育児雑誌などをみても、断乳のしかた・テクニックが書いてあるばかりで、「なぜ断乳が必要なのか?」ということにはほとんど触れていません。
なんとなくそれらしいこととしてあげているのでも、「おっぱいをなくすことによって、自立をうながすため」みたいなことが、明確な理由というよりも説明の中にちょろっとでてくる程度のようです。
断乳をする人に聞いても、多くの人が「月齢もあがってきたしそろそろかしら」というようなものです。
つまり、なぜ、なんのために断乳をするかという明確な理由を持っている人はほとんどいないのです。
「断乳ありき」の先入観で多くの人がしています。
昔は「1歳を過ぎたら断乳させなさい。いつまでもおっぱいを飲ませているようでは母親失格だ」みたいな価値観がありました。
なぜそのような価値観が生まれたかについての僕の考察もありますが、長くなるのでここでは省きます。
いまはその年限がやや緩和されて「1歳半くらいで」「2歳くらいまでには」のような文脈で「断乳するものだ」という価値観がそのまま残っています。
単なる漠然とした価値観というだけでなく、子育てのいくつかの考え方の中ではもっとイデオロギッシュに「断乳するべきだ」「断乳させなさい」と語られています。
「何歳くらいになったら断乳させなくちゃ」といまの母親を漠然と駆り立てることには、僕はリスクがあると思っています。
なぜなら実際にそのリスクの実例をたくさんみてきているからです。
それについてはあとで紹介するとして、子供がおっぱいから離れること、つまり「卒乳」とはどういうことなのかについて述べていきたいと思います。
このブログのカテゴリに『排泄の自立』がありますが、僕は「卒乳」というものも、ここで述べてある排泄の自立と同じプロセスをもっていると思います。
つまり、大まかに言ってしまえば「排泄の自立とは排泄そのものの訓練をすればできるようになるというものではなく、心の発達段階や情緒的な成長などの精神的な面が確立することによって、結果的についてくるもの」と同じように、「卒乳」できるということも精神面の発達や段階をクリアすることが大切なのであって、無理やりそれをがんばったからといって健全に達成できるというものではないということ。
ただ、必ずしも断乳したから子供に悪影響をあたえるかといえば、そんなことはありませんので、もうすでに断乳した人や断乳中の人が戻したりすることもないかとは思います。
また諸事情により断乳せざるをえないということもありますから、断乳が悪いというわけではありません。ただ最低限、子供の成長の状況を見極めてしなければならないと思います。
このあと述べますが場合によって引き起こされる断乳のデメリットのほうが大きいと判断されるならば、戻すことも必要なこともあります。
では断乳のリスクについて述べていきます。
男である僕なんかよりもお母さん方のほうが実際にわかっていると思いますが、そもそも授乳とはたんなる栄養補給なだけではありません。
授乳という行為によって、子供はとても大きな安心感や満足感を得ています。
それには言葉や普通のスキンシップでは伝えられないほどの、心の交流があるのだと思います。
また、おっぱいを欲しがり、それを母親に受け入れてもらうということは、子供にとって「無条件の肯定」として感じられます。
今年最初の記事で「子育ての究極の秘訣は肯定すること」と言いました。
いつもイライラして怒ってばっかり、忙しくあんまり相手をしてあげらないというような、言葉や態度などで肯定を伝えることのできないお母さんでも、おっぱいを上げるという行為を通して無言のうちに子供を無条件で絶対的に肯定してあげることができているわけです。
おっぱいをもらうことの精神的な側面はとても大きなものです。
月齢があがったからと大人の一方的な思い込みで軽々しくそれを子供から奪ってしまう必要はないと思うのです。
僕のスタンスとしては「排泄の自立」と同じように、生活や遊び関わりなどの諸処の経験を積み重ねる中で心の成長をうながしていき、出来得るならば「自然卒乳」を目指していけばいいのではないかと思っています。
ここで断乳のリスクの実例をあげてみます。
ある1歳児クラスのことです。
そのクラスはとても保育密度の濃いところでした。
保育時間が10時間を下回る子は一人もいません。
