2017-11

逃げること、自分を守ること vol.2 - 2017.09.10 Sun

8月31日に、上野動物園のTwitterをあげて「逃げること、自分を守ること」という記事を書きました。


その記事やTwitterを見て、「そんな風に子供に逃げていいなんて軽々しく言わない方がいいのではないか」とか、「頑張らせることを教えることの方が大切ではないか」と感じた人もおそらく少なくないことと思います。





上野動物園のTwitterではアメリカバクを例にあげて、「動物はみんな一目散に逃げるんだよ」と伝えています。

ここで大切なのはこの「一目散」というところなんですね。

なぜかというと、人間だけがそれをできないからです。


「もう少しそこで頑張った方がいいのではないか」
「そんなことで逃げたらずっと逃げ続ける子供になりはしないか」
「我慢することが大事」
「努力してその状況を克服することが大事」
「学校にちゃんと行ってほしい」
「学校は行かなければダメだ」
「逃げるのは甘えだ」
「その問題はあなたにも原因があるのだから、それに向き合って乗り越えてきなさい」


そういったことを大人は子供に対して考えてしまいます。

これを動物で置き換えてみると、「危険な感じがするけれども、もう少しここでねばってそこにあるエサを食べておこう」という行動です。


アメリカバクは身近にいないけれど、スズメなどを見ればわかるように、そのように危険を冒して目先の利益を取ろうとする個体はそうそうおりません。


実際に子供を自死に至らしめてしまったケースなどで、大人が子供にそのような期待を寄せたり、逃げたいというSOSを受けてもそこでねばって頑張るように求めてしまい大きな後悔をせざるを得なくなってしまったケースがたくさんあります。


現代の大人は、少なからず「頑張らなければならない、逃げてはならない、甘えは良くない」といった呪縛に絡め取られてしまっています。
それゆえ、我が子にそう望んでしまう親も多いでしょう。


だから、社会のどこかの大人が子供に対して「イヤだったら頑張らないで逃げていいんだよ。一目散に逃げなさい」と言ってあげる必要があるのですね。

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● COMMENT ●

逃げるべきときには逃げていいと思っていれば、子どもだけでなく親自身も楽になれる気がします。
子どもの世界は狭いから、そこじゃなくちゃ生きていけないような気になってしまう。でも、大人になってみれば、小学校の時あんなだった奴も高校でこんなだった人も、だいたいなんとかなってそれなりに生きてる。子どもの頃のスクールカーストは幻のようなもの。
私はADHDと思われる傾向があり、高校くらいまで人間関係で苦労しました。だから子どもがいじめにあったりする可能性がけっこうリアルに感じられてしまうのですが、それでも『その時を生き抜けばなんとかなる』と少し気持ちが落ち着きました。

私個人の話になってしまうのですが、大学卒業後の就職先でうつになりました。
結局本当に逃げるようにやめてしまいました。親にも迷惑をかけてしまいました。
やめてから6~7年くらいは経過していますが、一日たりともその時のことを思い出さない日はありません。
今思えば職場にセクハラやらパワハラが普通にあり、環境としては良くはなかったと思いますが、
どうしても自分の弱さのために逃げてしまい恥ずかしいという心の傷は癒えることがありません。たぶん一生抱えるのではと思います。
大したことないのになんであんなに思い詰めていたんだろう?
あの時頑張っていれば、せめて3年続けられたら変われたのかな?(これは職場の先輩に3年は続けろと言われたせいだと思います)
どうして自分は頑張れなかったのか、やれるはずなのにやれなかったのか、
サボりたかっただけなのかな、みんな大変だったのに最低だな、
云々…
今回の「逃げること、自分を守ること」を読んでいるとそんなことを思い出します。少し辛いですけど。

あのまま逃げなかったら私は命を守れなかったかもしれません。
頑張りたかったけど、やりたかったけど、無理だったんだと思います。

今は実家の会社で無理なく働き、家庭をもち幸せにやっています。
もしあの時命を守れなかったら、自分の家族も未来も全てむちゃくちゃに壊してしまったんだろうと思うと恐ろしいです。

それでも前の職場の呪縛は解けません。
頑張れ、頑張れ、頑張れ。
私にとっては呪いの言葉でした。

逃げることと恥だということは切っても切り離せない価値観なんでしょうか。
去年「逃げるは恥だが役に立つ」なんてドラマが流行りましたけど…
逃げても恥じゃないって切り離せれば、生きることももっと楽なのかもしれませんね。

育児とは関係のない内容になってしまい申し訳ないです。
息子には「頑張れ」とつい多用してしまいますが、「出来なくても大丈夫だよ」も併用するように気を付けています。
…が、4歳になりそろそろ身に付けないといけないことも多くなって厳しめに言うことも増えてきたので…
再び、「出来なくても大丈夫だよ」を肝に命じたいと思います。

