い職員を中心に雇い、また昇給なども少なかったり、労働条件等も厳しいので長く勤められるひとは多くありません。

現実にそういった施設では、労働条件の厳しさ、のみならず職員への様々な不当な扱い、給与の低さ、離職率の高さなど、様々な問題がたくさん報告されています。
そしてそういったところでは、まずたいてい良い保育は実施されていないのです。

このブログをコメントまで読んでいる方は、現役の保育士からそういうコメントがあることに気づいていると思います。
また、僕のように保育の周辺にいると、そのような話は山のように見聞きします。



先ほど子供に適切な援助をするのに、年齢の多い少ないは関係ないと述べましたが、やはりそれを伝えられる職員もいないのでは、なかなか個人の努力だけで身につくものでもありません。

もし、そういうスキルを持った人がいたとしても過酷な労働条件や、子供がめいっぱいに詰め込まれたような状況で、それを行うことは大変難しいことです。
僕だって多分できないでしょう。



認可園で基準があるだろうから、上のように「子供がめいっぱいに詰め込まれたような状況」というのはないのではないかと思うかもしれませんが、それがそうでもありません。

というのも、もともとのその床面積に対しての子供の定数といったことや、子供何人に対して保育士何名といったことは、昔に定められた数字なのでいまではかなり、きつきつなのです。

かつてのように、保育園に預けている人の多くが4時5時に迎えに来ていたという状況とも当然変わっています。


そのため、児童福祉法に定めるところの国の基準では、子供に適切な保育が難しいということで、長年かかってそれらを緩和する方向に保育園・保護者・保育士で要求していって現在の状況があります。

僕の住んでいる東京都で言えば、国基準よりも都基準でさらに保育士をプラスして、そこからさらに区基準で職員を増やして保育をしています。
しかし現状それでも十分とは言えません。


もし、営利企業として認可保育園を展開する場合、自治体が独自の基準で加算をしたりしない限り、そのはるかに足りないであろうところの、国基準で運営することも可能になってしまうでしょう。

それでも「認可」基準は満たしていると言えますので。



床面積に関しても、この10年くらい、まただんだんシビアになってきています。

「廊下も屋内なのだから、保育室の面積として計算しなさい」
「調理室なども園の施設のうちなのだから、それも床面積のうちになるだろう」

ある自治体では、そんな話もでています。
調理室を保育の床面積とするかどうかどちらに判断されたのかわかりませんが、廊下は保育室のうちと数えてよいという風になっています。


また、保育定員の流動化というのも今は行われています。

それは、どこかのクラスに定員に空きがあるならば、それはそのクラスの欠員とせず、他クラスの子供をその分受け入れてよいというものです。

例えば、5歳児クラスに応募がなくて2名空きがあれば、1歳児クラスに待機している2名をいれてよいというわけです。

園としては定員数に収まっているとはいえ、それで1歳児クラスの保育室が広くなるわけでもありませんから、1歳児にとって実質的には窮屈な状況となります。


それでも待機児童問題は社会的に言われているし、待機待ちしている人にとってはよいことなのではないかと感じる人もいるでしょう。



しかし、実はここに現在と近年の政治の流れ・姿勢というもの問題があるようです。

なぜなら、児童福祉法に保育園は「国や自治体の責任において必要な分を設置する」といった趣旨が述べられています。

つまり、それだけの保育の要求があるならば、国や自治体に設置する義務があるわけです。

ですから、本来ならばおかしな方法で待機児童を解消するのではなく、きちんとその義務と責任において保育園を設置すべきなのです。


しかし、福祉として行われているものですから、それ自体が利益を生んでいるわけではありません。

なんか最近の風潮としては、利益を生まないものは悪いというような雰囲気がありますが、福祉というのは国民がよりよい生活を送るためにあるわけですから、そこで利益を得るようになってしまえば国民に不利になるということでもあります。


本当は国や自治体の責任において設置・運営しなければならないのに、近年予算を削るための対象として保育園は捉えられています。

東京の23区においても、どんどん議会でその予算の削減や民営化などの削減案が可決しています。
国からも都からもそういった風が吹いていますので、そういう風潮はとどまるところを知りません。

