2017-10

なぜ子育てに「叩かない」と言うのか - 2012.10.18 Thu

アメリカはかつて体罰主義の国だった。

家庭で子供に対して体罰をすることを当然のこととしてきた。
むしろ、しないことがおかしいこととすら思われていた時代・地域すらある。

60年代以前の映画や小説などでも頻繁にそういったシーンがでている。


いまでは建前として一切、体罰を容認していない。

家庭における「しつけ」としてでもである。

そうしなければ激化する虐待を止める根拠がなかったのだ。






子供を叩くことが必要と考える人も、それは虐待死に至らしめるような体罰とは違うと言うだろう。

でも、それは本質的には延長線上にあることは否定できない。

虐待死させる人の多くが、「しつけのためにやった。死ぬとは思わなかった」と言う。
それが本心からかどうかはわからないが、少なくとも言い訳にされていることは事実だ。


つまり「しつけのために叩く」は、その虐待の理由とされているのだ。


アメリカでは、それを防ぐために「しつけのために叩く」ということもおかしいことなのだ、と人々の考えを変えることに努めてきた。


それでようやく重大な虐待に対して法的にもNOと言えるようになった。

一般的にも、虐待を社会全体で止めなければという機運がでてきた。


それでもまだまだ虐待はあるだろう。
でも、少なくとも社会全体が虐待をしないのだという方向に舵を切っているのは間違いない。

それでようやく道筋がついたのだ。



日本でも虐待死の事件が、毎月数件は報道されている。

事件には至ってなくとも、同様の状況に置かれている子供というのは数千数万といるだろう。

子供が虐待によって殺された、重傷を負ったというニュースを聞いて誰もが、心を痛めそんな非道なことがまかり通ってよいはずはないと感じるだろう。

でも、感じるだけでは変わってはいかない。
かといって、虐待されている子を自分が身を呈してかばいに行くということができるわけではない。

虐待にきちんとNOということが必要だ。
そのためにできるのは、大人が「子供を育てるのに叩く必要はない」と少しでも多くの人が認識することが第一歩だと僕は思う。

「虐待はいけない、でも子供はわからないのだから叩くことも当然だ」では、いつまでたっても悲しい虐待はなくならないだろう。





「かつては子供を叩くことが当たり前だった。自分もそうされて育ってきた。でもまっとうに育ったのだから問題ないのだ」
そう言う大人は多い。


だが、我々が生きているのは、戦後まもなくの殺伐として生きるのにすら余裕のなかった時代ではない。
ましてや、戦争するために教育から生活からすべてを方向づけられていた時代ではない。



現代の日本人は、平和で民主的な社会で多くの人が、暴力や命の危険にさらされずに生きてきたはずだ。

高校へ行くのも当たり前、大学に進学する人も少なくない、そういった高等な教育も受けてきた。


祖父母の世代は無理かもしれないが、いまの親になる世代は、もう叩いたり叩かれたり、殴ったり殴られたりしない社会にしようと言ってもいいはずである。

家庭の中で容認していたらましてや社会など変わるわけもない。


どこかで誰かが本気で「虐待のない社会にしよう」「子供を叩いて育てなくてもいい社会にしよう」そう言っていいはずだ。

それができるとしたら、いま子育てをしている世代だろう。




日本はバブルの崩壊以来、長期の低迷に入っている。
これから社会に出る次の世代は、社会に対する希望や未来を持てていない。

いまの親になっている世代が言わなければ、次の世代にはそのような余裕はないのかもしれない。




僕は、一連のいじめ報道のあと「学校が体罰をしないからそのようなことが起こるのだ」といった意見のあまりの多さに驚かされた、むしろ恐ろしさすら感じた。


そういった人々の殺伐とした考え方は、教育問題だけでは済まなくなるのではないか。
社会の低迷にともなって、人々の考え方はさらに過激なものになるのではないか。

そういった危惧を感じさせられた。



少し前のドイツがそうだった。

東西ドイツが合同して、経済が一気に低迷した。
国全体の余裕がなくなり、若い世代は雇用を失った。

そして、その世代の過激化が進み、右傾化しネオナチの台頭再びなどとも言われた。
移民や外国からの出稼ぎ労働者に対する、誹謗中傷が相次ぎ、さまざまな暴力事件なども生んだ。

