2017-08

相談コメントより 「自分のものへのこだわりが強くて、貸してあげられない」 - 2012.02.18 Sat

結局、僕以外家族全員がインフルエンザにかかってしまいました~。

前回の続きをなかなか書く時間がとれないので、途中ですが更新まったくしないのもさみしいので、今回は相談コメントから。

前回の続きは時間取れしだい近いうちに更新していきますね。



今回の相談は子供が2~3歳くらいでよく現れる姿です。
多かれ少なかれほとんどの子が通る道なので、ほかの方の参考にもなるかと思い本記事として返信させていただきます。


ではまず相談内容から。↓





私も、お友達と遊ぶ上でのルールを教えるべく、色々と試行錯誤を重ねてきましたが、3歳前後から、(言葉が増えてきたこともあってか)少しずつ「叩いたり、押したりするのではなく言葉で伝える」「イヤなら貸さなくてもいいが、お友達が『貸したくない』と言う時は、ガマンする」といったことが、身についてきたなぁと感じていました。
砂場で遊んでいても、お気に入りのおもちゃ以外は、「貸して」と言われると、快く「いいよ~」と言うことが増えてきました。

ただ…いまだに頭を悩ませているのが、自宅にお友達を招いた時のことです。お天気の良い日は、基本的に公園で遊ぶのですが、雨続きなどで、なかなか外で遊べない時は、自宅にお友達を招くことがあります。
息子は、「お友達が来てくれるよ~」と言うと、やったぁ!と大喜びで、「おもちゃ貸してあげられる?」と聞くと、「うん」とはりきって答えます。実際、お友達がやってくると、「はい、どうぞ!」と自分からおもちゃを手渡したりするのですが、気前がいいのは最初だけで…。
やはり、普段ひとりで遊んでいるものだからか、時間が経つにつれてお友達が遊んでいるおもちゃを奪いに行ったり、「ダメ!」と独り占めしようとしたり…。
そうなるともう、「貸してあげようよ」「一緒に遊んだほうが楽しいよ」と、どう説得を試みてもうまくいきません。
とはいえ、おもちゃを貸してあげられないと、自宅で一緒に遊ぶのはムリな話で…。

こんな時、おとーちゃんさんならどんな対応(声かけなど)をされますか?
最近は、自宅ではなく、なるべく外で遊ぶようにしているのですが(もう懲りたので…)、モメるのを覚悟で、「実地訓練」を重ねるべきなのか? その場合、私はどう対応すべきか?
それとも、何もしなくても、時を待てばいずれ自宅でもおもちゃを貸せるようになるのか…? 
考えれば考えるほど、わかりません。
自宅でも、すんなりおもちゃを貸せる子もいるんだけどなぁ…。

ちなみにお友達の家に招かれた時は、(取り合いになることもありますが)ちゃんと「貸して」と言い、おもちゃを独占したりすることもありません。





結論からいってしまえば、なにも心配することはありません。
その自分のうちにある自分のおもちゃを貸してあげられないという現象は当然だれもが通る発達段階のひとつで、悪いことであるどころかむしろいいことなのです。

極端なはなし別になにもせずとも、個人差ありますがだいたい半年後くらいにはそのような姿はまったくなくなっているか、もしくはだいぶ緩和されていることでしょう。


僕の好きな絵本でたびたび紹介している三浦太郎さんの『くっついた』には姉妹本がありまして、『なーらんだ』と『わたしの』といいます。

その『わたしの』というのは自分のものを自分のものとして認識し愛着をもつ、子供特有の姿を描いたものです。
だいたいそういう姿は2歳前後から現れます。


大人はどうしても大人の出来上がっている感覚を子供に求めてしまいますが、自己のものと他者のものを区別して、なおかつそれを貸し借りするということは実はけっこう高度なことです。本当はそれをいきなりこの時期の子供には求められません。
段階を追って子供は成長していくからです。

まず、物を「自分のものである」と強く認識するようになります。
これがなければその次の段階「他者のものを他者のものである」と認識するようにはなれません。

「自分が大事」だと思えるからこそ「他者も大事」と考えられるようになるのです。
なので「自分が大事」と思えていない子に対して、強く「他者は大事なのだ」といくら教え込んだところで、それは表面上はどうあれほんとの意味では身につきません。

