2017-10

子供は常に自立に向かっている  - 2012.03.05 Mon

子供の、特に乳児の成長にとって「子供が甘えを出せること」や「大人が甘えを受け止めること」「様々な主張をまずは受け止めること」=(受容)の大切さをしばしば述べてきました。

これまであまり明確には書いてこなかったのだけど、このとき一つ気に止めて欲しいことがあります。

子供の成長とは常に自立に向かっているということです。





受容や甘えはとても大切なのだけど、それが子供を親や大人に依存させる一方になってはうまくいかないのです。

過保護や子供の行動を先回りして制限してしまったり、代わりにやってしまったり、そういった関わりは子供を大切にしているように見えて、受容や甘えを受け止めるということとは違うのです。

しかしこのようなことは感覚の問題なので、どこからが過保護かというようなことは人によって感じ方がまちまちのようです。
なので、「甘えさせたり受け止めるのがよいのだ」と思って子供に接していても、空回りしてしまって親としては受け止めているようでも、子供はちっとも満たされていないということもみられます。


とはいえ、子供は過保護でも依存心が強くても育ちます。
ある面では過保護や依存させてしまうような関わりというのは、子供にとって親の関心が自分へ向いていると強く感じることができるからです。
このことは、親が無関心ゆえに子供に引き起こされる情緒の不安定(行動としては例えば、落ち着かない、イライラしている、攻撃的、甘えが出せない、大人へ反抗的など)とは対極にあるでしょう。

親の関心が自分に向いていると実感できることは、子供にとって大変よいことです。
しかしながら、依存心ばかり高められて自立させてもらえないことからくる行動というものもあります。
こういった子は、ある種の「怒り」を貯めていると感じることがあります。

守られてはいるけれども、囲われてしまう、制限されてしまうことでやりたいことをさせてもらえない、できることを低く見積もられていたりという「不満」を蓄積させているからです。

また一方で怒りや不満を蓄積させない代わりに、周囲のことに鈍感、無関心、受動的、発達が遅くなるという表れ方をする子もいます。
不満を蓄積させている子は、それゆえに大人に対してしばしば反発的になります。
前述した、親が無関心ゆえに反発的な子もいますが、その対極の対応をしていても、子供に同じような行動がでてしまっているのです。

また、反発としてでなく同じ不満を強いわがままとして表す子もいます。
依存させる関わりをしてしまう親が、この強いわがままに直面するとより過保護だったり、いいなりだったり、物や食べ物でごまかすといった、返って不満をためさせてしまうような対応をしてしまいがちです。

このことは一つの悪循環の構造となってしまいます。


親の過保護・依存心を高めてしまう関わりが、育てにくい子供というものを作ってしまっています。
せっかく子供への大きな関心や、想い、働きかけがありながら大変もったいないことです。

なので是非とも子供とは「自立へ向かうもの」ということを頭に置いておいて欲しいと思います。

ちなみに、どこまでが受容でどこからが依存なのかと聞かれてもうまく答えることってできません。
人によっても子供によっても、状況によってもそういうのは流動的だからです。なので具体例をあげたとしても、ほかのケースになかなかその通り当てはまるというわけにはいかないでしょう。
自分に過保護やいいなりになってしまう傾向があると感じる人は、ちょっとその点を自身で気にかけてみるといいかもしれません。
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● COMMENT ●

まさに!

二歳のイヤイヤに直面して、這々の体で、ブログを徘徊してから、こちらのブログを見つけました!
以来、お気に入りに登録して欠かさず読んでます。

今回のお話、まさに今そんな感じに悩み中です。
ジブンデ期があっと言う間に終わり、服着るのも、ご飯食べるのも、靴履くのも、着せて~、食べさせて~、履かせて~ですf^_^;)
保育園ではどれも自分でやるのに…

保育園で頑張ってるだし、今だけのコトかなぁと見守ってますが、どうなんでしょうね?

