2017-05

「寄り添うこと」の大切さ vol.2 - 2017.04.25 Tue

前回からの続き。

しかし、こういった人が救われる状況に至るまでの道のりはなかなかに難しいです。

なぜか?



まず、自身の悩みが「問題」として認識されるところ以前で右往左往しているからです。
その人の生育歴のなかで強い否定をその親からされているので、ほぼ必ずと言っていいほど強い「自己否定」を持っています。

なので、さまざまな問題を「自分が悪い」というところに集約させてしまいます。
延々と自己否定を繰り返すばかりで、その負の循環から抜け出すことが難しいのですね。
ですから、問題解決のスタートラインに立つこと自体がなかなかできません。


例えば、その人は「我が子の子育て」で悩みます。
子供の姿の問題(言うことを聞かなかったり、他者へ意地悪をしたりなど)を「自分が悪いから」というところにつなげてしまって、そこでも自己否定へと帰着させてしまいます。

「自分が悪い」という負い目を持っているがゆえに、それを誰かに打ち明けたり、相談したりすることにも臆病になってしまいます。
「我が子をかわいいと思えないなどと言ったら、この人は私のことを酷い人だと思うのではないか、嫌いになってしまうのではないか・・・・・・」などのように。



この背景にあるのは、実は「親を思う子としての気持ち」です。
「私がいまこのようになってしまっているのは、私を子供の頃から責め続けてきた親のせいだ」と思えてしまえば、少なくとも「100%自分が悪いという自己否定」からは抜け出せるのですが(そう思ってすら「親を責める悪い子供である自分」という自己否定は出てしまうが・・・)、その人は優しい人であるがゆえに親を責められません。

また、「親を責めずに自分を責める人格」をその親からの強い支配ゆえに形成されてしまっているといった理由もあります。

かくして、自己否定の堂々巡りで我が子の子育てをしていく苦しみが続いてしまいます。




その人たちはカウンセリングなどにいくこと自体にすでにハードルがあります。
自分自身を肯定してもらえた経験の少なさから、自分を開示することに強い恐れを抱いているからです。

だから、強い自己否定の段階から、直接相談に来られる人は実は多くありません。
相談に来られるようになる人も、相談機関への相談の前に多くの場合ワンクッションはさまれている人が多いです。

それが「寄り添ってくれる人」の存在です。



多いのはパートナーや配偶者である人がそうなってくれるケースです。
男性であれば奥さんが、女性であれば旦那さんが。

または友人がそうなる場合もあるし、学校の先生やお医者さんなどがそうなる場合もあります。

この人たちが寄り添ってくれることで、「承認」や「肯定」といったものをちょっとずつ注いでくれて、それをセルモーターのエネルギーにして、そこからようやく自分の問題に立ち向かうためのエンジンがかけられるようです。

だから、まず大事なのは「問題解決のうまい方法」などではなくて、「ああ、そうなんだ」「それは大変だよね」「辛いことだよね」とただ受け止めてくれたり、「それでも私はあなたのことが好きだよ」という承認だったり、「あなたは少しも悪くないじゃない」という存在への肯定なのだと思います。




逆に考えると、そのスターターになってくれる人がいなくて苦しみ続けてしまうといった人も大勢いるということです。

それでずっと自己否定を続けていってしまう人もいれば、自分の得意な仕事などの自己実現しやすい場所のみを追求していくといった人もいるでしょうし(ときにそれゆえの我が子へのネグレクトになることも)、とても過干渉な子育てになり子供との共依存状態になってしまうといった人もいます。
その共依存のひとつの過程として早期教育への熱心さとなるケースもあります。



この問題に立ち向かえるようになったとしても、それを乗り越えていく方法はひとそれぞれです。

・親を徹底的に憎むことで乗り越えようとするもの
・親を理解し許そうとすることで乗り越えようとするもの
・関係は絶てないが距離を置くことでやりすごしていくもの
・親と直接対決することで親の謝罪や、和解を求めるもの
・親との共依存状態を維持することで、表面的な安定をもとめるもの

などなど。

これらは、どれがいいどれが悪いといったことではありません。
例えば、親を憎まなければならなくなってしまった人にしても、それは本当にやむにやまれずそうせざるを得なかっただけであり、たくさんの辛い葛藤を経てたどり着いた苦渋の決断です。
誰もそれを否定できるものではありません。



◆そういった寄り添ってくれる人にめぐり会えた人は、素晴らしいなと感じます。
「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉を僕は思い出します。