これは物だけでなくほかのことにも言えます。
たとえば「人に危害を加えない」という人としてとっても大切なことも同様です。

人に乱暴を振るったり平気で傷つけられる子は、自身がまず大事にされた経験が乏しく、自分を大切に出来ない子であることがほとんどです。

話を戻して物の貸し借りで言えば、幼くて人のものと自分の物の区別なくとっていってしまう子は、自分のものに対する「自分のもの」であるという認識がそもそも育っていない段階にいるのです。

それゆえに、息子さんのいまの「自分のものに対する執着が強くて、人に貸すことができない」という現状は、その子が幼いからでも、しつけがなっていないからでも、意地悪だからでもないのです。

いま「自分のものに対する認識」というものを獲得する、誰しもがとおる段階のまっただなかにいるということなのです。

この段階を適切に踏んでいけば、程なく貸し借りということができる段階にいけるでしょう。
いま人に貸すことを無理強いしていけばむしろ、貸し借りを自分から気持ちよくできる段階を獲得するのがかえって遅くなることもなきにしもあらずです。

なので、いま大人が子供にできる援助は、外のシーンやある場面で貸し借りができるのならば、それを認めたり褒めたりしつつ、自分のものにこだわっているときはそれもまた認めてあげることだと思います。

日本人は謙虚であることを美徳とするので、使っているものを誰か他の子が欲しがると、「貸してあげなさい」というアプローチをしてしまうけれども、ほんとはそれは本人のためにも相手の欲しがっているこのためにもならないことなのです。
まあ、4~5歳 対 1~2歳とか年齢に開きがある大きい子に対してならば別にそれは問題ないんだけどね。

貸したくないというときは「そうだね~いまそれ使っているものね」などと共感してあげることこそが、実は将来的に貸し借りのできる子供にする適切なアプローチなのです。
(そして相手の子には、「見てごらんそれいまどうしているかな?使っているね」などと認識を促すことがよい)


ですので

>「貸してあげようよ」「一緒に遊んだほうが楽しいよ」と、どう説得を試みてもうまくいきません

というのは、たんなる過干渉に終わってしまったり、逆に気持ちを受け止めてもらえない疎外感ばかりをつくってしまっているかもしれません。(←単なる推測なので可能性の話ね)

しかし、自分が使いたい気持ちや、自分のものであるというこだわりに対してきちんと共感してもらう積み重ねをしていくと、まだ貸し借りの発達段階になっていなくても、逆に貸してあげられたりすることもあります。


お友達と自宅で遊ぶような時は、お友達に「いま自分のおもちゃにこだわりの強い時期なので、おもちゃ貸してあげられないかもしれないから、よかったら遊ぶもの持参して」とか伝えるといいかもしれません。

そうすると「これは自分のもので、あっちのは友達のもの」という認識もそこで伸びるので、プラスになるかもしれません。
またお友達にとっても、誰しもが通る段階であるので無駄なことではありません。

>ちなみにお友達の家に招かれた時は、(取り合いになることもありますが)ちゃんと「貸して」と言い、おもちゃを独占したりすることもありません。

↑ということはもう「他者のもの」という認識はできているということですから、順調に成長しているといえるでしょう。
なのでなにも心配することはないですよ。

ちなみにうちの息子も、ほかではそれほどではないけど自宅ではどうしても貸してあげられないという、まったく同じような姿がやはり3歳頃にありましたよ~。


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● COMMENT ●

うちもそうです~。

わぁー、まさに今のうちの息子(2歳1ヶ月)です。でも誰もが通る道なんですね。安心しました。

物へのこだわりもそうですが、自分のテリトリーとかにも結構こだわります。自分が1人で楽しく遊んでいる空間に友だちが入ってくると「あっちいって!」と強く言ってしまうのですが、同じようなものなんでしょうか?つい「もう少し優しく言ってよー。」なんて声を掛けてしまうんですが、これも過干渉でしょうかねぇ…。

ご家族みなさん、インフルエンザで大変ですね。移ってないとはいえ、おとーちゃんも看病疲れが出ませんように。

同じです

一家でインフルエンザ、大変ですね…おとーちゃんまで病気にならないようお祈りします。

うちの3歳6カ月の息子も物を貸せない事が多いです。おとーちゃんの記事を読んで安心しました。

以前、近所のママさんと「お友達が自分の家に遊びに来たら『○○ちゃんはいつでも遊べるんだから貸してあげたら?』って言うのに、お友達の家に遊びに行くと『××ちゃんのおもちゃだから「いいよ」って言ってもらってから借りなさい』って言うけど、子供からするとすごく矛盾してるから、子供は怒って、親はなだめるのに困るよね」という話をしたことがあります。
その時は結局結論が出ずでした。貸し借りにしても、その子の気持ちを受け止めるのが基本なんですね。
「おもちゃを持ってきて」って頼むのは全く思いつかなかったです。今度おうちで遊ぶ機会があれば、やってみようと思います。