これまで長いあいだかかって、子供たちの健やかな育ちのために改善してきた諸条件も、なし崩しにされつつあります。


いま国に潤沢な予算がないことはわかりますが、このように国民の福祉のためにコツコツと獲得してきたものがなくなってしまうと、それをまた取り戻すことはとても難しいものです。

僕は政治や経済のことは詳しくありませんが、アベノミクスというのがとても世間では支持されているようです。
しかし、安倍総理は第一次安倍内閣のときから、かなりの福祉予算・教育予算を削ることをはっきりと計画していた人ですから、もしそれで経済が潤うにしてもそれは一般の国民のためになるような形とは違うのではないかという気がしてなりません。

また、まだまだいろいろなところにおかしな支出がたくさんあるのを聞いて愕然とします。



本来ならば国や自治体が予算のなかから支出して設置しなければならない保育園。

しかし、国や自治体はそのお金を出したくないので、一般企業に市場開放してしまえという段階に来ています。



本来ならば、法律にのっとってきちんと質の高く維持された保育園を公的責任で設置すべきだと国民には言う権利があるのです。

でも、国は法律にバイパスを設けて、営利化することで「国民の保育所増設の要求に応えた」という形を取ろうとしています。

これは本来の法律の趣旨から言ってズルなのです。


「雇用は増えるし、いいでしょ」と国は言います。

でも、公的保育として増やしても当然雇用は増えるのです。それが保育を営利化する理由にはなりません。なのでそれは聞こえがいいだけの詭弁でしかないでしょう。

そして、国はそれによって税収が増え、企業は多くの利益を得るでしょう。
また、もしかすると企業の認定などにともなって、政治家や官庁にも利権が発生するのかもしれません。
おそらく結果的に損をするのは国民になるのではないかと僕は思います。



また、国はもはや保育の中身ということまでは考えていないようです。


昨年に続き今年も学校の「いじめ対策」に多くの予算を計上しました。教育関連の予算も減らす方向ではありますが、そこに関しては大盤振る舞いしました。多くの国民の注目があったからなのでしょう。

でも、僕からするといろいろ腑に落ちません。

いじめの根っこはすでに保育園時代に明らかにあるのに、保育の予算を削るどころか、保育の仕組みそのものを悪い方へと持っていきつつあります。

専門性の高い保育園と保育士を増やす方に舵をきってくれれば、いじめだけでなく社会をよくする方へといろいろなアプローチができると僕は思うのだけどね。


保育園がどういうもので何が行われているのか、本当のところは政治家の人たちはしらないのでしょう。
入園に便宜を図ることで票の獲得につなげようと思っているような人もまだまだいるようですから。
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● COMMENT ●

No title

政治宗教思想関係は内容が香ばしくなりがちなので、
ある程度控えていただけるといいかな~と思ったり。。。

おとーちゃんさんの個人ブログなので当人がお好きなようにお書きになれば良いと思いますが、とてもよいブログなのでちょっと書き込んでみました。

これからも頑張って下さい。

No title

おとーちゃん、記事の更新お疲れ様です。

保育所や幼稚園のみならず、教育の改革と銘打ち、学校教育までもがあらぬ方向に行かないか本当に心配しています。

さらりと記事を読んだ感じなのですが、
・5歳児から学校教育を受けさせる(私的には5歳で小学校入学と言うニュアンスに受け取りました)
・今の6.3.3制を見直す
等書かれていたように覚えます。

5歳からと言う事は、4月2日からの新学期開始で考えると3月生まれの子は4歳から学校が始まる事になります。
今でさえ、3月生まれの子で6歳から始まるのが早いな~ などと考えていたのが尚更早く感じ、幼少期に遊びきる前に学業とかありえない話なのではないかと思っています。


今の学校でさえ勉強を親に被けてくる部分が多く、しかも昔の教え方と違い 計算が出来ればいいというのと訳が違います。
私が算数が苦手なのもありますが、学年が上がると親が教える事が難しくなってきています。
子供には「先生に聞きなさい」としか言いようが無く、変な感じですが(汗)