大規模なトルコ人排斥のデモや暴動なども起こった。トルコ人はただ働きに来ていただけなのに。

EUの結成などで景気は持ち直したので、表面的な問題は少なくなったが、その世代の殺伐さは随所に残っている。



日本はいまその状況によく似ている。


「いじめに体罰でのぞめ」という過激な意見の増大は、これまで民主的で高度な教育を受けてきたはずの日本人が殺伐としだした前兆のように感じられてならない。

本当に余裕が失われてからでは、遅いのだ。

僕は次の世代や、自分の子供の世代、もちろんその先もだが、そのような殺伐とした社会になって欲しいとは思わない。

それを止められるのは、いまの親世代をおいてほかにはないと思う。



よりよい社会を模索するのに、自分の子供を叩かないことから始めるというのは、あまりにかけ離れたことかもしれない。

でも、僕は子育て以外に得意なことはないので、ほかの方面については申し訳ないがほかの専門家に任せることにして、子育てから社会をよくしていくしかない。



前の記事では、自分の子供を叩いたことがあるという人が自分を否定されていると感じているのかもしれないが、僕はやむにやまれず子供を叩いてしまったことを責めたことはこれまでにもないし、これからもないだろう。

だが、だからといって社会のあり方としてまで「子供を叩いてしまうことはやむを得ない」とは言えない。



僕らがこれまで生きてきたのは、確かに「子供を叩いてでもしつける」という考え方の社会だった。


でも、叩かれて育った人も、子供を叩いてしまった人も、「もうそれはここまででおしまいにしよう」と言っていい時期だと思う。


自分が叩かれてきたり、叩いてしまったからといって、今後も「子供を叩くこと」を肯定しなくてもいいのではないか。



僕らの世代はそう言えるだけのものを、僕らが育ってきた豊かで平和な社会から得られたはずではないかと信じている。






今回は前半では、叩くことと虐待を関連付けて述べたが、この「子供を叩くこと」をしない理由はそれだけではない。ほかにもいろんな面から考えている。

これまでの日本人の持つ子供観しかり、「叩くこと」を内包する子育て観という叩くことだけでない部分から起こっていることも視野に入れて様々に考えている。

これらのことは世代から世代に受け継がれてきたことでもあり、本当に複雑な問題になっているだろう。

僕がここで何がしかのことを書いたとしても、それで社会が変わるものでもないだろう。
でも、なんとか言葉にして書いていきたい。
いま、寝ても覚めても、そのもやもやを言葉にしたいと四六時中考えている。

塵も積もればなんとやら、と言うしね。
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● COMMENT ●

根深い問題

私も「ごく普通に」躾は叩かれ厳しくされた世代です。
「極力叩かないけれどやむを得ず叩くのはアリ」が正しいと思っていました。
おとーちゃんさんのブログに出会って、低月齢のうちに「叩く必要のない育て方」があると知れてラッキーでした。ビシビシしつける気満々でしたから…。
叩かれて育った私達は息をするように自然に子供を叩いてしまいますし、疑問すら持ちません。
叩かずに育てて躾のできない我が儘な子供になったらどうしよう、と未だに心配になります。娘が生まれてから今の育児について調べまくっているのに…根深いですね。
自分に刷り込まれた価値観を変えるのは大変ですが、記事を読んで改めてブレずに頑張ろうと思いました。
ひねくれた言い方ですが、「老い先短い政治家を変えるより、我が子をうまく育てる方が簡単によりよい社会が作れる」みたいなかんじで!(^3^)/

今日もたくさん可愛い可愛いしてあげますね!

No title

私は親からほとんど叩かれた記憶はありません。また、出産前に仕事の取引先の方に勧められて読んだ本〔子育てハッピーアドバイスという本です。中身はおとうちゃんがおっしゃっていることと大体同じです。〕を見て、子供はいっばい甘えさせて育てるのだと学びました。それで、我が子〔三歳〕は恥ずかしがり屋ですが優しく、落ち着いた子に育っていると思います。
おとうちゃんはよくアメリカや海外の子育てにふれますが、確かに日本は子供、子育て家族には厳しい環境にあり、向こうは子供をとても可愛がると思います。子供も愛されていると分かって安定するし、親も周りが優しい目で見てくれるから安定するでしょう。
でも、社会はどうでしょうか。犯罪も多く、銃が手放せない国です。決して治安のいい国ではありません。〔日本もそれに近づきつつある気もしますが〕何が原因だと思われますか?
日本も、東日本大震災の時に世界が感銘を受けたように、すばらしい社会性があります〔きちんと並んで支援物資をもらう、帰宅難民が駅に座り込んでいても歩行者の道はあけておく等〕
海外のいい例を参考にするのは良いことですが、最近、個人の自由をはき違えている人が多いように、気をつけないと変な方向に行ってしまいます。
日本のすばらしい所を残しつつ、海外のいいところだけを取り入れられたら良いですね。
叩く子育てと関係なくなってしまいましたが、最近のお父ちゃんの日記を見て思ったことをコメントしました。
これからも頑張ってください。

