2017-05

依存を生み出す大人の気持ち - 2017.03.12 Sun

このところ「依存」についていろいろ書いておりますが、この依存の問題は「具体的ななにをしたか?」ということよりも、その大人の心持ち自体に大きなウエイトがあるように感じます。





前回のところで、「お手伝いしたらお小遣いをあげるのはよくないのでしょうか?」といった質問がありましたがこれなどもそれで、その答えは「人による」というのが実際ではないかと思います。

子供自身の意欲(内的なモチベーション)を作り出せない状況で、その子に対してお駄賃で釣ってやらせる(外的モチベーション)だけになってしまえば、それはそれだけの意味しか持たないでしょうけれども、すでに子供に内的なモチベーションを持たせることができているのならば、それはちょっとしたチャームとしてのものであってさほど気にすることもないケースにもなりえるでしょう。

そのようにネックになるのは、大人のそもそもの「気持ちのあり方」とそこから導き出される子供への関わりにあるのだと考えられます。


子供に依存を強めてしまうか、そうでないかは、これはもう人によりけりではっきりわかれます。
そもそも依存させずに育てられる人にとっては、特別に意識することもなくそれができてしまうでしょうし、依存させてしまう人にとっては意識して関わり方に気をつけてもなかなか変えられないということがあるようです。



例えばこんなことがあります。仮定のお話です。

自身がとても過保護・過干渉な子育てをしているAさんという人がいたとします。
このAさんの子供は、過保護・過干渉の積み重ねの結果とても依存が強くなっており、Aさんや周りの大人から見てもその子は難しい子となっています。

もうひとり、さばさばあっけらかんとした性格で子供に依存を強めることなく無難に子育てができているBさんという人がいます。

AさんはBさんの子供への関わり方をしばしば間近で見ることがあるのだけど、AさんからするとBさんの子育てはまるで「放任」しているかのように見えます。また、子供が泣いたりしているときの対応もなんだか子供を大事にしていないような印象を受けてしまいます。

と、こんなことがあります。



実際の所は、Bさんは放任やネグレクトをしているわけではありません。
ただ、Aさんの感覚からするとそのように見えてしまうということです。

どちらの子育てがより適切かといえば、それは実際の子供の姿に表れているわけですね。

Aさんの子は他児とのトラブルが多かったり、大人に対してわがままやゴネが多かったり、大人の話を聞こうとしなかったりかわいげのない態度をしきりに取ることに対して、Bさんの子は情緒的にも安定していて、他児のモノを取ったり意地悪をすることもなく、子供らしいかわいさを自然に出すことができています。

(念のために言っておきますが、誰かの子育てを責めているわけではありませんよ。そういった状況を改善するためのお話をしているのであって、僕は誰も責めていません。
しかしながらこういう例を出すと、感情的に「自分が責められている」と取る方がおりますので一応お断りしておきます。僕はそういう状況をよくしたり、そのようにならない方法をここでお伝えしているわけです。このAさんは架空の人ですが、このAさんの子育ても責めているわけではなく、そのようになってしまう理由も理解しております。)



この事例からわかることは、Aさんが子供に依存傾向を強めてしまうのは、Aさん自身の感覚に起因しているものがあることです。
だからこの問題は簡単ではないのですね。

このAさんが育児書などで「子供にこういう関わり方をするといいですよ」というのを読んでそれを実践したとします。とりあえず上辺の行動を取り入れてみるということですね。
それをしてなにがしかの好転のきっかけになる場合も中にはもちろんあるかと思いますが、上辺の行動だけ変えてもその根っこにある大人の意識感情の部分はかわらないので、さほど実際的な効果がないということも少なくありません。


そこでこのAさんが本当に取り組むべき所はどこかというと、自身の感情や意識の部分であるということになります。


依存の問題の背景にはこのような大人自身の心持ちの部分が大きいわけです。
そこで少しでも参考になればと、どういった意識や感情が子供に依存をもたらしやすいかを述べることで、なにがしかの子育ての助けになればと思い、以下にそれを記します。

Bさんのような人はこれを読む必要もありません。感覚的にそれが自然とできてしまうからです。しかし、現代はある理由からAさんタイプの人が増えていると言えます。



◆「この子はどうせできないだろう」「できないのではないか?」という意識

 ・「子供」全般の力を低いものとみなす感覚 
    例:「小さいんだからできないに決まっているわよねぇ~」
 
 ・我が子のウィークポイントを心配するがためにそのように思う感覚
    例:「うちの子は引っ込み思案だから、それは無理じゃないだろうか」




◆「かわいそう」と子供をみる意識

   例:「保育園に行かせてかわいそう」
     →それにより依存が助長されかえってゴネなどが多くなることに

   例:「まだ公園で遊びたがっているのにここで家に連れ帰るのはかわいそう」
     →子供はその大人の気持ちを敏感に感じ取りよりゴネる心境に




◆子供の行動・感情は大人が作るものという意識

↑これを文章で説明するのはなかなか難しいので次回に続く。


関連記事

● COMMENT ●

「依存」の問題

おとーちゃんさん、こんにちは。
いつもためになる記事を書いてくださり、ありがとうございます。
今回の「依存」の問題については、個人的にたいへん興味がありましたので、有り難く読ませていただきました。