朝と夜の僅かな時間だから、服を自分で着よう!と促して、泣かれてグダグダになるのも切なくて。

No title

おとーちゃんさん、お返事どうもありがとうございました。
病院の先生にも言われるくらい、娘はとてもがんこちゃんなのですが、
きっと、遊びもこだわりや思い入れが強いんだと思います。
だから片付けちゃうのがいやなんだと思うのですが、
娘の成長を待つことにします^^
そして、片づけを気にせず、思いっきり遊べる所をいっぱい作ってあげようと思います。

今回の記事もいつも私が気になっていることでした!
無関心ではない自信は絶対あるけれど、自分は過保護ではないか・・
といつも気にかかっています。
娘の自立したい気持ちも大事にしなきゃいけない、と気にかけるようにします。
でも、人によって線引きが違うので。難しいですねぇ・・

それと、ちょっと心配なことがありまして、教えていただきたいのです。
子どもの成長期って何度もあるものなんでしょうか?
娘もやっと落ち着いたと思ったらまた始まりました。
小さい布で大きいものを包んで、とか、お母さん立ってというので立つといきなり大爆発とか。
理不尽なこと、無理なことは説明したら分かるようになってきたのに、また逆戻りなんです。
娘の病気の特徴で、退行というんでしょうか、
できていたことができなくなるとか、成長が逆戻りするとかあるらしいのです。
これは病気が悪くなっているのかと心配で・・
そして、いきなり大爆発すると私が何かするだけで逆上するので
「~がイヤなのね」とかの声かけも全く耳に入らず、抱っこやヨシヨシも火に油、と言う感じなのです。
昨日はひたすら黙って目の前に座って1時間待っていました・・
ようやくおさまったと思って声をかけたらまたパニックになり最初からやり直し^^;
2時間たち・・さすがに私も辛くなって、ヒステリックになりそうだったのでダメだと思いつつ
娘を1人部屋に残して下の子が目を覚ましたのでそっちに行きました。
すぐに「これでは見捨てられたと思うのでは!?」と気にかかり、戻ったら
ケロリとしていたんですけれど・・
どう対応したらいいんでしょう?いつもこれでいいのかと迷っています。
1人にさせてクールダウンさせるのがいいのかなぁ。
でも、自分が小さい頃にお仕置きで押入れに閉じ込められ怖かったことを今でも覚えてるんです^^;
難しく考えすぎでしょうか。
そして、落ち着いてから「~できてえらかったね」など、
おとーちゃんさんのFを必ずするようにしているのですが、
娘はそういわれて「?」と言う顔をしています。
何時間も格闘したことが意味があったのかなぁ、と思ったり。
一度スイッチが入ると2時間くらいは続くのですが、こんなに長いのはうちだけでしょうか?
「すごく頑固だから、なかなか気持ちの切替ができないんだよ」と病院の先生に言われたことはあるのですが・・
こんなに長いので、言いなりになってしなうことも時々あるんです。ダメですよね~><

甘やかし

おとーちゃんさん、こんにちは。
今回の記事、ちょうど最近私が考えていたことと重なり、とてもためになりました。

私はずっとずっと、「甘えさせてあげること」と「甘やかし」の区別がよくわからなくて悩んでいたんですけど、先日から、どうも私は過保護で甘やかしすぎているのではないかと感じていました。そして頼んでいた汐見先生の本(親がキレない子育て)が届き、読んでみて、たぶん私は自分が甘えさせてあげていたつもりでも、甘やかしていたのではないか…ということに気がついたんです。
子どもとはどのような存在なのか、実際を知らずに子育てを始めてしまうと、こんなことの区別さえもわからないままです…。
これは「甘える」という日本語に2面性があることからきているのかなぁとも思いました。この言葉、怠惰であるとも取れるし、愛情を求めているとも取れますよね。

そこで、ひとまずきっちり説明して「叱る」ことは続け、メリハリのある対応をめざし、そしてどうやら娘が不安であったり悲しんだり落ち込んだりしているようだと少しでも感じられる時には、「甘えさせて」(=気持ちを受け止めて)あげるようにしようかと最近思っています。
(もしも勘違いなことを言っているようでしたら、どうぞご指摘お願いします。)

娘の自立を見守ってやりたいし、必要なサポートをしてあげたいし、気持ちを受け止めてあげたいという思いは山ほどあるんですけど、おっしゃるとおり、どこか空回りしていたかもしれません。

