2017-09

依存を生み出す大人の気持ち vol.3 子供の行動・感情は大人が作るものという意識 - 2017.03.22 Wed

◆子供の行動・感情は大人が作るものという意識

このことは依存のみならず、現代の子育ての多くの面でとても影響を与えていることではないかと感じています。

多くの人が「これが子育てだよね」と考えているその子育ての形が最初からとても過干渉な形で認識しているという現実があります。
今子育てしている人たちの非常に多くが、子育てが過干渉になるようなある種の呪縛とでもいうものにかけられていると僕は感じます。





例えば、排泄の自立にしても、それは「トイレットトレーニングをして大人がおむつを取るもの」と多くの人が認識しているでしょう。
食べ物の好き嫌いにしても、大人が食べなさいとうながしたり、野菜をみじん切りにしてこっそり混ぜ込むなどして慣らして食べられるようにするものと考えています。

「保育園に行きたくない」と子供に言われれば、なんとかなだめたりすかしたりして大人が「行く気にさせる」「行くように説得する」ものと思っています。

「公園から帰りたくない」と言われれば、やはりなだめたり、説得したり、納得するまで待ったり、ごまかしたりをして、大人が子供をその気にするものだと考えています。

洋服がうまく着られなければ、それができるように教えたり、自分でその気になるようにうながしたりしなければ・・・・・・などというように、ありとあらゆることに対して大人が子供の行動や感情に介入することで「正の状態」にしてあげることを子育てだと考えている人が大変多いです。


保育士や学校の先生なども必ずしも例外ではありません。
「○○させる」ことをなんの疑問もなく子供に施していっています。




本当は、子供は心や情緒の安定さえ大人が形作ってあげれば、あとは自然に必要なものを習得していきます。
ですから、上にあげたようなことやその他の子育ての諸々も、必要なものを持たせ過剰な保護や干渉をせずに見守っていれば、あとは勝手に身についてくることにすぎません。

それが本来の子供の成長のメカニズムとして素直な形です。
むしろ、大人が介入や保護を厚くすることで子供の姿を形作ろうとする子育てにはある種の無理がかかってくることでしょう。



しかし、このことを理解してもらって実際の子育てでもしてもらうことはなかなか難しいことです。
なぜなら、先ほど呪縛といったように、子育てする人は最初からこの考え方に縛られており、それ以外のことを実際にするのは簡単ではないからです。

なぜ、そのやり方に縛られてしまっているのでしょうか?

それは、いま子育てする世代の人たちの多くが、自身この方向性の子育てをされてきて、それで育ってきているからです。

自分がされた子育てがその形であれば、それ以外の子育てをやってみることは、これはけっこう難しいことです。




この「子供の行動・感情は大人が作るもの」という大人の気持ちのあり方を現在子育てする人の多くが持っています。
ですから、「依存」という観点から見た場合、その人たちはみんな「依存」になりやすい傾向を”持たされてしまっている”ということになります。


僕はそれを「悪い」とは言いません。
だって、最初から持たされているのだから、いい悪いで言えることではないですよね。
(ただ、前の世代の子育てのツケを払わされていて、今の子育てする人はしんどいなぁと思います)

だから、この記事の趣旨はもし自身がそういう傾向があると感じるのであれば、そこにできる範囲でいいからちょっと意識をしてみて、あまりそこからくる「依存」を強めないように折り合いをつけていくように子育てをおくってもらうことではないかと思っています。




保育士の研修でも、過保護・過干渉にならないようにポイントを伝えながら子供の自主性・主体性を尊重した子育てについてを徹底的に教えても、なかなかそれを頭だけでなく実践面でも理解し実行できるようになるのはとても難しいことです。
それを踏まえながら長年経験を高めていって、ようやくできるかできないかといったところです。

例えばこんなことがあります。


保育園の1歳児クラスです。
外遊びを見ています。

子供が転んで泣いていたとします。
このとき、そこに行って助け起こしたり、心配して声をかけない新人保育士はまずいません。

子供が泣いたり失敗するとついつい心配してしまったりする気持ちや、そのように声をかけるのが大人として優しいこと・親切なことなのだという先入観を多くの人が持っています。


子供の自主性・主体性を本当に理解していてそれを保育実践できる保育士は、こういった場面でやたらと声をかけません。
過剰にならない程度の、その子がそのときに必要なだけの最低限の援助を見極めて、極力介入をしないで見守ります。
その手を出さずに見守ることによって、子供の大人への依存を防ぎ、適切な経験を積ませたり、心の成長を援助していきます。

(子供がもし自分から大人の所にきたときは「ああ、そうだったんだね」「そう、痛かったのね」などと受け止めます。”介入しない”というのは受け止めることがよくないから冷たく突き放しなさいという意味ではありません)