大人の意識の問題……非常にドキッとさせられるお言葉です。
私自身、どちらかといえば放任よりは過保護に近いと自覚していますので(現在、子供は生後10ヶ月)もしかしたら改善すべき点があるかもなぁ……と、次回以降の更新を参考にしたいと思いました。

ここでひとつ質問させてください。

>このAさんの子供は、過保護・過干渉の積み重ねの結果とても依存が強くなっており

おとーちゃんさんは、上記のように「過保護」と「過干渉」をひとまとめにして書かれておられますが、やはり「過保護」も悪いことなのでしょうか?
以前、佐々木正美先生や本吉圓子先生の著作を拝読して、「過干渉はよくないが、過保護はよい」との一文がありましたもので……。
私はすっかり「過保護」を通してきてしまったのですが……。

※過干渉=子供が望んでもいないことを、親がやってしまうこと(例:服のボタンをうまくつけられない子に、「もたもたしないで!あとはお母さんがやるから!」と全部やってしまう、等)
過保護=子供が望んでいることを、親がやってあげること(例:服のボタンをつけられない子が、「つけて~」と言ったらつけてあげる。「じゃあ最後のひとつだけやってみる?」などと子供の希望を聞く、等)

おそらく、また次回の更新で詳しく書いてくださるだろうと思うのですが……どこまで子供に手を差し伸べて良いのか、どこからが「手を出しすぎ」になるのか。ほんとうに難しいなと日々感じている次第です。
もしよろしければ、いろいろと具体的なシチュエーションを示してくださるととても参考になります。(これまでの記事でも、具体例を挙げてくださったものが非常にためになったので)
楽しみにしています。
よろしくお願いします。

相手を信じること

子供のことではありませんが、長年付き合った彼に、自分の都合で別れを告げることになったとき、この人は私なしで大丈夫だろうか、自分の都合で申し訳ない…という気持ちから、なかなか切り出せずにいて、カウンセリングを受けたことがあります。

まさに、「この子(彼氏)はどうせできないだろうという意識」と、「かわいそうと子供(彼氏)をみる意識」でした。

そのとき、カウンセラーに言われたことは、「彼のことを信じてください」ということでした。彼にあなたとの別れを乗り越える力があると、あなたが強く信じてあげてください、と。

そして、あなた自身の、彼への依存を手放す必要があります、とも言われました。その依存とは、「彼に必要とされることで自己を肯定すること」です。

子育てをしていて、何度となく、このカウンセリングの内容を思い出すことがあります。子育て、恋愛以外の人間関係においても、「相手の力を信じること」と「誰かに必要とされなくても、自分自身を肯定すること」で、余計な心配事を抱えずに生きていられる気がします。

次の記事も楽しみにしています。

どういう状態が依存でしょうか?

自立と依存の記事、待っていました!
次回の記事も楽しみにしています。

私はまさにAさんではないかと思ってしまいます。
“感覚の違い”というのは、とてもわかりやすいです。
感覚は自分ではなかなか変えられないし、どうやら違うらしいと思っても、ではどうすればいいのか、どういう心持ちでいたらいいのか、難しいです。

私自身、過保護・過干渉で心配性な母に育てられました。
自分が小学校半ばくらいからは、親のことをうるさいなぁ、とイライラして反抗していました(愛情はたっぷり感じていましたが)。
でも、自分の子供にも過保護、過干渉になってしまっていると思います。
結構怒るのでいいなりではないですが。。

今3歳1か月のお兄ちゃんが、依存気味なのかイヤイヤ期なのか、よくわからなくなってきてしまいました。
下に妹が産まれたから甘えたいのもあるだろうし、両方なのかもしれませんが。

トイレも嫌でおむつがいい!だし、服を着るのも、すぐにできない~ママがやる~だし、自立はしていないと思いますが、保育園のおかげもあって少しずつ自分でできることが増えています。おむつやズボンを一人でもはくようになったくらいですが(^^;
お手伝いは、気が向いた時だけお片付けを一緒にしたり、お皿を流しに運んでくれたりしますが、たまーにです。
ついつい親が全部やってしまいそうになります。

そもそも、どういう状態が「依存」しているのでしょうか?
ぐずったり、わざと親を怒らせることをして注意をひくこと?
甘えをネガティブな形で出すこと?
イヤイヤ期(成長期)や赤ちゃん返りなどとの違いが分からなくなってしまいました。
それも書いていただけると嬉しいです!