私も。

親から叩かれて育ちました。…というよりも、私の母親はとても躾に厳しく、完全に子供達を『支配』する母でした。
…と書いている今も胸が痛くて仕方ありません。やはり、自分を産み、育ててくれた母をこのように表現することは、とても辛いことです。
おとーちゃんさんのブログを日々読んでいて、子供について、子育てについて、とても勉強させて頂き、たくさんの気づきを与えて貰っていますが…同時に自分の過去もさかのぼることができ、とても感謝しています。
私自身、中学時代から母に対して反抗的になり、どう頑張っても母親を受け入れられず、どう頑張っても信用できない、どう頑張っても母との距離を縮めることができませんでした。激しい虐待を受けていたわけでもないのにどうしてだろう…ずっとそう思ってきましたが、おとーちゃんさんのブログを読んで、『あぁそういうことだったのか』と思いました。
厳しい躾、叩くことを躾とし、子供を抑え混み、支配する…その連続の結果がこれだったのだと。自分が経験しているからこそ、おとーちゃんさんが提言されていることが本当だと、自分の身を持って心から共感します。
先にコメントされているぽんさんも書かれていますが、『叩かれて育った私達は息をするように自然に子供を叩いてしまいますし、疑問すら持ちません。』(ぽんさん、勝手にコメントを御借りしますことをお許しください。)本当にその通りだと思います。私も体に心に『叩いてしつけることは当たり前だ』と完全に刷り込まれ、それが違うとわかった今もその刷り込みは時々顔を出してきます。
それを証拠に、おとーちゃんさんとのブログに出会い、1年間受容と寛容を心がけてきた私ですが、このブログと出会えた後も、どうしても自分を抑えられず息子を叩いてしまったことが何度かあります。後悔し、謝り・・・。でも心のどこかで、自分自身に『毎日、愛情を注いでいるから大丈夫。これから取り戻せば大丈夫。』そんな甘い考えがありました。日々おとーちゃんさんのブログを読んでいても、です。自分の甘さが情けないです(;。;)
だからこそ、今回おとーちゃんさんがはっきりと『叩くことで、子供との絶対的な信頼関係は二度と戻らない』そう言いきってくださったことを感謝します。そう言いきってくださって初めて、私は自分の甘さを完全に消す決心をしました。

【どこかで誰かが本気で「虐待のない社会にしよう」「子供を叩いて育てなくてもいい社会にしよう」そう言っていいはずだ。

それができるとしたら、いま子育てをしている世代だろう。】

子供達の明るい未来の為に、明るい社会、日本の為に、自分は何ができるだろう、たった1人の無力な主婦だけど、何かできることはないんだろうか…ずっと考えてきましたが、その答えが出た気がします。
今日から自分の思うこと、行動にうつします。

おとーちゃんさん、本当にいつもありがとうございます。これからもブログの更新、本当に楽しみにしています!!!応援しています☆

私は息子を叩いた事があります。
ママ友に育児相談をして、おしりペンペンやゲンコツをしてると聞いて、同じ事をした事があります。

でも、やっぱりもう息子のあんな顔は見たくないと思い、イライラして手が出そうになってもぐっとこらえてます。
早く叩く事が育児からなくなったらいいなと思います。自分もまた叩いてしまったらどうしようと不安になります。

相談なのですが、幼稚園選びで悩んでいます。
近くの公立幼稚園は、募集が少なく並んでも入れるかは微妙。
小さな幼稚園で、先生方もアットホームな雰囲気。
もう1つは、少し遠い私立の幼稚園で、園庭も広く募集も多くて入園出来そう。
厳しそうな雰囲気。
公立も私立もおとーちゃんのような育児方針?で私立はプラスお稽古も出来ますといった感じです。
お稽古は特に興味はないので、選択しない予定です。
私立は魅力的ですが、公立の方が子供はのびのびするのかなと思ったり…悩んでます(T-T)