子供に遊びから来る経験を奪い取りいらない負担を強いて、日本は何を目指しどこへ行くのか?
上っ面の福祉と言う名の誤魔化しに誰も気が付かないのか?
子供が利益追求の餌食となってしまいそうです。
本当に子供の心の成長と言う部分で心配しています。


久々のコメントで、つらつら普段考えていたことが記事になっていたので思わずコメントしました。
乱文長文になってすみません。
これからも記事の更新を頑張って下さい。

保育士の感性・理想

色付きの文字
こんばんは。鬱陶しい気候が続いて感染症も流行っていますが、おとーちゃんさんのご家族はお健やかにお過ごしですか?

すべての過去ログを拝見したわけではありませんので、ご自身の体調不良のことと、今回の記事にあるような保育園の職場環境の変遷へのご心配の様子などを絡めて、ご苦労のご様子おぼろげに拝察しております。見当違いをしていたら申し訳ありません。


ちょうどこのところ、立て続けに「元証券マン 日本の保育を変える!」という本を読み終わり、今は「『便利な』保育園が奪う本当はもっと大切なもの」という本を半分まで読み進めているところです。

今回のおとーちゃんさんの記事は、後者とほぼ同様のことが書かれていて、やっぱりそうなんだー、と再確認しました。実は私は、例に引かれた‘某自治体’のしかも‘企業経営の保育園’に勤めているのです。

私がいるのは前者の本の著者が経営するところとは別なのですが、その本を読んでいて「企業園=悪とされるのは心外である」というくだりにはとても共感しました。

後者の本の著者である社福園の理事長さんもさんざんに批判する通りの実態が、前著者の会社にはあるという噂がもっぱらですが、それでも、そこに働いている個々人の保育士の方たちの中には、感性に優れ、理想も高く抱き続けている人も皆無ではないと信じたいです。

つい先日、遅番の帰りに一緒になった園長に後者の本を見せたところ、園長研修などの大きな会合の席でも、幼児教育の権威の方が、私達の会社を名指しで「企業園の究極の目的は・・・子どものためにならない」と語られたので、「一度ウチの園に来てご覧になってからおっしゃってください。さもなければ、前言を皆さんの前で取り消してください。」と抗議したと言っていました。反応は一言「君の気持ちはわかる。」だったとか・・・。

出版物を出せたり、講演で人が呼べるような力のある方がたには、ぜひ、‘オール・オア・ナッシング’的な悲観的な表現ではなく、「現状はこういうのが大勢だが、これこれこのようにして少しでも良くしていけるはず」という、未来志向で現実的な具体策をこそ語っていただきたいと思いました。


確かに、3年で待機児童ゼロを達成した市長のやり方には、やり手の企業トップから転進した人らしい強引さがあって、保育の本質の理解や、5年後10年後を見据えた本当の「人育て(子も親も)」の観点が欠落しているとも思います。新たな待機児童の呼び水になった可能性もあります。

でも、現実問題として、私の20代半ばの娘があと5年以内に結婚していずれ子どもを持つとしたとき、母子のどちらかが病弱とかでもない限り、ワーキング・マザーとして保育園を利用せずに暮らす図を、首都圏の事情では想像できないのも事実です。

以前にも書かせていただきましたが、大学への助成金より、いじめ対策費より、保育士の質を高めるための研修費や、良い素質のある方が働き続けたいと思えるような給与体系の見直しのほうを優先して、「箱を増やす」だけでなく、「中身を充実」させていって欲しいですよね。


私の職場では、「子どもの健やかな育ちを保障し、働く親を支援する」という保育理念が張り出してあり、子どもの福祉と未来を見据えた会社の方針確認のミーティングや、常勤保育士の各種研修などとても多いところです。

それでも、先ほど上げた後者の本にあった、「親が親になる機会を奪わない」という視点には、わかっていたようでも改めてハッとさせられました。

本当に優れて繊細な感性を持った保育士ならば、自分を置いていく親を、常に心に大切に持ち続けて、迎えに来てくれたときに最高の甘えが発揮できるような子どもに育つように、深い言葉かけを心がけている(自然にできる)のでしょうね。パート保育士ではありますが、プロとして目指したいところです。