しかし、同時に少し不思議にも思います。

そのような自身の自我に問題を抱えて苦しんでいる人を受容的・抱擁的に受け止めてくれる人は「精神的に大人」です。
つまり、「自立した自我が獲得できている人」と言えます。
なぜその人はわざわざ自我に問題を抱えている人を、恋人やパートナーに選ぶのでしょうか?
まあ、これは僕が勝手に感じていることなのだけど、その大人である寄り添ってくれる人はそういう人だからこそ、その苦しんでいる人が心の奥に持っている優しさや思いやりの心に気づいて、それゆえに一緒にいたいと思ってくれるのではないかなと。

もし、そうだとするとその人が自分を選んでくれたというそのこと自体が、実はとても大きな肯定であり受容になっているわけです。

しかし、自己否定が強いその当人はそのようにプラスに受け止めるよりも、「負い目」などのマイナスの方にとって自分の苦悩を深める方に考えてしまいがちです。

「彼はこんなにいい人なのに、自分が迷惑ばかりかけて申し訳ない・・・・・・」
などのように。

もし、自分に寄り添ってくれる人がいるのならば、その人を信じて甘えてみるということも実は大切なことなのではなかなと僕は思います。




◆私事ですが、僕に関して言えば僕は先ほど挙げたものの二番目にある「親を理解し許そうとすることで乗り越えようとする」道筋をたどってきたのだろうと思います。

あるとき心理学の本を読んでいて、こんな文章に当たりました。
「感情的に育てられてきた子供は論理的な性格になることがある」

そのとき「ああ、これは自分のことかな」と感じました。
いま思えばなのですが、だから僕は哲学なんかやって保育士になったのかもしれません。


僕は幸運にも、そこでの経験を昇華させて子育てのある種のエッセンスをつかむことができ、それによりムリのない子育てができるようになりました。おそらくは保育士をしたとしてもそうならない可能性も少なからずあったはずです。
だから僕は日々我が子のことを「かわいい」と屈託なく思えることを幸せだと思わない日はありません。
恥ずかしげもなくそれを言葉にもします。そんな大切なことを恥ずかしがるには人生はあまりに短いからね。

僕は本当に幸運だったので、次はそれを多くの人にも経験してもらえるようになることが僕の仕事なのだと感じています。


つづく。


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● COMMENT ●

温かいお言葉ありがとうございます

「子育てに苦しむ人へ」というカテゴリ名が、おとーちゃんさんの優しさをあらわしているようで嬉しいです。また、おとーちゃんさん自身も子供時代はつらい思いをされたのかな、と思うと、勝手ながら少し親近感を抱いてしまいました。

ひとつ質問?というか、おとーちゃんさんの意見をうかがってみたいことがあります。
一般的に「母親は長女に自分を重ねてしまう=長女に厳しくしてしまう」と言われていますが、それは本当だと思いますか?

私自身、長女で育ってきたのですが、確かに母親とは仲が良くありませんでした。すぐ下に弟と妹が生まれたせいもあるのでしょうが、物心ついた頃にはすでに、母親に抱っこしてもらったり甘えたりといった記憶がありませんでした。おかげで現在に至るまで「お母さんは私を愛してくれなかった」という想いに囚われ続けていて、依然として仲が悪いです。
そして、そんな私は長女を産みました。
「どうしても母親のようにはなりたくない」と強く思っているのですが、私もまた同じ轍を踏んでしまうのではと……とてもおそろしいです。
まわりの友人達を見ていると、心身ともに健全に育っているのは、必ず「親と仲が良い」人たちです。
親と仲が悪い、という人たちは、やはりどこかしら歪んでしまったり傷を負ってしまっているように見えることが多いのです。
母親と仲が悪かった人間でも、長女と仲良くやっていけるでしょうか?

1歳児の娘は、現在とてもとても心から可愛いと思えるのですが、上記の理由から、二人目を作るのが怖くてたまりません。
もし何かご見解をお持ちでしたら、お伺いしてみたいです。

先生、ありがとうございます。
拝見しております。

私も、自分の成育歴で沢山寂しさや悲しさを味わいましたが今は折り合いをつけることが
できて幸せです。
子育ても、山あり谷ありではありますが子供は本当にかわいくて
そのかわいさを楽しみながら育てることができています。

私は多分先生と同じくらいの年齢です。
遅い結婚と出産でやっと自分自身にも折り合いがつけられるようになりました。
本当の意味で正直になれたと思います。

私がここまでたどり着けたのも子育てで迷ったときに先生のブログを見つけたからです。
子育ての具体的手段ももちろんの事自分自身の事も振り返ることができて
そのうえで自分の両親の事を冷静に分析できるようになりました。
冷静に分析できてよかったと思います。
何故ならわが子には繰り返さないで済むから。
そして、万が一子供の心を傷つけた時には素直に認めて謝罪できると思うからです。

先生の文章は確実に私の道を照らしてくれています。
感謝申し上げます。
 




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