うちの息子はこだわりが強くて、服も同じ服ばかり着たがるので、この冬は薄手の長袖で上着を着ずに過ごしています。(毎日そのまま外遊びしてます…)このまま春を迎えそうです。

大変ですね

ご家族のインフルエンザ、看病もお疲れでしょうね。おとーちゃんも奇跡的に移ってないとのことですが、休めるときに体を休めてくださいね。
そんな時にまた相談するのも申し訳ないのですが、ごめんなさい、相談させてください。
娘の事、もう苦しくて苦しくて、毎日毎日どうしたらいいのか、娘に対して最優先にしたいと考えている「自己肯定感」を持たせてあげるようにできないことに、焦り、申し訳なさ様々な感情が渦巻いており、どうしても感情的になってしまう自分が情けなくて。
あれから、受容肯定、フィードバックを意識してはきました。
まずそこで気になるのは、娘に対して、受容肯定、フィードバックするような場面になると、娘は私がなんて言うかをわかっていて、先に言ってしまいます。「いやだったんだねー、って言って?」とか、「おもちゃ貸したよ。やさしいねって言って?」とか、「呼ばれたからちゃんと来たよ。偉いねって言って」とか。なんだか私にほめられるのがわかってての行動なのかなあ、と。それでいいんでしょうか?

ダダやかんしゃくやこだわりは、相変わらずです。もちろんアプローチの結果がすぐ出るものではないだろう事はわかっているつもりです。でもつらいです。
おとーちゃんが返信コメントでおっしゃっていた「何かを我慢したことの反動かもしれないよ」という部分は、大いにあるようだということはわかりました。ただ、反動ではなくただのこだわりの強い、気難しい性格ゆえ、としか受け取れない部分も多く・・・。一日のほとんどを泣いて怒って過ごしてます。
たとえば「ママ~絆創膏はって~」と甘えた声で持ってきたので貼ってやろうとすると「貼らない!ギャーッ!」と突如大噴火。「絵本読むから隣にいて~」というので座るといきなり「ママはあっちにいて!」と泣き喚く。一日の半分はこんな様子です。娘の感情がジェットコースターみたいで、ついていけないのです。「ママやって、って言うからやったのにそんなに怒るなら、もうおねがいされてもやりたくないと思っちゃうよ。」と伝えてますが、全然変わりません。
こだわりですが、以前にも相談したようなことはもちろんこだわるし、コップを置く位置、ゆがんでないか、公園で遊んでいるのを見守っている私の立っている場所、あらゆることにこだわっています。こだわりが叶わない時や通せなくて我慢することもありますが、だいたい反動で荒れます。
とても気になっているこだわりが2つ。
1つは、食事の際、テーブルの椅子が弟と隣り合わせなのですが、自分の椅子に座る際、一度隣の弟の椅子に登り、それから自分の椅子に渡るような形で座るのです。弟を待たせたり、どいてもらってまで。しかもすんなり自分の椅子に座るならまだしも、椅子とテーブルの距離感、ちょっとした左右のゆがみなどにこだわり、渡るまでにも時間がかかり、渡って座った後も何度もやり直すのです。私から見たら何がちがうのかさっぱりわかりませんが、せかしたりやめさせたりするとひどいことになるので、見守るしかなくて・・・。
「きちんとしたいんだよね~」「できた?よかったね。」「でも見て、○○(弟)が待ってるよ。」などと受容してみたり気づかせようとしたりしてみるものの、内心は食事のたびにそんな調子なので、「この子大丈夫?」とも思うし、イライラもするし、どうかなりそうな気持ちで・・・。
そして以前もお伝えした、靴のマジックテープ。(違う靴にしようかと促してもその靴がいいそうです)ぎゅーッと、きつくきつく自分で止めるのですが、それを何度も何度もやり直します。これまでも神経質にやり直していましたが、先日はバスの中で始まり、見守っていたのですが、もう、「どうかしちゃったの?」と思うような様子で、「ゆるい」「できない」と繰り返し、途中から大泣きし始め、「ゆるいと思うんだ~。ママやってみようか?あ、そう、やだ?じゃ、バス降りてゆっくりやってみる?」と言ってみましたがヒートアップしてきたので「バスの中では他の人の迷惑になるからやめてね。」と言いましたが止まらず。降りる頃には私の怒りは極限。娘をはり倒したいくらいにイライラしてました。
家までの道のり、何度も何度も立ち止まり、やり直す娘。私は、ぶるぶるワナワナしているのが自分ではっきりわかり、気持ちを直視すると何をするかわからないほどだったので、感情のスイッチを切り、手をつないで歩きました。家に着いてからは、娘を無視していました。意地悪ではなく、もうどうしていいのかわからなくなってしまったんです。娘もそのうち気がついて、「ママ?」と何度も聞いてきました。しばらくして「どうしてママが口きかないかわかる?」と聞くと、「手を洗わなかったから?」「○○(弟)が泣いたから?」いくつか聞いて、すべて「ちがう」と答えると泣きそうな声で「靴をバリバリってしたから・・・ごめんなさい」と言いました。私も、娘が悪いわけではないと気持ちを静め、その時はどうにか普通に戻しました。
でもその夜、とうとう限界が来てしまいました。いつものように椅子の座り方にこだわり、何度も何度もやり直している娘に怒鳴りました。「何をやり直してるの?」「さっきと同じじゃない!」それでも強迫症のようにこだわり続ける娘に「ちょっとおかしいんじゃないの!?」と泣き叫びました。「もうママの手には負えない」「どうしてママを苦しめるの?」「どうして一日中泣くか怒るかしてるの?」そう言いながら、心では娘の泣き顔に「ごめん。ごめんね」とあやまってましたが、もう止まりません。「ママごめんなさい。」と言う娘に「あやまらなくていいの。ママはもうあなたのことは知らないから。」
泣いている私のそばに来て、背中や頭をさすり、「大丈夫?ママ。もうやらない。ごめんね」娘はそう言いましたが、それでも娘を抱きしめてやれませんでした。ごはん、お風呂、お布団に入るまでの間、ずっと娘を無視し、トボトボと私の後をついて行動する娘。お布団に入ってからいつものように「ママこっち向いて」と言う娘を無視。涙をこらえて目を閉じて眠ろうとしていました。下の子が眠ってから娘を見ると、いつもは私と向かい合ってくっついてないと寝付かないのに、泣き疲れたせいかもう少しで眠りそう。さびしかっただろうに、つらかっただろうに、なんの悪意もない天使そのものの寝顔を見た瞬間に、猛烈に胸が締め付けられて娘を抱きしめると、娘は号泣しはじめました。
娘を受け止めるだけの力のない自分、こんな状態を見せ付けてしまっている息子に対する申し訳なさ。自分で自分が嫌になります。