ながながとお邪魔してすみません。
いつものおとーちゃんさんの、みなさんのお尋ねに対する親身のお答えを読むのもとても心が温まりますが、ときおりの、熱い拳のような発信には、とても触発されてつい余計なコメントを書いてしまいます。

どうぞお体を大切になさって、子どもたちの明るい未来のために、いろいろな発信をお続けになってください。いつも勉強させていただいていることに深く感謝いたします。

初めまして

はじめまして(o^^o)
私は幼稚園に勤めていますが、今年満三歳児クラスに初めて配属され、改めて乳児の保育を勉強中です。
先日ネットでこちらのブログを発見し、「これはいいブログを見つけた!」と思い、最初のブログから一つ一つ、拝見させてもらっています。

私は幼稚園に勤めてから10年余、ずっと私の保育観は甘いのだろうか。間違っているのだろうかと悩み続けていました。
これは、私の勉強が足らず、こういう根拠があるのだからと自信をもって言えなかったのが原因なのですが…

私の通っていた短大は、今思えば良い先生に恵まれており、おとーちゃんがブログに綴っているようなことを、一生懸命伝えてくれました。
私も、がんばって良い保育士になるぞ!と意気込んで就職したのですが、いざクラスをもってみると、一緒に組んでいる先生から、「甘い」「優しすぎる」と毎日のように叱られてきました。
もちろん、まだまだ未熟な私の保育には、甘やかしがあったり、十分な関わりがなかったりと、叱られていた仕方ないところがあったと反省しています。
ですが、10年勤め続けてきた今も、他のベテラン先生のやり方に納得できないという気持ちが大きくなり続けているのです。
今もっている満三歳児クラスには、度々他の先生達が言うことをきかない子を連れてきて、無理やり押し込めては、「赤ちゃん組になりなさい!」と怒り、置いていってしまいます。
一緒に満三歳児クラスを組んでいるベテラン先生は、泣いて幼稚園に来る子がいると、「泣いてばかりいると、こわいおじさんにつれてかれるよ!」と話します。
「着替えをしますよー」と声をかけて、来てくれたはいいけれど何故か着替えを嫌がっているに、「どうしたの?お着替えしないの?」と聞いていると、少し離れたところから他の先生が「○○くん、ニジイロ先生が優しいからって、わざとわがまま言ってだめなんだからね!先生はいつでも○○くん見てるからね!」とかぶせるように話をしてきます。
一度強く上の先生に意見を言ったところ、「先輩の先生に後輩の先生が逆らうことは、うちの園ではあり得ない」と、職員会議を開かれてしまいました。
先生たち、みんな子どもが大好きで一生懸命だし、個人として付き合うのにはいい方たちなんですが、保育観(しかも私は少数派)の違いから、いつも内心ビクビクしながら子どもと接することになってしまっています。
それでも、子どもたちが「ニジイロ先生ー♡」と慕ってくれているのでがんばれていたのですが、その様子を見た他の先生には「先生が子どもに好かれるのは優しいから。私たちは、ただ優しくしていれば子どもに好かれるのはわかっているけれど、あえて子どもを思って悪者になっている。」という旨のことを言われました。
否定され続けて、心から自信がもてないと悩んでいました。
でも、このブログを読んで、同じく仕事で子どもに関わっていらっしゃって、また二人のお子様のお父さんでもある経験豊富なおとーちゃんの、理屈ありのお話で、初めて自信がもてました。
(ここは、私も間違っていたなというところもあったのですが…まだまだです(^^;;)
結婚してからは、私は子供に恵まれてからも、お姑さんや周りの大人たちの目を気にしながら、本当にしたい子育てを十分にやっていけるのだろうか…と思い悩んでいたのですが、おとーちゃんのブログを励みに、またもっと勉強しながら、普段の保育にも、そしてまだ見ぬかわいい我が子にも、たくさんの愛情を注いでいこうと思います。

想いがありすぎて、長くなったわりに、まとまりのない文章でごめんなさい。
これからも、おとーちゃんのブログを楽しみにしています!
いつもありがとうございます(^^)