月曜から2週間ぶりに幼稚園が再開。登園時にまたぐずぐずして遅刻ギリギリになったので、「時間には絶対に間に合わないといけないの、これはきまりだから。門が閉まってもう入れなくなるのよ。遅れるとお母さんが先生に叱られるのよ。」と言って手を引っ張って行きました。(そして園庭で遊んでいるときに、おもらし…。)
でも、今朝はなんとか普通に歩いて間に合う時間に家を出られたので、登園途中で配達のトラックから物を降ろすおじさんの仕事ぶりを見たり、犬に挨拶したり、工事で道路に穴が開いてるのを見たり。「ほら、時間があるとゆっくり歩けて、いろんなものが見られて楽しいでしょ?お母さんも怒らなくていいから、あなたがちゃんと支度してくれるほうが嬉しいわ~。」なんて言ったらウンウンとうなづいていました。これで少しずつ理解に近づいていければいいんですが…。
こんな風にいろんなものを眺めながら登園できたのって、ほんと、何ヶ月ぶりでしょうか。私も楽しかったです。うちの場合、午前午後と一日2度も登園があるので、よけいでも登園を楽しい時間にしたいものです。

素晴らしいタイトル!

以前コメントさせていただきました現役保育士です( ´ ▽ ` )ノ
なんという素晴らしいタイトルでしょうか!当たり前だけどこどもを育てている保護者・たまに保育士も?実は見落とされがちな事だと思います。
こども=可愛い。お世話する対象。なのは良いのですが…
こども自身の自立したい思いを置いていってしまっている保護者もいます。お子さんを愛しているのは十分に伝わるのだけど、やり方を間違えると(過剰に手伝ってしまう)せっかく愛する気持ちがあるのにもったいないです。おとーちゃんさんの、おっしゃる通り不満に繋がっていく場合をよく見るので…

また、過保護で何事にも受け身になってしまった子がクラスにもいますがクラスでの自立した生活と本人の様子をお母様に伝え、自立についても説明しお家で手伝いすぎていませんかとお伝えした所お母様もはっと気付いた所があったようでした。お母様もお子さんも少しではありますが変化していき嬉しく思ったことを思い出しました。

人間て生まれた時から自立に向かっていっているんですよね。
保育士や大人は自立のサポートにまわっているのであって決して主導権を握るものではないんだよなぁーと思います。
こどもも立派な人間であることを忘れないで関わっていきたいです。その事もおとーちゃんさんのように上手く保護者の方にも発信出来れば良いのですが…なかなか難しいです(´・_・`)

すみません二重で投稿してしまったので↓の記事は削除していただけますか?

先日はお返事ありがとうございました。
おとーちゃんさんに頂いたコメントを読んで泣いてしまいました。
なんでこの子は噛むんだろう…と悩んでいた気持ちがラクになりました。
噛む事と同時に地団駄やその場に転がってジタバタ抵抗する事も増えたので本当に息子とどう向き合えばいいのか不安でした。
おとーちゃんさんに頂いたアドバイス通り、困る事をしたら「どうしたの?○○したかったんだね。でも母さん困るな」と言うようにしたら多少ぐずるものの、根気よく息子が理解してくれるまで待っていると噛んだりジタバタせずに自分からやめてくれるようになりました!
そして、その後「わかってくれてありがとー!大好きよー!」と、ほめちぎったら得意げにはにかんだ照れ顔にキュンとしました。
それ以降、毎回そんなやりとりを続けていくうちに、息子が以前よりもっともっと愛おしく感じるようになりました。
ダメよ!の一言を変えるだけでこんなにお互いがストレスフリーになるなんてビックリです。
これからも、色々参考にさせてください!そして、また息詰まった時に相談に乗って頂けると嬉しいです。
ちなみに、自立…私は息子より先回りしがちで甘やかし気味だと思うので、気をつけたいと思います。

No title

おとーちゃんさん、はじめまして。私は2歳4ヶ月の女の子の母です。
私は成人してから自己肯定感を持てていないことに気づき、自分自身の育てなおしをしなければなりませんでした。
子どもを持って、肯定、共感、そして子どもの魂の尊厳を意識して育ててきました。
ハリール・ジブラーンの詩「子どもについて」をお守りにしています。
子どもは今のところよく笑う、楽しそうな子に見えます。