以前育児相談で行った保育園の園長先生から教えていただいた、市の「発達支援センター」と言うところに行ってみましたが、発達に問題がある様子では全然なく、むしろものすごく頭がいいと言われました。でも、次回検査をして、困った言動があった時にママがどうしたらいいかと言うことを探して行きましょうと言われ、それを来月はじめに控えています。けれど、これまで、市の保健師さん何人もから、誠意のない対応をされ、無責任なアドバイスをされ、いいかげんな対応をされたりしてきたので(すべて検診の時です)、専門の人でも、無条件に信頼できないと言う気持ちがあります。おとーちゃんのようにブログという場で、考え方をしっかりと知ることができないと、なかなか気持ちをさらけ出すことも難しいですし。

おとーちゃん、私、どうしたらいいですか。
私が見失っていること、忘れていること、間違っていること、おとーちゃんの感じることを、どうか教えてください。
長々と本当に申し訳ありません。ご迷惑おかけします。
時間のある時でもちろんかまいません。
よろしくお願いします。

ありがとうございました!

おとーちゃんさん

インフルエンザで大変な中、迅速&丁寧なご回答ありがとうございました(お礼が遅くなって申し訳ありません…)。
おかげで、もやもやしていた気持ちがすっきり晴れました!

>「自分が大事」だと思えるからこそ「他者も大事」と考えられるようになる

そうか…おもちゃに関しても、同じことなのですね。
おもちゃの貸し借りを巡っては、(時々、手が出ることもあって)1歳半頃~2歳すぎにかけて、さんざん悩んできました。
当初の私の声かけは、お友達が「貸して」と言う時は、(息子に)「使ってないなら、ちょっとだけ貸してあげたら?」
息子が「貸して」と言っても貸してもらえない時は、「お友達のだから、自分ので遊ぼう」でした。

これは、息子の気持ちよりも、相手の子や、そのお母さんに気をつかって…というのが、本心だったように思います。
でもそれって、息子だけでなく、お友達にとっても、よくないことだったのですね。