同感です

私もにじいろ先生と同じです。甘いとか怒らないと思われていると思います。そしてこれでいいのか…と自信をなくしてしまいます。
私がおかしいのかなぁと周りに流され威圧的に厳しくしてしまいましたが「支配的な行動を示す子供 Vol.4 ―保育士としての子供への援助―」を読んで信頼関係、肯定、受容、受容的肯定などなど大切だと思い直しました。子どもへの接し方を変えました。

おとーちゃんのブログを見る度に間違ってなかったんだ~と自信がもてます。励みになります。子ども達のために頑張ります。これからも勉強させてくださいね。

「援助」という切り口、保育士ではなく私自身母親として不特定多数の未就園児とそのママが集う支援センターや園庭解放の場で子供と時間を過ごしていますと似た様なことを感じ先々を危惧してしまいます

子供との時間を共有、共感しながら楽しんでいますが、そのような場所では、周りはママはママ同士の時間を中心に過ごしていて、子供に向き合う時間とはあまり捉えていない姿がチラホラ見受けられます。


一方その子供達は1人でわりと遊んでいる様子。私は過干渉?不安になることもありながら、でもたくさん共感を求めて話しかけてくれる息子にはやはり喜びで答えています。
そしてそんなママ方から話しかけられるとママお話しないでと息子に言われます。


これから先、子供が幼稚園、小学校に上がると、親子でむきあってこなかったり、自己利益的な環境下で親子関係が育ってきた人達と共に協同作業を行うことが増えていくかと思います。
その中で、母親自身も子供自身もブレずに生き抜く力がいりますよね。
自分がそうあれるか来年の幼稚園入園を前に少し不安です。

少し話がずれてしまいました。

自信を失いそうなとか、おとうちゃんのブログを心の潤滑剤にしています。

幼児期、学童期のお子さんをもつ先輩としてそのような環境下での親や子供の生き抜く力等機会があれば聞かせてください。

初めまして

初めまして。自分の子ども達を保育園&学童に預けながら働いている保育士のあこあこと申します。

私もにじいろ先生に同感です!
某地方公共団体の公立保育園でも、残念ながら「名前の呼び捨て」や「~しない子は(~する子は)赤ちゃん組に行きなさい!」「男の子なんだから…」等という子どもの人権を無視するような保育をする人が少なからずいて、心苦しく感じています。
お友だちに乱暴にしたからと、怒って電気を消したトイレに泣いている子を一人しばらく放置しているなんて…これって保育士による虐待ですよね。

今は公立保育園でも半分は臨時職員さんで、産休や病休に入る正職がいたら、臨職だけが担任のクラスもあり、内なる民営化が進んでいるのを感じています。

今から7年前でしょうか、保育所等で3年以上勤務している保育士が受けられる幼稚園教諭資格認定試験が始まったのは。
私も保育士資格しか持っていなかったので幼稚園教育について通信制大学で勉強しましたが、
当時の教授や友人が「最低基準法で守られている保育所を新設するにはお金がかかるからという財政上の理由で、定員割れしている幼稚園に乳児を詰めこもうとしている」
「表向きは小1プロブレム解消のためにも、幼稚園・保育園に関わらず同じ年齢の子には同じ初等教育を受けさせようとしているが、朝から夜まで保育園で生活している子ども達にとって大切にしたいことは何だろうか」
「養護と教育が一体となって保育している児童福祉施設なのに、認定こども園になったら………」等危惧されていたことが現実になってきているのを感じています。

一方、自分の子どもが就学した時、授業参観等で『あ~、やっぱり保育園出身の子どもって…と言われてしまっても仕方ない子おおいなぁ』と感じますし、
保護者のニーズとして幼稚園的学習カリキュラムの私立保育園の人気の高さも目の当たりにしています。

ちなみに、自分の所属する自治体では、保育士も業務目標を立て上司の評価による目標の達成度により、お給料が決まります。
親も子も含め人の育ちを援助する仕事において、成果主義や数値目標が導入されているのってどうよ!?と私は毎年違和感を拭えません。

