2017-07

すべての子供が笑顔でいられる社会を目指して ー憲法記念日に思うー - 2017.05.06 Sat

今回の話はいつも書いているような、直接子育ての具体的なことに関わる話ではありません。
めんどくさい話でもあり、興味がなければおもしろくもなんともない内容なのでスルーしていただいても構いません。
今日は、憲法記念日に際してこれからの子育てにまつわることを考えたいと思います。





全然えばれる話ではありませんが、僕は野心や上昇志向がとぼしい人間です。
人の上に立とうとか、有名になろうという感覚が少ないようです。
本当はそういったものがもっとあった方が大勢の人の役に立てるのかもしれませんが、正直なところそういう方にあまり興味がいきません。
それよりも、自分の手の届く範囲からなにかをしたいと考えるたちです。

例えば、子育ての相談を受けた人、個人に対してよりよい方に進んでもらいたいということで頭を働かせます。
そういった意味では、最近の潮流であるソーシャルビジネスなどを手がける人たちやそういった時代の流れにおいてかれているようなところがあります。

ですので、社会的なものや政治的なものには本来あまり積極的な関心は持ち得ないのですが、でも、子供たちや子供を育てる人たち、特にそこで実際に苦しんでいる深刻な人たちに関わっていく中で、それらが関係しているとなるとそうも言っていられないところがあります。
どうも、こういったスタンスの人は、僕のような現場で子供や保育と関わっている人の中には少なくないようでもあります。


そういった子供と子育てする人を取り巻く周囲の問題が現状維持ならばまだしも、明らかに悪くなることが目に見えているようでしたら、そこは座してみているわけにもいきません。

そこで、僕はこういったことに詳しいわけでも高い見識を持っているわけでもありませんが、自分が把握していることを述べてみなさんにも考えていただくなにがしかの契機としていただければ幸いです。





5月3日の憲法記念日に際して、憲法に関するさまざまな意見、議論が出てきました。
特に焦点になっていたのは憲法9条に関するところでした。

しかし、実のところ大きな問題点になっているのは9条ばかりではありません。
この陰で危険にさらされているものがあります、それが「女性と子供」のあり方についてです。

あまり注目されておりませんが、憲法改正のもう一つの焦点となっているのが憲法24条なのです。



この問題はこちらに詳しいです。
とりあえず、一番上の深澤真紀さんの文章を読んでいただければおおよそのところがわかります。

『憲法24条を「女だけの問題」にしてはいけない』
深澤真紀 (コラムニスト・淑徳大学客員教授)

『自民改憲案第24条は「家族の問題は家族だけで解決してね。国は保護しないよ」、「結婚する相手や住居を選ぶ自由は無いよ」というトンデモ内容だった。』(ツイッターまとめ)

論点 シリーズ憲法70年 家族と国を考える(毎日新聞)

『憲法24条を大切にしよう』二宮 周平(立命館大学法学部教授)





◆憲法24条とは?

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。



一見、婚姻についてを定めているだけのようですが、ここをいじくることで「個人の平等」が大きく揺らいでしまうのです。
これは民主主義社会の根幹に関わる大事です。

結婚という個人的な事象が、それ以外のファクターが入ることにより、個人の上に何ものかが存在することを許すことになります。

それゆえに、この24条を変えることで、国の仕組みを大きく変えてしまうことができるのです。


例えばどういう風になるかというと、権威を持つものの力がより大きな社会となります。

学校や会社、行政や警察といったものは、個人よりも権威・権力を重視するようになります。
これは同時に男性中心主義社会への回帰でもあります。
そこで虐げられてしまうのは、女性や子供、障がい者、LGBT、その他のマイノリティといった社会的な弱者です。
少子高齢化などから日本が今後経済的に低迷していくことは確実な状況にあり、貧困が現実の問題になりつつあるのですから、私は関係ないと思っていても多くの人がその虐げられる人たちの内に含まれていくことでしょう。世代間格差を考えれば、私たちよりも子供や孫ほどそのリスクは上がることでしょう。

そしてそれは、女性や子供に留まらず男性も含めてすべての個人が生きにくくなる世の中です。


個人よりもその集合体が優先される社会、これを「全体主義」といいます。
北朝鮮でマスゲームが重視されるのは、この「個を捨てて集団・全体を第一のものと見なす」ことを体現しているからなのですね。

24条を変えたい人が目指しているのはそういうことです。


最近世界的にも、フィリップ.K.ディックの『高い城の男』やジョージ・オーウェルの『1984年』、レイ ブラッドベリ『華氏451度』などのディストピア(ユートピアの反対)を描いた文学が再注目されています。
世界的な右傾化の波の中で、管理的、監視的になりつつある国家への懸念がアメリカでもヨーロッパでも高まっているようです。

全体主義というと共産主義的な国家というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、共産主義に限らず右傾化が進行したところに作られる国家社会主義やファシズムといったものも全体主義を作り出します。
個人が制限されるという事態には右も左もないのです。




◆なぜ僕は子育ての見地からそれを懸念するのか?