私もいつの頃からか、「これではいくらなんでも理不尽だ」ということと、「この声かけでは効果がないどころか、火に油をそそいでしまう」ということに気づき、息子が貸したくないという時は、(相手の子に)「ごめんね。今使ってるのよ」、(息子に)「貸したくない時は、押したり叩いたりするのではなく、『今使ってるから、後で』って言えばいいのよ」と言うようになりました。
また、お友達が貸したくないという時は、「このおもちゃは、お友達の“だいじだいじ”だから、ガマンしよう」とも…。

私の声かけが変わったからか、2歳半頃から、少しずつ息子も変わり始め、最近は、「貸して」と言ってダメ!と断られた時に、(以前なら手が出ることが多かったのが)「あれ、使いたかったの~」と半べそにはなっても、私が「お友達がいいって言うまで、待ってようね」と言い聞かせれば、気持ちを切りかえて他のおもちゃで遊ぶことが増えてきました。

3歳近くなって、言葉が増えてきたこともあるかもしれませんが、もっと早くこちらのブログに出会えていれば、1歳代であんなに悩んで、落ち込むことはなかったのになぁ…と、つくづく思います。

自宅での貸し借りについても、上記の経験から、息子に強要はしたくなかったのですが、ひとつも貸せないとなると、せっかく来てくれたお友達と遊べない…どうしたものか…と思っていました。
でも、アドバイスを拝見して、「おもちゃを持参してもらう」or「なるべく外で遊ぶ」ようにして、息子の成長を待ちたいと思います。

三浦太郎さんの絵本、私も大好きです!「わたしの」は、以前図書館で借りて読み聞かせたことがあります。
そういえば最近、息子はよく「これは、◯◯くんの?これは、おかーさんの?」などと聞いてきます。
あと、「これは◯◯くんの“だいじだいじ”だから~」というセリフもよく聞くなぁ…。

自分のおもちゃに執着するということは、「自分を大事にする」ということでもあるのですね。
そこからやがて、他者(のおもちゃ)を大事にすることにつながっていくと考え、今はとにかく、息子の気持ちを尊重するよう(そういった環境を作れるよう)心がけていきたいと思います。

本当に、ありがとうございました!
これからも、こちらのブログを参考に、息子がすこやかに成長していけるよう、努力していきたいと思います。

はっとさせられました

おとーちゃん、こんにちは。
早いもので息子も1歳6ヶ月になりました。

1歳3-4ヶ月くらいからお友達への暴力行為が増えました。
噛みつき、ひっかき、お友達の手をつかんで
ぎゅううっと握りつぶして離さない、など、

「人に乱暴を振るったり平気で傷つけられる子は、自身がまず大事にされた経験が乏しく、自分を大切に出来ない子であることがほとんどです。」

まさしく、これが原因だと思います。

私自身も小さい頃(幼稚園くらい)お友達への暴力がすごかったことを覚えています。石を投げて大怪我をさせたこともあります。親からの愛情を感じたことはありませんし、今でも自分を大事に出来ません。早く死にたいと思うことも多いです(私は母から大事にされませんでした)。

実は妊娠したとき、お腹の子供が男の子だったのでがっかりしたことがあります。女の子が欲しかったんです。男の子はお嫁さんに差し上げるために育てるもの、と親からも言われ、また回りからも男の子で可哀想、苦労して育てても老後は孫にも会わせてもらえず孤独ね、と散々言われました。

私だって女の子がよかった、なぜ苦労して他人のために男の子を育てなければいけないのか、そんな理不尽な思いが息子への愛情の欠如となって現れているのがわかります。

息子を愛せない、それは男の子という単純な理由なのです。

でも結局そうした私の感情は、私自身へのしっぺ返しとなって返ってきているのですよね。息子のお友達への暴力行為で結局悩むのは私なのですから。

そう考えると息子への接し方を変えなければいけませんね。
でも、もともと愛情がないだけに難しいです。
可愛いと思うことはあります。寝ているときや笑顔を見せてくれたとき。
でもこれも今だけ限定だと思うとこれまたやりきれなくなることもあります。

kyomiu さん

そういったテリトリーを気にするのも、今回のこととかなり近いことだと思います。
こういう距離感を感じるのをテリトリーイズムといって、大人になっても大切な感覚です。

やはり物への感覚と同様、自分のテリトリーを覚えることで他者のテリトリーをいずれ尊重する気持ちにつながっていくのだと思います。


大人でですがテリトリーイズムの研究というのはけっこうたくさんあって、国や文化によってもずいぶんと違うもので、平均してイギリス人は何メートルとかアメリカ人は何メートルとかっていうデータを見たことがあります。
そしてやっぱり日本人はそのテリトリーの感覚が驚異的に狭かったです。
満員電車とか平気でのってますもんね。