一人目の子どもはどうしても、過干渉になりがちだし孤育ての人が多い中手探りで初めての育児でそれも仕方ないんじゃないでしょうか。
子どもが複数いれば、まあいいやとながせるようになるけど、最初の子どもはいろいろ悩むママが多いですよね。
でも育児多少あ~やっちゃったみたいな失敗があっても、ちゃんと軌道修正できるから大丈夫。
うちの2人目の子どもがいま1歳で上は5歳です。 くすぐりあそび大好きです。二人同時にコショコショやると兄妹そろってよろこびます。可愛いお年頃です(^^)
いつまで喜んでくれるかな?

おとーちゃんさん、はじめまして。
いつもタメになる記事をありがとうございます。

私も、いつきままさんと同じく、依存、イヤイヤ期、赤ちゃん返り、の違いについて書いていただけると嬉しいと思っている一人です。

あと3日で3歳になる息子がいます。
いつきままさんと状況が似ていたので思わず初めてのコメントをしました。
11月末に弟が生まれ、抱っこ抱っこと赤ちゃんがえりが激しかったのですが、ようやく弟のいる生活にも慣れ、少し落ち着いてきた(ようにみえる)ところです。

今までおとーちゃんのブログを参考にしながら、
受容を意識し、過干渉にならないように注意して接してきたつもりだったのですが、着替えに関しては気づいたら過干渉になっていたようで、
いまだに、1人での着替えが全くできません。
最近意識して、着替え方を覚えられるように接しているのですが、
すぐに、できなーい、お母さんがやるの、とやる気がありません。
少しずつやりかたを教えて、できたら、できたね!と声をかけて、
ちょっとずつ、オムツ(まだオムツです)と、ズボンの脱ぎ履きはできるようになってきて、といっても、気が向いたらやる、という状態です。
どうやって手を動かしたらいいか、動作自体が本人もわからないところは、
イライラするようで、すぐに、できなーい、となってしまいます。
着替えに何十分もかかり、自分で蒔いた種なのですが、私もついイライラしてしまいます。


赤ちゃんがえりで、できていたことを、できない、ママやってということがある、というのはよく聞きますが、
我が家の場合は、着替えに関しては、そもそもまだできない(できるようになるチャンスを奪ってしまった)ため、イヤイヤ・赤ちゃんがえりではなく依存なのだと思いますが・・・。

思いやりのある心優しい子に育ってくれていると思うのですが、下の子の世話で最近は受容がきちんとできているか自分自身不安です。

2年保育を考えていたので、幼稚園・保育園にはまだ通っていませんが、この4月から一時保育やプレ幼稚園にちょっとずつ通う予定で、
夫や両親からは、同じくらいの子が一人で着替えたり、トイレにいったりする姿をみれば、やるようになるから大丈夫と、必ずできるから焦らず子どもを信じて、と言われていますが、正直不安で、今どのように接すればよいのかわからなくなっている状態です。

何を書いているのかよくわからなくなってしまいましたが、
過保護・過干渉、どこまで手助けしてよいのか、手の出しすぎになるのか、ケースバイケース、万人に同じ、ということにはならないことは承知していますが、なにかヒントをいただけると幸いです。




自立して生活すること

 子育てを失敗しないように過干渉・過保護になってはいけない。何が過干渉で、何が過保護なのか、事細かく考えて、自分が正解の育児なのか採点してみる。そして落ち込む。
 私は「過干渉・過保護になる必要がないんだよ」と読み替えた。過干渉・過保護になってしまう要因として、おとーちゃんが挙げたものに当てはまるようなら、それで苦しまなくてもいいと自分を許せたらいいのではないか。
 私の母は62歳だが、いまだに干渉してくる。親が子離れできていないと感じる。私には兄と弟がいるが、3人とも母の思い通りに育たなかった。それが母にとって不満であり、他人が羨ましかったり、自分の子育ては失敗したと感じたりすることにつながっている。
 依存を「それ無しに生きられない。それが無いと心がソワソワ、イライラする」と定義すると、自立は「それが無くても、心が平穏である」と定義できる。
 おとーちゃんさんも「子供の自立」について、記事をいくつか書かれている。「自立」とは何か。大人である私も今一度、考えたい。周りの人と助け合いながら、自立して生活するとはどういうことなのか。それができるようになるためには、何が必要なのか。子ども自身が気づき、考え、試行錯誤することと、それを認められることなのか。

 論点から外れるが、子どもにとって「生活」とは何なのか。生活しながら遊び学んでいくことの具体的なお話を聞いてみたい。
 おとーちゃんさんは、これまでも料理や掃除などのお話をされていると思う。それによると、生活も遊びもそんなに区別がないように感じる。
 私は、つい、今は娘の遊びの時間、今は食事の時間、と分けてしまうのだけれど、もう少し楽なやり方がないかなと模索している。


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