2017-10

あなたは親不孝ではない - 2017.08.09 Wed

支配型の子育てをする親の中には、


「お前はなんて親不孝な子なのだ」
「お前は私を悲しませたいのか」
「私を失望させてばかりでお前は意地の悪い子だ」


などの、親としての立場を強調し、子供のコントロールをしようとする人がおります。





これをされると、その親の主張の正当な理由のあるなしに関わらず、子供は自分を責める人格を獲得していきます。
たいていの場合、こういった親の主張は理不尽な理由にもとづいています。しかし、子供にとっては、「また屁理屈で言っているよ。無視しておこう」とは思えません。そう思えたとしてすら、その親の攻撃的な関わりのダメージがなくなるわけでもありません。



結果的に、その子は自尊感情を欠如させて育っていきます。
自尊感情とは自分を大切にしようとする気持ちです。

自己肯定感と似ていますが、ちょっと違います。

自尊感情が低かったり、欠如していたりすると、自分の存在に価値を見いだせません。自分を大切に思うことができません。
さらには、大きくなってから自分を罰しようとします。


罰するやり方もいろいろです。

・アルコールやドラッグにおぼれる
・自殺未遂、リストカット
・自分の身体に無数のピアスの穴を開ける
・バイク、車などで危険運転をする
・拒食、過食などの摂食障害
・不特定多数との性行為

など。


これらは単に逃避し、依存しているだけではなく、自分を罰する側面があるのです。


自分の存在を大切にできず、自分に価値を感じられない人格を獲得してしまえば、他者にはもっと価値を感じられません。
ゆえに、他者に対して攻撃的な衝動を持つこともあります。

子供の頃から周りの子に意地悪をしたり、支配する形での関わりをします。
他者への攻撃として出ない子は自分を表現できない萎縮傾向を獲得します。

青年期の人が無差別な通り魔や殺人をする事件にも、これらの傾向を濃厚にみることができます。





「親不孝」という言葉は、自分の主観に当てはめ子供を支配しようとする親にとって大変都合の良い言葉です。

子供が、自分の思い通りにならないことはすべて「親不孝」という理屈で攻撃し、思い通りに支配することができるからです。


しかし、これによって支配された子は、その後も長期にわたって強い自己否定、自尊感情の欠如として苦しまなければならなくなります。

単に幼少期だけでなく、その後の人生においてもハードモードになってしまいます。



「お前は親不孝な子だ」と言われて育った人は、それが本当に親を大事にしていないからそのように言われたのではなく、親が未熟な人間だったゆえに自分を攻撃することで自己のバランスをとらざるを得ない人だったのだと理解してしまった方がいいでしょう。





「誰のおかげでメシを食わせてもらってると思っているのだ!」と子供や妻を攻撃する父親がいます。


経済的にその人に負っているという事実があれば、そこに子供や妻は異を唱えられません。
その父親は、自身が絶対に反撃されない場所から攻撃をしているのです。

このようなことを子供や配偶者に言ってしまう人は、大変かわいそうな人です。

なぜなら、そのように反撃できない人を攻撃することをしなければ、その人は自己の存在価値を自分に証明することができないという未熟な精神状態しか持てていないからです。


安定した自我や自己を獲得できている人は、「誰のおかげでメシを食わせてもらっているのだ」などと、そもそも人に言う必要はありません。
ましてや、そこですごんで攻撃の材料に使う必要などないのです。
それが健全な自己のあり方を獲得できている人の精神状態です。



さて、そのように親に言われて育ってきてしまった人は、多くの場合そういった親からの攻撃を真に受けて人生を歩んで行かなければなりません。

しかし、それはあなたが悪かったのではありません。
親が未熟であり、間違っていたのです。

親のために自分を罰する必要は少しもないのですよ。


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● COMMENT ●

おとーちゃんと同年代です。
『巨人の星』『あばれはっちゃく』…『スクールウォーズ』など殴る場面が出てくるドラマ…
たくさんありましたね。
「誰のおかげでメシを食わせてもらってると思っているのだ!」というフレーズも、
父の口からは聞いてなくても、当たり前に思える世の中。
…おぼろげに感じていた事でしたが、おとーちゃんの記事により確信しました。
やはり、日本社会全体に「持たされていた」感覚。

夫が、小学2年生の長男に対し「親に向かって」という言葉や態度で接する事が多くなって困っていたところです。
幼かった頃は比較的容易に長男を収める事ができたのでしょうが、
今では子どもの主張も激しく、夫が感情的になってしまい、
その結果、
家族と会話をしなくなり、早々に部屋に行くなどするようになってしまいました。