まあ、「優しくいったほうがいいよ」くらいは別に過干渉ではないと思いますよ。言いすぎてたらよくないのはもちろんだけど。


僕もそういうことたまに言うことあります。
子供は自分を守ることなので、当然そういったときしばしば強く言うのだけど、「ああ、○○だったんだね。でもそういうときは優しくいってあげると相手も聞いてくれるよ」とか、まず受け止めてからこういう風にするといいよと提示してあげると、それを覚えることもあります。

発達状況も関わるので、やっきになって教え込むことではないけどね。

専業おかーちゃんさん

ありがとうございます。
なんとかみな回復しました。僕はどうもここ10年くらいインフルエンザにはなぜかかかっていないようなんです。

おそらくそういった物を貸してあげることも、あと半年1年で抵抗なくできるようになると思います。
貸し借りっていうのはけっこう高度な心の働きを必要とするので、訓練ではなくて心の発達っていうものが必要になってくるんですよね。

薄着で健康なら一番いいじゃないですか。
きっと丈夫な身体になりますよ~。

桃さん

ブログの記事のなかや、この前の返信のなかでも、今の状況を肯定して受容してあげることがまず大切というようなことを書きました。

でもね、怒ったっていいんですよ。
大人だって親だって人間です。相手が子供だからといってあまりに理不尽な要求を重ねてきたら、そんなことは嫌なんだ、そういう関わりをされたらイライラするんだ嫌な気持ちになるんだ、親だって感情があるんだ、と知ることは子供にとっても大切なことです。


だから、無理に自分の感情を押し殺したりせず、そういうときは怒ったっていいんです。
子供の癇癪を恐れるあまり、子供を腫れ物を扱うようになってしまうと、返って子供の様子は気難しく、対応は難しくなってしまいます。


なのでとうてい許しがたいと思う行為ならば、それは突っぱねてしまってもいいのです。

子供の様子・状況にもよりけりですので、どんなときどんな子にもそれがいいとは限りせんが、例えばその弟をどかしてでもそっちにすわって自分の席にいかなければ納得しないというときなど、一回そうして満足しその後気持ちよく食べるというのならば受容もするかもしれませんが、なんどもゴネ、さらにそうやって座ってからもごね続けるというのであれば、その要求をみたしてあげる必要というのは感じられないかもしれません。
そんな場合であれば、僕は「そんなに弟を待たせてまで、こだわるくらいならもう食べなくてけっこうです」と突き放してそれでどんなに泣こうが、その泣きに負けないという対応をするかもしれません。

そのときは大変かもしれないけれども、それでそういった困らせ方は受け入れられないのだと子供が学習して今後そういうことが減るのならば、それは子供のためにもなることなので必要なことかもしれません。

ただし繰り返しになりますが、桃さんのお子さんの様子を実際にみているわけではないので、それがうまくあうかどうかは僕からは断言できません。一例としてあげました。


先に信頼関係が大人と子供の間で構築されていれば、怒ったからといってそれが簡単に崩れるものではありません。

ただ、怒るときには注意するポイントがあります。
とりあえず大切なのは2点。



ひとつは「相手を疎外しない・否定しない」ことです。

よく「罪を憎んで人を憎まず」といいますよね。
疎外しないというのはそのことで、「あなたのしたことを否定するのであって、あなたそのものを否定しているのではない」というアプローチが大切ということです。


>「あやまらなくていいの。ママはもうあなたのことは知らないから。」

↑こういう風にいってしまうと、疎外感・自己否定感をもってしまうので、そのことはあとでさらに困らせる行動を増やす結果になってしまうかもしれません。

なので、「あなたのことは好きだけど、○○するのは困る」とか「あなたのことは大好きだけど、○○するあなたは好きではない」という風にアプローチしていくのがよいようです。


あともう一つは、あとからフォローをして肯定しなおしてあげるといいということです。

↑のように相手の存在を否定しない言い方をしたとしても、怒られると子供はどうしても自己否定感や失敗したという強烈な負の意識を抱えてしまいます。
なので、あとで「わかってくれたんだね、もう怒ってないよ」とか「あなたのことが嫌いなんじゃないよ、大切に思っているよ」とかフォローしてあげることで、負の意識がなくなって、むしろ怒られたことに向き合ってそれを身につける心の余裕が子供に生まれます。