軍隊ですね・・・

例えの言葉のところを読んで、軍隊を連想しました。
脈々と繋がっているのかもしれません。アメリカは今も人種差別意識がずっとあって、一度だけ旅行に行った時に実際私も体験しました。肌の色でわかりやすいだけで、日本もまた、そういう意識が根底にあるのかもしれません。士農工商以前からのもの。歴史には疎いですが、鎖国時代もそうだし、土佐の上士と郷士など恐ろしいと思いました。
戦中の特攻隊然り。ひょっとしたら最近の「キレる老人」も根底で繋がっているかもしれません。

隊列から外れることこそが社会的に命をなくすことだという信念のようなものも感じます。正しさ=幸せ、みたいなものさえ感じます。杓子定規は私は好きではありません…形ありきではなく、個人個人を大切にできる世の中になればいいなぁとつくづく思います。

フリースクールや、家庭だけで勉強をしていくことで集団行動ができなくなる、ということはないそうです。昔みたテレビ番組情報ではありますが。(でもそれは「外れる」ことであり「何かとてつもない怖さを感じる」ことなのかもしれません)
現代は、そのような学び方からでも高校や大学に選んで行ける道が十分に整備されればいいだけです…。
IT社会の今や大人でも、職場がフリーという職種、会社もありますしね(*^◯^*)


話が変わって感想?です。
先生の各種相談室は、やはり常に開けておこうというお気持ちなのかな、と思いました。(メルマガで期間を作って申し込みを受けるという人もいて、そういう方が楽だろうなぁと思ったのですが、子育てでは1ヶ月でも全く問題が変わるし、すぐにお返事いただけなくても今聞きたいというのもわかるし、ありがたいと思いました)

頑張るというのはとても素晴らしいことだけれど、それは自分から積極的に行うから素敵なのであって、しんどいけれど頑張らなければならない、頑張らないと許されないという状況に追い込まれるのは、本当に辛いものです。
それを自分でもよく分かっているはずなのに、子供に対して「もっと頑張れ、何でもっと頑張らないんだ」、とかついつい思ってしまいます。私は過去、いろんな場面で頑張りきれずに逃げてきました。そんな自分が嫌で、子供にはそんな人間になって欲しくないと自分勝手なことを考えて、「諦めずに頑張りなさい」と口に出してしまいます。
でも、「逃げたいときは逃げてもいい」「逃げることによって自分の身を守ることができる」、そんなふうに言ってもらえると、否定的にしか捉えられなかった自分の過去を、もう否定しなくてもいいんだと思えてきます。そうなってくると、「子供に対しても頑張りを強要しなくていいんだ」とほっとした気持ちになり、とても不思議です。

学校に行かない=逸脱、という認識があまりにもはびこっていますよね。「逃げる」という発想、必要ですが、学校に行かないこと=「逃げ」ということではなくて、積極的な「選択肢」になっていってほしいと思います。学校が一時的に辛くなってしまったときはもちろんですが、そもそも、根本的に、学校というシステム自体が合わない、という個性を持つ人は、いると思うんです。

ホームスクーリング、フリースクール等、学校以外で勉強できる選択肢がもっともっと普通になったら良いのに、と思います。不登校の子供を対象にしたロケットプロジェクトなど良い試みだと思うんですが、如何せん、募集人数が少なすぎる!この日本にも、もっともっと、多様な機会そして、それを、普通のこととして認め合える空気ができてくることを願います。

こちらのブログの別の記事ですが、子供の人数に関する記事で、「大学までの学費が無料ならもう一人産みたいのに」というようなコメントを拝見しました。経済的に、学校に行かせられない=産まない、という考えは、一般的なのかな、と思います。学校に行かない=未来がない・ありえないという風潮。学校に行かなくても、普通に幸せに生きていけるイメージを持ちづらい、今の日本の社会構造が変わるといいな、と思います。

小1の息子は、今は楽しそうに学校に行っていますが、学校に適応することや優秀な生徒を目指すことが全てではなくて、息子が息子らしく生きるためにもっと大事なことを見失わないようにしたいと心から思うし、学校が合わないなら行かなくたっていいよ、って思っています。

お金をかけなくたって、学ぶことはできるはずだし、むしろ、お金を払って学べることよりも、野山で、家庭で、図書館で、学ぶことの方がよっぽど大切で、大きいのではないかと、これは私の価値観ですが、思っています。

息子(年中)が夏休み明けから幼稚園に行くことを嫌がり毎朝泣いています
ただ単に家が恋しいだけのようで、私が見えなくなれば気持ちを切り替えて楽しく過ごしているそうです(先生談)