子供の姿に手を出すよりも、手を出さないことの方がずっと難しく保育士としての専門性が要求されることなのです。
これと同じことは何歳のどの場面でも言えることです。



家庭で我が子を育てている親は、もちろん保育士とは違いますからそこまでの多様なケースを習得することも、経験を積んでいくこともできるわけではありませんね。
ですから、なにもこのようなことがバッチリできる必要はありません。
とりあえず、家庭では過剰な保護や過干渉になりすぎないように少し意識してもらって、あとは保育園や幼稚園、学校、習い事などといった外の社会での経験によって、依存と自立のバランスをとっていくようにすればいいのではないかと思います。


関連記事:「子供の感情は子供のもの」  vol.1 ~2
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-890.html
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/blog-entry-891.html

関連記事

● COMMENT ●

保育士の専門性

初めてコメントさせていただきます。

当方保育園の経営を数年前から始めたもので、「保育の質」「保育士の専門性」と昨今話題になっていることがいまいちつかめないまま、須賀様のブログに行きつきました。

読み進めるうちに、「ああ、これが質の高い保育の姿か」「専門性の高い保育士とはこういう姿なのか」と感じるようになりました。

たまたま幼児のトラブルの場面に出くわしたので、私も子どもたちに介入しないで見守ることをやってみました。
URLはその時の記事です。

私は保育士資格を持たず、基本は管理業務ばかりしていますが、日々保育している保育士たちはもっとうまく対処しているのか、もっとまずい対処(干渉または無関心など)になっているのかを心配しています。

職員にも「この記事は響くだろう」と思う記事がアップされたときにはお勧めしていますので、これからも頑張ってください。

乱文乱筆失礼いたしました。

ありがとうございます

二つ前の記事で、どういう状態が依存なのかという質問に対して書いていただき、ありがとうございます!

やはり、それを見極めるのは難しいのですね。その子にとって、適度で適切な依存ならいいんですものね。
他の方のコメントでも、同じようなことで悩んでいる方がいるとわかり、少し救われました。

自分が過保護、過干渉になりやすいと分かって接しているだけでもだいぶマシになるということを心に留めておきます。
子供への愛情を行動で示そうとすると、親からされたように過干渉なやり方になっちゃうんだと思います…それしか知らないし。
あまりに気にしすぎて、自信をなくしたり、落ち込んだりしても良くないんでしょうし、難しいですね。

今回の、子供の行動・感情を作ろうとするというのも、まさにそういう心持ちでいてしまっている気がします(^_^;)
やる気にさせたり、ぐずるのを気分を切り替えさせようとしたり。

お忙しいでしょうが、ムリのないペースでの続きも心待ちにしています!

信じて待つのって難しい・・

「信じて待つ」本当に難しいです。
つい最近、息子が4歳2か月でオムツがとれました。
幼稚園も2年保育なのでまだ先だし、と最初はのんびりゆったり構えていたのですが、
4歳になっても全くトイレに行こうとしない息子に、流石に焦りを覚えました。
周りでも4歳でおむつの子を見たことがないし、春から幼稚園入園するのに、イジメられたらどうしよう。。
幼稚園の先生をしていた友達に相談したら、年中さんでオムツの子は聞いたことないと言われ、
「私のやり方がまずかったんじゃないか、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか」とかなり悩みました。
周りに相談すると「ああしたら、こうしたら」とか「これをやってうまくいった」というようなアドバイスばかりで、
それを聞くと、私の努力と工夫が足りていないからできないんだと辛くなって;;
みんな親切心から言ってくれてるのはわかっているのですが・・・

「いつかは取れる、その時を信じて待ってあげるんだ」って頭では思っているのに、「トイレ嫌!!オムツがいい!!」と
頑なに言い張る息子に、イライラして怒ってしまう。
「この姿を作り出したのは私。私が至らないせいだ」ということを見せつけられているようで、耐えられませんでした。

正に「正しい姿にさせるのは私の義務、できないのは全部私の責任」という呪縛がかけられているんですね。

結局、実際に入園する幼稚園の先生から「年中さんでもオムツの子はいますよ」という言葉を聞いて
肩の荷が降りて、もういいやと思ったら、じきにオムツがとれました。
最初はおしっこだけでしたが、その時にはもう「この子はおしっこもちゃんとできるようになったんだから、うんちもそのうちできる。その時を待とう」
と心から思えました。
すると、間もなくして自分で「トイレでしてみる」と言い出し、できるようになりました。

ちゃんと自分の中に理由ないし時期があって、その時が来れば自分の力でできたのに。
その時期がまだ来ていないのに、何かの理由があったのに、私が周りとか標準とかに惑わされて、大人の基準を勝手に押し付けて、
厳しく言ったり、モノで釣ったり、脅したり、突き放したり、なんてかわいそうなことをしたんだろう。
最後まで信じてあげればよかった。

もし同じようなことで悩んでる方がいたら、是非信じて待ってあげてほしいと思って、長々とコメントしてしまいました。
わかっていても実際にはなかなかできないんですけどね。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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