長く子どもができず、念願かなって母親になったので、育児は楽しんでやっていましたが、
子どもが少し大きくなってきて主張も出てきてからは、少し迷うところも出てきていました。
最近こちらのブログを見つけ、また一つお守りを見つけた気がしています。

赤ちゃんの頃は赤ちゃんの世話が楽しくて楽しくて、幸せでした。赤ちゃんの頃はそれで良かったと思います。
少し大きくなって必要なものは「子ども目線で考えること」だとこちらのブログを読んで感じました。

また周りのお母さんたちが何だか過干渉な人が多くて、窮屈な感じがしていたのですが、それについての疑問も解けました。
子ども同士の小さなトラブルでも、自信を持って対処できるようになったと思います。
 
何より、よその子をあたたかい目で見られるようになったと思います。
恥ずかしい話、わが子に意地悪する子がいると頭に血が上ってしまい、「ちょっと!今うちの子を押したでしょ!」ということもありました(笑)
意地悪しちゃう子も「どうしたの?」「どうしたかったの?」とちょっと気にかけてあげるだけで、優しさや気遣いや笑顔を見せてくれることがあるんですよね。

これからも楽しみに読ませていただきますね。

No title

毎回はっとさせられることばかりで。
いつも楽しみに読ませてもらっています。
ありがとうございます。
3才2か月と1才1か月の姉妹の母です。
上の子の自慰行為?について悩んでいます。
1才ちょっと前からうつぶせになって力を入れて足を開いたり閉じたりします。
はじめは疲れたのかねーっと笑って言っていたのですが、どうも自慰行為では?と思うようになりました。
それからはそれをしているのを見るとこっちがイライラしてしまい、見守ることはできず、怒ってしまい、抱っこで強制的にやめさせたりしてしまいます。ネットを見ていると、小学生になってもやってていじめられるかもみたいなこともかいてあって。
2才9か月ころに「うんちをしたいときにする」といい、たしかにそのあとうんちがでることはあるのですが、そうとも思えません。だいたいの日はしないでもでます。
今日、夜寝るときに布団のなかでしたので、イライラして久しぶりにかなり怒ってしまい「そんなことしないで早く寝て!もー!もー!」と言ってしまいました。本人は「おこらないでー」といいます。寝る前にしたのは初めてで、保育園(4月から)のお昼寝でもしたら・・と心配になりました。
わたしはどのように対応したらいいと思われますか?
変な相談をしてすみません。

のじゅんさん

ちょっと前までたいしてできないのにあれほど「ジブンデー」だったのに、その少しあとのそれなりに自分でできるようになったころに今度は「ヤッテー」、大人からするとどう考えてもあべこべなんだけど、子供の正しい成長の順序みたいです。
なんともおもしろいね。

保育園でがんばってやっている分、家で甘えがでてそうしたりするんですよね。
それもまた健全な姿です。

なかにはね、それが逆になっていて、家で「いい子」にしていないと親の好意を向けてもらえないので、親の顔色をうかがって必死になって自分でやって、保育園などの外でがまんしたものをふきださせてしまうという子もいるんですよ。
そういうのって、健全とはいえないんだよね。場合によっては性格までひねていってしまうからね。

だからのじゅんさんのところは、順調も順調なわけです。

ある程度そういう気持ちや甘えを受け止めつつ、やってほしい気持ちや出来るところを認めながらいけばそれで大丈夫ですよ。


そのときちょっとだけポイントがあるとしたら、グズグズ・キーキーした出し方で親に要求するのがクセになっちゃうと受け止める方としても、しんどいし嫌な気持ちになってしまうので、そういったときは「じゃあやってあげるから可愛く言ってね」と笑顔で明るく伝えて、可愛く出すのをいいクセにしてしまうと子供も大人も気持ちよく過ごせますよ。

あおむしさん

医療的な面に関してはわからないですけれども、子供の成長というのはだいたいにおいて一進一退だったり三歩進んで二歩下がるみたいなものですから、そうやって一度すぎた姿がでてくることもあるでしょう。