保育・幼稚園教育の転換期に差し掛かっている今、
行政に文句を言うだけなのも仕方ない、目の前にいる子ども達や保護者の方のために、今自分ができる精一杯のことをしていきたいと思います。

P.S. おとーちゃん先生オススメの「受容と指導の保育論」をポチリました。
私は村田保太郎先生の「保育の根っこにこだわろう」の大ファンです。

No title

待機児童問題のニュースが流れるたびに感じていたことで、
大変共感しました。
ブログで紹介させていただき、思うところを綴りました。
不都合な点などありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいm(__)m

母親だけでなく、子どもの立場に立った保育施策がとられていくことを、
切に願っています。

ありがとうございました!

おとーちゃんさん

お忙しいのに、vo.3でのコメントにお返事して下さり、本当にありがとうございます

おとーちゃんさんの温かさに、ただただ感謝するばかりです。

うちの子は、特にこの一年泣き叫ぶ(ダメ!いや!やめて!言葉にならないムニャムニャ…など)のが気になっていたのですが、赤ちゃんの頃からの夜泣き(短いのが1〜2回)が、ずっと続いているというのもあり、もしかしたら、元々、眠りが浅いという要因もあるかもしれません。

お昼寝できない長女は、先生に赤ちゃんクラスに連れて行くぞー!と怒られてしまうようで、切なくなってしまいます。

おとーちゃんさんのような保育士さんが担任だったら、いいのなぁ…とつくづく思ってしまいます。

ですが、まずは、家庭で出来ることを私なりに頑張ってみようと思います。

こう思えるのも、おとーちゃんさんのおかげです。

本当にこのブログに出会えて、良かったです!

これからも、無理なさらず、ブログ続けて下さいね!







毎日暑いですね

いつも子供たちのことを真剣に考えて、コメントにも親切に丁寧に答えて下さっている おとーちゃんだからこその 今回の内容だと思います。
日々のニュースを見てやりきれなくなり、ブログに書かれたのだろうと思います。
現状でも質の良い保育が行われている施設は少ないのに、営利目的の企業が参入すればもっとさらに……というご懸念わからないでもありません。でも、必ずしもそうではないと思いますし、思いたいです。
子供を預ける親が、どういう施設なのかきちんと見極める力が必要ですね。質が悪い施設は公立でも私立でも利用者がいないという状態になれば良いのでしょうね。
でも、いつもおとーちゃんさんのブログを読んでいる私としては、少しくらい質の悪い保育を受けても、家庭できちんと接していれば大丈夫!!と思っています。
政治の迷走ぶりには困りものですが、少なくとも戦争だけは起さない政府であってほしいと思います。

No title

記事にしてくださっていたのですね!
拝読し、そう意味か!と納得できました。
記事にもありましたが、良くない関わりの方を想像して
しまっていましたから。
乳幼児期の宿題をもったまま小学生になった子は多くいます。
私たち大人はこどもとの関わりを今一度考える必要があります。

^^さん

このことを気に留めて読んで頂ければわかると思いますが、この記事は政治「思想」について述べられているものではありません。

国や自治体の「行政」について述べているものです。


保育について語るとき、行政の動向というのは無視できるものではありません。


日本中の「保育園」と名がつく施設は、どれひとつ例外なく国や自治体からの補助金・助成金を受けて成り立っています。

厚生労働省の通達一枚で、そのあり方ががらっと変わることだってたくさんあります。

こういうことに無関心では、保育や子供の健やかな育ちというものをより良くしていくことは難しいのです。

なので僕は必要に応じて思ったことを書いています。

こういったことは書かずに済むのであれば、僕にとってもそれが一番いいのですが・・・。

No title

子供本位の目線に立った、明晰な分析と問題提起に、とてもうなずきながら読みました。

認可の私立保育園を利用しているときに、ほんとにコストと子育てはなかなか両立しにくいなと思いました。
保育士は二十歳そこそこの若い人ばかりで、熟練者が同じ階にはおらず、問題山積で、泣いた子を片手にダッコしてもう片手に駄々をこねる子の手を繋ぎ、あやすでもなく途方にくれて放心した顔で座り込んでいる保育士の姿を見かけたこともあります。
元々、素質のあるであろう方もおられて、その方がなんとか回していましたが、経験も少なく助けもなく、ほんとに大変そうでした。
勤務がハードなわりに薄給で、公立なら保護者会や保護者がやっているところまで担当させられていました。