おとーちゃんさんが書かれたこの記事と
幼稚園児の登園しぶりはまた別問題だと思うので、
毎朝泣いている我が子に「さぁ、出発の時間ですよ」
とキッパリ言って、泣いても良いよ、楽しいことあるかもしれないから行こう!と連れ出します

でも、心のすみっこで「今日も泣いたかぁ、困った、こんなにいやがって…そんなに嫌なら休ませようか」と一瞬考えてしまいます
私きっと、弱い大人なんですねダメですね
子どもに見透かされているのかもしれません

話がそれてしまいましたが…

逃げ場があるのはとても意味のあることだと思います
場所でなくても、いつでもここに逃げておいでと言ってくれる大人がいるだけで救われる子もいるはずです
息子にとって安らげる家庭であるようにと思います

そんな息子、虫が大好きで今更ながらムシキングのアニメにはまっているのですが、
主題歌の「生きてこそ」という歌がすきで
本当に生きてこそだなぁと感じています

一目散に逃げました!

私は高3の春に一目散に逃げました。
家族間でも学校でも色々あり、模試で高偏差値を出した時でした。
少し休みたいと思い、学校からの帰り道に足をうまいこと骨折して入院できないかなぁ、と車を眺めていました。
そしてその次の日に大検(当時、現 高卒認定)のための予備校の説明を受けに行き、帰宅後親に伝えました。
本当の理由は今でも誰にも言っていません。
ただ、大学入学後に高校を別の視点から眺めたいと思い教育実習へも行きました。
なかなか大変な時もありましたが、あの日一目散に逃げて良かったと思います。

年中の息子にも、時期が来れば伝えたいと思います。
夫は逃げるのは良くないと言いますが、逃げなければ今ここにいない気がします。

息子は昨日から幼稚園行きたがらず、外に出るとオンブして、と言い、
園の近くまでオンブしています。
今日寝る前に一番仲良しの友達と大ゲンカしている事を話してくれました。

それはつらいよね、悲しいね。話してくれてありがとう。
とだけ伝え…
あとはどう変化していくんでしょう。見守ること、オンブは過保護かなあと思うのですが、
園につくとテキパキ用意してるので力を充電してるのかな、とも思います。

近くの小学校で、高学年らしき子が両親に車から引きずり降ろされ、門の前にいる先生も加わり大人3人で
運ばれ、「保健室でいいから入ってくれ!」と言われてるのを見ました。
嫌だな、と思います。
学校とは、そこまでして戦わなければいけない場所なのかと思います。

冬休み後や、学年が変われば行く気にもなるかもしれないのに。
あとは転校という手もあるように思えます。
人生80数年のうちの数ヶ月、数年間、人と違うことをしてなぜいけないのか。許されないのか。

そりゃ先生は立場上、来て欲しいと言うんだと思いますが…

困難な道を選ぶ

困難な道を選んだほうがいいのかな、と感じています。

「人は易きに流れる」という言葉があります。
僕も流れる傾向にあります。
また、逃げるというのは簡単なことだと思っています。
なので、一度逃げると逃げ続けてしまう、と考えてしまいます。
だから、逃げるのは良くないと思っています。
このように考えてしまうと、逃げるのは簡単なことではなく、難しいものになる。

逃げるのが困難なだと感じる人は、逃げたほうがいいんでしょうね。

わかりますよ。

本当に、考え方なんだろうなと、思います。

逃げる、のではなく、

状況を判断して、今は引く。
って感覚で、いいと思うんですよね。

そうやって、引いたり、粘ったりしながら
自分に合う場所、合うスポーツ、合う遊び、
合う趣味、、、

見つけていく。

最終的に、これなら、ここなら、自分も気持ちよく続けられる。

ってのを見つけるって感覚でいいと思うんですけど。、

もちろん、そこに止まって、頑張っていた方が良かった……って事もあるでしょうけど

すぐ、逃げたとかって言いかたされるので辛いですよね。

なんかもっと、みんな、柔軟に構えてほしいなぁと思いますね、。

あと、ほんとうに、

一度、気持ちがしんどくて、逃げたとしても、
また元気が戻ったら、戻って頑張ればいいじゃないですか。

「また、戻りたいんですけど」って、「いいよ。戻っといで」って、言うことが、

なんで駄目なんでしょうね?

冷静に考えたら、何も悪いことないでしょ。、


皆んな、他人を否定ばかりしてる気がするけど、結局自分のコンプレックなんかを、守る為に他人を否定して、自分を肯定したいだけなんじゃないの?

って思う時があります。相手の事を考えた発言ってどれくらいあるんだろう。


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