僕はこれまで虐待を受けている子供や、そういった生育歴をおくってきた大人、DVやハラスメントの被害に遭っている人に関わってきました。

これらの背景には必ずと言っていいほど立場の上下を理由として、不当に虐げる人の存在があります。
父や母、祖父母、教師、配偶者(多くは夫)。

これを防ぐためには、個が尊重される社会でなければなりません。
存在のウエイトとして、大人も子供も同じ価値を持っているのです。


例えばの話ですが、性的虐待をその実の親からされている人が誰かに助けを求めたときに最初に当たる壁がなにか知っていますか?
それは、「家族がそんなことをするはずないだろ」という無理解です。
学校の先生などに相談しても、それを受け止めてくれるどころか「親になんてことを言うのだ」と逆に否定されたことのある人は多いです。うすうすはその事実に気づいている人であってすら、そのような社会的な観念に逆らってまで子供の肩を持とうとする人は少ないのです。


「家」や「家庭」「家族」といった概念を、個人の上に存在せしめることは、必ずこれらの犠牲者を増やすことになります。
それらの権威がハラスメントをする理由を積極的に与えるからです。



DVやハラスメントをする人は、そのような権威的なものを認められることにより、とても元気になっていきます。その分だけ、弱い立場に置かれる人が泣くことになるでしょう。
そうなると、その泣かされた内のいくつかの人たちは、さらに自分よりも弱いものをいじめることで、自己を保とうとします。
「いじめ」「パワハラ・モラハラ」、通り魔殺人などのような負の感情の暴走した結果の「犯罪」など必ずや増えてしまいます。
「セクハラ」も増えるでしょう。
誰かに土下座を強要するようなクレーマーの事件が昨年相次ぎましたが、こういったものなども増えることでしょう。
レイシズムの蔓延や、障がい者や性的少数者、生活保護受給者などへの攻撃にもつながりかねません。



第二次世界大戦という軍国主義であった時代が終わってすでに70年も経ちますが、家族観や子育ての中ではまだそれらの影響は完全には払拭されてはいないことを感じます。

いまの祖父母世代の人たちは、直接その時代に生まれていないかもしれませんが、そういう時代に生きてきた人たちに育てられ、中にはそれらの影響を受けている人もおります。

それはある意味では仕方のないことです。現代の人の誰が悪いわけでもありません。
これから時代にが進むにつれてそれを改善していけばいいからです。
しかし、それをわざわざ過去に引き戻そうとする人が出てくるとなると話は別です。


憲法24条を壊すことはこれを加速すること、最後の砦を自ら壊すことに等しいことです。
そのあとにそれを止めてくれるものはなにもありません。

個人が抑えつけられている社会は誰にとっても幸せなものではありません。
そこで笑うのは強い権力や利権を持っている人ばかりです。



子供が通う学校でも、保育園のような世の中の末端に位置するものの中でも、子供たちの笑顔は減ることでしょう。大人も多くの怒りを抱えたまま、誰かにその怒りをぶつけることだけを考えて生きることになりかねません。
現状であってすら、権威やそれを元にした権力が与えられれば、ハラスメントをしたくて仕方のない人たちは、すでにそういう組織の中にたくさんおります。いまは何とか、それはよくないことだという良心がかろうじて歯止めをかけているだけなのです。

権威が強化されてしまえば、そういった無形の良心は力を持たなくなり、ハラスメントが横行しつらい思いをする人が増えていくことでしょう。
そのような世の中になってほしくはありません。


だから僕は憲法記念日に際して、24条の重要性をいま一度述べたいと思います。

以上です。




以下に、この件について参考になるところを挙げておきます。


◆「子どもの権利」拡大認めず 日本会議から広がる運動(朝日新聞)
・・・・・・「権利」を攻撃したい人の存在。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6K6W6PJ6KUTFK01F.html

◆『家庭教育支援法』提出、安倍政権の真の狙いは憲法24条の改正か(週刊女性2017年2月21日号)
・・・・・・「女性を追い詰める法案」=「ライフスタイルを自由に選ぶ女性はわがままと言われる社会になっていく。卵子が老化する前に結婚しろ、子どもを産め、国にとって役立つ子に育てよ。働け輝け、活躍しろ。でも保育園は期待するなよ、と」(本文より)
http://www.jprime.jp/articles/-/9055

