2017-06

いじめについて考える  Vol.2 - 2012.08.26 Sun

つらつらと思ったことを書きます。

いじめについての議論がなされているところで、しばしば「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」という意見がでてきます。
この意見は昔から根強くあり、いまでも多く耳にします。その意見がでるとそれに賛同する人も多いようです。

しかし、本当にそうだろうか?と僕は思います。







確かに、いじめられる子に原因があることもあります。むしろなんらかの原因のあることが多いとすら言えるかもしれません。

例えば、足が悪くて他の子供と同じように歩いたり、走ったり出来ない子がそれを理由にからかいから、いじめに発展したりします。
他にも、単に「根が優しくて気が弱い」という性格上の特徴につけこまれていじめの対象になったりすることもありがちです。
吃音のきらいがあったり、ほかの子よりも幼いところがあったり、そういったその子の性質・特徴が原因となっていじめの対象になったりします。


「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」

そしてこの意見は、「いじめられる方に原因があるのだから、いじめが起こることもやむをえない」「いじめる側・いじめられる側、両者に責任があるのだ」「いじめられる方の性格や育ち方、育て方にも責任がある」というようなさらなる意見やニュアンスをもって語られています。

その点が「本当にそうだろうか?」という気持ちを僕に想い起こさせます。

原因があるからいじめられてもやむを得ないのでしょうか?
性格や身体的特徴などをあげつらって、いじめというものをほんの少しであっても正当化していいのだろうか?

ときにはほかのいじめられている子をかばったからという理由で、その後その子がいじめの対象になってしまうということすらあります。
それを「その子にも悪い点があるのだ」と責められるでしょうか?

しかしながら非常にこの「いじめられる子にも問題がある」という考え方は、多くの日本人の中にどうもあるようです。

はっきり言って僕はその考え方には賛同できません。

いじめられる子にそのいじめの対象にされてしまうなんらかの原因があることもあるでしょう。
しかし、だからといっていじめていいということにならないのは明白なことです。

おそらくその意見を述べる人も「いじめていいなどとは言っていない」と言うでしょう。
でも、理性的に考えたら「いじめられる側にも問題がある」というのは、限りなくそれにちかいものです。
いじめていることに一分の理であっても正当性を与えているのだから。


「お前は女だからセクハラされるのもしょうがない」
そう言っているのと同じです。

いま、セクハラ・パワハラなどのハラスメントに対しては、する側の理由ではなくされる側の意見を完全に重視するようになっています。

「される方が悪いのだ」「される方にも原因があるのだ」という理論はそこでは通りません。



「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」というのは全くのナンセンスです。

この考え方は非常に日本的です。
おそらく日本人以外の人がこの「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」という意見を聞いたら、どうしてそういう理屈が成り立つのか理解に苦しむという反応を示すと思われます。

これは個と集団の優先順位の概念の違いがあるのではないでしょうか。

多くの国では「個があって集団がある」と考えるのに対して、日本ではいまだに「集団ありき」でそれに逸脱するものを受け入れない・否定するという感覚が根強くのこっています。

それゆえに、「いじめられる方にも原因・問題がある」という考え方に共鳴する人が多いのではないでしょうか。


そのいじめの現場にいる教師でも、この「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」ということを言う人がいます。

そして、同様の見解をまた別の先生が示したとか、いじめについて相談しにいったらそのように言われてあまり取り合ってもらえなかったということも少なからず耳にしたり、体験談の中で語られています。


ここで僕は思うのです。

いまの学校教育がもっている一側面そのものが、そもそも「集団に個人が適応すること」を目的としており、そこでは「それに逸脱する行為・個人」というものを認めない・否定する構造をまぎれもなくもっているのだ、と。

つまり、学校の持っているその構造と、いじめの構造が同じ理論の上に立っているのであると考えられます。

学校は、集団に適応できない子を認めず、子供たちもそれと同様に子供たちの集団に染まっていないものを異物として排除する行為、すなわち「いじめ」を正当な理由のあるものとしている。