No title

こんにちは。

おとーちゃんさんの思いが伝わってきました。

キッパリはっきり、言っていただけて、
ありがとうございましたm(__)m☆

正直、迷っていました。

そして、私でも、社会に貢献できるんだと
うれしく思います。
ちりも積もればですね♪

私の場合、ビックリ顔をみたのは、つきとばした
時です。
その後は、大きな声でおこったり(((・・;)

子供に謝ると、許してくれますし、
またお母さん大好きと言ってくれます。

はづかしく思います。
また怒鳴って、またごめんね。
の繰返しで…。

無条件をなくしてしまったことを
しっかり受け止めて。

覚悟をもって?本気に?真剣に?
ごめんなさい、文章うまくないです。。

子供からの無条件の愛情に甘えないで?
とにかく、ふんどししめなおして、子育て
していこうと、心に決めました。

なんだか、ずれましたか??

いつも、こんな感じでまとまらないときは、
コメントしませんでしたが、今回は、
送信ボタン押します!


今だに、六歳の娘は、夜オムツがとれていません。
過去記事から、教わっていることを
やっているつもりですが、途中、怒鳴って、ごめんね。
してるので…
行き詰まったら、相談させてください。

また、遊びに来ます。





前の前の記事で、他のかたへコメント欄おかりします。
m(__)m



子どもは親の鏡

こんばんは。『子どもを叩くことの是非』。とても重くて、大切なテーマですね。おとーちゃんさんの、毅然とした問題提起に対して、濃密で真剣な反応がたくさんあって、みなさんの「本気」の子育ては、どれも素晴らしいと思いました。

正直、現在乳幼児の子育て中という若い世代の方たちの中にも、こんなにたくさんの「叩かれて育った」人たちがいることに、少々驚きました。まるで、「日本の戦後はまだ終わっていなかった」というような感覚をおぼえました。

そして改めて、人は子育てのモデルを、自分が育てられたその方法にどうしても求めてしまう、ということを確認した思いです。反面教師という意味でも影響は甚大なのですね。


保育士という仕事をしていると、日々子ども達の仕草や言葉の中に、ご家庭でのやり取りが想像されるような瞬間を見ることが多々あります。2歳の後半から3歳、4歳ともなっておしゃべりが達者になると、きまりを守ることや善悪についても理解が進んできて、よくないことをしている友達に、「そんなことしちゃダメでしょ!」「まったく、いくら言っても!!」「悪い子なんだから!」などと言いながら、頭や身体を叩く子がいたりします。

どこでおぼえたんだろう?誰の口ぶりを真似ているのだろう?

5歳ともなると、おませな女の子たちは、きまり通りにできない子や、遅れている子を見て、数人で非難の言葉を浴びせたりもしますし、ひそひそと陰口をささやくことすらあります。

誰の真似なんだろう?

たとえ、まだ言葉はおぼつかなくても、オムツが取れていなくても、子どもには一人の人間として、大人にも劣らない感受性があって、なんでも見ているのですね。怖いくらいです。


私も、腕力と知力と生きる術において圧倒的に勝っている大人は、絶対に、特に乳幼児を叩くべきではないと思います。そしてもうひとつ、言葉の暴力(「悪い子だから嫌い」「そんな子はママの子ではない」「うるさいからあっちに行って」など)も同様にあってはならないことだと思います。

「子どもは親を選んで生まれてくることはできない。」とはよく言いますが、親の庇護がなければ生きられない子どもが、無条件の信頼を寄せてくるのに、「こんな風に良い子でなければ」「これができなければ」「私の思い通りにしてくれなければ」などと、親の方が条件付の愛情を示せば、子どもは生きるために、その条件を満たさなければならないというプレッシャーを感じ続けることになり、そのことは子ども心に、叩かれたのと同じくらいの傷を残します(かつて子どもだった私の経験)。

そして、成長して自分が子どもを持ったときに、気がつくと同じように、「お行儀の悪い子はウチの子ではない」とか、「こんな成績では恥ずかしい」などと口走っている自分に驚いたりするのです。


「いじめ問題」。体罰や校則強化、または全校集会で防ごうという案が出ていますが、そもそも、クラスメイトへの暴力や嫌がらせ、無視や暴言など、子どもたちがどこでその行為を覚えたか、どうしてそのようなことをして「面白い」などと思うようになったのか、そこのところを直視して対応策を講じなければ、この先も絶対になくならないと思います。