あれを見ていると、ほんとに、全面営利化というのが不安でたまりません。
保育の質の担保を、保証するのを国がほとんど放棄するというのと同義なのかなと思います。

公立に移ってからも、色んな先生方がおられましたが、やはり指導態勢があるからか標準的な保育のレベルがかなり違いました。

私は門外漢なのでわかりませんが、いじめのほうで予算がついたように、何か目に見える形で予算請求を正当化するわかりやすい理由付けの努力というか…わかりにくい個人的資質や努力で済まさない何かの具現化とか、理論的正当化が必要なのではないかと思いました。
実際、わかりやすい「数」の面では国は動いているのですから。
(まあ単に福祉を削って、収支のバランスを見かけ上の黒字に持っていきたいだけかなと思うのは穿ち過ぎかもしれませんが…)

教育業界では、幼いときのよい育ちが、その後の社会不適応のいろいろな発露を防ぐことができると、そういうあたりの話も前におとーちゃんさんがされていた記憶があります(違ってたらすいません。)
その辺の根拠付けや啓蒙を、うまく保育政策とリンクさせることができたらいいのになと、いつも思います。

コットン100%さん

文科省のやっていることは不安なことがたくさんありますね。

ゆとり教育の失敗で懲りたかと思ったら、さらにそれを糊塗するかのように、議論や実効性も未検証な施策を次々と出してきています。

まるで行き当たりばったりの思いつきでしているかのような印象を受けます。

やまねこさん

これまでの保育界のありかたで正すべきところは山のようにあったと思います。そして残念なことにそれを内部から改善していく自浄作用があまりにも足りなかったと言えるでしょう。

いま保育の仕組み自体が大きく変わる過渡期にきているのは間違いありません、その状況を招いてしまった責任の一端も少なからずこれまでの保育界にあることもまた事実でしょう。


もし民営化や幼保一元化が時代の流れでやむを得ないものであるならば、質の高い保育を引き継いでいってもらうべきなのでしょう。
そうでなければ、保育の質の上限が「ここまででいい」ということになってしまいます。

しかし現実には、これまでの認可・公立保育園の保育の質の平均値というものを出したら、それはかなり低いものであるでしょう。
本当に残念なことです。

にじいろさん

>度々他の先生達が言うことをきかない子を連れてきて、無理やり押し込めては、「赤ちゃん組になりなさい!」と怒り、置いていってしまいます。

こういった行為は、あまりにも当たり前に様々な施設で行われてしまっています。

しかし、保育・教育として以前に人としてもっともしてはいけないことのひとつです。


こういったことは、子供が嫌がることがわかっていて、それをすることでその子のした行為を反省させよう としているのでしょう。

そう言えば、聞こえはいいですが、実際には大人の権威的な立場を利用して子供を脅迫して、その大人から適応的な行動をさせようとしている というものです。

最近の言葉で言えば要するにパワハラです。


それだけでなく、「あなたは○歳児ではなく、赤ちゃんである」などと大人が言っていることと同じですから、「個人の尊厳の否定」でもあります。

そいうことは、教育的な意図があったとしても当然してはならないことです。
人としてすべきでないことです。人を教え導く立場にある人間でしたらなおさらのことです。


子供の人権宣言を日本が批准してから40年程も立ちます。

保育に、幼児教育に真摯に取り組んできた人達は、もう30年もまえからそういったことを踏まえて、子供に関わるように努力してきました。


人権宣言などださずとも、倉橋惣三先生などの理念を学んでいれば、遥か以前からそんな関わり方を子供にできないはずです。

特に幼稚園では倉橋惣三先生の理念は大変重んじられてきたはずです。
本来ならそれを学んでいない幼稚園教諭はおそらくひとりもいないでしょう。


でも、悲しいかないまだにそういった子供への関わりが横行しているのが、日本の子供に対するものの現実です。


僕も、「本当にそのやり方が正しいと思うなら、その子の親に子供のためにそうしたと堂々と説明できるんですか?」と指摘したことがあります。

口では随分反論されましたが、結局その人や周りの職員もそういうことは多少は慎むようになったようです。
結局のところ、自分の身を守るために攻撃しているだけで、それでそういうことはおかしいのだとハッっと気づいたのでしょうか?