いじめがもっとも多くなる時期といわれる中学校が、偶然か必然かもっとも学校からの管理・しめつけの大きくなる時期でもあります。

僕にはこれは無関係ではないのではないかと思われます。


初めに出てきた「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」という根強い考え方や、学校が集団への適応を最上とし多様な個性というものを軽視していたりする限り、このタイプのいじめはなくならないのではないかと感じられます。

ただ、現状の学校教育の目的そのものが、その人その人の人格を形成したり、個々の特質を伸ばすことよりも、集団ひいては社会に適応する人間をつくることを第一においているのだから、この問題はそもそもその目的自体に内包された根深い・解決困難なものであることも、同時に思わざるをえません。

全てのいじめがこの構造から成り立っているわけではないけれども、この考え方が多くの大人の中にすらすでにインプリンティングされてしまっていることは、「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」という意見に同調する人が多いことからも明らかであろうと思われます。


こんなことを言うまでもなく、「村八分」というのは日本のお家芸でした。

そういう好ましくない伝統を変える源泉は、教育のなかにこそあるはずなのだけど、教育そのものがそれに染まってしまっているのではないかと感じられてなりません。

いじめをやめさせる側であるはずの学校が、ともすればいじめの構造を子供たちに作ってしまっているのではないかという僕の疑問でした。


今回論点がずれるので触れなかった「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」の理屈のもう一方の方向性について次回書こうかと思います。
長くなってしまったので今日はここまで。
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● COMMENT ●

まさに

普段いじめに関して思っていた事を理路整然と、客観的に書かれていて、納得しました。
私も前々から「いじめにはいじめられる方にも問題があるのだ」に疑問を持って先生に不信感を抱いたのを覚えております。
いじめられた方からすると「何もしていないのに、突然叩かれた、蹴られた、悪口を言われた」りするわけです。
もちろん、先生は見て見ぬふり、聞かぬふりです。
中学に入り、化粧をしているか、ピアスをしているか、靴下の長さ、スカートの長さ(定規を持ってきて測っていたのを覚えています)そんな上辺だけを先生は監視していたように思います。

長々と失礼しました。

夏休みも後少し、上の子と居られる時間が短くなり寂しくもあります。
子供はあっという間に大きくなっていきますね~。
二人の子を見ていると本当にそう思います。
子供との時間を楽しめるうちに思いっきり楽しんでおかないとですね!(^^*)
まだまだ暑い日が続いています、身体に気をつけて下さいね。
次の更新を楽しみにしています。

はじめまして

立場は違いますが、同じ育児についての話など楽しく拝見しています。
相互リンクをお願いできないでしょうか。
よろしくお願いします。

No title

ワタクシは、現在42歳です
小・中学校はマンモス校と呼ばれ、多いときには一学年に9クラスありました。
当時すでにイジメは存在したのを覚えています。
恥ずかしながら、されたのもしたのも経験しました。
先生すら対象になってた人もいました。
イジメられたことの無い人間っていなかったかも。

全校生徒が二桁くらいで少なければ
みんなが顔見知りで「イジメ」等ないんじゃないかな~と
子供心に思っていました。

コットン100%さん

>中学に入り、化粧をしているか、ピアスをしているか、靴下の長さ、スカートの長さ(定規を持ってきて測っていたのを覚えています)そんな上辺だけを先生は監視していたように思います。

僕の時代もそうでした。
いまの中学校でもそのようなことをたくさんしているのかな?
いまでもそんなことをしているのだとしたら、日本の教育の方向性が心配になりますね。

きんぎょさん

いじめは伝染性のある病気みたいな部分もあって、いじめという行為をみたりやったりやられたりでそれを覚えると、それが立場を変えて行われたり、そんなことをしなかった人もそれに影響を受けていくということがしばしばあるようです。