「外国由来の学説」「西洋かぶれ」などと人を揶揄して、さんざん日本の叩く躾への回帰を説く方にもたくさん出会いましたが、日本の本当の伝統は、「子どもはご先祖様からの預かり物、家の宝」だったはずです。

東日本大震災という不幸な出来事を経て、失われた古き良き故郷を取り戻そうというのと同時に、外国の事情の良いところに学んで、新しい日本の未来を担う子どもたちのことを、真剣に考えるときが、待ったなしに来ていると感じています。


長々とすみません。
これからも、おとーちゃんさんの、力強い発言に期待しています。
そして、コメントや質問を寄せる皆様の、真剣で濃密な子育ての時間を、羨ましくもあり、懐かしくもあり、また、保育の励みにもさせていただいております。子どもたちのために、疲れすぎないように頑張りましょう!


今回のテーマで思うこと

以前、お友達の件でご相談させて頂いたストロベリーです。 あの日以来、ありのままを受け入れた結果、親も子も安定しました。^^おまけに、担任の先生に聞いたところ、「お友達増えましたよ~!」なんて副産物も。正直嬉しいです。

おとーちゃんさんのブログは常々、「太陽と北風」という話でいうと、「太陽」(共感、受け止め、甘えさせる)の関わりで子育てしましょう!という風に捉えています。

 それを言わんが為に今回のテーマは、「北風」(暴力)は必要なくても子供は充分育てられますよ!と言われているのではないかと勝手に解釈しています。

私も叩かれて育てられたので、単純に嫌だったので自分の子には叩かないようにしようと思っていましたが、2~3回、軽く叩いてしまった事はありました。エスカレートしてしまう自分が怖かった為、以来叩くのだけは無しにしようと固く心に決めています。

叩く躾はなぜ起こってしまうんだろう。。。そんな事が起きる理由はおとーちゃんさんが詳しく書いて頂いたのでわかりましたが、自分なりにも考えてみました。

祖父母の時代は、戦争を1~2度も経験しています。夫は戦争に行ってしまい、自分一人で5~6人の子供を抱え、明日食べるものが無いかもしれないという中での子育て。アニメ「蛍の墓」での状況です。必死なので個人個人の事など把握するのも難しい。世間も「女・子供」と一緒くたにされ、子供が悪い事をしたらげんこつ、なぐるのは当たり前の世代だったのでは、、、と推測されます。

親の世代では、子供は2~3人が主流。妻は夫の実家に嫁いで同居するのが一般的。夫は自由な生活を満喫し、仕事に趣味に没頭でき、「亭主元気で留守がいい」なんて言葉が流行する程。妻は家の中で、姑から「子供が躾けられないなんて情けない!」なんて言われる様な雰囲気が漂い、叩くのもやむなしという中での子育て。

アニメでいうと「サザエさん」や「ドラえもん」(のび太のママが常に怒っていますね)が一般的で、今の子育て世代はこういったものを見ていた。アニメはフィクションですが、こういう育て方は疑問を感じ無い人も多かったのではないでしょうか。

 今の子育て世代は、子供は1~2人が主流。夫も育児に参加する人が増えてきた。

こうした事をつらつらとかきましたが、この中には見聞きしたり、自分が経験した事をもとに書いていますので人によったら「違う」と思われる事もあるのかと思います、その点はご了承下さいませ。

おとーちゃんさんの言うとおり、なん世代にも渡って「叩く躾け」が継承され続けています。「叩く事を無くす」を浸透させるのは時間が掛かると思われますが、そういった姿勢を示さない限り、当たり前だとされ続けてしまいますね。

虐待でもすぐには無理かもしれないけれど、月々の人数が1人でも減っていって欲しいです。それが年を追うごとにどんどん改善されていけば少しは世の中の風潮も変わっていくかもしれませんね。

長々と失礼致しました。


No title

虐待のない社会に・・・本当にそうなってほしいです。

叩くということではありませんが、子供の車中放置も虐待のひとつ。

最近でこそ、パチンコ店駐車場で子供の車中放置をしないように業界も動いているようですが、いったい何人の子どもたちが犠牲になったことか。

アメリカを始め多くの先進国では、12歳以下くらいの子どもを常時保護者や適切な大人の管理下においていなければ警察に逮捕されます。家や車に子供をおいて出かけたら犯罪になるのです。

そんな法律をつくらなればいけないくらい、親の無責任や子供がらみの犯罪が多い社会は、それ自体が未熟でとても情けないことです。しかし、その一方で、罰則によって子どもが救われるのであれば、しかたのないことなのでしょう。