以前、成長期のところで「とことん付き合うようにしている」と僕が書いたことがあって、そこがやや誤解を生んでいることもあるようなのですが、「疎外感」を与えるような対応をしないようにとことんつきあうといったニュアンスで書かれたもので、ときにはそうやって時間や距離をおいてクールダウンするのも当然あっていいのだと思います。その際に疎外感を与えるやりかたで放置するような形でなければね。

子供によっては1時間~2時間と続く子もいます。
それに対応する大人はほんとぐったりきちゃうのだけど、成長期の対応であれば、たいていは一過性のものなのであんまり神経質にならず、イライラして怒っちゃった時は怒っちゃったときとわりきってしまってもいいのかもしれません。

まあ、内容にもよりますが成長期のこだわりはそのまま、その子の「わがままな性格」として固定してしまう類のものでもなかったりするので、場合によっては(親の精神安定のためでも)聞き入れてしまったりするのも一つの選択肢なのでダメってことはないですよ。

やこさん

本当にこの日本語の「甘える」「甘やかす」の語感が意味は全然違っているのに、あまりにも似通ってしまっていて混同されてしまっていることから、うまくいかないなぁ~ということが多々あります。


>そこで、ひとまずきっちり説明して「叱る」ことは続け、メリハリのある対応をめざし、そしてどうやら娘が不安であったり悲しんだり落ち込んだりしているようだと少しでも感じられる時には、「甘えさせて」(=気持ちを受け止めて)あげるようにしようかと最近思っています。

それでいいと思います。


ただ、問題はそのバランスで、これは大人もそうなのですが「叱る・怒る」のような「否定的ニュアンス」を持つ
ものに対して、「甘えさせる・受容する」といった「肯定的なニュアンス」のものの割合によっても、うまくいったりいかなかったりということになったりします。


大人でもこれが半々くらいでは、まだまだ良い影響として及ぼすのは難しいようです。
肯定が大部分で否定が少々。

このくらいになって初めて人は前向きに成長していくようです。

なので子供相手にするならば、肯定10に対して否定が1くらいの割合でいけるといいのかな。


もちろん、そんなうまくいくことばっかりではないので、否定が多くなってしまいそうなときもあるのだけど、そういうときもあまり杓子定規になって否定せずに、グレーゾーンの手を使ったりするのもときには必要になったりするわけです。


それにね空回りしたっていいんですよ。
実の親子なんだから、ちょっとやそっとで絆が揺らいだりすることはないからね。

朝のんびりいけるといいんですよね。
いろんなものを見たり、親子の交流ができて、子供のその日一日安心して過ごせたりすることにつながったりできますからね。

そういう経験がちょっとずつ増えていけると、いろいろ楽しくなりますよね。

うさこさん

おっしゃるとおりそういう傾向ってだんだん強まってきていますよね。

どうしても一家族あたりの子供の家族が減ってきて、だんだんひとりに対する期待や手の掛け方が濃くなっていってしまうのでしょうけれども。そういったところを改善してくのってなかなか難しいです。


いやぁ~僕は保護者との対応ものすっごく下手です。
過去にそれで何回も失敗していますよ~。

子供への対応と同じくらい、親対応もうまくできたらいいのだろうけれども、もともと人見知りなので悲しいかな思うようにはいきません。

まあ、そのあたりはいざというときはほかの職員にフォローしてもらったり、適材適所っていうやつでやっていければいいのかなとも思いますよ。

しまさん

よかったね~。
そうやって寄り添った関わり・姿が見れるようになると親の子育てへのモチベーションも上がってくよね。
その気持ちをわすれないで、これからも子育て楽しんでいけるといいですね。

ひつじさん

ひつじさんはじめまして。
ご自身が自己肯定感を持てずにきたということ、それを自分で乗り越えてこられたこと。
さらっと書いていらっしゃいますが、並大抵のことではなかったと思います。
まずそれに対して心からの拍手と賛辞をおくります。ほんとにひつじさん素晴らしいですよ。よくやりましたね。


自分の育ちを乗り越えて、さらに前向きに子育てに向かっている人を何人か知っていますが、それは容易なことではないこともまた存じております。
なのでそれを乗り越えた方は、自分の子にとても大きな愛情を向けています。

自分の子供が可愛くて、子育てが楽しいということは、なにげないことで当たり前のように世間では思われているかもしれないけれど、けして必ずしもそんなことはないというのをたくさん見てきました。