おかげで随分とその後僕がいじめられましたが、子供は多少なりとも平穏に過ごせるようになりました。


>「先輩の先生に後輩の先生が逆らうことは、うちの園ではあり得ない」

そういうことをいうのは、何かを学ぶことも、よりよいものを目指す意思もないと言っているようなものですから、そういう意見が大手を振って歩きだしたら、組織は次第に経年劣化するしかなくなってしまうでしょうね。

大変なことも多いと思いますが、無理をせずこれからもご活躍ください。


ピンクヒコウキさん

確かに、育児支援が声高に言われる中で、「親に便宜をはかるようなこと」はさまざま打ち出されるのだけど、子育てそのもののモチベーションをあげるような、そういった支援というものがあまり実効性を上げていないようです。

ですので、子育て支援というものが、「子供を見たくない親を楽をさせる」とでもいうようなものとも取れたり、そうなっていたりする点も気になるところです。

あこあこさん

>お友だちに乱暴にしたからと、怒って電気を消したトイレに泣いている子を一人しばらく放置しているなんて…これって保育士による虐待ですよね。

これはあきらかに「指導」ではなくて、「折檻」というものなのですね。
個人の尊厳を傷つけることであって、おっしゃる通り「虐待」です。


こういう保育をいまだにしていたら、「公立保育園はいらないので民営化してしまいましょう」という声を抑えることはできなくなってしまうでしょう。


本当に内なる民営化が進んでいると思います。

それなりにしっかりと公立園で保育が保証されているのは、大都市くらいになっている現実がずいぶんまえからありました。

正規職員の削減、遅番の時間など非正規職員とパートしかいないなど、本当に責任をもって命を預かる仕事ができるのだろうか、そういう保育がまかり通ってしまっています。

東京23区はまだ保育の条件が比較的守られていましたが、もはやそれも過去のものです。


期限付き公務員なる、実質的な非正規職員も導入されてしまっています。

もはや、優れた保育士の専門性などは、運営している側の自治体はまったく顧みなくなっています。


これから育っていく子供達やそれによって作られる社会がどうなってしまうのか、心配はつきません。

ひめママさん

営利企業であっても、質の高いものを目指すところももちろんあるだろうとは思います。

そういうところが主流であってくれるならばまだいいとは思いますが、でも根本の問題は国が責任をもってしなければならない国民への福祉の問題を、企業への利益誘導にしてしまうことにもあるかと感じます。

これを前例にいろいろなところが切り崩されないといいのですが。

ぽりさん

>ほんとにコストと子育てはなかなか両立しにくいなと思いました。

これはまったくその通りだと思います。
もちろん働く人の努力で向上する部分もありますが、やはりものや機械を扱うわけではないですから、人が人に接するには「効率」ではいかんともしがたい部分があるわけです。

なのでどんなに綺麗事を言おうとも、質の高いものを維持しようとしたら、どうしてもコストがかかってしまうものとなるでしょう。


保育園を、「子供をその時間だけ預かるだけの機能」と考えるならば、さほどコストをかけずともできることはできるでしょう。

いまの行政がみているのは、ここまでの範囲のことだと思われます。


でも、子供を育てるというのは、ペットホテルのように預かりさえすればいいというものでは当然ながらありません。

質の高いものを維持できるならば、保育園にはいろいろなことができます。


昨日、小学生が小さい子供の首をしめてその反応が面白いからと繰り返していた子供が補導されたという事件が報道されていました。

こういう育ちになってしまった子供のケースなども場合によっては、その大元から防ぐことができたりもするのだけど・・というのがそのニュースを見たときに最初に感じたことでした。


どうか、「質を切り下げてでも数を増やす」といういまの風潮にストップがかかってくれるといいと切に思います。




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