お父さんお母さんとも忙しい家庭ばかりであまり子供を丁寧に受け止めている人はいませんでした。
はっきり言ってしまえば、「○○できるように」と望むけれど、受容的に受け止められていない、普段から満たされていない子供たちの多いクラスでした。
そのため心の成長はきちんと促されていないし、普段から情緒の不安定や満たされない気持ちから、かみつきや引っかきなどが保育士が気を抜くとでてしまうような状況が続いている。
ある時期になって、メジャーな育児雑誌で断乳の特集でも組まれたのか、親御さんどうしでそろそろ断乳する時期よねといった話でもでたのか、相前後して8人くらいのうちが断乳に踏み切ります。
保育士側は「まだはやいよ」と言っていたのだけどね。
だって情緒が安定していなくてかみつきが出ているような子が、断乳されたら悪化するのは目に見えているから。
これには僕も驚きましたが、そのうち4人の子に断乳開始からしばらくして「自慰行為」がではじめました。
このような子供の自慰行為は「性器いじり」というもので、ふとしたときに無意識に性器をいじって精神的な安定をとろうとする行為です。男女の別なくでます。
断乳すると「指しゃぶり」が出るのはよく知られるところだと思いますが、それがさらに強くでていると考えていいと思います。
もちろん自慰行為だけでなく情緒不安から来る、かみつきや物のとりあいなどの攻撃性があきらかに増えています。
考え方やいろいろな事情などもありますから、ちょっとくらいのリスクであればあえて保護者の意に逆らってまで「断乳したい」というのを止めるつもりはありませんが、さすがにここまでつよく反動がでていたら、そうまでして断乳をする意味などありません。
確実に子供の精神・情緒的な発達に悪影響がでます。またそのような精神状態におかれていては全般的な成長も足踏みしてしまいます。
それにより心の成長が阻害されている状態なので、おそらくただでさえ時間がかかりそうな子たちであるのに、さらに排泄の確立なども遅れるでしょう。
今回のテーマではここからは余談にすぎませんが、一応後日談を書いておきましょう。
個別に状況を伝え、断乳からそれらの様子が引き起こされている可能性が高いこと、いまはまだその発達段階に来ていないこと、このまま断乳を続けることのデメリットなど話しますが、そのなかで断乳を取りやめた人はほとんどいませんでした。
正直予想されたことでした。
断乳や排泄の自立に関しては、価値観や先入観・エゴ・見栄・祖母や姑からのプレッシャーなどなどで子供の状況よりもとにかく早期にという人が少なくないからです。
ましてやこのクラスのように断乳以前から情緒不安定や満たされなさでいっぱいの子供たちの場合、子供の状況よりも自分の考えを優先させる親であることが多いからです。
子供第一と考えている家庭であったらそもそも、それ以前の普段からの荒れた様子に子供がなっていたりはしないからです。
その子達はその後も、少なからず情緒の不安定や激しいゴネなど育てにくさと、そういったものを引きずっているが故の成長の阻害要因を抱えたまま育っていくことになってしまいました。
「断乳ではなく卒乳を目指したほうがいい」とはいっても、ここで注意したいのはただ漫然とその期間を延ばせばいいというものではないということです。
これに関しては排泄の自立もそうなのですが、「成長の段階をまっていれば無理なく次の段階に進める」というのは、「放っておいても月日が経てば勝手にうまくいく」という意味ではないということです。
いろんなところで何度も言っているかもしれませんが、生活の経験や、遊び・会話などから理解・考える力などを養ったり、過保護・過干渉にならずに自分でやろうとすることを尊重されたり、見守られて実際にしたりすることで、自立的な気持ちを育てたりしていくことがなければ、いくら年齢が上がったところでそれら卒乳や排泄の自立は確立できないということなのです。
以上のように、
・断乳・卒乳はマニュアル的に月齢・年齢で決めるのではなく、個々の成長段階を踏まえて。
・時期が来たから取り組んで出来るというものではなく、それ以前・普段からの経験・関わりの積み重ねで成長を徐々に促していっていることが大切。
・情緒・精神的な支えとして大きな役割を果たしているということも忘れてはいけない。
まとめてみると、こんなところが今回のポイントでしょうか。