僕も自然のたくさんある田舎のようなところでは、みんなのびのびとしていじめなんてないのかなと、昔は漠然と思っていましたが、実際はそんなこともないようです。

どうも人が集団でいるとついてまわる問題のようで、とても難しいですね。

集団

現場でも集団で一緒に行動できる子はいい子でじっとできない歩き回る子は悪い子になってます。興味ない子もいるのにみんな一緒なことをさせて抑え付けている保育を見ていると嫌になります。小さい時に厳しくしないと上のクラスになった時に困ると言っています。それは逆だと思います。抑え付けていたらいつかは爆発します。0歳児から抑え付けているので以上児クラスになって手がつけられなくなります。でもそれを知っている人はいません。以上児クラスになって手がつけられないから小さい時からマナーをキチンと教えるとかますます厳しくなります。大人の都合で子どもを動かしたりコントロールしたり威嚇したり厳しい人が「こら~っ(`o´)」と言えばおとなしくなる。その厳しい人がいないと子ども達が弾けてバタバタがひどくなる。
そういう厳しい保育士ばかりの職場なので私は保育士に向いてないのかも…と落ち込む毎日です。あっ!!話がそれました。みんなが一斉に同じことをしないといけない、そこからはみ出たら悪い子と見るのがイジメのもとなんなんですね。なるほどです。小さい時から集団からはみ出るなですもんね。

きららさん

>現場でも集団で一緒に行動できる子はいい子でじっとできない歩き回る子は悪い子になってます。興味ない子もいるのにみんな一緒なことをさせて抑え付けている保育を見ていると嫌になります

僕もなんどもそのようなことを経験してきているのでよくわかります。

自分本位で子供のことなど理解しようともしない人が大勢います。
それで、子供にレッテル貼りして、結果的に子供の力を奪うような保育をしている人を見るのは苦痛で仕方がありませんでした。

大人が子供を潰すのはどんなにか簡単で、子供を伸ばすのはどんなにか難しいといつも感じます。

No title

いつも拝見しています。
今回はいじめの事だったので、娘の幼稚園におとーちゃん先生がいたら良かったのに…と思いコメントしました。

娘はおとなしく争いを好まないタイプで、たいてい似たような子といるのが好きでした。ところが震災の後にクラス替えと先生も変わり、親しい子もいない中でいじめっ子と一緒にされてしまいました。
前から知っていたその子はいつも暴言、暴力、不安定な精神状態で問題を起こしていました。母親の愛情不足が見てわかるほどでしたが、震災で更に不安定な状態に見えました。

嫌と言ってもやめない、断ると走って追いかけてくるストーカーのようでした。やる事もいじめに近い感じで顔にけがをしてきたので、先生にも相談はして注意をしてもらいましたが、段々先生も、はっきり断れない娘も悪いと言いだして…。

頭にきて親にも言って注意してもらったことがありましたが、いじめっ子も知恵がつき、嘘をつくようになって話にならず。おとなしく強く言えない娘も悪いのかと悩みました。すっかり幼稚園も先生も不信になり、優しい気持ちの子供を責めて、いじめっ子をかばうなんてありえないと思ってましたが、最近の報道を見てたらわかりました。
騒がれるのが嫌だから問題をすり替えるんですね。

私も娘もすっかり嫌になり、たびたび休ませたりしていました。卒園式では感動より、解放されてすっきりしたと言う気持ちでした。今は少し強くなった娘ですが、またいじめがあれば、今度こそ全力で守りたいと思っています。

いじめる側に問題があっても、叱るだけでは変わらないと言ってましたよね。それが先生のあきらめになるような気がします。
長文、失礼しました。

ひよこさん

親の愛情不足からくるいじめの根深いところは、いくら道徳教育をしたり、いけないことをしていると叱ったところでそれだけではその場だけにしかならないことなのですよね。

親にその子をケアすることが期待できないならば、子供をみる仕事をしている人がそれを少しでもしてあげなければならないのだけどこれがなかなか難しい。

気持ちの優しい子ほど、そういうターゲットにされてしまいやすいのでつらいですよね。


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