なので自分の子供が可愛いということは、本当にとてもとても素晴らしいことだと思います。

これからも、これまでひつじさんが持てていなかった分も補えるくらいたくさんの自己肯定感がもてるように、お子さんをいっぱいの愛情と幸福感で包んで育てていってあげてくださいね。

僕も仕事で子供や親と関わっていても、うまくいくことよりもうまくいかないことのほうが多いので、そうやって自分を取り戻せた話を聞くことでとても温かい気持ちになれました、ほんとにコメントありがとう。

A.Oさん

別に変な相談ではないですよ。
こういったことは、実はこの時期の子供によくあることです。

これまでの記事の中でも何度かあげているように、なにか明確な原因(断乳など)があってその代償行為としてでてしまっている、というようなちょっと心配なものもありますが、成長のなかで自然とでてくることも普通にあるからです。

そういうのは「指しゃぶり・爪噛み」なんかも似ていますね。
似ているというよりも、ほぼ同様のものです。
対応もやはり同じようでいいかと思います。


もし何がしかの大きな原因があって引き起こされている場合は、その原因となるものにきちんと対応していかなければならないということもありますが、そうではなくたんなる癖としてなっているようであれば「指しゃぶり」などの対応と同じように、否定することなく気持ちを切り替えていったりすればいいことですし、また強いくせになってしまっていなければ、多くは一時的なものです。


小学生になって日中起きている時にもひっきりなしに起こってしまうようなケースでは、単にそれだけでなく根本的には同じ原因からでしょうけれども、その原因から来る心の成長の未発達だとか、まっすぐ育ちきれていない部分があってそういう部分も、いじめられたりする元になってしまっているでしょう。


2~3歳の子では、そうそう珍しくもありません。
幼かったり、遊びがうまくできなかったりする子で、単に「ひまだからつい触ってしまうのが、クセになった」なんていうのもあります。
日中ずっとでは心配ですが、寝ている時に無意識に触っているという子などはたくさんいます。


これから保育園に入るということであれば、むしろそれによって解消されるかもしれません。

たくさんの目新しいものや、遊びがあってそういうほうに気持ちがいくので、つい触ってしまうという程度のものならばだんだんと減るかもしれませんね。

ただ、下に妹がいたり、保育園に預けられることで不安になったりという部分が引き起こすこともありますので、そういった面では気持ちを受け止めるフォローをしっかりとしてあげるといいでしょう。


怒るのは逆効果になることがとても多いですから、怒るのだけはやめたほうがいいかと思います。

大人が好ましくないとどうしても思うのならば、そのように伝えるだけは伝えてもいいかとは思われますが、もし、なにか寂しい思いや我慢しているということがあるとするならば、そういうところに目を向けて対処するようにして、あまりそのことについて劣等感を持たせたり、ネガティブな気持ちを持たせないことがより大切でしょう。


具体的にはそうだな~。
なんだっていいんだけど、いじっているところをみたりしたら「退屈だったの?」「遊んで欲しかったの?」などと声をかけて、じゃあ「○○して遊ぼうか~」とか、「なら、くすぐっちゃうぞ~~~」とか楽しく切り返していくと、原因が特にないとか軽いものならば、自然になくなっていけるかもしれないよ。


あとちなみに、
>「うんちをしたいときにする」

これもあながち間違ってはいないんですよ。
発達心理学では、子供の成長は大人だったら性的な感覚を得るところの鋭敏な感覚器官の知覚の発達に伴って、そこからの外部の刺激を得ることで発達が促進され、成長が得られていくと言っています。

赤ちゃんがなんでも口に入れたり、物を舐めたりする『口唇期』に、唇や舌という感覚器官を通して外界を認識していき、その後、肛門や性器の感覚が発達してくることに伴って、排泄の自立ができるようになっていくわけです。

おむつはもう完全にとれたかな?
そういうわけなので、ちょうどこのおむつが取れる・取れたという時期に、性器いじりなどの行動が子供には自然にみられるのです。

多くの場合は、この後の心の発達に伴ってだんだんとなくなっていけます。


ここで、大人が強くその行為を非難したり劣等感や恥の感覚を強く持たせてしまっては、排泄の自立において性格を捻じ曲げてしまうようなのと同じように性格形成に、ネガティブな影響を与えてしまうこともあります。