私も「話を聞いてあげれば」とか、「そういう言い方しないで」などと、夫を制するような言い方になってしまうので、
一時期、家庭内が険悪になっていました。

「子どものくせに!」と言ってしまう夫はどんな育てられ方をしたのだろう…そう思っていたところでの記事でした。

温和な両親でしたが(二人とも病気で他界)、先にあげたような会話があったかもしれない。
実父との関わりも薄かったのではないか、と想像しています。

また、中高時代の学校が古風だったこと(当時は多少の暴力も普通でしたよね)、
運動部だったことで、旧いしきたりや、上下関係、理不尽な事にも「ねばならぬ」がはびこっていたのだろうと
昔の会話から想像しています。
前回記事にあったように、そういう環境では他者の価値観を認められないのかもしれない…と思います。

私も、よくよく気を付けなければと思っているのですが、それでも日々、子どもを傷つけてはいまいかと反省しています。
おとーちゃんの記事で、ハッとさせられ、意識する事ができています。

普通に思える夫にも根付く…日本のしつけ観、支配の人間関係。
ただ漠然と感じていた日本社会、男尊女卑への抵抗から、仕事を続けてきましたが、
子ども世代には持たせないよう、断ち切って行けるよう…、
途方に暮れてしまいそうになりますが、自分にできることを考えていきたいと思います。

このシリーズのお話し、私も最近痛感していました。

まさに私の父が「誰のおかげでメシを食わせてもらってると思っているのだ!」と日常的にいう人で、1日も早く親元から離れ、自分の力で食べていかなければ、と強く思っていた思春期を思い出します。
母も元教員の専業主婦だっため、父にモノを言える関係でもなく、その代わり、私と弟の教育には力を入れ「ちゃんと、きちんと、しっかり」を毎日求められていました。

私は親への反発から、大学受験時代に勉強するふりをし、親の望み通りの大学に進学をせず、心のバランスをとった記憶があります。(わざと失望させたかったんですね…)

今、2歳半の娘を育てていますが、自分の心の余裕がないと、つい、イヤイヤに対して大らかに対応できず、父母から自分がされていたような対応になってしまう自分がいました。
その度に落ち込んでもいたのですが、このシリーズを読んで、客観的に見られている自分を少しずつ認めてあげられたら…と思います。

私の場合は、実父とまったくタイプの違う夫と巡り会えたことが、幸運だったとも思っています。彼の対応は、おとーちゃんのようで、事実を淡々と述べて子供に接してくれています。
次の世代に良い子育て経験を残せるチャンスをもらっている一員として、私も娘と関わりたいと思います。

先生の著書と、このシリーズの記事を何度も読み直しています。
生まれてから30年以上抱えていた漠然とした「生きにくさ」の原因が母親との関係にあったことに気付けました。
私は萎縮して自分を表に出せないタイプで、意地悪をするタイプの子供からなかなか逃げられない悲しい幼少期でした。

気付いたからといってすぐに楽になれたわけではありませんが、私が母から受けたものをイヤイヤ期真っ只中の2歳の娘に渡さぬ様、時には子供と一緒に泣きながら耐えています。

いつもためになる記事をありがとうございます。

ハッとさせられます。

いつも自分の子ども時代や子育てを振り返りながら、ブログ拝読させていただいています。
父も母も教員でしたが、だれのおかげでメシが、、、口ごたえする度によく父がいい、よく怒鳴る父でした。また、母は人に優しく良い子になりなさい。ちゃんとしなさい。きちんとしなさいが口ぐせでした。
そして、母の顔色を伺い、失敗すると自分をとても責め、余裕がなく、自分の好きな事がなんだかわからない時期がありました。戦中派の母の母、祖母の話を何度も聞き続けたせいか、ぜいたくやいいたいことが言えて今は良い時代、、、なはずなのに、楽しく過ごすことに罪悪感があったり、申し訳ないという気持ちがつきまといました。
多分、本当に気真面目な家で真面目に育ったのだと思います。

でも今は、毎日を楽しく過ごせることが大事だと思っています。
私は良い子という言葉が大キライで、母が私の子どもに良い子だねという度にわけのわからない怒りが湧いてきます。
でも、娘にきちんとしなさいと言ってしまう自分、、、矛盾を抱えています。
このブログを読んで、私だけじゃないんだ、、、そして、、私は子育てを通して変えたい!って頑張ってんだと思いました。

このテーマとも保育のこととも関係ないのですが、一つ聞いてみたいことが、、、
発達障害というのは、、、小さい頃、親が子どもにやらせず何でもやってしまうことも要因になるのでしょうか?!
私は自分が発達障害かな?と思うことがあるのですが、小さい頃できないことをやろうとしていて、親が急かしてやらせてもらえなかったことが印象にのこっているので。
でも、何でも発達障害でひとくくりにするのもどうかと。子どもの発達時期には差があるし、ある日いきなり飛躍する子どももいるのに、それまでに発達障害と判定されてしまうと、この先も障害という言葉がついて回る気がするので。、、
子どもの世話をしたことがなくて、母親にいきなりなって子どもを育てて下さいと言われても、子育ては本当に大変で。不器用な母親が、育て方に迷い、育てにくさを感じるから発達障害と思ってしまう母親もいるかも、、と思うのです。
わかりにくい文章ですみません。