ただしそのとき「怒ってしまって悪かったね」という必要はありません。大人は理由があるから怒ったんだということは一貫していていいことです。
必要もないのに怒っていたらそれは理不尽だけどね。


がまんにがまんを重ねた末に怒ってしまうと、上のようには余裕をもって対応できないので、がまんしすぎないことも大切です。

あと自分を責めないでいいからね。
よしんば僕が桃さんの立場にいたとしても、なにからなにまで理性的に落ち着いて関われるかといったらそんなことはないと思います。

イライラしたり、もう見たくないと思ったり、張り倒したくなったりするでしょう。
だから、そのことで負い目におもったり、悪い親なんだと自分を責めたりしないでね。
その状況になったらだれだってきっとそう思うよ。

本当に大変だと思う。できるなら僕がいって少しでも代わりにお子さんみてあげたり、一緒に関わってあげたりしてあげたいよ。
こういう字のやり取りしかできなくてごめんね。

今回書いたようなことが、役に立つかうまくいくかはわからないけど、またなんでも言ってください。
一緒に考えていきましょう。


不特定多数のひとを不安にしたくないのであまり本文では書いていませんが、保健所や保健師に不誠実・不適切な対応をされたというのは実によく聞きます。

どうかんがえても無責任だとか、おかしいだろということも身近にたくさんありました。
本来助けるべき人が、そうできていないことは残念で腹立たしいことですが、どうかそこで言われたことなど気にしないで、頼りになると思った人、そういった人のことでも自分にあうところ、あわないところ取捨選択していいと思います。
どうかそういった不誠実な対応を気にしすぎてめげないでくださいね。

Hiroさん

なかなか自分がされてきた、自分の育ちというものを超えて自分の子供に接していくというのはとても難しいものだと思います。

愛されたという実感がもてないと、なかなか我が子に愛情をもてないということは現実にはしばしばあります。
それを変えるのはとても難しいことだけれども、けして不可能なことではありません。

なかには自分はあまり親に愛されたという実感がもてなかったけれども、子供が生まれてその子を大事にしようと思うことで同時に自分も満たされていく気がするという人もいます。

ちょっとした子供をかわいいと思えるきっかけがあるだけで、その後の子育てはずいぶん変わっていくと思います。


子育てを負担に感じてしまうことがあるかとは思うけれども、正直にいえば今手をかけずに先延ばししていくとあとでほんとにもっとはるかに大変になってしまいます。

1歳2歳のうちに、あるていど受け止めてあげて信頼感を持てるようにしてさえあげれば、あとあとずっと楽になりますよ。小さいうちほど子供への対応はしやすいですからね。


今、子供を可愛いと思えないのならば、無理してそう思おうとしたり、そう思えないことで自分を責めたりすることはないです。
それは必ずしも全部がHiroさんの責任ではないのだから。


でも騙されたと思って、作り笑顔でもいいから毎日子供に笑顔を向けてくすぐってあげたり、話しかけてあげてください。
それを続けていくだけで、2年後3年後の子育ての大変さというものは劇的に違ってくると思います。

そして今そうやって手をかけてあげることで、お子さんを可愛いと思える瞬間がちょっとづつでも増えていくはずです。
それがおそらく子育てをしやすくしていってくれると思います。


あと、男の子だから子育て大変とかってよく世間ではいうけれども、ほんとはそんなことないですよ。
むしろ女の子の方が精神的な自立が早いので、なかには4~5歳で親から自立的になって反発を出していく子もいたりする一方で、男の子はいつまでも母親を求める気持ちが強いので、母からすると男の子の子育ての方がしやすいということはたくさんあります。

また、全部が全部そうではないけれども、女の子の方は精神的な自立が早いために、なにか育ちに問題があったときそれを直していくのが難しいのに対して、男の子の方がなんとでもなるということもありますよ。


男の子はいくつになっても母親のことを特別な存在として思っているようです。

以前、児童養護施設の所長さんが話してくれたのですが、第二次世界大戦のとき特攻隊の隊員たちは、口ではお国のためとか言っていても、最後の最後はみんな「おかーさんー!」と叫んでいったんだということを聞きました。男の子にとって母親というのはほんとうにかけがえのない存在ですよ。
だから男の子で損だなんてことはちっともないですよ。