前述のように気持ちを受け止めたり、楽しく相手をしてしまうことで様子をみつつそれでも、強く出たり増えたりするようならば、もしかするとなにか他に原因があるかもしれませんので、そのときはまた相談してください。

悩んでいます

今更のタイミングですが、相談させて下さい。3歳半男の子と1歳3ヶ月女の子の母です。息子のぐずりに手を焼いています。
例えば、車で走っている時に右折した直後、真っ直ぐ行きたかったとごね30分以上泣きわめいたり、家族で手を洗った時、自分が一番に洗いたかったから、全員もう一度自分の後で洗い直しを要求し泣きわめき続ける…。そういった時、どこまで要求を聞いていいのか、判断に迷ってしまいます。
3歳までは、危ないことと人に迷惑がかかること、物のおねだり以外、出来る限り要求を叶えてきたのが「甘やかし」だったのでしょうか。 私自身が、あまり甘えを受け入れてもらえず育ってきた為、息子がぐずりで泣き叫ぶのが苦痛で、感情的に怒鳴ったり手が出たりしてしまうこともあります…。
言葉がかなり達者な息子は、受け入れようなだめようと言葉を尽くしても、逐一言葉で反論してきます。気持ちが表現できず癇癪を起こす訳ではありません。他のことで気をそらす作戦もききません。
そんなぐずりが1日数回あり、その理由も多岐に渡り過ぎて気をつけようがありません。
何か良い対処法があったら教えて下さい。

ピアットさん

実際のところを見ているわけではないので、推測だし、的外れのことを言っているかもしれません。それ前提で聞いてくださいね。

もしかすると、これまでが単に「甘やかし」になっていて「わがまま」な性格になってしまって、いまの姿がでているという可能性もなくはないですが、なんとなくそうではないような気がします。


まず、これまでに「成長期」と思われるものがあって一度それは終わっていましたか?
そうでなければもしかすると、成長期がちょっと遅めにきただけかもしれません。


または、成長期があったときそこでのぐずりなどを、受け止めることなく「叱る」などして押さえつけるような対応を重ねてきたりしましたか?
そうだとしたら、成長期で出しきれなかった、獲得しきれなかったものをもう一度取り戻そうとして、二度目の成長期がやってきたのかもしれません。


そして僕がもっとも可能性が高いかなと思うのは、「サインとして出している」ということです。

三歳半であれば、

>車で走っている時に右折した直後、真っ直ぐ行きたかったとごね30分以上泣きわめいたり、家族で手を洗った時、自分が一番に洗いたかったから、全員もう一度自分の後で洗い直しを要求し

↑こういったことの理屈がわからない年齢ではないと思われます。(中には理解の発達のゆっくりな子もいますのでないこともないですが、平均的にはおよそわかる年齢です)

にも関わらず、そういったことでごねるというのは、それが「サイン」だからです。
理屈がわかるはずの年齢で、理屈の通らない理不尽なゴネを繰り返すのは、その目の前で要求していることが目的なのではなくて、何かに気付いて欲しいという子供のサインであることが多いです。

http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-201.html
このあたりやカテゴリの「心の育て方」、ブログ内検索で「サイン」やネガティブ行動などで関連記事がでてくるかもしれません。


もし、サインだとすればいまそうやって出しているのは実はいいことであるとすら言えます。
抱えたまま大きくなってしまうと、より対応は大変に解決も困難な出し方にならないとも限らないからです。


息子さんはもっとも甘えたい1歳~2歳のころにお母さんが妊娠し出産、その後第二子ができたことでなかなか自分の思いを満たすことができなかったのかもしれません。

また、現在起こっているような姿、要求を親が聞き入れたとしても、それですんなり満足いっているようには見えないでしょう?