娘に対して

私は20代の頃は自分のことが嫌いで、会社も辞めて引きこもり。まさに罰するために過食症になっていました。本当に、罰するためなんです。こんな自分どうにでもなってしまえ!という衝動。
親との関係を見直して、回復して、子供を産んではみましたが、娘の自信のなさそうな所、間違えるとパニックになるところを見ると、私の育て方が悪くて自分みたいになったらどうしよう!と怒りが沸いてしまいます。
うちは私の妹は拒食症で、15年くらい経ちますが、妹が小さかった頃不安で泣いている顔が娘の姿とだぶり、私がまた不安になってしまう日々。
子育てって楽しめない!娘と遊んでても苦痛でうんざりげんなり。そんな自分にも嫌気がさします。

なんとかからんだ糸をほどいて一つ一つおとーちゃんのブログを読みながら解決していきたいです。

バイバイ罪悪感…

支配的な両親のもとに育った私は大人になるにつれ生きづらくなっていきました。
親の言うことをきかなければ育ててやらないぞ的なことをちらつかせられたり生意気だととらえられればひっぱたかれ、それでも時折両親の理不尽さに反論するけどある程度のところで辞める。これ以上反論したらずたぼろになるまでひっぱたかれ自分が危ないと思ったから。
夫も両親同様俺の言うことをきかなければ罰を与える的な人だった。
でも今は夫に通じようが通じまいがはっきり言う。
「そんなに働いている人がえらいのか。働いていてもいなくても相手を尊重することはできないのか。すぐ罪悪感を植え付けて。私は悪いことなんかしていない。あなたであろうがなかろうがそういう人は大嫌いだ。」って。
いい子からの脱皮。
罪悪感は昔と比べるとたいぶ減ったが時折顔をだす。癖のようなものかな。
親孝行なんてしなくていい。その分子どもにそそいであげればいい。ってきいたことがある。
そうだなぁって思う。
私自身も子育ても軌道修正中です。

自尊感情の欠如…
自分の生きづらさの原因はこれかぁと納得しました。
出会う人、周りの人はみんな自分ことが嫌いだろうなと思い、なるべく迷惑をかけないように、不快にさせないようにと気を使いすぎて余計に人を不愉快にさせてしまいます。
そしてそのストレスを、自分ことを肯定してくれる唯一の存在であるはずの子どもにぶつけてしまいます。
他人にはへりくだってばかりのくせに、弱い立場の子どもには偉そうにして、本当に恥ずかしいです。

それでも、ブログでの一連の記事を読んで、私はそういうところあるのね、と自分に思えるようになりましたが、どうしても、それが親からの育てられ方のせいだとは思うことができませんでした。

以前夫に、自分の性格の問題だろと言われたことや、母親が置かれていたストレスフルな環境、母親が「どうしてそんなに親不孝ばかりするんだ」と泣きながら罵るときの悲しそうな顔が浮かんでしまい、できませんでした。


私は子どもの頃から意地悪で、だんだん遊んでくれる友達がいなくなり、中高でいじめられてからはずっと、異性といる時間が唯一の居場所でした。
そんなふうに誰かに依存してしか居るところがない自分が恥ずかしくて、惨めでした。

でもそれは、自分のことを罰していたんですね。私が悪かったわけじゃないって、思っていいんですね。


そんなに自分のこと嫌わなくていいんだよ、と自分に思えました。仕方ないよ、とも思ってみることにします。

少しずつ自分のことを好きになっていけたら、子どもたちにももっと、暖かい何かを渡せそうな気がします。

一連の記事を読んで、今の自分が形成されたのは、私に問題があるのではなくて、親や、環境や、社会の影響が大きいと思っていいのだ、と思いました。

そう考えると、自分の不安な気持ちや焦りがどこからくるのかも、分析できるようになるような気がします。

親からの価値観、世間的な価値観に、私自身ががんじがらめになってしまっているのかもしれないと感じました。そして、その古い価値観は、壊したり、捨ててしまっても良いものなんだ、と。

発達に凸凹のある息子は、世間的な価値観にはなじまないので、マイノリティな選択をしていくことも多いと思います。他人から理解されないことも多くなるかもしれません。

息子を世の中の平均値に近づけようとしたり、世間体で目を曇らせず、息子の幸せをぶれずに見つめたいと思います。


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