社会的な事象の原因は、たいてい一つではありません。だから、子供をかわいがって育てれば、治安の良い社会ができるわけではありません。

けれども、子供をかわいがって育てる社会が、その社会を構成するたくさんの人たちにとって幸せを感じられる社会であることに確信を持ちます。

社会のために子供を育てているわけではありませんが、子供に恵まれたひとりの親として、わが子をたくさんかわいがり、自立した一人の個人に育てるべく日々を過ごしたいです。

ナッツさん

僕は幼児においても保育園では、受容などを基本において行っていくべきだと思っていますが、幼稚園ですとまた状況は変わってきます。

幼稚園は、受容などは家庭でそれなりにできていることが前提で入る「学校」ですので、ある程度厳しい部分があったとしても、それは子供が適応できていく範囲のことですし、そういった反動がでたとしても家庭でのフォローでまかなえるものだと思います。

公立だからよいか、私立だからよいかということは一概に言えませんから、直感でもより良いと感じられる方を第一志望として考慮されていくのがよいのではないでしょうか。

やまねこさん

コメントありがとうございます。
書かれていることに僕も全面的に同感です。

子供たちのそんな子供らしくない場面をたくさん見かけるようになりました。
社会全体が余裕がないと、家庭やそのなかでも弱い部分である子供にいろんなしわよせみたいなものが出てきますね。
それらが負の拡大再生産にならなければいいのだけど。


また僕自身も、叩いてしまった、叩かれて育ったというコメントが思っていたよりもたくさんあり、こういった子育ての根深い部分を感じました。

まっくすさん

日本でも最近でこそ社会の注目で、虐待死にたいする刑罰も重くなってきましたが、少し前までは殺人よりも、過失と取ることが多く、子供を殺してすら大した罪に問われないことも多かったです。

うまくいい抜けて、そもそも罪にならなかったり、それ以外にも放置やネグレクトの結果死なせてしまっても、事故扱いで終わったり、常習的な放任の結果子供が犯罪に巻き込まれたのにその親は悲劇のヒロインになった例すらあります。

アメリカのように、なんでも法で規制するのも確かにある種の問題があるけれども、親の良心に任せっきりの状態で、子供を死なせ続けるのであったら、それもやむを得ないのかもしれないとも思ってしまいます。

過去記事にすみません

過去記事でしたが…どうしても引っかかって…

本当に叩く子育ての爪痕はかなり深いです。
私も向日葵さんと同じように支配されて、叩かれて育って来ました。
娘との関係を取り戻そうと母親が色々アプローチして来ても、一つも響いて来ないし、ずっと冷めた思いしか持てません。

大義名分がある叩くも感情が爆発した叩くも子供にはわかりません。あるのはただただ母親が自分を愛してないのではないかという不安です。
叩いた後フォローがあれば、子どもは分かってくれるなんてありえません。叩かれたショックは消せませんね。

本当におとーちゃんさんありがとう!
なくなれ!子供を躾で叩く事は仕方ないという風潮!

けふこさん

子供を叩いてしまうことを自己弁護する人のなかには、「親子のあいだには強い絆や信頼があるからこそ叩いても平気なのだ」という人がいるけれども、

子供は強い信頼を寄せているからこそ、その人から叩かれるという行為がとてつもなく重いものとなるということに気づいていないのだと感じます。

上のような考え方は「大人が子供に甘えている」というものです。

本当に「子育てには叩くことも必要」という甘い考えはなくなって欲しいと思います。

叩いて欲しかった

わたしが子どものころ、父親はわたしのことをとてもかわいがり、叱られたこともありませんでした。
小3のころ、日曜日に友達があそびにきたのですが、なぜかは忘れましたがその子と口喧嘩に…
わたしは何かが爆発し友達を何度も蹴っ飛ばしました。
父親のまえで、わざと。
でも怒られなかった。わたしが悪いと自分でも十分分かってるのに。
父親のわたしに対する愛情は重すぎると感じていて、でも悪いことしたらビンタの一つ欲しかったんです。
わたしは試してみたんです。
本気でぶつかってきて欲しかったんです。

そんな父もその3年後、心不全でわたしの目の前で倒れ亡くなりました。
可愛がられ、大事にされてきたけど、どこか満たされないまま父はいなくなりました。


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Author:保育士おとーちゃん
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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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