>出来る限り要求を叶えてきた

というのは大切なことでもありますが、要求を叶えること = 子供の本当の気持ちを満たすことにつながらない ということもあるのです。


本当は「心から気持ちよく笑顔で抱きしめて欲しい」というときになんらかの理由をつくってぐずったりします。
親としては、子供の要求に応えてあげようとその「なんらかの理由がついた要求」を叶えようとはしても、その根底にあった「笑顔をむけてほしい」とか「気持ちよく抱きしめて欲しい」といったことに気づかないできていることもあります。

その理由づけされた要求に、うんざりしながらとか、不承不承、小言をいいながら、笑顔もなしに、などでその要求を叶えたところでちっとも満足はしないからです。

むしろ、不満がたまってしまうことすらあります。

なので繰り返したり、エスカレートしたりしてしまいます。


そうなってしまうと、親は我慢の限界で叱責したり、怒ったりという対応になりがちなので、子供はその気持ちを深くしまって我慢してしまいます。

我慢したまま大きくなると、問題は大きくなります。

子供によっては、出すチャンスのときになんどかサインをだそうと試みる子がいます。


3歳、6歳のときにそのサインを出す子が多いです。
小学校・中学校になってしまうと、親に直接出すよりも問題行動やいじめとしてだしたりもします。
さらに大きくなれば引きこもりなどの遠因ともなってしまいます。


また

>感情的に怒鳴ったり手が出たりしてしまうこともあります

こういった対応が、いまのそのぐずりを強くしてしまっている可能性もあります。

そのぐずる要求とか表面上の理由だけでなく、その根底のところを見つめてあげる必要があると思います。


もし、サインであるならばぐずっている理由は、ほぼたいていただの理由づけなので、実際のところそれを叶えようが叶えまえがどうでもいいようです。

ほんとうのメッセージは「こんなに困らせている自分ですら受け止めて欲しい」ということだからです。


なので、「そんなふうにぐずらなくても、あなたのことは大好きだよ」などと心から優しい言葉をかけてあげつつ、じっと抱きしめてあげたりするとしばらくして収まることもあります。


また、普段から「先回りした関わり」が必要になります。
激しいぐずりとして出した時にだけ一生懸命関わったところで、それでは本音の部分で肯定的な関わりとしては足りないからです。
ぐずりのときだけの対応では、利子だけ返済しているようなものです。
これまでこのブログで「先回りした関わり」について読んでいなかったら、検索してみてみてください。


その先回りした関わりをしつつ、ぐずりを出してきたら、否定やいいなりになるのではなく、気持ちの部分を受け止めていくことを繰り返すことで、成長に必要な心の部分が満足していけるのではないかと推察されます。

また、普段からゆったりと遊びのあいてをしたり、共感・受容・肯定というものも気づいたときだけでもしていったり、増やしていったりするといいでしょう。

ありがとうございます

お忙しい中、早速お答え頂いてありがとうございます。過去記事も読ませて頂きました。
「サインではないか」と言われ、ハッとしました。きっとそうだと思います。
息子が2歳になる直前に、二人目流産の危険から突然の断乳、2歳になったばかりの時に私が切迫早産で1ヶ月入院し、その間私の実家で預かってもらいました。私べったりの甘えん坊が、じっと耐えてくれていました。かなり無理していたと思います。その後娘が産まれ、出来る限り息子を優先するようにはしてきましたが、やはり淋しさや辛さが癒やされてないのかもしれません。
私自身が神経質で完璧主義、いつも「~ねばならない」と思ってピリピリしているせいもあるんだと思います。子育てそのものを楽しめていない、そしてそれ以前に自分の人生すら楽しめてないからだと思います。
親にありのままを受け入れてもらえず、自己肯定が出来ないまま大人になってしまい、私自身が未だに苦しんでいます。故に、私は息子をありのまま受け入れたいと強く思う反面、やはりどうしていいのか分からず、「大好きだよ」の言葉や抱きしめる行為を心がけてはいても、何か無理があるのかもしれません…。
息子を、心の底からありのまま受け入れ愛することが出来たら、きっと自分も癒やされるような気がします。
そんな私でも出来るでしょうか。頭では分かっていても、心が感情がなかなかついていきません…。でも、息子のサインをしっかり読み取り、おとーちゃんのおっしゃるように、出来る限り息子の気持ちに寄り添い受け入れていきたいです。


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保育士おとーちゃん

Author:保育士おとーちゃん
当ブログはあくまで個人ブログであり、記事の内容および相談・コメントの返信等は効果を保障するものではありません。
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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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