◆『「昔の家族は良かった」なんて大ウソ! 自民党保守の無知と妄想』 広田照幸(日本大学文理学部教授・日本教育学会会長)
・・・・・・「家庭教育支援法案」が24条を壊す布石になっていること。子供が狙い撃ちされている危険性がわかります。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51461

◆『ピンボケの家庭教育支援法で安倍政権は何がしたいのか』 広田照幸(日本大学文理学部教授・日本教育学会会長)
・・・・・・上記のものと同じだがこちらは動画による解説あり。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170408-00010001-videonewsv-soci

◆『保育の拡充よりも優遇される「3世代同居」の不可解』 武田砂鉄
・・・・・・24条をめぐる問題を踏まえると、安倍政権が行った違和感のある施策の意味が明瞭に見えてきます。
http://www.newsweekjapan.jp/satetsu/2016/03/post-9.php

◆『誰も犠牲にしない国へ 政治学者 岡野八代さん』(神奈川新聞)
http://www.kanaloco.jp/article/248646/1/
・・・・・・すでに政治介入されている教育現場。

◆ついに定まった一群の人々による「改憲への照準」――シリーズ【草の根保守の蠢動30回】 菅野完
・・・・・・憲法改正の中で、なぜ24条が焦点になったのかがわかります。
https://hbol.jp/113318


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● COMMENT ●

NoTitle

戦前の皇国史観や国家主義を臆面もなく復活させようとしているようで、恐ろしいですね。私は過去にあった歴史そのものを否定しようとは思いませんが、大きな過ちがあったにも関わらず、また同じことを繰り返そうとしているのは本当に解せないことです。
ただ、もっとミクロな視点で見たとき、現代日本はまだまだ戦前の日本とそんなに変わらない価値観を有しているのかもしれないと思ってしまいます。
入学してだいぶ日が経つのに、入園した幼稚園児のように登校しぶりをして泣いてしまう我が子を見て、他の子はだいぶ学校に馴染んでいるようなのにうちの子はなぜ…と、皆と同じようにしろと我が子に要求してしまったり、自分より小さい子に譲ってあげられず、「なんで僕が先じゃないの?!」と喚く息子に、「小学生にもなってそんな当たり前のこともわからないの?!」と一喝してしまったり……。自分のことばかり主張してわがままで、かと思えば甘えん坊でみんなが出来ることがなかなかできない息子。どうして親の言うことをこんなに聞かないのだろう、どうしてもっと他人を思いやれないんだろう…と思ってしまいます。
ですが、〝みんなと同じことを同じように出来るべきだ〟〝自分のことより他人を思いやるのがあたりまえ(正解)だ〟〝子供は親の言うことを聞くべきだ〟を押し付けるばかりでは、道徳を教科化したり、個人をないがしろにする憲法に改正しようとする政府と同じ穴のムジナだなぁとも感じています。(これではいかんと今度は逆走しすぎて、子供の言いなりになってしまうのもしばしばです)
子供の個性を認めつつ、しかし、やってほしいことややってはいけないことはきっぱりきちんと伝える、たったこれだけのことがものすごく難しいです。「子供にはこうなってほしい」と親が抱く理想とか願望なんかも、多分関わってくるからだろうなと思いますが。
ただ、今のままの感覚だと、政府が望むようなことを、気づかないうちに(一見、美徳に見えるレトリックで)納得させられて、世の中を変えられてしまいそうです。それだけは気をつけなければと思います。

憲法は権力を縛るもの

記事を書いてくださってありがとうございます.

私も,24条の改正には反対です.

今の日本で,こういった政治の問題を議論することが難しいという環境自体に,危機感を覚えています.政治の話をするとなんだか避けられてしまう… 議論をするということは,自分の考えを深めて固めていく作業なのになぁと思います.もっと政治の話をすることが,普通のことになってほしいです.

憲法を改正することが全て反対ではないけれど,憲法というのは権力を縛るためのものであって,国民を縛るためのものではないという点が,普通の法律と大きく違うところであると理解しています.ここを変えられてしまうと,権力はより大きな力を振りかざして国民を支配・管理しようとするものだと思います.そのことを,全ての国民は知らなければならないと思います.

私は1970年代の生まれで,すでに太平洋戦争は終わった話だと思ってここまで来ました.ところが今の政治の中心にいる60代以上の世代にとっては,戦争で負けたことがまだ消化できていないのですね.だから押しつけられた憲法なんていう発想が出てくるのですね.そのことに本当にびっくりしています.

子育てのお話も非常にためになりますが,政治のお話もとても参考にさせていただいています.


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