僕自身の経験からいっても、子育ての不得意な人ほど男の子のほうが向いていると感じます。

No title

>僕自身の経験からいっても、子育ての不得意な人ほど男の子のほう>が向いていると感じます。

このコメントに救われました。
私は子育てには向いていません。
この子を産むんじゃなかった、と何度思ったことか・・・
(夫のために子供を産んだようなものです)

それでもこの子を私の二の舞にしないためにも
日々作り笑いでも笑顔を向けて接していくよう心がけます。

ありがとうございました。

No title

いつも楽しくブログ拝見させていただいております。

3歳になったばかりの娘のことで相談させて下さい。
1歳から保育園に通っています。園ではお友達との物の取り合いは絶えないようですが、この頃は諦めて相手の子に渡すこともできるようになったと言われています。年少さんに進級したという自覚があり、家でもお姉さんになったと感じることがとても多くなりました。

でも園や家の外ではそうはいかず、公園で遊んでいて知らない子が来ると警戒して自分のスコップなどをさっと近くに寄せたり、遊具を頑として譲らずに泣かせてしまったり、デパートのおもちゃ売り場などで遊んでいても自分が使っていたものを他の子が使うとものすごく嫌がったりしっかり握って離しません。

明らかに自分より大きな子とは上手に遊べますし、ベビーカーに乗っているようなまだ歩けない赤ちゃんにはとても優しくしています。
どうやら歩き始めから自分と同じくらいの子が苦手なようです。

警戒心も強く、親と親しい関係にある人(親戚や友人など)に対してはすぐに慣れるのですが、顔見知り程度の相手には笑顔すら見せません。
これは娘の個性なので、夫も私もそのことで娘に何かを強要つもりはなく、譲り合いについても園の先生から「そのうちできるようになりますから心配しなくて大丈夫です」と言われているので、それを信じて待っています。

でも、知らない人にとっては「嫌な子」と映ることも多く、先日も出掛け先の遊び場でおもちゃを独占していた娘に、1歳半くらいの子のお父さんが「いじわるな子」と言っているのを耳にしました。
大人の言葉を全て理解している娘にとって、その一言はとてもショックだったようで、しばらくたっても「いじわるだって言われちゃった」と思い出しては言っています。

物の貸し借りは上手にできませんが、それ以外のことで特に困ることもなく、活発でいい子だと思っています。
私は誰に何を言われても構いませんが、娘には言ってほしくないと思い、公共の場ではつい口を出して過干渉になりがちです。
私はどうしたらよいでしょうか?

きっこさん

似たケースの相談がここにありました。
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-248.html


おそらくお子さんの場合は、こういったものの扱いに関しての成長の段階が次に上がるまで、そうそう遠い話ではないと思われます。

なぜなら、

>しばらくたっても「いじわるだって言われちゃった」と思い出しては言っています。

このようなことを気に出来るだけの心の発達段階に来ているのであれば、ものへの強いこだわりをクリアできるだけの心の成長もそれなりに発達していると考えられるからです。



もののやり取りの力というのは、子供自身の心の成長+実地の経験などから身についてくるものですが、そのような場で大人から「ああしなさい、こうしなさい」「○○するな」というようなことを言われてもさほど伸びるというものではありません。


なので、すでに顔見知りの子供同士の場などでは、あまり大人が口出しせずに見守ったりするのがいいのですが、公共の場や、そういったおもちゃ売り場のようなところでは、あまりそうも言ってられませんね。

やはりそういうところでは、公共のルールというものもある程度優先されますし。


もし、そのようなことが大人にとってもストレスだったり、子供にもよくないと思うのであれば、そういうところに今はまだ行かないというのもひとつの選択肢です。

そういう状況が避けられないのであればしかたがありませんが、あと半年もすればいまほどということもないでしょうから、大人にとっても子供にとっても無理なく遊べるようになってから行ってもいいと思います。

ありがとうございます

お忙しい中、お返事をいただきありがとうございました。

>ものへの強いこだわりをクリアできるだけの心の成長もそれなりに発達していると考えられるからです。

この一言で気持ちが楽になりました。

先日、同じ年齢の従姉と遊び、予想通りおもちゃの取り合いになりました。
従姉は怒って殴る蹴るでしたが、娘は決して手を出さずじっと耐えていたので成長したものだなと思いました。

保育園でも自分の作った家にお友達を招き入れたり、貸し借りもできるようになってきたようです。

この調子で少しずつ初対面のお友達ともコミュニケーションが取れるようになってくるのではないかなと楽しみにしています。

私も焦らずのんびり見守っていきたいと思います。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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